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GOOD BYE! ~ too long my life ~  作者: ショーター・ウィン
9/14

#9 9月4日


 新田さんは、突然のことに、茶色い瞳をすーっと狭め、想っているきっと色々を呑みこんで「どうして、それを伝えにきてくれたの?」と、そう訊ねた。


 ぼくは、何冊かの古書をとりあえず、狐色の机のうえ平積みにした。古紙と古布の匂いがツンッと鼻に入った。


 平くんはそばかすのあたりを擦り、すこし考え「どうしても、ちゃんと、伝えたかったんだ」と、優しい表情でそう言った。

「平くん、私たちーーー」彼女はぼくをみて「なにもできてない」ふり絞るように、そう言った。

「うぅん、二人だけなんだ」

「私たちだけーーー?」

「この学校で、どこにいても、同じように接してくれたのは。みんなのなか、みんなと同じように接してくれたのは、ぼくにとって二人だけなんだ」

 平くんは、まっすぐに僕らを見ていた。

 けれど、目の奥の虚ろさは隠されていなかった。ぼくは「この先はーーー」と、その先、訊ねようとしたが、やめた。

「今は辞めることに、力を使いすぎちゃって。本当に、ありがとう。かえって心配させてごめんね、二人は、優しいから」

「ーーー大丈夫?」そう訊ねると、彼はわずかに口を結び「うん、自分なりにだけど、考えて決めたんだ」と、少し悲しそうな顔をして「ーーーありがとう。それじゃあ、行くね」と、背を向けた。

「ねぇ、平君ーーー」新田さんはそう呼びかけると、振り返く平君に「ーーーなにも、悪いことしてないよ?」

 その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 その涙はすごく耐え難そうにみえた。

 その耐え難さは、きっと、痛みを伴っているようにみえた。


 どこからかのびてくる、かぼそい糸、つかむことも、にぎることも出来はしない。ただ、のびてくる方へむかって、たぐるように、触れぬように、手をのばすだけーーー。 


 新田さんの透き通るような白い肌。

 換気扇から風が降りてくる。

 図書室にいる人々から徐々に集まる視線を気にし、二人に「ーーー少し、話そっか」と、声を掛けた。

 平くんにすこし待ってもらったあと、作業をおえ、図書室をでて。


 ザッ、ザッ。

 

 一歩づつ、踏み石を擦る足音が、なにか空気を張りつめさせてゆく。


 ザッ、ザッ、ザッ。


 蒼の消えゆく鉛色の空に、木々は揺れ、また、ざわめく。


 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。


 誰かを虐げてないとやってられない人達がいる。

 ただやられるがままに、虐げられる人達がいる。

 彼らの“行為”は、悪なんだろうかーー。

 彼らの“存在”が悪なんだろうかーー。

 いじめ、という言葉があまり好きになれない。

 虐げられる人が善、虐げるものが悪、ほんとにそうなのだろうかーー。

 それを善悪で測る人は、よっぽど世の中に甘えている人か、自分を夢見ている人か、朝のニュースをあまり見ない人だと、そう思う。


 ザッ、ザッ。


 振り向くと、新田さんは微笑みながら、平くんのとりとめもない話を聴いていた。お互いに、沈み合わぬよう、かえって明るく話してるようだった。


 ザッ、ザッ、ザッ。


 昼、この場所は、とても過ごしやすかった。

 気温よく、湿度なく、風が通り、

 朝海は白いYシャツを腕まくりしながら焼きそばパンを頬ばり、あれや、これや、いつものようにとりとめのない話をする。

「俺はな、風下に立ちたくないだけなんだよーーー」と、朝海は笑った。

「それにしては、随分、上の方にいるんだね?」と訊くと、彼は「だってそこが一番、風当たりがないだろ?」と、また笑った。


 これが、ぼくらの境界線。


 最近、お互いの距離感、踏み込むときの礼節を図る、そのやりとりが、心地良かった。



 ザッーーー。


 いつものテニスコート裏、夕暮れを過ぎはじめた今、石造りの水のみはボンヤリとした影を残して、木製ベンチは、また、いくらかの傷みを伏せていた。赤銅色のタイルが、足を踏み込むとパリっという硬質な音をたてた。

「そこに座ったらーーー?」ぼくは、ベンチの方を指さし、二人に呼び掛けた。

「ごめん、なんだか私、余計なこと言っちゃてーーー」新田さんは、疲れたように、そう言った。

「そんなことない。なんだか嬉しいよ、図書室以外の場所で、二人と話をすることができて。ありがたいし、大袈裟かも知れないけど、光栄な気さえするよ」平くんは明るく振る舞った。

