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11. 尊皇派

 翌日の放課後、直人は渚と一緒に情報部の部室へ向かっていた。


 昼休みにも放課後用がある旨言われていたし、実際に六限が終わった後も声をかけられた。


「お前にとって、巡航部にとって、非常に重要な話がある」


 そう言う渚の顔はいつになく真剣だった。


 いつもはニヤニヤした表情、みなもに言わせれば品のない笑いを浮かべて話しかけてくることが多い渚にしては珍しい。


 渚はそうした女子ならばおよそしないような表情をするからこそ、ギリギリで女の子と間違えられずに済んでいる節がある。


 まぁ疎開初日の歓迎会では村人に女扱いされていたが。


 渚が深刻な顔で直人を案内するものだから、直人も自然と言葉少なに歩く。たどり着いた先は情報部部室の中、資料保管室だった。


 兵舎の中の一部屋を使ったもので、中はテーブルが一つと椅子が四つある他は全て本棚で埋められている。


「すげえなこれ」

「部員の自宅に置いてあったものも全部集めたからな」

「疎開先は土地だけは豊富だからな」

「違いない」


 そう言って渚は座り、鞄からバインダーを取り出す。


「なんだよ重要な話って」

「茶の一杯でも出したいが、他の人間に聞かれるとまずい」

「そんなに重大なのか」


 言いつつ直人も椅子に座る。


「ああ。これは取引だ。できれば秘密裏に済ませたい」

「……一体なんだ」


 直人の言葉に応えるように、渚はバインダーを直人が見やすいようにテーブルに置く。


 そこには詩文の写真が貼られた書類が挟まれており、右上に極秘という判子が押されていた。


 なんとなく目を通すと、和奏詩文と書かれている。


「これ苗字と名前逆だろ?」

「ああ。逆なんだ」

「間違えたのか」

「順を追って話す。この前この女子生徒について調べるよう情報部は依頼を受けた。依頼主は、鳴滝教官だ」

「なに!?」

「初めはなんで調べるのかわからなかったが、報酬がやたらと多かったから、最優先で調べた」

「それで、何がわかったんだ」

「こいつの本名は和奏詩文。年齢十四。有名な室町大社の巫女にして、元帝国陸軍尊皇派だ」


 理解できなくて眩暈がした。


「何言ってんだお前。十四歳? あいつは十六だと自分で言ってたぞ」

「それは嘘だ」

「いやしかし……試験に受かってたぞ」

「御佐機持ってるおかげだろ。お前と同じだ」

「でも俺より点高かったらしいし御佐機もけっこう乗れてるし――」

「寧ろあの見た目だ。やっぱりそうかって感じだろうが」

「確かに背は低いがこないだみなもとかと話してたけど女の身体の成長には個人差があるから今小さくても落ち込むことは――」

「お前は落ち着け。話を聞け。あの娘の父親はな、市ヶ谷事変で反乱軍側について、多分だが処刑されてるんだぞ」


 処刑という血生臭い響きに直人は現実に引き戻される。


「じゃあ長野にいたのは、逃げてきたってことか?」

「おそらくな。室町大社だけじゃなく、京都の神社のいくつかは尊皇派についたが、それらは今閉鎖されてる」

「……見つかったらどうなる? そもそも教官はなんで詩文のことを調べさせた?」

「まずもってだが、和奏という苗字。和奏一門って京都じゃ有名な名家だ。教官が知ってても不思議じゃない」

「……あいつ……もっと真剣に偽名を考えろ」

「お前と出くわした時咄嗟に考えたんじゃね? あとあの娘の持ってる御佐機。二号飛燕と言ったか。あれは停戦間際に少しだけ生産された精霊機で、配備されていたのは京都大阪の防空部隊だけだ」

