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10. 青空教室

 その翌日の始業時刻から復旧作業は始まった。


 直人達は市街地までひとっ飛びして材木店と金物屋から買い占めレベルで建材を買い集め、それらを抱えて戻ってくる。


 まず必要そうな個所に丸太足場を組む。最優先で直すべきが、被害の最も大きい講義棟だった。


 最も大きいが故に執拗に攻撃された講義棟は、壁や屋根に穴が空いているどころか、壁や屋根が無くなっている箇所がある。したがって修理というよりリフォームと言った方が近い。


 丸太足場の構築を終えたら、寸法も録に調べていない建材を、現物合わせで各場所に割り当てていく。そして実際に修理が始まる直前で、一旦昼休憩となった。


 昼食は街の仕出し屋が持って来た弁当だ。朝は乾パンだったので、まともな食事がありがたい。


 直人達はただ飯を食っているだけだが、各部活の代表者達は昼食をとりつつ大きな紙を中心に集まって、何やら話し合っていた。


「ええなぁこいうの」


 それを見ながら詩文が楽し気言った。


「いいって何が」

「大工作業や」

「そうか? まぁ授業受けるよりは楽しいかもな」

「みんなで一緒に何かやるって、祭りみたいやん」

「確かに、近所のお祭りが始まる前ってこんな感じだったわね」

「あてこの学校に来て本当によかったわ」


 脚を動かしながら言う詩文は本当に嬉しそうだった。


「私も、詩文ちゃんが来てくれてよかったなぁ」

「茜はん……」

「焼き鳥パーティまたやりたいね」

「また鶏を拾ってこなきゃいかんな」

「鴨とかどうやろか」

「鴨か。食ったことねぇな。美味いのか?」

「美味しいですよ。京都では鴨鍋を食べるねん」

「確かに、鴨ならそこら辺にいるし。作れそうね」

「俺鴨捌いたことねぇぞ」

「まぁ同じ鳥なんだし大丈夫なんじゃない? 私が手伝うわ」


 みなもがそう言ったところで、集まっていた集団が直人に声をかけた。


「水無瀬ー、ちょっと来てくれ」


 呼びかけに応じ、直人は各部活代表者の集まりに参加する。


 いつの間にかこの復旧作業は、部活を一つの班として役割分担をしていたらしい。ここで決まったことを、代表者が各部活の部員に説明するというわけだ。


 巡航部の役割は資材運搬と仮設。午前中と変わりない。


 直人は午後からの工程の説明をされ、いつどこに何を持っていけばいいか書かれた紙を渡された。


 食事を終えると、誰ともなく作業が再開される。


 直人達は、壁のない部分を利用して厚みのある板材を二階に乗せ、中の生徒達がそれを梁に打ち付けていく。


 修繕が難しいのが、折れてしまった梁だ。御佐機は中に入れないため、人力で持ち上げるしかない。


 一階の床に突き刺さった木材にロープを括り付けると、生き残った梁に仮組された丸太を滑車代わりに、男子生徒達が懸命に引っ張る。


「引けぇー! 力の限り、引けぇー!」


 木材に乗っかって一緒に持ち上げられている女子生徒が扇子を片手に叫んでいる。


 あれは演劇部の……。


 可能最短での復旧を目指し、生徒達は仕出し弁当の夕食を食べ終えた後も夜勤に励む。


 どこから持ち出してきたか探照灯が置かれ、発電機から電気を貰って講義棟二階部を照らす。さすが駐屯地。いろんな物があるものだ。


「午後十時まで中央階段は上り専用だ。それとリアカーを二階に持ち込むのはやめろ!」


 スピーカーから京香の声が聞こえるが、皆作業に熱が入り、あまり気に留める様子は無い。


 翌日の午後。構内がある程度直ったところで屋根の修理に移る。雨が降るまえに終わらせたい。


 ただし、御佐機で屋根の上まで木材を運ぶことはできない。最も大きい早衛でもその頭頂高は六メートル。木造二階建ての講義棟は、屋根の端でも六メートル。棟は更に高いため、御佐機では安全に木材を屋根の上に置くことができないのだ。


