俺、召喚!……え、聖女?③
「リョウタ様。正式な計測結果が出ました」
神殿の中で待機していると、エメラがやってきた。
手には、一本の巻物を持っている。
巻物に手を触れると、空中に文字が浮かぶ。
―――
中堂リョウタ
HP:2000
魔力:9999(白)
・スキル
ヒール(効果・極大)
テイム(効果・極大)
エンチャント(効果・極大)
・特殊スキル
反射・特
???の守護
―――
これが『計測』という魔法だそうだ。
思わず、率直な感想が零れる。
「なんか、ゲームのステータス画面みたいだな」
「なっ!」
エメラが、目を大きく見開いて俺の手を握った。
「ああ!! やはり、あなたが聖女様なのですよ!!」
「え!? 今!? なんで!?」
「異界からいらっしゃった聖女様は、この巻物をご覧になったときに必ず『ゲーム ノ ステータスガメン ミタイダナ』という祝福の言葉を口にする――と伝説に語られているのです! かつて召喚された聖女様も同じようにおっしゃったそうですッ!!」
そっか~~。
たぶんそれ、普通に『ゲームのステータス画面みたいだな』って思っただけだと思うんだけどなぁああ!
「こほん、とにかく聖女様! これで、予言の面からも能力の面からも、あなたがまぎれもなく聖女様であることがわかりました!」
「そ、そうなの?」
「はいっ! 白魔法適性――この、魔力というところです! 数値は計測限界の9999……これほどまでに清らかな魔力をお持ちで、『ヒール』『テイム』『エンチャント』の三つのスキルをお持ちである――伝説に語られる聖女様とまったく同じです!」
エメラは涙ぐんで、俺の手を握る。
「やはり、リョウタ様こそが私のお呼びした聖女様なのです……!」
「う、うん!」
「どうか、『祈りの旅』を成し遂げ、私たちの世界に光をもたらしてください――聖女様!」
祈りの旅。
クレスティアにいる『大精霊』たちの加護を得るために、各地にある神殿を巡る旅だそうだ。
とても危険な旅。腕利きの勇者や巫女が挑むけれど、成功することはなかったらしい。
俺は頷いた。
これは、後戻りできないかんじだ。
かくして、俺は聖女となったのであった。
◆◆◆
召喚の巫女エメラに案内されて神殿から出ると、どんよりとした空が広がっている。
分厚い雲が空から垂れ下がっていて、太陽の光は少しも感じられない。
今日は天気が悪いのかな、せっかくの異世界初日なのに……と思っていたが、そういうわけではないようだった。
よく見ると、神殿の周囲にあるのは枯れ木、荒れ地、痩せ細った雑草……それくらいのものだった。
「聖女様の目には、このクレスティアはどのように映りますか」
隣を歩くエメラが、寂しそうに目を伏せる。
クレスティアはその昔、悪しき魔物に襲われて以来、日も差さぬ痩せ細った大地になってしまったのだそうだ。
人々は必死に大地を耕したが、ほとんど意味がなかったらしい。
飢え死にした人もいたそうだ。
身売りした人もいたそうだ。
そして、今生きている人たちは――この世界に、希望を抱けずにいるそうだ。
「聖女様の魔力があれば、この世界もいずれは……!」
俯くエメラ。
その瞬間、俺は唐突に理解した。
この子は、底抜けに良い子なんだ。
ま、守ってあげたい……!
なんでも。
俺が聖女として『祈りの旅』を成し遂げれば、クレスティアの大地には太陽が輝くようになり、作物はかつてのように実り、動物たちが行き交う豊かな大地が戻ってくるのだという。
「まぁ、私は生まれたときからこの灰色の空に慣れ親しんでいるので……昔は空が青かったって聞いても、いまいちピンとこないのですが」
エメラが、寂しそうに笑った。
俺は、ある衝動に襲われた。
この少女を――エメラを、笑顔にしたい。
だって、そうだろう。
俺を召喚してからこっち、必死な目で俺こと『聖女様』を見つめるエメラは一度も――一度だって、笑顔をみせてくれない。
わかる。すごくわかる。
彼女の目は、俺が新卒で入ったブラック企業で過労死ラインの二倍の残業をこなしていたときと同じ『虚無』をたたえているのだ。
美しく鈴と花で飾られた緑の髪。ひらひらと揺れる綺麗な衣装。けれど、とうのエメラの心はカラカラだ。
だったら――それだったら。
生まれてから一度も青空を見たことのない彼女に、俺は……。
「なぁ、エメラ」
「はい……?」
「俺が……聖女の祈りは、この空を晴れさせることができるんだよな?」
「そう、ですが……」
俺は、空を見上げる。
曇天。
どこまでも灰色の、クレスティアの空を――
「なぁ、エメラ」
「はい……?」
まったくもって意味がわからんが、俺が聖女なら。
この子を、笑顔にすることぐらいは!
「今から、晴れるよ!」
どっかで聞いたような俺の言葉に、エメラが目を見開く。
俺は、両手の指をしっかりと組んで祈る。
「晴れろ……晴れろ……!!」
曇天よ、晴れてくれ。
エメラのために――
……。
――……。
結果。
全然晴れなかった。
5分間くらい、血管キレるんじゃないかって勢いで力んで祈ったのに。
(し、死にてぇ~~~~っ!)
俺は羞恥にのたうち回った。
な、な、何が「今から、晴れるよ!」だっ! ばかっ、俺のばかっ!
地面に倒れてのたうち回っていると、エメラが声をかけてくる。
「あの……聖女様……? 大丈夫ですか、召喚の儀が終わったばかりでお疲れなのでは……?」
「ソ、ソウデスネ……」
いたたまれない……何事もなかったかのように、俺を信頼してくれている感じがあまりにもいたたまれない……!!
「あの……この曇天については、最初の巡礼先である『炎の神殿』での祈りが解決すると聞いています……聖女リョウタ様、どうぞあなたのお力をお貸しくださいっ!」
「ハイ……ガンバリマス……」
俺は羞恥心を押し殺して、なんとか「いっそ殺してくれ!」という叫びを呑み込んで返事をすることに成功した。
そのとき。
深々と頭を下げて、顔を上げたエメラが――小さく、息を呑んだ。
「……あれって……たい、よう?」
「へ?」
空から垂れ下がっているような、分厚い雲。
それが――ほんの少しだけ、割れている。
その隙間から、まるで光の帯のようになった陽光がまっすぐに、まっすぐに、地上に降り注ぐ。
たった、一筋の光。
すぐに雲の切れ間は閉ざされて、陽の光は消えた。
けれど、それは――薄闇に閉ざされた曇天しか知らないエメラにとっては、とても……。
「き、れい……」
とても、綺麗なものらしかった。
涙を、流すほどに。
「聖女様の奇跡だ……私、おひさまを見たんだ……!」
はらはらと涙を流すエメラ。
俺の祈りが通じたのかどうかは、わからない。
でも――。
「ありがとう、聖女様」
知り合ったばかりの女の子の泣き笑い顔。
それだけでも、祈ってよかったと思う。また、祈りたいと思う。
まあ、「今から、晴れるよ!」とは、絶対に何があってももう二度と言わないけど!
とにかく、めちゃくちゃ住環境の悪そうなこの異世界――俺の祈りで変えてみせようじゃないか、うん!