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8. 焼き鳥

 週末。土曜日は大雨だった。視界が悪く、乱気流も危険であるため巡航部は哨戒を行わず、室内で過ごしていた。


 体育館があればいいのにと直人は思う。


 身体を動かせないのは直人にとって苦痛なので、使われていない兵舎に行って刀を振る。


 ただ、刀を上段に構えると切っ先が天井に衝突するため、上段からの攻撃を交えた技は練習することができない。


 まぁ巡航部のメンバーがついてきてしまっている現状、空想上の敵に集中することも難しいし、今日は上段の構えを含まない型の反復稽古を行うとする。


 身体を温めるべく筋トレから入り、だいぶ汗をかいたところで木刀を手に取る。


 剣を振る傍ら周りに気を配ると、構え一つとっても流派による差異が見れて面白い。


 茜は女性にしては長身であるが、上段に構えても切っ先が天井にぶつからない。これは彼女が木刀に角度をつけて構えているためだ。タイ捨流系統で甲段と呼ばれる構え。


 加えて腰もかなり落としている。これについては鶴来タイ捨流の特徴なのか、茜がこの場所に合わせているだけなのかはわからない。


 対して詩文は小太刀を用いることで、上段に構えても切っ先が天井にぶつかることを回避していた。


「小太刀持って来たのか」

「普通の木刀だと天井にぶつかるやん」

「いやお前の身長だとぶつからないんじゃないか?」

「ぶつかるかもしれんやん!」

「小太刀だと軽すぎて軍刀と感覚が違うだろ」

「実はこれ、素振り用やねん。だからちょっと重いんや」

「そんなものあるのか」

「持ってみてください」


 詩文に手渡された小太刀を持つと、確かに思ったより重い。木刀と遜色ない。こうして見ると肉厚でかなり太いことがわかる。


「素振り用の小太刀とは珍しいな」

「あての流派は元々小太刀を扱う流派やってん」

「中条八雲流、だったな」

「せや」


 中条八雲流。剣術三源流のうち念流に属する流派で、中条流から派生したものだ。


 小太刀を用いた技を教える古流剣術は珍しくないが、小太刀そのものを主力武器として扱う流派は珍しい。


「なんで小太刀なんだ? 普通の刀の方が強いだろ」

「言うても戦場で使われるのは槍か弓やんか。首狩るだけなら小太刀で十分ってことらしいわ」

「邪魔にはならんわな。じゃあ普通の刀はあんまり使わんのか」

「中条八雲流は寧ろ刀がメインやねん。江戸時代に八雲って人が刀を主に使うようになって、それが中条八雲流になったんやて」

「江戸時代は刀自体武芸の道具と見なされていたから、人を集めるうえでも刀の方が都合が良かったんじゃないかしら」


 ここでみなもが口を挟む。


 確かに。戦国時代と江戸時代では刀の存在意義が異なったのは事実だ。


「そんなん聞いたことあるわ。せやけど幕末の京都では小太刀の技が結構活躍したらしいんやて」


 新選組と討幕派武士がしのぎを削った京都は細い路地で構成されており、しかも戦いはしばしば屋内で行われた。


 そうした環境においては刀よりもさらに携帯性と小回りに優れた小太刀が、アドバンテージを得たとしても不思議ではない。


「中条八雲流ってけっこうでかい流派なのか? 幕末に活躍したってことは」

「ええと、せやね。京都では使ってる人多かったらしおす」

 何故だか詩文が一瞬慌てたように見えた。


「皆さんの流派で、小太刀はつこてますか?」

「昔習ったけど、今は持ち歩いてないからな」

「私もおんなじ」


 直人に続いて、みなもの隣に来ていた茜が答える。


「そうね。悠紀羽流では小太刀は二刀に使えるから携帯すべしとされていたけど、今は持ち歩かないわね」

「実はあてもそやねん。技も殆ど刀で練習するし、小太刀で有名とか言われても、ピンとこおへんですねん」


 詩文は笑って言った。


 かつて、小太刀には二つの役目があった。一つは予備の刀。所謂脇差としての役割。


 小太刀は正式な装備とは見做されにくく、武士が目上の人間の屋敷や城を訪れた際に、刀は預けなければならなかったが、脇差は手元に残すことが許された。


 もう一つの役割が、武士以外にとっての武器。刀ではないから武士以外の身分でも携帯が許されることが多く、武家の女が護身用に持ち歩くこともあった。


 しかし、現代において刀とは御佐機の依り代であり、御佐機の兵装である。


 軍刀の携帯を法律で認められている魔導士においても真に頼みにするのはそれによって召喚できる御佐機であり、刀という形状は国粋主義的ステータスシンボルに過ぎない。


 御佐機の兵装としてみても、太刀と機関銃の両方を装備することによって兵器としての汎用性を上げつつ丸腰になる危険性を下げているのであり、それに加えて脇差を装備する意義は非常に少ない。


