はじまりの村、聖女(俺)の力で最強になる!①
「聖女様がいらっしゃったときのために、近隣の住民がひと針ひと針心を込めて縫ったローブです」
旅立ちの前日。
エメルが持ってきてくれたのは、白い衣だった。
衣は、レースや刺繍がふんだんに使われていて、肩のところがふっくらとしたデザインになっている。
「ええっと……防御力を高める祝福を込めた、とても貴重なローブなのですが……」
「か、かわいいね?」
「すみません、その、てっきり女の子が召喚されると思っていたので」
「ぐっ」
「あ、あ、いえ! リョウタ様が悪いわけではないんですっ!」
ローブを背中に隠してしまったエメル。
大きな目をうるうるさせている。
そうじゃない、悲しませたいわけじゃないんだ!
「あの! せっかくだから着るよ」
俺の言葉に、エメルはパッと笑顔になった。
ああ、着るよ!
刺繍とレースがなんだ、なんでも着てやるさ。俺が聖女だ!
◆◆◆
「とてもお似合いですよ、リョウタ様」
にこにこ笑顔のエメルに、俺は考えるのをやめた。
27才。去年からジムに通って大事に育てた筋肉、まさか白い女の子向けのローブを着ることになるとは思わなかっただろう……。
みちみちっ、と積載容量ギリギリのローブを破かないように気をつけながら歩く。
神殿から出発して、エメルの案内である場所に向かっている。
どうやら、『祈りの旅』の出発点らしい。
「ありがとう、エメル」
「いえ……聖女召喚にむけて、村の人たちが作ってくれたものです。無駄にならずによかった」
「村?」
「はい。私の生まれ育った巫女の村です」
「へぇ、巫女の村!」
なんだかファンタジーっぽい。
「ある理由で、周辺に出没する魔物はすごくレベルが低くて安全な村なのです。戦う力のない人はこの村に集まって暮らしています」
「へぇ」
「ですから、別名『はじまりの村』と呼ばれていて……」
「はじまりの村っ!」
いよいよもって、ファンタジーっぽいな。
思わず叫んでしまった。
「これから向かうのが、その『はじまりの村』なんです。聖女様の『祈りの旅』は、その村でのお祈りから始めることになっているんです」
「なるほどなー」
じゃあ、もう出発が近いってことだ。
がんばらないとな。
そう思っていると、
道の向こうに、村が見えた。
その村の門の前には――
「うわぁあんっ! 痛いよぅ、痛いよ~!」
膝を擦りむいて号泣している子どもが、倒れていた。
「だ、大丈夫ですかっ!」
エメルが子どもに駆け寄る。
優しいんだなぁ。
「ひっく、ひっく……石に、つまづいちゃって……えーんっ」
子どもの膝からは、どくどくと血が流れている。
砂と小石で傷口が汚れている。
痛そうだ。
「あの……リョウタ様」
エメルが、ローブの裾をちょいちょい引っぱってくる。
え、なにそれ可愛い。
「どうした?」
「あの……聖女様は、癒やしのスキル【ヒール】をお持ちのはずです……よければ、この子を直してあげられませんか?」
「え!」
スキル使用!?
いきなりここで?
「これは、見た目よりも傷が深いかもですし……」
潤んだ目で、俺を見上げるエメル。
う、上目遣いの威力ッ!!
「わかった、任せてくれ!」
「ありがとうございます、聖女様っ!」
とはいえ。
さきほどの赤っ恥……「今から、晴れるよ!」事件の二の舞は避けたい。
スキルって言っても、どうやって発動すればいいんだ……?
俺の戸惑いを感じ取ったのか、エメルがそっと耳打ちをしてくれる。
「スキルは聖女様が祈ることで発動します。癒やしの祈りを心に、『ヒール』と唱えてください」
「オッケーだ!」
エメル、なんて気が利くんだ!
可愛くて、俺のことが好きで、気配りの出来るなんて……さすが異世界、ありがたい。限りなくありがたい!
子どもの傷口に手をかざす。
……いや、祈りだから両手を組んだ方がいいのか。
(えっと、神様仏様。……この子の傷を治してください)
お願いします。
祈りを胸に、大きく息を吸い込んだ。
「……――っ、ヒール!!」
できるかぎり大声で、俺は叫ぶ。
俺が聖女っていうなら、これくらいの擦り傷すぐに治せるはず。
祈りを込めて、「治れ!! めっちゃ治れ!!」と念じていると。
しっかりと組んだ両手の間。
具体的には、ジムで鍛えた胸筋のあたりから、清らかな光があふれ出した。
「おお! ……うぉおぉ!?」
その光は、少しずつ大きくなり――大きく……いや、大きすぎるだろ!
あまりの眩しさに、目を開けていられなくなるほどの巨大な光の柱となって、村全体を包み込んだ。
「うおおぉ!?」
「こ、これが……ヒール……!?」
◆◆◆
その日、『はじまりの村』に伝説が生まれた。
危険なモンスターの現れないこの村には、病気や怪我で動けない人間が多くかくまわれている。
しかし。
村の入り口から突然湧き出た光の柱に呑み込まれた村人達は――
「朝から腹下してたのが治った!!」
「なんだこれ……目が、俺の目が見えるぞ! メガネもないのに!」
「うおおおー!! モンスターに石化を喰らって動かなくなってた足が動くぞ!」
「すごいわ! うちの坊やが立った!」
「うちのじいちゃんの髪の毛が生えてる~!」
ものすごく、健康になったのだった。
これが、異世界から召喚された聖女、中堂リョウタのヒールの力である。