15. 金翅鳥王剣
戦場では弱者から淘汰されるのが常識。
直人は既に列機を失っている隼二機のどちらかを狙う。
太刀打ちならばかなりの確率で撃墜に持ち込めるが……。いや、現時点で空戦エネルギーを失うのはまずい。機銃で疾風を牽制しつつ、隼を狙う!
まずは疾風めがけて急降下する直人。ところが疾風は二機同時に斜めに旋回すると、先頭機が大回りすることで二機平行となり、直人達へ正対した。
ヘッドオン……!? いや、向こうも機銃を手にしている。無視だ、無視!
直人の目前へ迫った二機の疾風は上下に分かれるように旋回する。そして通過した直人達の背後についた。
「茜。振り切れる」
「うん」
直人達の陰に隠れるように降下に転じていた二機の疾風はいつの間にか太刀に持ち替えていた。そしてそれを追っていた紫電の一機に同時攻撃を見舞う。
「佐々木ぃ!」
紫電の魔導士の声だ。一機墜とされた!? だが確認している余裕はない。目標が目の前だ。
「二番機を狙う」
直人は隼めがけて撃つが、左側に逸れる。
「旋回するぞ!」
左に旋回を始めた隼を直接追わず、直人達は縦に旋回して再び背後につく。
隼は旋回した後で速度を失っている。先頭の直人の有効射程には既に入っている。
どう動く? ダイブで逃げるなら追わないという手もあるが。
だが二機の隼は再度右への切り返しに打って出た。距離が更に詰まり、二、三番機の射程にも入った、はずだ。
直人の放つ三十ミリが左翼に命中。続く詩文、茜どちらかの射撃も発動機に命中し、隼を撃墜する。
その直後、茜が悲鳴を上げた。慌てて振り返ると、茜の背後に二機の疾風がついている。
「茜逃げろ!」
「ごめんね。私は大丈夫だから……」
急降下していく茜はそう言い残す。
発動機は火を噴いていなかった。もしかして背中をやられたか!?
秋葉権現の背中にはそこそこ厚い防弾版が入っていた。今は無事を祈るしかないか。
速度は直人達の方が上。疾風が二番機詩文を攻撃する気配はない。
高射砲を警戒する直人は鋭い旋回を行うが、詩文はそれに追躡しきれずやや距離が開く。
数字上では三対三。だが番の疾風は無傷であり、俺達は紫電の魔導士との連携はしたことがない。
だからどうした。魔導とは「生と死の狭間にあること。戦うことを止めぬ覚悟」だ。
「カグラ隊。俺の後ろ――いや、俺が列機に入る!」
「了解した。三番機に入られたし!」
現実的な判断だろう。
向こうは帝国空軍の正規兵。俺達がどんな機動をしようとも、ついていける自信があるのだろう。
問題は合流できるかだな……。
番の疾風は紫電の背後につこうとしていた。今や空戦エネルギー的にも完全に疾風側が優位にある。
紫電は横の旋回で射線を外すが、疾風はハイ・ヨーヨーで再び背後につく。更にその後方に直人達はついた。
二度威嚇射撃を行うが、疾風に動じる気配はない。直人は銃下側の弾倉を外し、腰から新たな弾倉を装着する。
既に紫電は被弾し煙を噴いていた。にもかかわらずダイブで逃げないのは、俺達に期待しているのか。
「追いつけません!」
「了解。不甲斐なくて済まない」
そう言うなり、紫電は回避の為にとっていた横転状態からそのまま縦に滑り、急降下する。
直人がそれを視線で追うと、反転上昇して直人達の後方を垂直上昇していた。
市ヶ谷神道流空戦術『陽炎』か。鮮やかな手並みだが、相手が番の疾風では通用しまい。
だが紫電の狙いは別のところにあった。
急激な旋回で直人達の後ろにつこうとしていた隼。速度差があるため直人は無視していたが、照準器を覗き込む隼の腹下に出現した紫電は左下段に構えた太刀で、隼の首を薙ぎ払った。
機体を水平に戻した紫電は直後、二機の疾風から十字砲火を浴び、火だるまとなって落下していく。
振り切れぬとわかって、最期に一矢報いたというわけか……。
これで二対二。同意高度。明らかに不利。
「直人はん……」
詩文の声が聞こえたが、それに続く言葉は無い。
呼んだだけ……? そうか。俺がしっかりしなくてはな。
空戦であの二機に勝てるか。無理だ。連携力が違い過ぎる。
二号飛燕は日本の精霊機の中では高高度性能が高いから、高度六千メートル以上であれば機体性能で優位に戦えたかもしれないが。
一刻の猶予もなかった。逃げ回り続けても、地上付近に追い込まれていくだけだ。勝ち目があるとすれば、今、この瞬間しかない。
「詩文。あれをやるぞ」
「あれって、ほんまにあれやんか!?」
「やるぞ。度肝を抜いてやる」
黒鉄と戦った時と同じだ。普通に空戦をやっても勝ち目はない。倒すためには、敵の既知を上回る動きをする必要がある。つまりは市ヶ谷神道流には存在しない、古流剣術の奥義とも呼べる技。
無論、それとて分の良からぬ賭けではある。だが、活路を開くにはそれしかない。
直人達が縦に旋回したことで魅乗りと正対し、その距離は急速に減少する。
二機の魅乗りは互いに背中合わせになるように平行に飛び、機首をこちらに向けようとしている。
来る。同時攻撃が。
直人は急激なピッチアップで姿勢を起こす。空気抵抗が増し、減速する。後下方にいた詩文は機銃を捨て、直人の足裏を持ち上げる。
その感触があった瞬間に、ピッチダウン。機首が一気に下を向き、倒立に近い状態となる。発動機以外の外力が加わらねばあり得ない機動。疾風の発動機が、目の前にあった。
食らえ! 金翅鳥王剣!