 そこで丸太足場に滑車を引っ掛け、木材を束ねる番線に鎖を引っ掛け、反対側をホニⅢの後部と繋いで引っ張るという工法を取ることになった。


 念のため丸太を支えている直人の後ろを、過積載状態のリアカーが通過する。それを引っ張る数人の男子生徒は如何にも辛そうだ。


 荷台にうず高く積まれた木材の上には扇子を持った女子生徒が乗っかり、声援を送っていた。


 二日目も作業は夜遅くまで続けられ、辺りの暗さとは裏腹に講義棟は活気がある。


「構内は火気厳禁だ! 夜食は外で作れ。それと構内にテントを張るのをやめろ!」


 今夜も京香のアナウンスが時たま講義棟に響いていた。


 三日目には食堂の修繕も行われ、この日で講義棟と食堂の修理はおおむね終わった。




 木曜。復旧作業はまだ残ってはいたが、これ以上授業を中断し続けるわけにはいかないということで、通常通り授業が行われる。


 放課後は修理した床材のワックス掛けや屋根の塗装を行うことになったが、協議の結果巡航部は割り当てなしだった。ペンキ缶やハケの数にも限りがある。


 なのでいくつかの部活が講義棟や食堂で作業を行う中、直人達は部室にいた。


「久世はんと間宮はんは来えへんの?」

「あいつらは野球部と演劇部の作業に駆り出されてる」

「大変やね」

「あいつらこそ御佐機の練習すべきなんだがな」

「じゃあ今日はあてらだけで練習やね」

「そう言いたいところだが、瑞配が残り少ない。今ある分は健児と亮にとって置いた方がいいだろ」

「こないだ発注した分、まだ届かないの?」

「ああ。もう納期は過ぎてるけどな」

「戦争の影響やんなぁ」

「ま、しょうがない。こういう時は、剣の練習だ」


 立ち上がった直人に茜が続く。


「行こー」


 こうして直人達は木刀を片手に、よく晴れた夏空の下に繰り出した。


 筋トレも兼ねてしばらく素振りを続け、一旦休憩する。


「時に詩文。中条八雲流には必殺奥義みたいな技はないのか?」


 水筒から水を飲みつつ、直人は尋ねた。


「必殺奥義……ですか?」

「普通はできないような技でも、発想を真似したりはできるかもしれないからな」

「あー、せやんなぁ。そういうのでええんでしたら、金翅鳥王剣ってのがありますね」

「金翅鳥?」

「インドの伝説の鳥のことだそうです」

「ほう。やっぱ飛ぶのか?」

「ちゃうねん。大上段に構えて、気迫で相手を圧倒するという技です」

「飛ばねぇのかよ」

「寧ろ剣術で飛ぶってあるんですか?」

「あるぞ」

「あるわね」

「あるよ」


 直人、みなも、茜が口を揃えて言う。


 例えば茜の使う鶴来タイ捨流も飛んだり跳ねたりする剣術であるが、ここで言っているのは別の事、玉里道場を襲撃した強者、篝時也の事だろう。


 少なくとも直人はそれを思い浮かべていたので、当時のことを説明する。


「めちゃくちゃ強いやん」

「正直、あれは魔剣だった」

「魔剣かぁ。空中でも魔剣が出せたら、あの番の疾風にも勝てるんやろか」

「空中で魔剣、見たことはあるがな」

「ほんまですか?」

「直人が鳴滝教官や、二天一式、ソロモンの魔人と戦った時の事よね」

「ああ。特に二天一式のは魔剣としか言いようがない」

「二天一式ってのは聞いたことありますな。ほんまに戦ったんですか?」

「魅乗りになってたからな」

「凄いですなぁ……。まぁあては実技試験で直人はんがした動きでも魔剣に思えましたんやけどね」

「あれこそ二天一式の動きを真似しようとして編み出した技だ。だが、実戦で二天一式と同じ動きをする自信はない」

「魔剣なんてのは当人にしかできないから魔剣なのかもしれないわね」

「そんな気はするな」


 例えば篝時也の『陣風』にしたって、本人の異常な跳躍力があってこそ成り立つ技であり、他人には再現できない。また、御佐機で応用しようにも、跳躍するという動作においては寧ろ生身より不利だ。


