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《第一話》 幽霊

感想など、よろしくお願いします。


山崎 優希(ゆうき)は、私立光聖学園に通う高校3年生である。


高校自体の偏差値は割と高い方ではあるが、その中でも中の下にいる優希はそこまで頭がいいという訳では無い。


勉強よりはスポーツの方が得意ではあるが、所属していたバスケ部ではギリギリでレギュラーに食い込めたくらいのレベル。


勉強も運動も人並み、顔が特別かっこいい訳では無いので、今でも学生生活はごく平凡に送っている。




「この学校 "出る" って噂あるんよなぁ〜、こえ〜〜」


そんな優希が今いるのは、彼の通う光聖学園。


というのも、明日から中間試験であるにも関わらず何を思ったか教科書とノートを教室に忘れてしまい、それを取りに来ているのだ。


そして優希の言葉通り、この学校にはひとつの噂がある。


それは、夜になるとどこからともなく女の霊が出てきて校内を徘徊するというもので、どこにでもある普通の噂であった。


その他にも、女の声が聞こえる~や首のない霊を見た〜だのを怪談として話してた奴がいたが、聞く度にどこか抜けてたり、逆に増えてたりするので、恐らく作り話かなんかだろう。


そもそも幽霊なんているわけないのだし、怖がる必要なんて微塵もない。


時刻は午後22時を過ぎたところ。


先程、偶然すれ違った学年主任の先生に事情を説明し、面倒臭そうな顔を向けられながら職員室まで誘導して貰った。


しかし、その学年主任はというと……


『私はもう帰宅しますので、あとは警備員の方に頼んで下さい』なんて言いながらそそくさと帰ってしまった。



「それにしてもあのおじさん主任、愛想悪いよな。あんなんじゃ一生結婚出来なそう…」


その学年主任に渡された教室の鍵を左手に持ち、利き手には懐中電灯を握って自身の教室へと向かう。


普段騒がしい廊下や階段に人の気配は全くせず、ただ自分の足音だけを響かせている。


「いやでも、風俗とかでデレデレしてたりしたらおもしれーな」


歩きながら失礼な事をわざわざ発声するのは、夜の学校というシチュエーションへの怯えを紛らわすためか。


職員室のある1階から、優希の教室がある3階までの道程は思ったより長く、緊張と運動により心臓は高鳴っていた。


「いやそれにしてもこっっっわ!」


通い始めて3年目になるこの学校だが、いつもの雰囲気とはまるで違う。


廊下や教室には非常灯の緑の光が仄暗く点っているだけで、その景色に優希は別の場所に来たかのような錯覚を覚える。


怯えていても仕方ないので早歩きで動き出し、お目当ての教室に一直線。


いつもと違う場所のように見えたそこは、歩いてみたら意外と慣れてるものだった。


───とその時、優希の視界の隅になにやら黒い影が通り過ぎる。


「…ッ!?」


急いで懐中電灯を向けるもそこには何もいなく、ただ床と壁がその光を反射しているだけであった。


「き、気のせいだよな…?」


元々ホラーが得意ではない優希は、学年主任に渡された鍵を使い、逃げるように教室に飛び込む。


自分の机まで走り、中に手を入れる。


───すると、そこから血にまみれた手紙が………出てくる訳もなく、目当ての教科書とノートが見つかった。


「まったく、迷惑かけさせやがってお前ら!」


八つ当たりをするかのように教科書に向かって叫ぶが、その行動に意味はない。


その教科書とノートを背負ってきたカバンに放り込み、他に忘れ物がないか確認する。


(しばら)くロッカーを漁ったりしたが、特に持ち帰るものも見当たらなかったので、(きびす)(ひるがえ)し帰路に着く。


「おばけなんてなーいさ、おばけなんてうっそさ、ねーぼけーたひーとが──」


日本人なら大半が知っているであろう童謡を恥ずかしげもなく口ずさみながら、高三男子は鍵を返すため職員室へと向かう。


懐中電灯を握りしめるその右手は微かに震えている。





有名な童謡「通りゃんせ」に次のような歌詞がある。


『─行きはよいよい 帰りはこわい─』


元は登山を歌う歌詞で、登山で体力を消耗するため下山はしんどいという事を示している。(諸説あり)


