俺、召喚!……え、聖女?②
「えぇっと、リョウタ……中堂リョウタです」
魔法陣の中心に立つ、異世界からの旅人はそう名乗った。
中肉中背。
精悍な太い眉毛は、見知らぬ土地に召喚された戸惑いから端を下げている。垂れ目気味の目が、きょときょと動いている。
人の良さそうな雰囲気に、ある程度鍛えられた筋肉が少しだけアンバランスだ。
「祭祀長さま……あの、あれ……どう見ても男なんですが……」
「うむ……」
聖女召喚。
その結果として、光り輝く魔法陣から現れた人間をじっと見つめて祭祀長は重々しく頷いた。
一世一代の大召喚術式。
不作に荒天に天変地異の数々……乱れた世界の均衡を正す、白き魔法使いの頂点、すなわち伝説の聖女を召喚することが必要だった。
今こそ聖女を異世界から召喚せよとの天啓があったのが三年前。様々な準備を経て、今日の『召喚の儀』を迎えたのだけれど。
「どう見ても男じゃ……」
やっちまった。
神殿に渦巻くその空気。
祭祀長は、ぐぬぬと唸る。
「しかし、密かに計測しているのですが、彼からは強烈な『光の魔力」を感じます……この世界の人間ではありえません!」
祭祀長に駆け寄ってきた観測員の言葉に、一同が沸いた。
「では、やはり彼が聖女様……!」
「しかし、同時に『筋肉量』についてもかなり逞しいようです」
「ほな聖女様ではないわ。……伝説に語られる聖女様というのは清らかで癒やしの力を持っているが、か弱く肉体な強さをお持ちにならないと語られている」
「ただ、彼の所持スキルは『ヒール』、『テイム』、『エンチャント』のようです」
「では聖女様で間違いない!」
伝説に語られる聖女は、三つの能力をもっているとされていた。
すべてを癒やす『ヒール』。
あらゆる精霊や動物と心を通わせることが出来る『テイム』。
そして、聖女に味方する者すべての能力を強化『エンチャント』
召喚されたリョウタは、たしかにそのスキルを持っているようだった。
「し、しかし……あの男、すね毛も生えています……」
「ほな聖女様ではないわ! 聖女様というのは、つるっとして美しい生き物であると相場が決まっておるだろう!」
侃々諤々。
議論が続く中、たった一人だけリョウタを『聖女』だと疑わぬ者がいた。
それが、当代の召喚の巫女――エメラ・メラルダだった。
エメラは言った。
「どうか、私たちをお救いください――聖女様!」
その言葉に、祭祀長たちは「はっ」として息を呑んだ。
そうだ。
彼は間違いなく、聖女としての力をもっている。
この召喚で呼ばれるのは救世の力を秘めた、聖女と呼ばれているのだ。
ならば、彼は――
「せ、聖女様!」
「聖女様じゃ!」
「おお、間違いない――清らかなる聖女様じゃあああ!!」
祭祀長以下、儀式の責任者は彼を「聖女様」と呼ぶことに決めた。
「聖女様が召喚されたぞーー!!」
この場を勢いで押し切る作戦に出たのである。
◆◆◆
この世界、クレスティアは精霊が支配しているらしい。
定期的に異世界から『救世者』を召喚し、精霊たちと心を通わせる聖女として迎えるのだそうだ。
で、俺が聖女。
男だけど、聖女。
去年ちょっと筋トレにハマってそこそこムキっとしているけど、聖女。
なんならすね毛生えてるけど、聖女。
……まじで?
「あの、本当に大丈夫っすかね。俺、聖女なんすか?」
「はい、リョウタ様!」
「俺、今まで責任ある立場とかバイトリーダーくらいしかやったことないですけど」
「心配されないでください、私が召喚の巫女として間違いなくお呼びしたのがあなた様ですので!」
召喚の巫女・エメラがこくこくうなずいて、俺の手を両手でぎゅっと握った。柔らかい手だ。
緑色の髪をポニテにして、鈴や花で美しく飾られている。
現実世界にはありえない髪色だが、めちゃくちゃ似合っている。
うるんだ瞳で、俺のことを見上げている。
じっと見つめられると……む、胸がくるしい……!
「私は幼い頃から、天災と飢餓に苦しむこの世界を救うため……今日のこの儀式のためだけに修行を続けて参りました……」
「あ、あの……」
「どうぞ私たちをお救いください。聖女様!」
エメラの潤んだ瞳が、俺を見上げる。
柔らかい手だが、体を見るとひどく痩せている。
きっと、あまり旨いものは食べられてないんだろう。飢餓とか言ってたし。
この子は……この人たちは、きっと困っていて、藁をも掴む思いで俺を召喚したに違いない。
「ま、まかせてください!」
つい、そんな言葉が口を突く。
「中堂リョウタ、27才! ……俺、聖女です!!」
俺の言葉に、神殿が「わぁ!」っと揺れる。
可愛いエメラのためなら、俺ちょっと頑張ってみてもいいかもね!
それにさっきから神殿の中に、絶対断れない雰囲気があるし!
俺、そういう空気には敏感なのです。
あこがれの異世界召喚。
今日から俺、聖女です!!(やけくそ))