 朝倉隆一の『零閃ぜろせん』についても、膝を抜くという動作は猛練習によって会得できるかもしれないが、技そのものは上体が軽いわりに脚が強いという零精の特性に依存している。


 金翅鳥王剣にしても、身長二メートルの巨漢とか、天下に名が轟く剣豪とかが使えば、相手が戦意喪失して必ず勝つという魔剣になるのかもしれない。


「一人じゃ無理かもしれないけど、何人かで魔剣ってできないかな」

「何人かで?」


 茜の言葉に直人が問い返す。


「うん。市ヶ谷神道流だとさ、敵一機に複数で襲い掛かるべしって習うじゃん」

「確かにな」


 陸であれ空であれ現代の戦場は集団戦であり、方法論たる市ヶ谷神道流らしい教えだ。


「二人や三人で協力したら魔剣が出せるかしら」

「面白そうだな。やってみよう」

「どうやるの?」

「お前らの誰かが俺の手を踏み台にして跳躍する。飛んだ奴はそのまま剣を振れ。……そうだな。詩文にしよう」


 直人は一番軽そうな詩文を指名した。


「あて靴履いてんねんけど」

「構わん。茜は俺の隣に来い」

「私を跳び越すの?」

「そういうこと」

「玉里はん、危ないと思ったらしゃがんでください」

「いいよー」


 準備は整った。詩文は直人から五メートルほど離れたところに立ち、茜は詩文と向かい合う形で直人の隣に立つ。


「よし来い!」

「いくでー」


 そう言って、詩文は走り出した。それを見てみなもがはっとした表情を浮かべる。


「あ! 詩文ちゃん待って!」


 みなもが言うが、詩文は既に足の踏切に入っていた。


 詩文の右足裏が直人の手のひらに乗る。


 あれ、これ見えないか?


 詩文のスカートが目の前でひらひらしているのを見て思う。


 しかし今更やめるのもなんなので、直人はそのまま勢いよく投げ飛ばした。


 詩文は茜の頭上を余裕で飛び越え、空中で抜刀して剣を振る。直人からはスカートの中がはっきりと見えた。


 両足でしっかりと着陸した詩文は納刀して振り返る。


「楽しいわこれ」

「お、おう。今日からこれを金翅鳥王剣と呼ぼう」

「ちょっと直人!」


 みなもだけが怒りの表情で詰め寄ってくる。


「貴方、わざとじゃないでしょうね!」

「何がだ」

「何がって……貴方、詩文ちゃんのスカート、覗いたでしょう!」

「えっ」


 ここで事態に気付いた詩文が驚きの声を上げる。


「俺は詩文が飛ぶまで気付かなかった」

「な、直人はん、あての下着見えたんか!?」

「ん。ああ。お前ピンク好きなのか」


 直人の言葉に詩文の顔がみるみる赤くなる。


「ちょっと! せめてそこは否定するとか!」

「お前が怒るなよ。お前のじゃないんだから」

「だから嫌、じゃない、女には重要なの!」

「あかん……直人はんいけずやわぁ」


 詩文が自分の身体を抱きしめながら身体を揺らす。


「謝りなさいよ!」

「みなもはん。ええねんで」


 未だに顔が熱を帯びた詩文が笑って否定する。


「そうだぜ。事故だぜ事故」


 わざとでもないしこんなことでいちいち謝りたくない直人も笑って言い訳する。


「でも……もうお嫁に行けへんかもしれんなぁ……」

「そ、そんなことないわ! 気にしないで! そんなこと言ったら私なんて直人に裸見られ――」


 言いかけてからみなもは黙る。その顔が徐々に赤くなっていた。


「みなもはん本当ですか!? 直人はん、それはアカン。アカンやろそれは」

「なんだこの展開は。魔剣の話をしていたはずだ」

「気になるわぁその話。茜はんは大丈夫ですか? 変な事されてへん?」


 頼む茜……話題を変えてくれ!


「えーと、実は私も、直人君に、その、胸を……」


 これまた胸を庇うように腕を前に持って来た茜を見て、直人は身を翻し脱走した。


 後ろから「あっ」という声が聞こえたが、どうでもいい。


 脱兎の如く走る直人を陸上部が見たら、試合だけでも出てくれと頼んだだろう。

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