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4. 父親

 悠紀羽邸の居間はフローリングの上にテーブルがある洋風作りとなっている。ただし欄間があるなど、ところどころ和を取り入れた意匠が存在する。


「あら。貴方が水無瀬君ね」


 声をかけてきたのは中年の女性。


「みなもの母の志津香と申します。話は聞いてるわよ」

「初めまして。水無瀬直人です」

「お母さん。起きてて大丈夫なの?」

「大丈夫よ。みなものお婿さんとお話ししたいの」

「お母さんは認めてくれるのね!」

「勿論よ。みなもが選んだのでしょう」

「うん」

「やっぱり女の子は、好きな殿方と結婚したいわよねぇ」

「当然だわ」

「私とて完全否定しているわけではない。まぁともかく、食べようじゃないか」


 食卓に並んでいるのは、ありふれた料理ばかりではあるが、質感の良い食器に綺麗に盛り付けられ、高級感がある。


 ご飯に味噌汁。主菜に副菜が二品と、量も申し分ない。


「じゃあ、いただきましょう」


 悠紀羽家三人が手を合わせたのを見て直人も倣い、四人での夕食となった。


 この人がみなもの母親か。

 あまり顔色がよくないな。かなり痩せている。

 病的なものだな。その証拠に盛り付けられた食事の量が非常に少ない。

 一過性の風邪とかならいいが。


「創真さんは否定したかもしれないけど、私は歓迎しているのよ。みなものお婿さんが見られるなんて嬉しいわ」

「どうも」

「私も本当は男の子も欲しかったんだけど、身体が弱かったのね。だから水無瀬君みたいに元気そうな男の子に住んでもらえると嬉しいわ」

「もうお母さんの息子になったようなものよ」

「あらぁ。素敵ねぇ。私さっき二人が並んでるのを見て、凄くお似合いだと思ったわ」

「うふふ。かっこいいでしょう」

「背が凄く高いのねぇ」

「あはは。背ばっか伸びまして」

「雑談もいいが、何故こんな急に話を持って来たのか、私と母さんに説明してくれ」

「そうだったわね」


 みなもが直人の方を見るが、食べるのに夢中の直人は一瞬目を合わせると、また食器に視線を落とす。


 それを見てみなもは話を始めた。


 そもそも日本の敗戦は安倍晴明の裏切りが原因であること。

 晴明の目的は日本中の人間を魅乗りに変えることであること。

 そのための魔術は発動しており、匪願という妖怪が垂れ流す穢水が人間を魅乗りに変えること。

 特殊な結界を張っている晴明の御佐機を撃墜できるのは夜切を持つ直人だけであること。

 作戦決行は一週間以内であること。


「勿論私は直人が勝つと確信しているわ。今までだって魅乗り相手の戦いは全部勝ってるし。でも、それでも、今、直人と結婚の約束がしたいのよ」

「わかるわよみなも。そうじゃないと不安よね」

「その通りよお母さん」

「……みなものお母さんは、今の話信じるんですか?」

「勿論よ。みなもが結婚の話をしてくるんだもの。それなりの理由があるに違いないわ」


 みなものお母さんに匪願が見えていないだろう。

 先ほど身体が弱いと言っていた。魅乗りを斬ったことがあるはずがない。

 でも信じるのか。いい人なんだなぁ。


「そういうことか」

「お父さんも。信じてくれるわよね」

「噂話としてだが、安倍閣下が裏切ったという話は帝都にいた将校の耳には入っている。まぁ公表されることはあるまいがね。……それに帝都の頭上にいる嫌な気配。匪願か。大層なものを持って来たな」

