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GOOD BYE! ~ too long my life ~  作者: ショーター・ウィン
3/14

#3 7月10日

 擦れた生傷、染みる、息が、息、吸えなく、吸えない。


 吸えなく、吸えなく、吸えなくて、かろうじて吸いあげ、肺は熱く、みなが追ってくる、迫ってくる、脚をとめ、振り向く、来る。外は群雨、キュ、キュ、擦れる履物、歓声、同級生のあいだ、パスは見事にすりぬけ、約束された場所、それを受けとる、真っすぐ先、見据え、描いた軌道へのせるよう、左手からボールを送りだす。


〝シュッ〟と、鉄枠にも触れず、網のなかへ滑り落ちゆく———。


 ぬぐっても、ぬぐっても、浮かびあがる。特大の天井の照明、眩しく、汗が、薄むらさきに、滲む。 

「ナイッシュー」「やったね」「すげぇじゃん」駆け寄ってきてくれるクラスメイトとハイタッチを交わして、気恥ずかしく、朝海に「ーーーありがとう」そう伝えた。 


 すべて、お膳立てとおり。

 今日の体育、チームでも一番得点をとることができたのは、彼の指示に素直に従った結果。

「おう、これでようやく紹介するか、新田さん?」

 最近、これが彼の、お決まりのフレーズで、みんなはそれにドッと笑った。


 外では、打ちつける雨が強くなり、吹き込まぬよう、古く、重たい鉄扉がしめられた。


 ひどく、蒸し暑くーーーとても、息苦しい。



 5組の教室、制服に着替えなおしていると、坊主頭にだんご鼻をひつくかせ「よぉ、朝海ぃ、また負けちまったよ」と、小川が話しかけてきた。野球部ですでにレギュラーに定着している彼は、背は低くとも、特徴的ないかり肩はあいかわらず筋骨隆々としていた。

 二人の権力者。なんとなしにみながまた耳を傾けはじめる。

「うちの平がよぉーーー」その力を誇示するように「まったく使えねーんだよ」と、小川が大袈裟にそういった。

 朝海はそれを聞くと、少し顔をあげて、目を細めるようにあたりを見渡しながら「うちは、まぁーーー希人、様々だな」そう笑った。

 いきなり名指しされ、いささか戸惑ったが、その言葉のさき、ぼくを通りこして平君がいることに気づいた。彼とは、同じ図書委員。向こうの端、聞こえてるだろうに、一人、着替えているその褐色の表情は、染めむらのある紫色のくせっ毛で見えなかった。

 ぼくは仕方なく「まぁ、朝海、感謝しなよーーー」冗談めかし、肩をポンポンと叩くと、彼は笑いながら「うるせーよ」と、こちらの肩を小突き、それから、また、あたり全体を見渡して笑った。朝海の視線は、ひとつひとつに意味がある。その視線は、時に人のなかへ溶け込む言葉に変わり、時に人を意のままにうごかす所作へ繋がる。初めて会った時から、ぼくは彼に漠然とした畏怖を感じていた反面、心地いい好感を抱いていた。

 それは、おそらく、権力なんてもっておくにこしたことはないと、そう振舞ってるように感じたからだ。


「朝海くんと一緒になっちゃいけないよーーー」ある日の帰り道、突然、直江にそう言われたことがある。不思議に思って理由を尋ねると「ーーー理由は分からない。でも、嫌なの。希人が一緒にいるのはいいけど、希人が一緒になってしまうのは嫌なの」と、そう言っていた。


「なぁ、さすがだなぁ、椎名ぁ!」いつものように両手をひろげ、小川は大仰にそう言って肩を組んできた。周りのみんなはそれに従いゲラゲラと笑い、朝海も愉快そうに笑っていた。


 教室のガラスに、今が透けていたーーー。


 今度の創立記念日、みんなで海へ行こうと朝海たちが話をしていると「ーーーもう、いいのぉ? 入るよぉ」そう言って、着替えおわった女子たちが次々、こちらの教室へと入ってきた。

「おぉ、いいぜぇ」と、小川は答えると「ーーーじゃあ決まりだなぁ」そう言って、隣の教室へ、4組の取り巻きを連れて共に帰っていった。なんだかその様子は、一生懸命、不遜を装ってるようにみえた。  


 窓の外、緑色の雨はやむことなく降り続けていたーーー。


 思考でなく、この感覚ーーーー。


 まるで路の白線をひょいっとまたぐよう、まるで力むことなく命をどこかへ置いてゆけそうな、この感覚、一体、どうしたんだろうーーー。


 意志なんかと関係なく、流されていくほど小さくなってゆく、ただ小さくなってゆき、そのまま消えるのかと思ってるうち、ふわっと、そのまま消えてしまいそうなーーーこの感覚。

 ぼやっとでなく、切実に浮かびあがってくるようなこの感覚は、願望なのか、夢幻なのか、それともーーー自分でも分からない。

 目をあけることすらめんどうで、相変わらず机にうっ伏したまま、想い出していたーーー。どうしてあんなに、想えたんだろう。 遠くにぼくは、想いだしていた。


 きっと、信じることが得意だったんだ。


 そのことがいつしか、ぼくに、意味を与えていたのかもしれない。


 廊下のほう、ふと見ると、何人かの女子がお喋りしながら歩いていた。

 そのなか、一番うしろ、栗毛の女の子、手に余るくらい何冊もの本を抱え、楽しい会話にふけるみんなを見守るよう、なにやら微笑み、頷いている。

 一瞬、確かに目が合った。

 彼女はわずかに戸惑ったような表情をみせたが、それから、また同じく微笑み、小さく会釈をかえしてくれ、また小走りしながら、お喋りのなかへ戻っていった。


 その微笑みはとても思慮深く、けれど、どこか不安気で。


 ぼくはそれを、とても“かわいらしい”そう感じた。



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