「そうか。教官なら、その二つを知ってて結びつけても不思議じゃないな」

「先ほどのバレたらどうなるかという話だが。俺にもわからん。教官がどうするか次第だからな」


 鳴滝教官は見逃してくれるだろうか。甘く考えない方がいいだろう。教官は真面目な性格だ。しかも帝国空軍の魔導士であることに誇りを持っているように見える。

 市ヶ谷大本営に通報しても、おかしくはない。


「この話。教官には言ってないんだよな」

「そうだ。俺がここにお前を呼んだのは。この情報を買わないかということだ」

「そういうことか。教官に言わないでおいたのはありがたい。でもそれ、俺が買わなかったら教官に売るのか?」

「俺達は既に教官から金を受け取っちまってる。だがお前が買うなら、この情報は破棄する。教官には永遠に調査中と報告する」

「金返せとか言われないのか?」

「そんなんで済むなら安いもんだ。必要経費だけ徴収してやる」

「いくらになる?」

「八百円」

「高ぇ!」

「この情報にはもっと価値がある。割り引いてんだぞこれでも」

「だが……詩文が可哀そうだと思わないのか? ただで黙っててやってもいいくらいの――」

「金を貰えなければ責任は持てない。部員のために払ってやれよ」


 返す言葉は見つからなかった。


 確かにそうだ。もし俺がここで金を払えば、こいつは絶対に口外しないだろう。そういう奴だ。金を伴った契約をすればこそ、詩文の安全が担保される。


「払おう。だが今は持ち合わせが」

「銀行振り込みでいい。一週間以内だ」

「わかった。明日にでも街に行って振り込んでくる」

「俺としても肩の荷が下りた気分だ。これ教官に報告したらお前に殺されると思ったからな」

「ああ。部室もなくなるかもな」


 あながち冗談でもなかった。頭に血が上ったら、建屋の一つや二つ破壊するだろう。


「さっきの八百円には今後の情報料も含まれてる。何かわかったらお前に報告してやるよ」

「ああ。頼むぞ」

「あとこの取材に関わった部員の口止め料もな」

「ああそうか。知ってるのお前だけじゃないのか」

「この書類を纏めたのは俺だ。途中でヤバいと思ったからな。だが断片的に知ってる奴は何人かいる」

「それ本当に大丈夫なのか?」

「人の口に戸は立てられぬと言うがな。まぁ情報の価値はわかってる連中だよ」

「にしてもこんな情報どうやって調べた」

「電話と足だ。体調不良で農業休んで夜行列車で京都行った奴もいる」

「それバレないのか?」

「絶対にバレない。依頼者が鳴滝教官だから」

「なるほど! 違いない」


 教員の一人がグルなのだからサボりが問題視されることはない。


 まぁ俺達も部活で農業サボってるしな。


「情報部が持ってる和奏の情報はそれで全部だ。さっき破棄すると言ったが、正確にはお前に全部やる。あとは好きにしろ。燃やすのがお勧めだ」

「手軽だな」


 燃やすなら魔術でいつでもできる。だがその前にここに書かれている情報を頭に叩き込んでおきたい。


 ひとまず部屋において、亮がいない時にでも読めばいいだろう。


「とりあえず出るか」


 二人は資料保管庫を出るとそのまま情報部の部室も出る。


「お前どこ行くんだ」

「取材。お前はこれから部活か」

「ああ。これ置いてからな」


 渚と別れた後、直人は一旦部屋に戻って鞄を置き、部室へと向かった。




 直人が部室に入ると、京香の姿が目に入る。視線を移すと茜の隣の詩文が、小柄な身体をすくませて不安気な顔をしていた。


 それを見て直人も緊張を覚える。


「水無瀬。私は詩文と話をする。貴様も来い」

「待たせていましたか。話ってなんです?」


 直人は慌てた素振りを見せず探りを入れるが、京香は答えない。ただ松葉杖を持ち、歩いて部室から出ていく。


「何か聞いたか?」

「わ、わからへん」


 まさか……詩文の素性がバレたのか? それはないはずだ。


「どこに行くんです?」

「私の部屋だ。他人に聞かれるべきじゃないからな」


 そう言って京香は教員が使っている兵舎へと進んでいく。こっちに来てから教員用の兵舎に入る機会は無かったが、それぞれ一人部屋であることが表札から見て取れる。


 教師が私室に生徒二人を招き入れた。この時点で直人は既に予感がしていた。


 直人達二人を立たせたまま、京香は椅子に座る。生徒の部屋にあるものと同じ木製の安物。


「和奏詩文。十四歳。和奏秀成の長女。室町大社の巫女。間違いはないな。和奏」


 和奏は黙ったままだ。その横顔は無表情。絶望しているようにも、冷静なようにも見える。


 やはり知っていたのか。だがどうして。渚は黙っておくと言ったぞ。裏切った。それはない。あの後教官に接触する時間が無い。


 ともかくこうなった以上、探りを入れるのは無駄。なんとか説得するのみ。


「鳴滝教官。詩文は巡航部に大きく貢献しています。少なくとも巡航部には、所属させ続けるべきだと思います」

「やはり知っていたのか。この娘の正体を」


 京香は薄く笑っている。怒っている様子はない。どちらかというと見透かされているような感触がある。


「どうやって知った。といっても情報部以外にないか。あいつらは仕事が早いな」