 軍人にとっての護身用の武器としては更に携帯性に優れた拳銃があるため、小太刀の出番はない。


 もし小太刀を携帯している人間がいるとすれば、それはつまりヤクザ者。護身用というよりは脅しのためのものであろう。


「でも刀を主力としたことが、本家より八雲の方が今に残っている理由なんじゃないかしら」


 みなもが言った。


 確かに。きっとそういうことなのだろう。


「詩文の剣術には元々小太刀で出すものだった技が色々あるんだよな」

「あります」

「ちょっと見せてくれよ」

「そうですね……。では基本の四課しかを」

「しか?」

「四つの課題です」


 そう言いつつ詩文は木刀に持ち替えると、中段に霞の構えをとる。


「俺はどう構えればいい?」

「なんでもええですけど、じゃあ中段で」

「よし」


 直人が中段に構えると、詩文はすり足で近づいてきた。直人はゆっくりと一歩踏み出すと、切っ先を前に突き出す。


 対する詩文は左足を大きく滑るように動かすと、切っ先を直人の物打ちの下に差し入れ、身体を回しながら受け流すと、右袈裟に斬り込んでくる。


「これが四課のうち燕廻です」

「もし俺が上段に構えていたらどうする?」

「その時は相手に打ち下ろさせて、その手を踏みながら首を切るという技もありますよ。でもあての身長だと難しそうやね」

「小太刀でやる時は片手で持つのか?」

「そういう技もありますけど、基本は両手やね。だから刀でも応用しやすいんです」

「刀を抜いたら、そのまま踏み出して突くって手もあるよね」

「手首で切っ先を上げてから身体ごと太刀を落とすって手もあるわよね」

「いろんな手があんねんな。あても先輩達の技が見たいわぁ」

「そりゃいいが、ここで俺がやると天井や壁にぶつかるんだよな」

「直人はん背が高いさかいなぁ。じゃあ、悠紀羽はんの二刀技見せてぇな」

「え」

「みなもご指名だぞ」

「いいけど、悠紀羽流の二刀技は小太刀での奇襲が前提よ」

「そうなん?」

「刀を片手で保持するのは相当力が無いと無理よ。だからこうして小太刀は腰に隠しておいて、刀で斬り込む。左手を離して、腰から小太刀を抜いて刺す。とか」

「それならあての力でもいけそうやわ」

「失敗したら小太刀はすぐに捨てるの。その場合斬り上げる刀で小太刀の頭を叩いて飛ばす技もあるわ」

「器用だな」

「最初に小太刀を投げてしまう手もあるし」

「それが一番強いかもな」

「あとは着座で小太刀を足で投げる技とか」

「器用すぎだろ。ちょっとやって見せろ」

「嫌よはしたない」


 そう言ってみなもは小太刀を詩文に返す。


「玉里はんはどうですか?」

「タイ捨だと小太刀は片手で持つよ。空いた片手で何をするかだけど、相手の刀を奪う技もあるよ」

「やってみせてぇな」

「いいよ」


 そう言って茜は少し離れた場所に移動する。


「前から言おう言おうと思ってたんだけど。下の名前で呼んでよ。私も、みなもも」

「ええんですか? お二人とも先輩やし」

「同い年でしょ? ていうか直人君のことは下の名前で呼んでるよね」

「あ……それはまぁ、出会った時の勢いと言いますか」

「じゃあ私も呼んでほしいなぁ」

「じゃあ茜はん、みなもはんでええやろか」

「ちゃん付けでもいいけどね」


 笑いながら茜は小太刀を右手一本で構える。


「斬り込んできて」


 茜の言葉に、詩文はすり足で距離を詰め、右上段から斬り下ろす。


 対する茜はそれを小太刀で受けるや否や、身体を転回し懐に入りつつ、左手で詩文の腕付け根を掴む。加えて左足を詩文の膝上に引っ掛け、一気に持ち上げる。


