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5. 天地の極意

 悠紀羽邸に戻る道中、直人は早衛部隊が滅びた理由をおおまかに説明する。


 だが、幸人の興味を最も引いたのは、禍津日神を倒した後巡航部という部活を立ち上げ、その部費によって生計を立てているという話だった。


「上手い手だな。学校生活を送りつつ、それがそのまま生活費になる」

「楽なもんじゃねぇぞ。普通に死ぬかもしれないんだからな」

「死にそうになったら逃げればよかろう」

「俺一人ならそれでもいいけどな」

「先ほどの友人達も一緒に戦っているというわけか」

「ああ」

「剣法水無瀬流『必勝』の極意を教えてやりなさい」

「なんかこう……格好悪いんだよなぁ」


 剣法水無瀬流『必勝』とは、技というより戦闘教義ドクトリンに近く、技術的なものではない。


 その示すところは要するに、勝てばよかろうというものである。


 借金取りに対し、土下座を見せてからの不意打ち。夜逃げしたと見せかけての闇討ち。


 かつての直人も子供だと油断させておいての強襲、制圧などを行っていた。


 剣の勝負においても、相手が読み合いに固執していると判断するや、盤外から攻めるなど実戦的という点は直人も認めている。


 ただ、男らしくないとは思う。


「生き残れば勝ちなのだ」

「かっこよさも重要だろ。だから俺はモテるんだ」

「今向かっている住居もそうやって手に入れたわけか。この女たらしめ」

「別に俺が頼んだんじゃねぇ!」

「父は褒めているのだぞ。剣法水無瀬流『立っている者は親でも使え』を実に体現している」

「親父を見てると、使えぬ親もいるもんだな」

「時に直人よ。お前、二年目の学費はどうした?」

「あー、巡航部とは別件で依頼があってな。それを解決したら謝礼金を貰ったんだ」

「ほう。予科の学費を払えるほどか。お前、小金を貯め込んでいるな?」

「うん? まぁな……」


 実は貯金するという意識が薄い故にあまり貯めてはいなかったが、父親を羨ましがらせたいので黙っておく。


「悠紀羽神社。これがか」

「泊めてもらえなくても怒るなよ」

「怒りはせんよ。中でテントくらい張らせてくれると嬉しいがな」


 荻窪駅から歩いてきた二人は、神社とは塀を隔てて反対側にある悠紀羽邸へ足を踏み入れる。


「頼むから常識人っぽく振舞えよ」

「それは問題ない。だがこれは、豪邸じゃないか」

「俺達が住んでた貧乏長屋全部よりでかいよな」

「さすが名門悠紀羽」

「なんだビビったのか?」

「なんのことはない。わしの道場とてこのくらいはあった」

「家じゃないけどな」


 悠紀羽邸の表口に近づいた時、ドアが勝手に開かれる。


「お帰り直人! ……あら?」


 中から飛び出してきたみなもが怪訝な顔をする。


「その人はどなた?」

「ああこいつは――」

「初めましてお嬢さん。直人の父、幸人です」

「え!? そ、そうなの!?」

「ああ。本当だ」

「直人のお父様! 初めまして。直人の妻のみなもです」

「つ、妻!?」

「いやそれはだな」

「直人お前結婚しとったのか!」

「まだそうと決まったわけじゃねぇ!」

「おじさま。いえ、お義父様と呼ばせてくださいまし! ふつつかものですが、よろしくお願いいたします」


 みなもが再び深々と頭を下げる。


「なるほど。居候させてくれるというのは、こういうわけか」

「結婚は決めたわけじゃねぇ」

「せっかく泊めてもらうんだ。約束してやったらいいではないか」

「そりゃぁ……俺にもいろいろあるんだよ」

「わしがお前くらいの頃には、将来を誓い合った女が二人はいたぞ」

「詐欺じゃねぇか」

「それは、その、さ、さすがは直人のお父様! おモテになるのですね」


 水無瀬親子を玄関から奥に招きつつ、みなもが言う。


