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16. 終戦

 松本市に向けてしばらく飛んだ頃、沈黙していた無線から音声が入る。


「水無瀬聞こえるか。紫電隊が全滅したと聞いた。おかげで無線の権利を得たが、どうなってる」

「詩文が……負傷しました。今、病院へ運んでいます」

「他の二人は?」

「撃墜されましたが、二人とも式神なので、大丈夫だと思います」

「そうか。詩文だけが、重症なんだな?」

「はい。血が……いえ、必ず助けます!」

「わかった。そのまま病院に向かえ。詩文を収容したら、速やかに皆神山に向かうんだ」

「え!? ……せめて医者の話とか、どんな怪我なのかとか、聞かないと……」

「皆神山の洞窟に鉄人が数体いる。御佐機が一機でもいればこちらの損害を減らせるから来てほしいとのことだ」

「そんなことだったら、俺が行かなくてもいいでしょう!」

「貴様がいなければ余計に人が死ぬ」

「それは……」


 何か言おうと思ったが、思いつかなかった。


 上手く言いくるめられるほど直人は口達者ではなかったが、何を言ったところで詩文を助けられるわけでもない。


「私が一緒に戦えなかったことは慙愧の念に堪えない」

「……だからなんですか。俺がもっと強ければ」

「恥を忍んで言う。戦いはまだ終わってない。戦場に戻れ」

「くそっ……詩文……何とかならねぇのか」


 無線から京香の息をつくような音が聞こえた。


「貴様それでも魔導士か! 魔導とはなんだ! 戦え!」


 ――魔導。戦うことを止めぬ覚悟。御佐機を扱う立場である限り、楽になることは許されない。


 直人は頭を抱えたい衝動を堪えつつ、答える。


「了解」

「私は貴様を誇りに思う」


 言葉は返さず、そのまま病院へと飛び続けた。


 たどり着いたのは、この前街に木材や金物を買いに来た時に目にした病院。


 果たしてここの医師の腕がいいのかどうかわからないが、そこそこ大きい建物は石造りのモダンな外観で、寂れているという印象は無い。


 着陸して憑依を解き、中に入るとそこが市立病院であることがわかる。血まみれの詩文を抱えて受付に行くとすぐに対応してくれた。


 医師が「うちでは対応できない」などと腑抜けたことを言うようであればすぐにでも車を出させるつもりだったが、そもそもこれ以上動かすのは危険な状態と言われ、すぐに処置をしてくれることになった。