――昼の月、我は敵機の上にあり。
宙転。即、斬。直人の太刀は疾風の発動機マウントを粉砕した。
詩文の方は直人を持ち上げた反作用で下に落ちるはずであるから、それに逆らわず急降下で離脱しているはずだ。
発動機を失った疾風は確実に戦闘不能。あと一機。
「令!」
「後は任せた!」
無理に機体を水平にはせず、直人はそのまま急降下する。詩文と合流するためだ。だが、視界には信じたくない光景があった。
残った疾風が詩文の後方至近距離に付き、銃撃を加えていた。
「し、詩文!」
馬鹿な……どうやって……。あの一瞬で狙いを詩文に変え、急降下したというのか……!?
既に詩文は機体から煙を噴いてた。
悲鳴も上げずに……俺が攻撃に集中できるようにか?
「やめろ!」
思わず叫んでいた。だが、それで魅乗りがやめてくれるはずもない。
詩文が急降下に入るべく、機体を横転させる。そこに魅乗りが放つ二十ミリ機関銃が殺到した。機体背面、発動機、右翼に被弾。詩文は力なく落下していった。
「直人……ん。たす……て」
魅乗りの存在が頭から抜けたわけではないが、直人は詩文に向かって一直線に向かって行く。途中、牽制のために機銃を魅乗りめがけて撃ったが、どこまで効果があったかはわからない。
「詩文! 聞こえるか!」
無線から応答はない。二十ミリで背中を何発も貫通されていては、命は無いだろう。
早衛の他の追随を許さないダイブ速度で詩文に追いつくと、そのまま手を引くようにして急降下を続ける。後ろを見れば魅乗りが追ってきていたが、その距離は広がっていた。
速度は既に八〇〇キロを超えている。しかし疾風の主翼がもげる気配はない。
憎らしいが……良い機体だな。
直人は徐々に機首を起こしていき地表寸前で水平に戻すと詩文の手を離して地面に落とす。そのまま縦の旋回を行い、魅乗りと正対する。
魅乗りが詩文を狙うようならその直前で一刀を見舞うだけだが、その様子はない。
御獄山から差し込む朝日が一日の始まりを告げ、決着が近いことを予見させた。
「あんた、なんで魅乗りになった?」
「ん? ああ。軍主導の政治が続いても、俺の故郷は貧しいままだろうと思っただけさ」
「……そうか」
敵は俺が詩文から離れられないことを知っている。もし互いに相手の後ろを取ろうとすれば、奴は格闘戦に持ち込もうとするだろう。
旋回性能の低い早衛で疾風に低高度の格闘戦を挑むのは自殺である。
太刀打ちで臨むより他に無し。
右上段に構えた直人を見て、魅乗りも右上段に構える。
低高度での戦闘だ。魅乗りが直人の斬撃を上手く躱し続ければ、勝敗の天秤は魅乗りへと傾いていくだろう。
対する直人は早衛の機体出力を活かすことができれば、一気に勝利を手繰り寄せることができる。
互いに間合いに入った。魅乗りは反時計回りに横転する。
早い。
直人は太刀を振り下ろし魅乗りの太刀を叩く。即座に時計回りに横転しつつ、連撃。魅乗りの発動機、そのプロペラが吹き飛んだ。
――中条八雲流『切り落とし』
あの魅乗り、一人で戦うことに慣れていなかったのか……?
魅乗りが地面に向けて滑空していくのが見えた時点で、直人は興味を失っていた。
「詩文!」
飛燕が落下したはずの場所に向かい、着陸する。そこには人の姿となった詩文が倒れていた。だが意識は無い。すなわち詩文の意思ではなく、御佐機となっていた精霊が死んだから、憑依が解けたのだ。
「くそっ」
憑依を解いた直人は詩文を抱き上げるが、背中から大量に出血しているのがわかる。やはり先ほどの被弾は、飛燕の背面装甲を貫通していたのだ。
はっきり言って詩文が撃墜された時から、皆神山で行われているであろう地上戦は直人にとってどうでもよかった。
向かうべきは松本市。あそこは大きい街なので、でかい病院も必ずある!
詩文を一旦地面に置いた直人はそう信じて御佐機に憑依し、詩文を手に乗せると松本市へ向けて離陸した。
Tips:番の疾風
松代に巣くった反政府組織『開闢党』の御佐機戦力。その隊長および副隊長を担う二機の疾風につけられた渾名。
隊長機の名は真島司、副隊長の名は真島令。その苗字が示す通り、二人は兄弟である。
二人とも元陸軍出向組で、大陸戦線に従軍。一号作戦にて活躍し、通算撃墜数は合計十五を報告。
二人は一号作戦の連戦連勝ぶりから市ヶ谷機関の不利な講和に反対しており、市ヶ谷事変で反乱軍に参加。巧みな連携で現空軍の攻撃を退けたが、反乱軍そのものが敗北し、敗残兵となる。
反乱の後はしばらく行方不明となっていたが、賊軍扱いとなり帰る場所を完全に失った絶望から魅乗りになったと思われる。
大陸戦線で同じ部隊だった魔導士の証言によると、かつてクーデターを起こした陸軍皇道派の主張に賛同しており、市ヶ谷による軍事政権の樹立は元より認めがたいものだったのかもしれない。