「その、いきなりではあるんだが、親父を泊めてやってくれないかな」

「もちろん! ええ、もちろんですわ。お義父様。すぐにお部屋を用意します」

「かたじけない」

「ふふふ。いよいよ嫁らしくなってきたわね」


 そう言いつつみなもは一旦客間から出ていく。

 直人の耳に「お茶とお菓子。三つ。早く!」という声が聞こえてくる。


「だがな親父。いつまでも居座るんじゃねぇぞ」

「そういうお前はいつまでいるつもりだ」

「学校が神楽坂に戻ってくれば、学食も再開するから寮でいいんだよ」

「まぁわしとて道場再興の夢があるからな」

「問題ありませんわ。ずっといらしてよろしいのですよ。お義父様」


 戻ってきたみなもが湯飲みにお茶を注ぐ。


「これはどうも」

「それにしても直人、お義父様は田舎にいるって言ってたじゃない」

「俺も今日会ったんだよ」

「今日? どこで?」

「それは……前に学校に連絡があってな。駅に迎えに行った」


 学校でテント張ってたとは言えず、嘘をつく。


「お互いのお父さんと挨拶も済ませたし、もう完璧ね」

「安倍晴明に勝てればな」

「勝てるわよ。貴方なら、絶対に」


 直人の言葉に一瞬顔を曇らせたみなもは、すぐに笑顔で答えた。


「安倍晴明? 誰だそいつは」

「んだよ親父。そんなことも知らないのか?」

「知っとるわ! 平安の魔導士であろうが」

「違うんだなぁ。安倍晴明ってのはな、空軍の大将だ」

「その大将に、お前が勝つ? 何を言っとる」

「ま、それはだな……」


 直人は事情をかいつまんで話す。


 安倍晴明が日本を裏切って、常夜を作り出し、日本人全てを魅乗りに変えようとしていること。

 そして生命の御佐機に勝てるのは自分の式神だけであること。


「そんな大それたことをしようとしている男に、お前は勝てるのか?」

「勝つさ」

「ふん」

「何がおかしい」


 くっくっくと笑う幸人に直人は問う。


「自信のなさが顔に出ておる」

「なんだと?」

「十年前。お前がガキ大将に勝つと言ってはばからなかった時と、何も変わっておらぬわ!」

「言ってくれるじゃねぇか」

「わしの下で業を修め、軍の下で気を養い、予科にて学に励んだ。その結果がこれか。修行に出した意味がない」

「三年前とは違うってこと。見せてやろうか」

「よしっ特訓じゃ!」

「おう!」

「みなも君。道場を借りられるかな?」

「みなも。道場を借りるぜ」


 様子を見に来た創真の「えっ」という言葉を横切り、直人と幸人は道場に向かった。


 道着に着替えた直人に対し、幸人は国民服のまま。

 国民服はデザインが軍服に近く、動きやすい構造をしているのだから当然か。


 共に竹刀を構え、向かい合う。


 戦気を滾らせる幸人の身長は、直人とほぼ同程度。

 非常に大柄で、頑健な印象を受ける。


 親父と戦うのは久しぶりだが、俺が大きくなったとて、一筋縄ではいくまいな。

 さて、どう戦うか。


「あ、あれはなんだ!?」


 幸人が直人の後方を指さした瞬間、直人は右足を蹴り出す。


 馬鹿が。昔の俺なら引っかかったかもしれないが、俺は賢くなったのだ!


 前進する直人に対し幸人は一歩後退。左手の竹刀は床に向けて降ろされており、攻撃はおろか防御すらできる状況にない。

 一方右手は懐へと入れられていた。


 取り出されたのは黒い物体。それは十四年式拳銃に酷似していた。


 け、拳銃だと!? え、偽物だよな!?


 心の乱れとは正反対に、直人の左足は床を滑るように前進し、竹刀は斬り上げに入ろうとしている。


 その間にも銃口は直人の顔面へと向けられ、幸人は引き金を引いた。


 直人の顔に液体がかけられる。これに一瞬怯んだ。


 斬り上げは空を切り、その腹に幸人の突きが迫る。

 直人はすかさず膝を上げて防ぐと、そのまま踏み込んで斬り込む。


 何のことは無い。ただの水じゃねえか!