 手術台と思しきものに詩文を乗せて部屋を出た直人はこのまま待合室にいたい気分に駆られたが、行くしかない。


 教官に誇りに思うと言われたのだ。気力を振り絞って向かうべき。


 病院の前から離陸した直人は、未だ戦闘が終わってないという皆神山へと飛行した。


 教官は詩文を戦闘に参加させることに反対していた。それを押し切ったのは俺だ。故に詩文が重傷を負う羽目になった。……俺も、拒否すべきだったのか。


 だが、詩文がいなければ、みなもや茜の被害が増していた可能性はある。詩文だって、拒絶されれば悲しいだろう。


 こうならない選択はなかったのか。そう考えるが答えが短時間で出るはずもなく、目的地に到着する。


 空挺部隊が山の前に布陣し、その向かい側には簡易な壕が掘られ、鉄人が数体屈んでいた。


「こちら水無瀬。皆神山到着」

「よく戻った。状況はどうだ」

「今は戦ってないですね」

「高射砲に注意しろ」

「高射砲はもう壊れてます」


 皆神山の頂上に高射砲陣地があったようで、窪んだ場所に残骸が転がっている。


「地上部隊から、敵御佐機の情報は無い。鉄人とかいう兵器だけだ」

「攻撃を開始します」

「注意は怠るな」


 鉄人達は自分の未来悟ったか、空挺部隊に向けて突撃を始めていた。直人は地上付近を水平に飛び、鉄人に向けて機銃を放つ。


 ダメージはあったようで足も一時的に止まったが、完全な破壊には至らなかった。


 発動機を止めた直人はフラップを開きつつ大きく旋回し、鉄人の目前へと着陸する。

 鉄人が斧を振りかぶって攻撃してきたが、動きの速さも機体出力も、御佐機と比べれば話にならない。そもそも身長自体が早衛の三分の一程度しかない。


 ものの三十秒で、四体の鉄人は全滅した。


「殲滅終了」


 無線にそう言いつつ、直人は皆神山を見る。そこには洞窟があった。いや、地下壕と言った方がいいか。そういえば、鉄人はあそこを守るように配置していたな。


 地下壕に向けて歩く直人の足元を、歩兵達が走る。敬礼をしてくる人もいる。やはり、戻ってきたのは正解だった。


 地下壕に近づくと、大量の蝉に似た虫や、死体に群がる虫達が湧き出てくるのが見えた。


「む、虫ぃ!?」

「なんだぁ?」


 兵士達が驚いているが、直人だけがその正体を知っている。

 人がすれ違えるかどうかの地下壕からは、動死体や敵兵の気配はない。さっきので打ち止めらしい。


 直人は御佐機に憑依すると、離陸して空から虫の行く先を追う。


 遠くからだと黒い塊に見える虫の大群は、皆神山の北側にある神社へと移動していた。直人もそれを追って、その近くに着陸する。


 そこは小さい古社だった。参道をかねた階段からは、点在する家屋と間を埋めるような畑が見える。その向こうには山があった。典型的な田舎町の外れといった雰囲気。


 階段を登りきると境内がある。青々と茂った木々が影を落とし、足元は草に覆われ、手入れはされていない。


 魅乗り、立花美保はそこに立っていた。相変わらず白衣を纏っていて、大昔の雰囲気を湛えた神社には不釣り合いだ。


 美保は背を向けたまま、口を開く。


「知っての通り、私はご覧のあり様なので、斬っても突いても死にませんよ」

「ああ。だから俺が殺してやる」

「私は生き延びて、研究を続けるつもりです」

「だったらなんで妖怪に魂を売った」

「魂ならその前から売ってましたよ。科学という名の悪魔にね」

「……動機がなんであれ、魅乗りは人を殺す。生かしてはおけない」


 直人が鯉口を切るとどうやってそれに気付いたか、美保が振り返った。


「こうして見ると良い男ですね。救われたかもしれません。虫でなければ」

「言いたいことはそれだけか」

「……実現する可能性のない夢っていうのは、自分も他人も傷つけてしまうんですよ。この、私のように」


 美保の右半身が虫の集合体に変化するのと、直人が魔術を発動するのは同時だった。


 それが幽世に住まう虫であろうとも、虫が火に弱いのは必定。空へ、陸へ、脱走を図ろうとする虫達はみな炎に巻かれ、息絶えていく。


 死喰い虫が全滅するのに、二十秒とかからなかった。焼け焦げた虫の破片が僅かに痕跡として残るのみで、後には直人だけが残される。


 不意に、世界に音が戻ったように感じられた。周囲には煩いくらいに蝉の音が溢れている。


 ……戻るか。


 直人は御佐機に憑依すると、一先ず学校に戻ることにした。




 極々小規模とはいえあれは戦争だった。戦争である以上味方の損失も必ず出る。


 そんな当たり前の事実を、直人は初めて体験した。


 今まではどこかで、何とかなるに決まってる、と楽観的に考えていたのは間違いない。


 ピンチになっても俺がいれば助けられると。それは思い上がりだったのか?


 今後はどうする。俺が空戦の腕前を鳴滝教官に匹敵、いや、上回るまで磨き上げ、剣も更に精進する。要は最強になれば、こういったことは防げるのか?


 それとも、俺がどれだけ強くなろうとも、誰かを戦いに引き込めば、このようなことになるということなのか?