「教官こそ、どうやって知ったんですか!? 情報部から、聞いたんですか!?」

「勿論そうだ。さすがに私一人では……特定の誰か、例えば早峰から聞いたわけではない」


 直人の怒りの表情を見て察したか、京香は否定する。


「え、じゃあどうやったんですか!?」

「そういう貴様は誰から聞いた。早峰か? だがこのレベルの情報を雑談で話すとは考えにくい。貴様が買ったのか」


 京香の予想は当たっている。


 ここは逆らうべきではない。寧ろ機嫌を取るくらいの態度で、詩文を守らなければ。


「俺が買いました。持ちかけられたので」

「まぁそうだろうな。私から金を受け取っておきながら、あくどい奴だ」

「教官は、誰から買ったのですか?」

「今の環境下では、奴らが外に人を出す時、必ず教員に把握される。誰が情報を持っているかは予想がつく。あとは一人一人から個別に情報を買い上げ、自分で整理した」


 教官ははなから情報部やその部長である渚を信頼していなかったのだ。文字通りその能力だけを買っていた。


「流石ですね。情報部も教官には敵いませんね」

「貴様は巡航部の部長であり、和奏を招き入れた人間でもある。事実を知っておいてほしい」

「……詩文は、どうなります?」

「その娘は十四歳。当学への入学資格がない」

「特例ということになりませんか? 来年もう一度一年生をやるとか」

「来年であれば受験資格はある。まぁ、私がいる限りは入学させないが」

「何でですか!」

「この娘がテロリストに接触しないと、利用されないと、何故言える?」

「こいつはそんなことしません!」


 直人は断言した。


 詩文の重大な秘密を今日の今日まで知らなかったにも関わらず。詩文の父親が市ヶ谷事変の時どのような立場で何をしたのかも知らないのに。


「当学は無理だ。市ヶ谷と近過ぎる」

「だったら、部活だけでも。部活動には、神楽坂の生徒に限るという規定はないはずです!」

「そのあたりは調べたわけだ」


 直人の発言は完全に勘だったが、当たっていたらしい。


 退学になってしまうのは可哀そうだが、最早この線で駆け引きするしか。


「詩文は巡航部の戦力です。こいつがいなければ今までの作戦も失敗していたでしょう」

「それは関係ない。和奏は巡航部には所属できない。私が認めない」

「酷いっすよ! こいつは何もしてないでしょう!」

「その娘の影響力は貴様が思っているより大きい」


 どうする? ストライキでもするか? そもそも詩文の所属を認めないと言ったところで、物理的に追い出せるのか? 教官は今御佐機に憑依できない。当分は実力行使には出れない。時間は稼げるか。


「悪いですがこいつは巡航部の重要戦力です。今更無しでは戦えません。教官が認めなくたって、俺達は許します」


 かなりの憤りを感じていた直人はこのまま詩文と出ていこうかと思ったが、間髪入れずに京香が口を開く。


「近く空軍との共同作戦がある。和奏を混ぜることはできない」

「……随分と、冷酷なんですね」

「市ヶ谷魔導士になった時からな」

「こいつはここにいたいと言ったんだ。部活くらい参加したっていいでしょう」


 この時、遠くから発動機音が聞こえてきた。レシプロ音。御佐機だ。だが魅乗りの気配はない。みなもか茜か? そう思いつつ窓の外に目をやる。


 ……違う。一目連でも秋葉権現でもない。二機とも同じ精霊機。あの主翼。間違いなくあれは――。


「その娘はまだ十四歳。戦うには早い。それにく――ちょっと待て水無瀬! その娘は皇――」


 詩文の手を引き、直人は駆けだしていた。


 翼に日の丸。あれは帝国空軍の機体だ!


 まさかとは思う。信じたくはない。だが鳴滝教官が既に詩文を通報していたとしたら?


 詩文は捕まったらどうなる。父親は処刑されたらしい。ならば同じように?


 させねぇよそれは!


「直人はんどこ行くねん!」


 涙声なのに気付く。やっぱり悲しかったのだ。


「うるせぇ大事なこと黙ってやがって!」

「言えるわけないやん。十四歳だなんて」

「確かにそうだな! 飛ぶぞ!」


 いつの間にか手は放していたが、詩文はちゃんとついてきていた。二人は憑依し、離陸する。


「直人はんええねんで。家にくらい一人で帰れます」

「お前だってほんとはこの学校にいたいんだろうが!」

「……いたいに決まってるやん!」

「なんとかしてやる。一旦逃げるが」

「さっきの御佐機はあてを捕まえに来たん?」

「わからん。俺は教官も信じたいんだがな……」

「とりあえずあての家に行くん?」

「いや、明日まで待つ。お前の家にも軍人が行くかもしれない」

「じゃあ、野宿やなぁ」

「それでも俺はいいけどな。だが良いところがある。こっちだ」


 そう言って二人が向かった先は、涸沢カールの山小屋だった。ここなら徒歩では簡単に追って来れない。御佐機でくればすぐわかる。


 平日でありながら登山客がそこそこいるが、紛れられて丁度いいかもしれない。


「あてお金持ってないんですけど」

「そんくらい俺が出してやる」


 直人は山小屋の主人に一泊する旨申し出ると、金を払って詩文と中に入った。

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