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8. 早衛部隊

 銀座から飛行すること数分。直人達は神楽坂予科へと戻ってきた。ひとまず裏庭、旧校舎前へと着陸する。


 直人に続いて憑依を解いたみなもと茜が姿を現した。

 みなもは洋装、茜は和服という出で立ちだ。


「悠紀羽……それはモガールというやつか?」

「ええ、最近は珍しくない――って見ないでよ!」


 みなもが顔を真っ赤にして身を捩った。みなものブラウスはボタンが全て空いており、下着があらわになっていた。直人が救出に入った時、既にそこまで脱いでいたのだ。


「わ、悪りぃな」


 その反応に直人も少し気恥ずかしくなった。


「ああでも、助けてくれたことは、一応感謝しているのよ?」

「そうそう。水無瀬君ありがとう!」

「そりゃどーも」

「水無瀬君凄く強いね」

「貴方は間違いなく、古流剣術を相当深く体得している」


 ブラウスのボタンを留め終わったみなもが言う。


「ああ」


 みなもの言う通り、走りながらの居合い、柄での殴打といった戦い方は市ヶ谷神道流には存在しない。直人が父から教わった剣法水無瀬流によるものだ。


「もしかして貴方、私と戦った時本気出してなかったんじゃ」

「そんなことはない。どうしてそう思う?」

「さっきの貴方、私と戦った時とはまるで雰囲気が違ったわ」

「そりゃお前らのせいだ」

「え?」

「俺も怒ってたからな」

「え……」


 はっとしたようにみなもが赤くなるのを見て、直人も気まずくなった。

 助けを求めるように茜を見るも、こちらも嬉しいやら恥ずかしいやらな表情をしていたので、直人は自力で突破することにした。


「鍵は持っているか?」

「ええ。財布の中に」

「じゃあ中に入ろうぜ」


 ここは屋外。服装的に悠紀羽が最も寒いはずだ。マントを貸してやろうかとも思ったが、中に入れば済む話。


「え、ええ。そうね」


 頷いたみなもが鍵を開け、三人は旧校舎へと入った。


「コートを置いてきてしまったわね」

「私も」

「明日探してみるしかないな」


 部屋へと入った三人は、それぞれ電灯を点け、ストーブと安全こたつに火を入れた。


「俺の過去の話、だったか」

「話してくれるんでしょう」

「ああ」


 こたつへと入った直人は徐に話し始める。あのような状況になった以上、隠し立てするつもりはなかった。


「俺は半年ほど前まで市ヶ谷の非公式部隊にいた。名を早衛部隊」

「市ヶ谷の!?」


 二人が驚いた顔をする。


「そうだ」

「道理で……」

「ああ、飛び方はそこで教わった」


 みなもの表情が納得に変わった。


「非公式部隊ってなに?」

「公式には存在しない部隊ってことらしい」

「早衛というのは貴方の御佐機の名前よね」

「そうだ。量産された式神の名前からきてる」

「量産された式神!?」

「精霊機じゃなくて?」

「だから非公式なんだよ」


 みなもが入れてくれた茶を飲んで直人は話を続ける。


「昔から人間が使役し、魔術の媒介としてきたのが式神だよな。でも式神は一体しかいない。そんで量産できる御佐機を精霊機と呼ぶわけだが、市ヶ谷は量産可能な式神があればもっと強いと考えたんだ」

「式神の方が強いもんね」

「そこで地上にいる神霊ではなく、神代にいた本物の神を降臨させ、それを分割して式神レベルまで落とし、御佐機とするという方法が考えられた」


 直人の話を聞いて、みなもは手を組んだ。


「早衛部隊は実験部隊だ。俺達は御佐機の操縦を教わる傍ら、神の召喚と分割につき合わされていた」

「つまり、貴方の御佐機も?」

「そうだ。とある神の一部であり、一応は式神だ。量産機だがな」

「荒唐無稽……というわけではないわね。日本神道には分霊わけみたまという概念がある」

「そんなこと言ってたな、技術者の人が」

「上手くいったの?」

「そこは流石市ヶ谷と言いたいが、結果的にそれは失敗した。式神として召喚された神の中に邪神が混じっていて、そいつが裏切った。 奴は『禍津日神』と名乗った」

「禍津日神って厄災の神じゃない! イザナギ、イザナミの宿敵!」

「ああ、俺もその後調べたんだが、とんでもない大物らしいな」

「ええ。イザナギとイザナミが作った国を乗っ取ろうとして撃退された悪神よ」

「なんでそんなの呼び出しちゃったの?」

「それは分からん。訊けなかったからな」


 直人は一旦間を置き、お茶を口に入れた。


「そいつが裏切った時、俺達は演習中だった。仲間の二人が突如魅乗りと化して、攻撃してきた。不意を突かれて多くが死んだ。俺達は訳がわからなかったが、とにかく撃墜するしかなかった」