 これらの動作。全て同時。


 ――鶴来タイ捨流『山嵐』


「ひゃっ」


 詩文が小さな悲鳴を上げると同時に、茜は動作を中断した。


「ここでやると危ないからここまでね。上手くいけば、小太刀の先が転んだ相手の喉元に向いてるから、そのまま突き刺せば勝てるよ」


 素晴らしい、と直人は思った。


 今のが実戦だとしても確実に決まっただろう。身体の使い方が極めて上手い。


 茜と詩文の体格差もあるが、相手が男でもある程度の体重差なら柔術を用いて転ばせることも可能だろう。


「凄いですなぁ」


 詩文が感心したように言う。


 その後もしばらく四人で技を見せあい、時間を潰した。




 翌日、神楽坂の生徒達は農作業へと向かう。しかし田畑は水没しており、水が捌けるまで耕せる状態ではなかった。


 結局その日の農作業は中止となり、代わりに用水路決壊個所の修理を命じられた。


 みなもと茜が哨戒に出ているので、御佐機で作業しているのはそれ以外の四人。


 直人達は近隣の山の木々を太刀で伐採し、決壊個所に運び、打ち立てていく。


「土嚢とかないのか」


 直人は丸太を打ち込むのに使った岩を脇に置く。


「俺は寧ろシャベルが欲しいんだが」

「御佐機用のシャベルね……存在すんのかな」

「あってもおかしくなさそうだけどな」

「土持ってきましたー」


 生徒達が積み込んだ土を満載したリアカーを、詩文が引っ張ってくる。


 これを直人達が手で丸太の隙間を埋めるように積んでいくのだ。

 必要な土を集め終わった時点で他の生徒達は作業終了となり列を作って学校へ戻っていったが、巡航部の作業はまだ終わらない。


 ある程度土を盛ったら、丸太を打ち込むのに使った岩を重しとして乗せ、更に土を盛る。

 最後に足や手で踏み固めてようやく完成である。


 前より強化された堤防を見て満足げにほほ笑む農家の人が歩み寄ってくる。


 やっと終わりかと思ったら、今度は押し流された養鶏場の撤去を言い渡される。


 亮太が明らかに嫌そうな声を出したが、農家の人は気にせず直人達を案内した。


 ここにいた鶏達はみな流されてしまったのだろうか。水死するくらいなら俺が食ってやったのになぁ。


 そんな事を考えつつ、散乱した木材やベニヤ板を指定された場所に集めていく。作業を終えた頃には、既に午後になっていた。


 憑依を解いた直人達に、農家の人がお礼にと言ってトウモロコシを人数分渡す。直人達はそれを一本ずつ持って歩いて帰った。


「トウモロコシか。確か部室に火鉢あったよな」

「ある」

「焼きもろこしか。ええなぁ」

「醤油はあんのかよ」

「ある。確かみりんもあった」

「なんであるんだよ」

「神楽坂にいた頃は俺が半分部室に住んでたからな」


 時折みなもが持ってきてくれた餅やおにぎりを焼いて食べたものである。


「というか、今日の俺達の昼飯ってどうなるんだ?」

「え……、あ、もう一時回ってんのか!」

「いやさすがにあるだろ」

「あてお腹すいてもうた。焼きもろこしだけで足りるかわからへん」


 言われるまでもなく、直人がそれで足りるはずがなかった。


 市ヶ谷とGHQが開戦して以降、食糧事情が明らかに悪化した。考えるまでもなく、軍に供出しているのだろう。


 大部隊が動くと莫大な兵站を消費する。わかり切ったこととはいえ、肉が殆ど食べられなくなったのは辛い。


「……空腹のせいか、鶏が見える」

「俺も見えるな」

「あても」

「ふっ。俺もだ」


 直人は鶏に近づいていくが、逃げる気配はない。


「野生か?」