「創真さんは匪願が見えるんですか?」

「いや。私も魅乗りや妖怪を斬ったことはないのでね。見えないんだが。あながち荒唐無稽とも思わん」

「良かった。なら、この国救ったら結婚認めてくれるわよね」

「……こっちにも世間体というものがあるからな」

「まぁ今はいいわ」

「晴明は俺が必ず倒します。そのために、今御佐機も改造しています。問題ありません」

「ああ。君は御佐機を持っているのか」

「はい」

「さっきはああ言っていたが、御佐機を持っているということは実はかつての名家の出身ではないのか?」

「いいえ。ただの田舎道場です」

「そうか。まぁ、君も悠紀羽家次期当主の候補であることは間違いない。素性を知っておくのは必要だ。御佐機を持っている理由辺りから、話してくれ給え」

「そうですね」


 おかずを全て平らげだいぶ空腹は収まったところだ。

 様子を見に来た女給についでもらったごはんと味噌汁のおかわりと漬物がまだ残っているが、ここは身の上を語るとしよう。


 直人は自分がかつて所属した早衛部隊についてから話を始めた。


「あらあら、大変だったのねぇ」

「うーむ。うーむ……」


 予科に入るところまで話すと、志津香は感心しきり。創真は何やら悩んでいた。


 この隙に直人は冷めた飯を漬物でかきこむ。そして味噌汁を一気飲みした。


「優しそうなお母さんだな」


 居間を離れた直人が言う。


「ええ。認めてもらえて良かったわ」

「お父さんは認めてない感じだったけどな」

「最悪の場合駆け落ちするしかないけれど、二人だけの旅。それもいいわね……」

「それこそ世間体がヤバいだろ」

「今のは冗談よ。街で貴方を見せびら、貴方とデートもできないし」

「みせび?」

「貴方も帝都にいたいわよね」

「まぁ、な」

「貴方は食後はどうするのかしら」

「鍛錬する」

「そうだったわね。一緒にやっていい?」

「ああ」

「じゃあ道場でやりましょう」


 そうか。この家には道場があるんだったな。

 なら、道場でやるのがいいだろう。


 悠紀羽邸に併設された道場には更衣室があり、直人とみなもはそこで着替える。


 直人の道着は借り物だ。丈が足りてないが、これより大きいサイズの予備はなかったので仕方ない。


 みなももいることだし素振りは千回でとどめておき、その代わり腕立て伏せを行う。


 片腕を上げてもう片腕を折り曲げる。続いて片足も上げて片腕片足で自重を支える。

 このやり方は腕と体幹が鍛えられて良いのだと早衛部隊で習った。


 みなもに見つめられているので正直気が散るが、まぁ居候の身だ。仕方ない。


 身体も温まったところで型稽古に入る。


 直人の動きをコピーするように、みなもも剣を振る。

 基本的な動きは神道悠紀羽流でも変わらぬようで、その動きは淀みない。


「もし俺が悠紀羽家に婿入りするのなら、俺が悠紀羽流を習うべきなんだろうがな」

「今はいいのよ。水無瀬流がきっと貴方を助けるわ」

「ああ……そうだな」

「それに、うちの道場で水無瀬流を教えてもいいのよ」

「いいのか?」

「ええ。貴方には思い入れがあるでしょうし。当主になったなら、好きに指導していいのよ」

「なるほど。それは楽しそうだな」

「ほんと!? 全て貴方の思いのままよ。まぁ悠紀羽流も継承してくれないと困るけれど。貴方なら心配ないわね」

「剣なら任せておけ」

「素敵ね……」


 みなもの顔を直視できず、照れ隠しに型稽古を再開する。


 鍛錬を終え、沸かし直した風呂をもらい、自室に帰ると布団が二つ敷いてあった。


 ……これはつまり、そういうことか?


 犯人は既に特定できている。しかしそいつは今風呂に入っていて、問いただすことはできない。


 どうする。布団を外に出すか?