 両目をしっかりと見開いた直人の両腕を掴むと、幸人は背負い投げに入った。


「でやっ」

「ちっ」


 右肩から落ちて一回転し、両足で立ち上がりつつ振り返る。至近距離に幸人の身体があった。


 竹刀を振るスペースもなく、直人は押し倒され組み合いとなる。


「ふふふ。無様だのう。直人」

「重いんだよクソ親父!」


 左手で支えつつ右手で顔面を殴るが、押し戻せないどころか逆に顔を殴られる。


「お、お義父様! 直人はこの後大事な戦いが!」


 みなもの声にも、幸人は動じる様子はない。


「いい加減に、しろ!」


 幸人の両手を掴んだ直人は、頭突きを見舞うと、一瞬遠のく意識に構わず足裏と上体で幸人をどかす。


「肉弾戦は久しぶりだったか?」


 不敵に笑う幸人に堪えた様子はない。


 野郎……初めからこの展開に持ち込むのが狙いだったのか。


 剣の腕前は既に記憶にある親父を超えた。そう思って有利に考えていたが、今やどちらも無手。優位性などない。


 考えてみれば、互いに竹刀を持った瞬間に、剣で決着をつけるものと思い込んでいた。


 だが、竹刀というものは直接打撃しても怪我の心配が少ないように作られているのであり、相手を制圧する道具としては不向きだ。


 元来戦いとはなんでもあり。まして実戦なら勝てばいい。


 ここ半年というもの、空なら空戦で、地上なら剣で勝負をつけようとしてくる敵ばかりだった。故に剣法水無瀬流の根幹を見失っていたか。


「じゃあ親父には、これが効くだろ」


 直人はズボンのポケットから紙幣を掴みだすと目の前に放り捨てる。

 数枚の十円札が床へと舞い落ちた。


「おお!」


 目を輝かせた幸人は獲物に飛びかかる獣のように十円札へ跳躍した。


 ――剣法水無瀬流『激流葬』


 敵の注意を地面に集め、上方から攻撃する技。


 もらった!


 拳を幸人の後頭部へと振り下ろす直人の頬に、幸人の拳が炸裂した。


 クロスカウンター。互いに互いの拳を貰い、よろめくようにして距離が開く。


 今のは、剣法水無瀬流『滝登り』!


 元々は土下座をして油断させた相手を不意打ちし、形勢を入れ替える技。


 借金取りなどに有効な技だが、一時的に無防備を晒すためリスクもある。使いどころの難しい技だ。


「金はいらねぇってか」

「愚かなり。こんなものはな、倒してから全て受け取ればよい!」

「強盗じゃねぇか!」

「みなも。本当にこの親子をうちに迎え入れるのか?」

「当然だわ」

「どうしてなんだ」


 直人と幸人は互いに落とした竹刀を拾う。


「今のお前の実力はわかった」

「だいぶなまったみたいだな」

「久しぶりの実戦で、勘が戻ったわい」

「息が上がってるじゃねぇか」

「そういうお前は、恐れが消えていない」

「なにぃ?」


 竹刀を構えぬまま、幸人は続ける。


「御佐機を得、サポートしてくれる者達を得、それでもなぜ怯えるのか。世界を広げる意識がないからよ」


 黙る直人の答えを待たず、幸人は続ける。


「わしの人生に『ここでしくじったら終わり』という場面は何度もあった。だが乗り切ってこそ、収入もまた大きいのだ」

「じゃあその金はどこ行った」

「わしならば、『戦ってやる。その代わり晴明を倒したら金をくれ』と言うがな」


 こいつ……ほんとに状況がわかってるのか? 負けたらいくら金があったって意味がないんだぞ?


