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GOOD BYE! ~ too long my life ~  作者: ショーター・ウィン
2/14

#2 6月6日

「希人はね、私の正直仲間なの」

「ーーー正直仲間?」と、朝海が訊きなおした。 

「そう。私は想ったことや、いつもまとまらない考えをそのまま話すの。それを希人が噛み砕いて私に教えてくれるから、それで私は自分を識ることが出来るでしょ。でも希人にとってもそれは良いことなの。うまく言えないけど———私の感情的でね、たまにヒステリーな話で、希人も自分のことを識ることが出来るんだもん、だって希人は———ほら、考え過ぎちゃうでしょ? つまり希人にとっても私は大切な存在なのよ」途中、自分の話に右往左往、困惑しながら、結局、彼女は悠然と笑顔で言ってのけた。

 

 ーーー正直仲間という言葉の響きが、今さら、妙におかしい。

 仄かにぼやけてみえる教室のなか、彼女の輪郭だけがくっきりとしてみえた。

 心を、整える。

 それでも、だんだん、互いの深淵は変わってゆきーーーけど、だからこそ、整える。互いの深淵の滲みでなく、向き合い方でしか、今はない。

 今はーーーそれしかない。


「じゃあ、恋人とは違うの?」と、朝海が訊ねた。

 彼とは、入学して早々の席替えからとなり同士で、浅焼けた肌、スッキリとした鼻筋、シャープで端正な顔立ち、180cmくらいの身長は、立ち上がるとほとんどぼくと同じような細身の体型だが、どうみても運動神経がよさそうで、実際、バスケ部のエースの彼はその見た目以上に運動神経抜群だった。

「うーん、場合によってはーーー恋人より上かな」

 朝海は軽快に笑って「そりゃ、すごい。じゃあ、直江さんは、希人に依存してるんだ?」そう言うと、こちらのほうへ試すように目をやった。ぼくは、何も言わず、見返した。

「ーーーうーん、依存。どうだろう、信頼してる。例えば、頭で覚えたことを人に話すことによって、物事を整理して、覚えることができることがあるでしょう」

「うん」

「私はね、私の感覚に従うことしかできないの。でも、その感覚が自分で何かをわかってないの。でも希人はそれを分かってくれて、私が話すと教えてくれる。それは依存しているかもしれないけど、信頼という言葉でも十分に置き換えられると思うーーーそれは、だめだと思う?」

「うーん、分からないな…」すこし戸惑ったように、けれど愉しそうに「まぁ、とにかくーーー羨ましいよ」と、朝海は僕の肩をトンッと叩き、また笑った。

いきなりものごとの核心をつくのが朝海のやり方で、愚直に自身の本質で返しつづけるのが直江だった。

灰色の教室、三人が一枚の写真におさまった。そんな気がして、一瞬、妙に、安堵。


 今日の午前中に委員会決めがあり、ぼくは図書委員、二人は文化祭委員、そのことで二人は言葉を交わした。

「じゃあ、朝海君、これからよろしくねーーー」直江が右手をさしだす。

「ーーーこちらこそ」二人はパンッと手を合わせ、それから直江は仲良しのかなちゃんの元へと戻り、さっそく両腕を命一杯にひろげながら、なにかを話しはじめると、笑い上戸の伽奈ちゃんは顔を真っ赤にしながら大笑いしていた。


 ぐるっと教室を見渡すーーー。


 それぞれ適当に課題をすまし、好きに集まって、好きにやっている。数学が自習になって、そのまま勉強をつづけたり、トランプをはじめたり、黒板に絵描いたり、恋話、テストや部活の嘆き、影口に夢中になったり———窓の外から入ってくる明け透けな晴れの陽、コンクリート教室ゆえの薄暗さ、それらが調和し1ヶ月ちょっとの関係性に、皆、浮かれ合っていた。


 横の朝海をみると、彼がなにかを言いかけーーー、チャイムが鳴った。次、昼食時間。たまには食堂で一緒に食べないかと誘われたが、やんわり断ると「ほんと、変わった奴だな」と彼は苦笑した。

 教室をでると、たまたま、そこで何人かの取り巻きとたむろしていた、いがり肩をした野球部の小川がこちらに気づき話し掛けてきた。朝海がそれに応え、なにか話題をふると小川はその表情を伺いつつ、必要以上に大きく笑い、それから誰かの悪口を並べたてると嶋あたりの取り巻きがクスクスと笑った。朝海は5組、小川は4組、それぞれクラスの中心人物で、何てことのない会話が、二人を中心に進んでいった。話をする者、聴いて相づちを打つ者。話題をふる者、笑う者。どこか虎視眈々とそれを眺める者、深入りしようとする者。小川はよく喋り、朝海はみんなを愉しませた。たまに朝海が話題を求めてきたり、からかってきたりするので、ぼくは戯けてそれに応えたーーー。


 1ヶ月も経てばこんなものーーー。


 今日あったことをなんとなく振りかえり、帰り道、雑多な商店街を縫うように帰路につく。

 昔から、この街並みがあまり好きじゃない。すごく、人の香りのする街。けれど、肺いっぱい息を吸いこめば、そこは育った街。

 街には這うように沿った川がある、その名は知らない。 

 朱色の錆びた橋の欄干に手を掛け、覗き込む。まだ落ちぬ、だいだい色の陽が川面にきらきらと反射し、今にも干からびてしまいそうな水量のなか、生々しく大きな鯉たちが無数に濃く、ただ濃く、濃く、濃く、うごめき、のさばり、まったく思想のない口を互いに拡げ、ぬめらせ、かさなり、無心。ぱらぱら落ちる餌ならぬなにかを、むさぼる、ことなく享受。


 なんだかんだ、うまくやれているーーー。


 誤解、されたい。


 他人からみえる、ぼくは、結局、ぼくでない。その見てくれ、言葉、能力、息づかい————結局、ひっくるめて、ぼくでなく、ぼくのみせるもの。だから、他人と完全に理解し合う、分かり合う、そんなことは不可能で、ただの、誤解ーーーそのため、愉快に、振る舞う。


 意味がない?そんなことはない、守ってる。うまく魅せ、守ってる。決して、ぼくの、ぼくの大切な人の尊厳を、蔑まれぬように。


 ーーー虚無。


 嫌悪され、嘲笑され、敵意を向けられ、好奇にさらされ、非情のさきになかったもの。


 隔絶されて、孤独になって、自分という個を感じ、つらく、叫びたくとも叫べない、あの時になかったもの。


 どうして今は、よりよい営みのなかなのにーーー虚無。


 命がどんどん軽くなってゆく。


 自分の命だけじゃない。まるで人の命も軽くなってゆく。大切な人も、そうでない人も。それが怖い。それでも、物事は透けてゆき、結局、自分にとって一番身近な人間は、自分なんだと思わされた。ぼくは、今、自分を救わなくてはいけないのかもしれない。


 ーーー虚無。


 ぼくの中に何があるだろうかーーー。欄干からふわり飛びおりれば、軽やかな羽毛のよう、さらさらまわり、空気、すっと消えいれば、そこは真っさら、なんにもないーーー。

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