 いや待て、何を臆することがある。

 一緒にいるということならば、今日はずっと一緒にいたではないか。


 結婚すると確約はしてない故、制約もあるが、一緒に寝るだけなら問題はねぇ。

 こういうのは、ビビったら負けだ。


「お待たせ」


 襖が開き、やや顔を上気させた、みなもが入ってくる。


 洋服を着ていることの多いみなもには珍しい浴衣姿。

 水気の増した髪や肌が色っぽさを演出し、とても魅力的だ。


 知り合って半年になるが、風呂上りを見るのは初めてになる。だが落ち着け。平静を保て。焦りを見せては、この先主導権を握られることになる。


「お前、正気か?」

「ええ。一緒に寝ましょう」

「ふっ……どうなっても知らんぞ」

「い、一緒に寝るだけよ? 私達まだ結婚してないし」

「……どうなっても知らんぞ」

「も、もし一線を越えるというのなら、私と結婚すると誓いなさい。貴方が私の布団に手や足を入れたなら、その瞬間に悠紀羽性を名乗ってもらうわ」

「ぐっ……」


 そうきたか。やはり一筋縄ではいかん女だ。


 今婚約するわけにはいかない。晴明との戦いに勝ってからでなくては。

 結婚して数日後に未亡人にするわけにはいかない。

 こいつの両親にも申し訳がたたない。


「さぁ、もう寝ましょ」

「……どうなっても知らんぞ」


 ほほ笑むみなもに明かりを消され、直人は布団に入る。


「新婚さんみたいね」

「気の早いやつだな」

「だって、貴方は戦いに行ってしまうのよ。今、この瞬間が大事なのよ」

「今日隣で飯も食ったろうが」

「これとは別」

「わからんな……」


 沈黙が数分続いただろうか。


 まずいな。寝付ける気がしない。

 正直寝てしまえば一緒だとたかをくくっていたところもあるが。


 みなもはどうしてる? もう寝たのか?


 寝息を拾おうと直人は聞き耳を立てる。


 すると何やら足音が近付いてきていた。


「水無瀬君。失礼するぞ!」


 そう言って襖が勢いよく開けられる。


「お、お父さん!」

「みみみみみ水無瀬くぅ~ん」

「創真さん! これは……違うんだ!」

「好青年かとも思ったが、これはルール違反じゃないかね!」

「お父さん! 私達はただ寝ていただけよ!」

「水無瀬君! 男として君が断るべきだったねぇ!」

「いや俺は実際断っ……」


 てもないか。


「まぁこれはみなもも悪い! こっちに来なさい」

「お父さん引っ張らないで! 直人助けて!」


 直人に見捨てられたみなもは父親に手を引かれ退場していった。


「婚約前の娘がこんなことしていい道理はない!」

「もう婚約してるのよ!」

「してないと聞いたぞ!」


 声が徐々に小さくなっていき、みなもが戻ってくる気配はない。


 直人は少しほっとしていた。


 まぁ精神修養みたいになってたからな。

 これでよく眠れるだろう。


 直人は一人落ち着いて就寝した。




 翌朝。朝食を終えた直人は寮の自室へ着替えを取りに行くことにした。


 ついでだ。部室の様子でも見ておくか。


 そう思って旧校舎を訪れた直人は、裏庭から何やらドスドス音が聞こえるのに気づく。


 なんだ……?


 この学校は現在無人のはずであり、人がいるとすれば不法侵入。一応確認しておくか。

 そう思った直人は、二十秒後には後悔していた。


「う、嘘だろ……」

「ふ……来よったか。直人よ」

「親父……」


 そこにいた中年の男。サンドバッグを殴るのをやめ、こちらを見ている。

 国民服を着ていようが、見間違えようはずもない。直人の実父、水無瀬幸人であった。


「どうした。三年ぶりの再会に、抱きついてきてもよいのだぞ」


 直人は思わず後ずさった。


 どうする……。逃げるか? だが、こいつを放置していいのか?

 予科が神楽坂に戻ってくる日まで居座られたら、必ず問題になる。


「隙あり!」


 突如幸人は直人に向かって疾走した。

 編み上げ靴が地面を押し、強烈な突きが放たれる。


 困惑の隙を突かれた直人だったが、小さく息を吐き、服を投げ捨て拳を受け止める。

 そして肘を幸人に向け、肘打ちを見舞う。


 当たった。だが、効いていない。


 バックステップで流されたか!


 跳ね戻るようにして拳を突き出し、連打する幸人。

 それを前腕で防ぎつつ、左足上段蹴りを放つ直人。

 かすりはしたものの、効いている様子はない。


「サボってはいないようだな」

「てめぇの方は、少し老けたんじゃねぇか?」

「手加減してやった父の優しさがわからんか」

「なにぃ? だったらお前が伸びるまでやっても――」

「まぁ茶でも飲んでいけ。わしはお前に会いに来たのだ」


 そう言って幸人は背を向け、テントの傍に腰を下ろすと、テントの中から魔法瓶とステンレス製のコップを取り出す。


 直人もそれに従い、地面に座り込んだ。


「どうしてここにいた」


 幸人がコップに茶を注ぐのを見ながら、直人は尋ねる。


「お前が軍事基地の跡に神楽坂魔導士予科学校にいると書き残したのではないか」


 そうだった!