 直人の脳裏に当時の光景が蘇ってきた。


「基地に帰ると、基地は燃えていた。そしてそこに禍津日神がいた。真っ黒な機体は敵であると直感的に理解した俺達は、戦闘を挑み、敗北した。禍津日神に乗っ取られたのは相川という俺の上官だ」


 禍津日神はこの世に現れた直後から手練れの魔導士だった。相川隊長の才能と二年の研鑽を丸ごと奪い取ったからだ。


「その時の奴は配下の魅乗りと共に基地を灰燼に変えた後、満足したのかジャトーで逃げやがった」

「じゃとー?」

「JATO。ジェット補助推進装置の事らしい。あの日相川隊長はジャトーのテスト飛行中だったんだ。その日を狙って正体を現したのかもしれねぇ」


 用意周到なことだ。そして今なお奴はこの帝都で着々と準備を進めつつある。今日の無差別虐殺もそうだろう。そう思うと怒りと憎しみが湧き上がってくる。


「俺達は奴を『黒金』と呼ぶことにした。黒いからな。奴は神なんかじゃない。移動する厄災だ。そんなものコードネームで十分だ!」


 直人は侮蔑するように言った。


「『達』ってことは、基地が燃えた後も仲間がいたのね」

「ああ。黒金は普段は相川隊長の姿で人として生活しているんだろうが、俺を初め数人、黒金が現れれば探知できるからな。それで後を追ってた」

「探知できるって、どういう理屈よ」

「俺の御佐機も禍津日神の一部だからな。魂の部分で分かるってのかな。理屈が分かりそうな人が皆死んでしまったが……」

「そうだったわね……」

「まぁ俺の魔術が炎であるところからも、禍津日神が物を壊すしか能が無いって事が分かるな」

「禍津日神の力を借りたにしてはしょぼかったけど」

「式神レベルに落ちてるからじゃねえの? あとあんまり練習してないしな。でも役に立ったろうが」


 かつて、魔導士といえば式神を呼び出し、その力を借りて魔術を行使する存在であった。現代でも式神を持っていれば同様のことはできるのだが、御佐機の戦闘能力が圧倒的であるため魔術は影が薄くなっている。


 そもそも魔術は使い勝手が悪い。使う前に魔力を練る必要がある。連続で発動するのが難しいのだ。


 勿論古来の戦場で戦力として見なされてはいたが、決定的な存在ではなかった。もし魔術が万能であるならば、過去に存在した幕府という軍事政権は、全て魔導士によって開かれたものだったはずだ。


 実際のところ、進化した現代の銃の方がよほど強力だと直人は思う。魔術には魔術で、人を殺す以外の使い道があるという利便性はあるが。


「というかそれ、失礼だけれど、水無瀬君もその、禍津日神に乗っ取られる可能性があるんじゃないかしら」

「その可能性は完全には否定できないが、俺達の中から二人目の黒金が出た例はない。それに魅乗りもそうなんだが、邪神、妖怪が人間の魂を乗っ取るには、適性が必要らしい。人間なら誰でもってわけにはいかないんだろ」

「らしい、ね……」

「仕方ないだろ。こっちだって色々調べたんだ。由緒正しい神社に行ったりな。妖怪が人間を乗っ取るってのは、昔からあったらしい。『魅乗り』という言葉もそこで知った。それ以外だと憑霊とか怨霊とか言うんだってな」

「ええ、その手の知識はうちにもあるわ。……悠紀羽一門は尋ねたのかしら」

「いんや」

「何でよ」

「行くなら本家が良かったが、今の帝都は気軽に入れる場所じゃない」

「まぁ確かに、しょうがないわね」

「黒金が魅乗りを作り出してるの?」

「ああ、そうだ」


 直人は茜に向かって頷く。


「奴は妖怪を呼び出しては人間に取り付かせ、その魂を乗っ取ってる。さっき銀座を飛び回ってた赤黒い御佐機がそうだ」

「黒金は妖怪を召喚できるんだ」

「人間が式神を召喚するようなものかしら。ただそうやって何体も呼び出しているあたり、腐っても神というところかしらね」

「まさに腐れ神だ」


 直人はまたお茶を口に入れた。


「そうやって黒金の気配を感知しながら、帝都まで追ってきたと言うわけね」

「そうだ」

「他の人達は?」

「皆死んだ」

「え」


 尋ねた茜は気まずげに視線を下げた。


「それこそが俺が黒金を追う理由だ」


 直人は丁度三ヶ月前のことを思い出して話し始めた。

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