 例え、それが本人の望みであったとしても。


 詩文を病院に運んでからというもの、直人はそんなことを考えていた。


 校庭に着陸して講義棟に向けて歩いていると、入口辺りでみなも、茜と出くわした。


「お前ら、授業は?」

「貴方を迎えに来たのよ!」

「部活があるって言って抜けてきた!」

「ま、部活なら、しょうがないよな」


 なんとなく講義棟へ入った直人だったが、別に授業を受けたいわけではない。


 いや、二人の無事を確かめたかったのだ。それが果たされた今、教室へ急ぐ理由もない。


 直人は壁にもたれて腕を組むと、二人を見下ろした。


 二人の顔を交互に見ると、みなもが顔をそらす。


「その……詩文ちゃんのことは、聞いているわ」


 教官から聞いたのか。俺からだと言いにくいことだったから、こういう気遣いはありがたい。


「お前らは、大丈夫なんだろうな」


 見ればわかることだが、他に言うことが思いつかなった。


「え、ええ。私に怪我はないわ」

「私は腰怪我しちゃったけど、すぐ治るよ」


 茜は少し笑って言ったが、みなもにせよ茜にせよ、先ほどから無事で良かったと笑いはしない。二人もどんな顔をしていいかわからないのだろう。


「ならいい」


 直人は二人の隣を通り過ぎて、教室に入る。


 周りの視線を集めながら、自分の席に座る。そして教科書をさかさまに開くと、授業を聞くふりをする。


 自分でも気付かないうちに直人は突っ伏して寝ていたが、教師は起こしには来なかった。


 休み時間中、直人は今日の昼休みが三十分遅くなり、正午にラジオをきく予定であると知らされる。


 教卓の上にラジオが置いてあるのはそのためか。


「今朝の新聞にな、今日の正午に重大な放送があるって書いてあったんだよ」


 隣の席の渚が言う。


「重大な放送?」

「そこまではわからん。ただ、国民は必ず厳粛に聴取せよ、だとさ」


 重大な放送? なんだろうか。ま、昼になればわかることか。


 そして一九四五年八月十五日。正午。ラジオから時報が流れた。


「只今より重大なる放送があります。全国の聴取者の皆様ご起立願います」


 アナウンサーにそう言われずとも、神楽坂予科の生徒達は皆ラジオの前に立っていた。


「ちょっと音上げろ」

「え、これ大本営発表じゃないの?」

「玉音だよ玉音」

「おい、始まるぞ!」


 皆がラジオに一層近づいたところで、国家の演奏が流れる。その後、アナウンサーのものとは違う、声が流れ始めた。


「朕深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み、非常の措置を以て時局を收拾せむと欲し、茲に忠良なる汝臣民に告く。朕は臨時議会並びに大本営をして、米国に対し単独講和を受諾する旨通告せしめたり」


 若干ノイズが入っている。もしかして肉声ではなくレコードを再生しているのかもしれない。


「米国との新たなる盟約への順守が、帝国の自存と東亜の安定とを庶幾する初志と、帝国と共に東亜解放に協力せる諸盟邦及び使命に殉じた帝国臣民の願いに叶うと信ず」


 言葉遣いが難しすぎてその意味を完全に理解することは難しいが、何が言いたいかは直人にもわかった。


「朕は茲に国体を護持し得て忠良なる汝臣民の赤誠に信倚し常に汝臣民と共に在り」


 玉音放送は三分ほどで終わり、再び国歌が流れる。


「終わりか」


 誰かが呟いたが、直人も同じ気持ちだった。


 大筋はわかったが、これから日本がどうなるのかとか、そこらへんがさっぱりだった。まぁ放送を作った人達もわかってないのかもしれないが。


「あの、戦争が終わったってことですよね」


 生徒の一人の質問に、京香が頷く。


「あ、ああ。難解な言い回しが多くて私も完璧にはわからなかったが、要は、市ヶ谷は降伏した。新たな日本政府がアメリカと単独講和した。そのアメリカはイギリスに対し独立戦争を仕掛けている。日本はそれに協力することで、アジアの解放を達成しましょう。とまぁ、そういう趣旨だ」

「なるほど……」

「あ、また読み始めたぞ」


 今度はアナウンサーが詔書を読み始めたので、生徒達は再び耳を傾ける。今度は冒頭に解説があり、肉声であったため、ようやく細かい内容まで理解できた。


 その後は、アメリカとの単独講和に至った経緯や、市ヶ谷なき後の日本の在り方などが放送されていた。


 そうか。戦争が終わったのか。


 疎開していた直人にとって、戦時中でなくなったというのがいまいち実感がない。


 だが、間違いなくこの日、直人にとっての小さな戦争が終わり、日本人にとっての大きな戦争が終わったのだ。


 もう帝国軍が動けないから俺達が代わりに戦うなんてこともないのかもしれんな。


 寂しくもあるが……詩文のこともある。これでいいのか……。


 丁度三十分ほどで、放送は終了となった。


 さて、昼食に行くか。生徒全員がそう思った時、窓の外から強い光が差し込んでくる。


「え、何!?」

「太陽でも爆発したか?」

「んなアホな」


 生徒達は一斉に東側の窓に集まる。


 強い光は遥か遠くからもたらされていた。方角にして南東東。


 あれは……帝都の方じゃないか!?