「無論、今回もそうするべきだ。ちゃんと伝えておくように」

「あの人らも一緒に戦いに行くんだ。金なんか要求できねぇよ」

「それはいかん。剣法水無瀬流のためだと思え」

「どういうことだ?」

「金さえあれば、道場が開ける。剣法水無瀬流の道場がな!」

「お義父様! 直人は悠紀羽を継ぐのです!」

「心配するなみなも君。わしが道場を開くのだ。この帝都でな」

「結局お前のためじゃねーか!」

「わしが剣法水無瀬流を後世に伝えるからこそ、お前は好きに生きられるのだよ」


 世界を守る為の戦いすら、金儲けに利用する。

 親父ならやりかねない。

 強靭な精神と言えるが、そんな世知辛い生き方はしたくない。


「さて、だいぶ回復した。そろそろ仕舞にしよう」

「てめぇ! 時間稼ぎか!」

「稽古を終える前に言っておく。『天地』は単なる技ではない。自在に変化、対応するための精神なのだ」

「なんで俺が家を出る前に言わないんだよ」

「有難みがないだろう」

「続きは力づくで教えてもらうぜ」

「いつでも来るがいい」


 そう言って幸人は正眼に構えた。


 何のことは無い。先ほどの攻防であっさり息を切らしていたのだ。

 睨み合っていれば先に体力が尽きるのは向こう。俺は待っていればいい。


 案の定、それから五分と経たぬうちに幸人が踏み込んできた。


 直人は後ろに滑るように動き、射程から外れ、それを認識する間もなく跳ね戻るように斬り込む。


 だが幸人の竹刀は上段へと振り上げられていた。


 初めから突く気はなかったらしい。


 二人の竹刀が振り下ろされ、強く衝突する。


 すかさず幸人は右肩を入れる。それだけで一重身になり左上段の構えに変化する。即、斬。


 ――剣法水無瀬流『拍刃』


 相手の斬撃を刃部で強く受け、肩の上から太刀を回しつつ肩を入れ、一重身になりつつ相手を斬る。狙いは面か小手。


 竹刀は直人の前髪をかすめていた。


 後ろ足を斜めに蹴り出し、前足も動かし敵の攻撃の始点と同じ方向に足を置く。同時に剣を前に出し、剣を振ったと誤認させる。


 着地の勢いのまま、右足を軸に反時計に回転。片手斬り。


「一本!」


 みなもの父の声が響いた。


 実戦なら致命傷になっているかは怪しい手ごたえだったが、幸人も蒼真の言葉に異論は唱えなかった。


「へ。老眼が始まってんじゃねぇか?」

「これで勝ったと思わんことだ」


 その後二人は風呂場で水浴びをして汗を流してから昼食を頂く。


 そして昼下がり、幸人は直人に声をかけた。


「直人。散歩に行かんか」

「散歩? 別にいいけど」

「では行くとしよう」


 二人は荻窪駅へ向かい、中央線に乗り込む。


「散歩って聞いてきたんだが、何で電車なんだ?」

「電車に乗る散歩があってもよかろう」

「歩いてないだろ」

「なに。電車から降りたらまた歩く」

「どこに行くんだ?」

「お前の学校の近くに焼き鳥屋があってな。いつもいい匂いをさせておるのだ」

「それを食いに行くのか?」

「正解だ。お前も腹がすいとろうが」

「親父金持ってんのかよ」

「ない」

「じゃあ食えないじゃねぇか」

「お前が出すのだ」

「出すわけないだろ」

「ほう? するとみなも君との結婚に反対してもいいと言うのだな?」

「寧ろ親父の意志は焼き鳥代の値段でいいのか?」

「焼き鳥さえ食わしてくれればな。若者の道に塞がる気は無いわ」

「そうかよ。じゃあ奢ってやるよ」

「それでこそ我が息子」


 飯田橋駅で降りた二人は、その近くの焼き鳥屋に向かう。


 直人も以前から存在は知っていた。こじんまりとした店だが、常連がいるのかだいたいいつも客がいる印象があった。


 今は他に客がおらず開いているのかもわからない感じだったが、店主は二人を受け入れた。


「うむ。美味い」


 もも肉を食べながら幸人が言う。


 確かに。最近はこういう原始的な食欲に訴えてくるものを食べていなかった気がする。


「こうしていると、二人で野鳥を捕まえたことを思い出すな」

「ああ。あれは美味かった」


 生家にいた頃、直人は父親と一緒に鶏や鴨を捕まえては捌き、調理して食べていた。


 幼き直人も野生ではないものが混じっていることは薄々感づいていたが、食欲には勝てないため口に出したことはない。


「直人。悠紀羽のお嬢さんと結婚したら、金に不自由することはなくなるだろう」

「たぶんな」

「ならば、稼いだ金はこの父に渡せ」


 こ、これは、剣法水無瀬流『金くれ』!