「いや養鶏場の生き残りだろ」

「あてらがさっき撤去したやつやね」

「鶏って、食えるよな」

「当たり前だな」

「鶏肉だろ」

「コケーって言うとる」


 直人は思案する。捕まえて農家に返すべきか。


 いや、養鶏場はもうないのだ。返されても困るだろう。他の養鶏場から脱走したものかもしれないが、それを言ったらどこから逃げてきたかなどわかりようがない。


 押し流された養鶏場にいた鶏だとすれば、そもそも生きている方がおかしい。


「返しに行くと、逆に窃盗を疑われるかもしれんな」


 直人の発言に異を唱える者はいなかった。


 それを全会一致と捉えた直人は軍刀を抜く。刃と鞘が擦れる音に不穏なものを感じ取ったのか鶏が走り出そうとするが、もう遅い。


 直人は大きく踏み込むと、頭を斬り落とす。返す刀でもう一羽も首を薙ぐ。


 若干遅れて出血し、二羽とも倒れ伏す。


「鮮やかやわー」

「見事」


 血振るいをして納刀した直人は鶏の脚を掴み上げる。


「健児。一羽持っとけ」

「あいよ」

「今夜は焼き鳥だな」

「焼き鳥とか久しぶりやわー」


 血抜きをするように逆さにして持ち運ぶと、滴り落ちた血が跡を作る。


 まぁ、自然が消してくれるだろう。


 学校に戻った直人達は一度部室に立ち寄り、トウモロコシと鶏肉を置いて食堂に向かう。


 食堂の一角には布巾が被せられた食器が四人分あり、巡航部との張り紙があった。ちゃんと残してもらえていたらしい。


 布をどけてみると昼食は豆腐飯だった。ご飯に豆腐と薬味を乗せ卵と醤油をかけて食うというもの。


 贅沢だという誹りを免れつつ食ってみると美味いという便利なメニューだが、冷や飯を消費するという点では向いてない。

 豆腐飯とは、ごはんが熱々である時に真価を発揮するのだ。


 ぬるくなった豆腐と米を味わいもせず流し込む。


 詩文が食べ終わるのを待ってから部室に移動。


「あては焼き鳥の分にお腹取っときたいから、茜はんとみなもはんにあげてください」


 と詩文が言うので、葉を剥いたトウモロコシを三本、火鉢の上の網に乗せる。


 醤油とみりんのタレをつけた焼きもろこしは、驚くほど美味い。


 もっとくれても良いだろなどといいつつ、火鉢の上に水を入れた鍋を乗せ、鶏を一羽入れる。羽を毟りやすくするためだ。


 生家にいたころは年老いた養鶏をしばしば屠殺していた。この手の作業は慣れたものだ。


 毛穴が開いたところで取り出し、羽を毟りまくる。鶏が裸になったら、包丁を使って脚、翼、頭を取り、骨にぶつからないように包丁を入れていく。


 この考えは人間を斬る時と同じだ。


 くっついている肉を剥がし、胴体から内臓を取り出し、部位別に並べていく。


「トサカとか尻尾って食べれるんやろか」

「は? 一番美味いところだぞ」

「え、そうなん!?」

「いらんなら俺が食う」

「いけずせんといください」

「ぼんじりを知らんとは。お前いいとこの出?」

「あては庶民の出や」

「直人。切った肉刺してっていいか」

「ああ」


 健児は鉄串にぶつ切りにしたもも肉を突き刺していく。


 手羽先は骨のついたまま焼いてしまった方がいいな。


 直人がそう思った時、上空からみなもと茜が飛来した。


 思ったより早かったな。焼き鳥の匂いを嗅ぎつけたか。


「あれ、焼き鳥やってる」

「そんな場合じゃない。大変なのよ!」

「どうした」

「大きな人型兵器が、こっちに向かってきてる!」

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