 他の生徒も、同じことを言っていた。


「なんか……空割れてね?」

「空から銀の箱が生えてる」


 この騒ぎは次第にもっと大きくなるはずだと思ったが、予想外のことが起こった。生徒達のほとんどが、それはそれとして、とでもいった雰囲気で食堂に向かいだしたのだ。


 いや俺も確かに腹は減ったが、もう話題を変えてしまう程度の衝撃ではないと思うのだが。


 あの天変地異を、たまにある自然現象としか捉えていない周囲への違和感から足を止めその場に取り残された直人。


 見ればみなも、茜も同じ状況になっていた。


 ……こんなこと、前にもあったな。黒金が大殺界を発動させた時。


 あの時とはまた少し様子は違うが、また何か帝都で重大かつ深刻な事件が起きているのではないか?


 当時と異なる点の一つとして、京香がこの場にいることがある。京香もまた真剣な眼差しで割れた空と黒い箱を見つめている。


 この現象を極めて真剣に捉えている証拠だ。


「水無瀬、悠紀羽、玉里。あの光景が見えるな」

「見えます」


 三人は肯定する。


「見ての通り、ただ事ではない。終戦宣言があった直後の異常な現象。公的な軍事活動でないことは間違いない。調査が必要だ。帝都に飛んでくれ」

「了解です」

「食事は現地で適宜とれ。私も行きたいが、列車を使う必要がある。とりあえず今日中に帝都の様子を電話で教えてくれ」

「わかりました」


 みなも、茜と目を合わせ頷いた直人は教室から出る。


「なんだか、黒鉄の一件を思い出すわね」

「お前もか。周りが気付かないか気にしてなくて、俺達だけが騒いでるって状況がな」

「あの時は周りに赤い枝みたいのが見えたけど、今回は銀色の箱みたいなのだけなのかな」

「大殺界の時はこの世が幽世と繋がろうとしていたから。今回は違うのかしら」

「私は今回も、凄く嫌な感じがするよ」

「そうね……。この世のものではない、そんな気がするわ」


 長野から帝都までは御佐機なら三十分で移動できる。

 直人達は一ヶ月ぶりに帝都へ足を踏み入れた。

Tips:立花美保

 松代に巣くった反政府組織『開闢党』の一員。鉄人の開発と多数の動死体を操り、地上戦力の中核をなした。

 外科医の父親を持つ美保は幼い頃から異常な速度であらゆる学問を吸収し、女でなければ神童と呼ばれていたであろう才覚を持っていた。

 元々の夢は医者であったが、女性は大学に入れないとわかると、科学者に転向し起業を図る。しかし大学も出ていない女に出資するような金融機関は無く、美保が生み出す先進的な発明品に理解を示す投資家も現れなかった。

 単に医療や科学に携わりたいというだけであれば他にも選択肢はあったはずだが、能力故に高いプライドと、病的なまでの合理性が遠回りを許さず、自殺に至る。

 しかし肉体が完全に死ぬ寸前で死とかかわりの深い妖怪、死喰い虫に憑依され、魅乗りとなった。人としての肉体を捨てているのは、美保が人の形を取ることに意味を見出さなかったのと、死喰い虫の特性が合いまった結果である。

 大妖怪故に現世でも魔術が使え、基本的には動死体を作ることで戦力確保に貢献していたが、人間だけでなく小動物の死体を操ることで偵察の役目も担っていた。

 例えば松代に来た神楽坂予科については小動物の死体から視界を取ることで常に監視し、特に直人と詩文が脱走した際はすぐにその行先まで察知していた。

 本人自体に戦闘能力は無いが、類い稀な知性と、伝説級の妖怪が組み合わさったため、極めて脅威度の高い魅乗りだったと言えるだろう。

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