「自分で働け」

「道場の開店資金だ。協力せい!」

「どうせ潰すと思うんだよな」

「無論、ただでとは言わん。お前に伝え忘れていた『天地』の極意を教えてやろう」

「……まぁ、金が余ったらな」

「ふふ。後悔はさせん」


 そう言って幸人は席を立ち店から出る。

 直人は勘定として二十円払い、後に続いた。


「剣生一如と言うとおり、剣法とは人生に応用が利く。何であれ、技を学ぶと言うことは、自分を学ぶことであり、心を学ぶことなのだ」

「親父にしちゃまともなこと言うじゃねぇか」

「天地は水無瀬流の奥義とされているが、あれはただの技だ。使えたから奥義に至ったというものではない」


 直人は黙って続きを待った。

 父親の真面目な話を聞くのは人生で何回目だろうか。


「斬り結ぶ、太刀のもとこそ地獄なれ。一足踏み込め先は極楽。という詩のように、真剣勝負においては先に死へ近づいた者が勝利する。勝ちたければ死地に踏み込む。この精神が身についた時、水無瀬流を修めたということになるのだ」

「……今思いついたことじゃないよな」

「わしが師匠から教わったことだ」

「死地に踏み込む、か。今までだってそうしてきた」

「本能的にそうして勝つ場合はある。それに、一度心得を理解したつもりでも、その覚悟が薄れた時に敗北するというのは誰しもある。故に、剣を極めるとは本質的にはヒトにはできんのだ」

「宮本武蔵は?」

「あれはまぁ……極めてたのかもしれんが、ともあれ天地という技は、命と引き換えに勝利するという精神を持っていてこそ成立する。それを無くして、格上の相手に通用することはあり得ない」

「一回の勝負で命を使ってたら、命がいくつあっても足りないじゃねぇか」

「その通り。そんな戦い方を常にしていてはいずれ死ぬ。負けないにしてもな。だから剣法水無瀬流では、よほど追い詰められた時を除いては、絡め手で勝つことを是としているのだ」

「卑怯な手ってことか」

「卑怯ではない。自分の命を使う前に、周りのものは全て使えということだ」


 剣法水無瀬流とは生きるための極意である。

 昔そう言われた時は意味がわからなかったが、今ならわかる気がする。


「勝つためには命を捨てるつもりにならないといけない時があるってことか」

「わかったか。ならもう、帰っていいぞ」

「ん? 引っ越し手伝うんじゃないのか?」

「あの程度の荷物、わし一人で運べる」

「じゃあ一人で持てよ。俺は持たないからな」

「構わん。もう帰れ。みなも君が待ってるだろう」

「親父はどうするんだ?」

「明日また訪ねよう。荷物を持ってな」

「今日はここに泊まるのかよ」

「いきなり大荷物を持っていくのも悪い。明日までに置き場所を見繕うよう言っておけ」

「そこだけ常識発揮するのかよ……」

「よいか直人」


 幸人は直人に正対した。


「誰が何と言おうと、お前の身体には水無瀬流が染み付いている。空に上がろうと、原点を忘れるな」

「心配すんな。俺は剣も空戦も必ず勝つ」

「死んだら化けて出てこい。稽古し直しだ」


 陽が傾く中直人は幸人に背を向け、予科の校庭を後にした。

Tips:大殺界

 現世と幽世を接続し、現世を妖怪の世界に変えてしまう魔術。人間を含めた生物は幽世では生存できないため、大殺界が完成したとき全ての生物は死滅する。

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