「平くん、あのねーーー」新田さんは呟くようにそう言ったけれど、あとが出てこない様子を見守って、平くんは優しく、はにかんだ。

「ありがとう。僕ね、自分のなにが悪かったのか分からないんだ。自分を不器用で頑固だと思うよ。もっというと、みんなの気持ちが分からない、分かってないんだと思う。だから、みんなに気持ち悪がられるんだろうと思う。その不器用は、人にとって罪なんじゃないかと、そう思うんだ」

「そんなことーーー」それから新田さんは、また、なにか言葉を紡ぎだそうとしたが、彼女だけじゃない、僕も内心、納得してしまって、何も言えないーーー。


 罪と罰、そうなのかもしれない。 


 原因と結果、そう簡単になってしまうかもしれない。


 ぼくらは知っていた。

 遅かれ早かれ、彼はこうなってしまうだろうと。

 けどそれは、彼の結果だ。助ける方法も、必要も、意味もなく、願いもなかった。


 これは彼の産みだす“違和感”に対する順当な罰だ。

 どこか、そう思ってた。

 今も、そう思ってる。


 けどーーー。


 それが罰として。


 誰に、その罰を与える権利があるだろうか。


 小川? 嶋、取り巻き、担任、親、環境、現実?誰が? ーーー罰を与える権利があるだろうか?


 人間には尊厳があるのを知っている。

 それは決して、傷つけさせちゃいけない。

 いつだって、誰にだって、剥き出しだって、ぼくらのなかに必ず“それ”はあり、それは、いくら闘ってでも、絶対に譲ってはいけないもの。

 それがなくなってしまっては、僕らは“人間”でなくなってしまうんじゃないかーーーそう、思っている。


 彼は代償を払うだけ。

 それだけだ。


 それだけでいい。


「平くん、学校は、辞めたくて辞めるの?」

 ぼくがそう訊くと、平くんはすこし戸惑いながら「ーーーわからない」それから目にうっすら悔しさを浮かべ「辞めたい、と、そう思ったことはないよ。でも、もう、ここに居たいと思えないのーーーかな…」


 悔しさから怒りへと変わってく。その色には、幾分、ぼくに対する感情も、含まれていると思う。


「本当は、情けない。家族にも、申し訳ない。恥ずかしいよ。いつもこうなんだ。けど、もう、疲れて。本当に、疲れてーーー希人くん、ぼくは、間違ってるかな?」

 ドキッとする。感情に、迷いながら「間違ってなはないと思うよ」

「ーーーうん」

「自分の場所をつくるには、ここに創るか、また、探しにいくのか、どちらしかないと思うから」

「ーーー分かるよ。でも、分からない。ぼくには、分からない。だって誰かを傷つけたいとなんて思ってないから。誰かを貶めようなんて思ってないから。誰かを不快にさせたいなんて思ってなくて、だけど、ぼくは、ここにいる。なにもできなくて、ここにいる。いるしかなくて、ここにいる。惨めなくらい、ずっとあの、悪意に負け続ける。ぼくは、どうして、ここに居ることしかーーー」 

 あぁ、深く、息を、吐きだして、内にある粗雑な気持ちすべてを、深く、深く、身体からだすように、深く息を吐きだして。

「ーーーここにいよう?」そう、訊ねた。

 彼は、すごく、残酷そうなものをみるように、ぼくを見た。

「ーーーここにいるからさ」

 そう、伝えた。

 新田さんは、なにか切なさを噛みしめるように、ぼくを見た。

「なにができるかは分からない、なにもできないかも分からない。でもーーー、ぼくらは、ここにいるから」


 自分の知らなかった“あの表情”を思いだす。 

 朝、透きとおった海を散歩して、踏み入れる、砂は濁って舞いあがり、しばらくすれば、澄んでゆく。思わぬ波に、全てはなし崩しになって、また、嘘のよう、それも全てなかったことになる。

 

「いつもーーー、いられるわけじゃない。いつか、いなくなるかもしれない。でも、きっと、放課後、あそこにくれば、ぼくらはいるから。それはただ辛いことかも、間違ってることかも分からない。けど、ぼくらは、いるよ。なにもできないけど、あそこにいるから」

 新田さんをみるとうっすらと汗ばんだ表情で、いつものよう優しく、微笑みながら、彼に小さく頷いた。

 彼ははしばらく呆然として、それから、わずかに、うつむいたーーー。


 誰が悪人かは分からない。

 でも、彼じゃない。


 とりまく悪意。

 でも、それも、早朝、澄んだ浅瀬が濁った程度だ。


 彼はきゅっと下唇を噛みしめ、親指をきゅっと握り、小さく息を吐いて、顔をあげ、そしてーーー。


「ありがとうーーー」そう、優しくはにかんだ。


 次の日、彼は学校に来なかったーーー。

 それからも、彼は学校に来なかったーーー。

 

 そしてまた、僕らの日常が始まった。

 

 彼がいない日常は、二週間も経てば、当たり前になっていた。


 ぼくはもう、彼を忘れかけていたーーー。







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