しかしその用途は広く、例えばホラー映画やホラーゲームでは行きは安全だった道で、帰り道に化け物に襲われることが多いのだが、それを表現するのに使われたりもする。


そしてこの男、優希の場合も(しか)り。


ふと口ずさんでいた童謡が途切れた時、『コツコツ…』、と"何か"が廊下を歩く音が優希の耳朶(じだ)を打つ。


スリッパや上履きであればもっと静かに歩ける為、(かかと)の高い靴音だと判断できた。


先程の影のこともあり、恐怖の念から優希の足はそこで完全に停止する。


同時に思考も停止しかけたが、一瞬真っ白になった頭で必死に状況の整理を試みる。


「───!!」


声を出そうと思ったが上手く出ない。


体が鉛のように重く感じる。


『コツコツ───コツ…』


優希をその状態たらしめる足音は、時折鳴り止み、少ししてからまた鳴り出す。


あたかも浮遊しているかのような足音に、優希の心臓は本人に伝わるほど心拍数を上昇させる。


───と次の瞬間、コツコツと廊下を歩く足音は階段を上る音に変化した。



そこで優希は思い出す。


"私は帰宅しますので、あとは警備員の方に頼んで下さい"


とは、学年主任の言である。


曰くここには見回りの警備員がいるのだ。


その事をすっかりと忘れていた優希は、途端に体が軽くなるのを感じた。


「なんだ、警備員か。まったく脅かさないでくれよ……」


緊張の糸が解け、動くようになった身体の具合を確かめつつ吐息混じりに愚痴を(こぼ)す。


まだ実物を見た訳では無いので、足音の持ち主が警備員以外の"何か"である可能性はあるのだが、この言葉にはそれが警備員であってくれという優希の願いも込められていた。


動くようになったが震えている足を手で思いっきり叩き、パシンッと響いたその乾いた音の後、深呼吸で落ち着いてから歩を進める。


走って職員室に向かっても良いのだが、なぜかその足音の持ち主に気づかれてはいけない気がしてならなかった。


そのため静かに忍び足で歩く。


教室から階段は約30m程。


つまり少し歩けばすぐ階段に差しかかる(はず)なのだが、その30mは長かった。


今までのどんなそれよりも長い気がした。


忍ばせる足で(ようや)く階段に差し掛かった優希は、先程の足音が既に消えていることに気づく。


自身の歩みに集中してた為二の次になっていたが、そもそも忍び足をしないとならなくなったのはこの足音が原因だ。


足音は先程階段を昇っていた筈。


3階建ての校舎で3階より上に向かうと、そこにあるのは屋上のみ。


漫画のように開いている訳ではなく、普段は生徒立ち入り禁止となっている。


そこに向かい、突如消える謎の足音。


警備員がどうして屋上に消えようか。屋上の戸締りなんてすぐに終わる筈だ。


そう考えた途端に優希の頭はもう、警備員<幽霊となる。


いやいや幽霊なんているわけ……そう思った頃にはもう遅かった。


金縛りのように足が硬直する。


どんなに頑張って階下に向かおうとしても足が前に進むことはなく、自分が正しく呼吸を出来ているかすら危うくなってきた。


静かな校内で、ただ自分の荒い息が響く。


『──コツ……コツコツ…』


荒いだ呼吸音だけが響く静寂を切り裂いたのは、屋上の方から聞こえる例の足音であった。


『逃げなきゃ!逃げなきゃ!』と心で思っていても、優希の足はその場から動こうとしない。


『コツコツコツコツ…』


屋上の方向から聞こえていた足音は、遂に階段を下り始める。


突如、優希を大きな耳鳴りが襲う。息が苦しい。


俄然として動かない足は、もう既に感覚が無くなっていた。


『コツコツ…』


その足音は、3階と屋上を繋ぐ踊り場まで降りてくる。


『コツコツコツ───』


踊り場から数段降りたところで、足音は停止した。



暗闇で正確には判断できないが、足音の主はこちらを覗いている。


何者かの視線を感じるとは正にこの事、気を失いかけている優希の脳が警笛(けいてき)を鳴らす。