 早衛部隊の生き残りがあそこに行けば、とりあえず俺がどこにいるかはわかるようにしておいたつもりだったが、こいつに見つかるとは……。


「どうして俺のいた部隊の場所がわかった」

「消印で県まではわかるからな。適当に山籠もりしたら見つかったわ」

「どうしてわざわざ探したんだ」

「お前の事が、心配になってな」

「手紙は出してただろ」

「検閲されている以上、本当の事は書けまい。何故軍になど売ってしまったのか。わしは後悔したよ」

「いや、まぁ俺は別に……」

「丁稚奉公にやっていれば! コンスタントに収入が得られ、長期的には良かったのではないかと――」


 直人の右ストレートが炸裂する。


「俺はなぁ! 売られた時は悲しかったんだぞ! それでもお前が借金を返せるって言うから!」

「馬鹿もん! そんなもの、返してしまっては何も残らんだろうが!」

「まさかお前、借金を返さなかったんじゃぁ」

「返したわ。さすがにな」

「じゃぁいいじゃねぇか。俺は別に、悪い目にはあってねぇよ」

「借金は返せた。後はお前を回収して、共に労働し、道場を再建すればよかった」

「俺が部隊を抜けたら詐欺じゃねぇか」

「だが、わしがお前の居場所を突き止めた時、既に基地は廃墟となっておった」

「あー……」


 それについては話すと長いが、まぁ、この後かいつまんで話しておくか。


「わしは剣法水無瀬流を後世に伝える義務がある。だが、あの道場はもうやっていけん。故にわしはこの帝都まで来たというわけだ」

「ちょっと待て、じゃあ家はどうなった」

「売った」

「なにぃ!?」

「借金のカタにな。おかげで、綺麗な身体となったわ」

「俺が早衛部隊に入って、完済したんじゃなかったのか?」

「道場の経営が好転したわけではない。窮した故に賭博会場として貸し出したこともあったが、結局は破産だ」

「じゃあ普通に働けよ」

「わしがサラリーマンに収まる器だと思うてか!」

「威張って言うな!」


 直人はまたしても手が出たが、今度はがっちり受け止められる。


「二度も同じ手は食わんよ」

「このクソ親父……」

「無論、働く気はある。戦争も終わったことだ。次なる道場は、この帝都で開くとしよう」

「ああそうかよ。俺は手伝わないからな」

「直人! お前には親子の情というものがないのか!?」

「お前だってあんまりなかっただろうが!」

「わかっとらんな直人よ。獅子は我が子を千尋の谷に落とすという……」

「死にかけたこともあったな」

「おかげで強くなったろう」

「それは俺の才能だ」


 そう言ってぬるいお茶を飲み干すと、直人は立ち上がる。


「じゃぁな。ここに長居するようなら、通報するからな」

「時に直人よ。お前は今どこに住んでいる?」

「それは……どこだっていいだろ」

「どれ、わしが一緒に住んでやろう」

「いらん!」

「久しぶりに親子水入らずというわけだ」


 不敵に笑う幸人を見て、直人は思う。


 河原にテントでも立てとけと言いたいが、こいつを野放しにしておいては何をしでかすかわからない。

 そうなるくらいなら、定住先を与えた方が良いのではないか。


 だが、ここの学生寮はない。

 予科がここに戻ってきた時、父親と二人暮らしというのは絶対に避けたい。あと狭い。


 かといってアパートを借りる金はない。こいつにも絶対にない。


 となれば……悠紀羽邸か。

 みなもに頼めば、倉庫くらい貸してくれるだろうか。それともやっぱり見知らぬおっさんとか嫌だろうか。


 まぁ、頼んでみて、駄目だったらそん時また考えればいいか。


「わかった。案内するよ」

「案ずるな直人。わしとて、道場の開場資金が手に入れば、そちらに住むつもりだ」

「開場資金って、アテはあるのか?」

「それはこれから考える。帝都に来たばかりだからな」


 直人は「わはははは」と笑う幸人を見て、なんとか山奥に捨ててこれないか思案した。

Tips:彦火火出見尊ひこほほでみのみこと

 日本建国の神。まつろわぬ神々を駆逐し、日本を平定した。中でも最大の功績が匪願を撃破し、幽世を現世から隔離したことで人の住まう世界を確たるものにしたこととされる。

 武神としての側面が強く、金鵄がとまったことで有名な弓『金鵄之威織』や、匪願を倒し、現世と幽世を完全に分離するのに使った『夜切』という刀を持っていたと言われる。

 加えて魔導士でもあり、『八咫烏』という式神を使役していたらしい。

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