足音は止まっている。もしこれが警備員だとしたら今この瞬間にでも優希に話しかけているし、そもそも懐中電灯くらい持っている筈。


つまり、あの足音、この視線の主は、警備員ではない"何か"であることが明確となった。


否、なってしまった。


そんなことを何とか働く脳で理解した優希に、追い打ちをかけるが如くとある声が聴覚神経を刺激した。


「ぁ…」


少女のようにか細く、今にも闇に消え入りそうな声。


「ぁ、ぁ…」


"それ"は少女のようであり、また女性のような、かつ人の温もりを知らないような冷たい声を発している。


優希に何を伝えようとしているかは不明、ただこちらを認識しこちらを闇より覗き込んでいることだけが確かである。


対する優希は未だ足を動かすことができず、"それ"の声に応えることなく完全に静止している。


「───ぁの、ねぇ…」


なおも続く冷たい声に全身が戦慄(せんりつ)する。


「ッ!?誰だっ……!?」


その瞬間、優希はハッと我に返る。


"それ"の声に知らず応えてしまっていた。


辛うじて繋いでいた意識が、無意識に口を動かしたのだ。


全身の毛が逆立ち、優希に危険信号を送る。


得体のしれない"それ"に反応してしまった事。


その事実に軽い絶望を覚え、背中に大量の冷や汗を感じる優希は、クラクラする視界の中でふと"それ"を視認する。


三階と屋上を繋ぐ階段の踊り場にある窓から、白く冷たい月の光が差し込んでいる。


その数段下に、暗くてはっきりとは見えないが、この学校の制服を着た女性が立っていた。


恐らく髪型はボブ程、学年の色を示す校章までは見えなかったが、ひとまず優希の知り合いではないのは確かだ。


そして微かに見えたその腕は、太陽を知らないかのように青白く、病的なまでに細かった。


「──あ、ぁ゛」


優希に向けて何かを伝えようと、少女が口を動かす。しかし今の優希との意思疎通は難しい。


視認したその瞬間、優希は腰を抜かしその場にへたり込んでしまった。


耳鳴りは限界まで強くなり、今にも鼓膜から血が出そうだ。自分の心臓の鼓動がうるさい。


パニックに至り口すら思うように動かない。


立とうにも腰が抜けてしまってる上、手足が痙攣(けいれん)している為、身動きが取れない。


絶体絶命の状況に、そこで更に幽霊が動く。


優希を見つめながら、幽霊が階段を一段下りてきたのだ。


それを見つめ返すように優希の視点も幽霊から離れない、否、離せないのだ。


『───』


明らかに降りたはずなのに足音がしないのはその幽霊に足が存在しないからだろうか、あるいは優希の耳が正常に働いていないだけなのかもしれない。



優希をしっかりと見つめたまま、幽霊はゆっくりと階段を一段、また一段と下りてくる。


「───」


幽霊は優希に向かって再度口を動かした。


しかし声は聞こえてこない。


聞こえるのは痛いほどに鳴る耳鳴りと、経験したことがないほどに鳴る心臓の鼓動だけだ。



───遂に幽霊が三階に到達した。



途端、視界が霧がかかったかのようにぼんやりとする。


幽霊の顔どころか、足が存在しているかの確認すらできない。


そして幽霊は三階に下りたものの、優希に近づくわけでもなく話しかける訳でもない。


ただそこに”いる”。


薄くて今にも消えそうな存在感は、しかし優希にただならぬ恐怖を与えてくる。


ひたすらに凍てつく周囲の空気に、優希はもはや寒気を感じなくなっている。


───(まぶた)を閉じた瞬間、走馬灯のようなものが見えた気がする。






長針が30分を回った頃。


秋の大きな月は更に高く昇り、とある学校の男女二人を照らす。


男は酷く震え、女はそんな男にあえかな視線を向けている。



「お、───お化けなんてないさ?───お化けなんて嘘さ?」



静かな階段に響いたのは、少女の切ない歌声であった。



読んでいただきありがとうございました。

次話もよろしくお願いします

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