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4. 新入部員

 月曜の放課後。登校初日である詩文は、予定通り巡航部に入部する。

 本人の名前と学年については、事前に部員には伝えてあった。


「じゃ、新入部員を紹介するぞ。入れ」


 直人の言葉に、部室の外に待機していた詩文が入ってきた。


「詩文和奏と申します。皆さんよろしゅうお願いします」


 詩文が頭を下げると一瞬間が空く。茜は詩文と直人の顔を見比べると、拍手を始めた。一瞬遅れて周りも拍手を始め、歓迎ムードとなる。


「和奏ちゃんよろしくね。女の子増えて嬉しいなぁ」

「まずは自己紹介だな」


 健児の言葉に、巡航部のメンバーはそれぞれ簡単な自己紹介をした。


「新入生とは珍しいわね。私が入ってからは直人と和奏ちゃんだけでしょう」

「詩文は御佐機を持ってるからな。実技込みで合格になった」

「直人と同じ流れじゃない」

「あては直人はんほど強うあらしまへんが、運よう合格できました」

「運良くって、試験の相手直人だったんでしょう?」

「まぁな。合格の判断出したのは教官だが」

「そうね……結構飛べるというのは、心強いわ」

「ふん。御佐機持っているということは、詩文もまた神社の出ということか?」


 亮太の言葉に、詩文が応ずる。


「そうですな。実家は神社です。あてん御佐機は、市ヶ谷が試作したものを貰うました」

「下の名前が和奏なのよね」

「はい」

「出身は京都?」

「そうです」

「もしかして、室町大社の関係者かしら」

「ちゃいますねん。あては六波羅神社ちゅう小さい神社の生まれです。悠紀羽はんみたいなおっきい神社の巫女はんに会えて光栄ですわ」

「ああ、別にそういうつもりで言ったんじゃないのよ。一応確認しただけで」

「そうか。詩文も巫女か。……茜も巫女だっけ」

「秋葉神社で巫女やることもあるよ」

「ここ巫女多いな」

「まぁ御佐機持ってる女学生となるとそうなっちゃうわよね」

「直人も、父親が神事関係者だったな」

「ああ、そうだな」


 直人が御佐機を持つ理由は、表向きそうなっていた。


「やはり実家が神社だと強いな」

「お前は野球選手になるんだから関係ないだろ」

「そうだな」

「なんでこの部活にいるのかしら」

「大丈夫だ。野球の練習とは両立している」

「いやそういうことじゃないのよね」

「和奏ちゃんは魔導士になりたいの?」

「はい。そやさかい、一生懸命頑張ります」


 茜の問いに詩文が答えた後も、しばらく雑談が続いた。


 直人としても今日は詩文が馴染めれば良いと思っているので、中断する理由は無い。


「そやからあても長野に来てから一年も経ってないねん」

「和奏ちゃん、同い年なんだよね。だったらもっと楽に喋ってくれていいからね」

「おおきに。せやけどここでは先輩やさかい、敬語で喋ります」


 ここで直人は、みなもが先ほどから真剣な顔つきで黙っているのに気づく。


「どうしたみなも。何か面白くないことでもあったのか?」

「ちょ、ちょっと気になることがあるだけよ」

「何が?」

「大したことじゃないのよ。……ああそうそう! 農作業のことだけど、あの二人てんで役に立たないの。 私のそれが不満だわ!」

「今日はちゃんと二本足で歩いていただろうが!」

「それで耕したばかりの畑に転ばれては困るのよ。起こしに行かないといけないし」

「かっこつけようとするからだ。慣れないうちは四足歩行の方が安定するな」

「いや気持ち悪すぎだろ」

「え、健児まだ四足歩行なの?」

「転びそうになった時はな。手をついてそのまま歩いた方が確実な気がするのだ」

「しょうがないよ。私も御佐機で農作業とか初めてだし」

「そもそも鳴滝教官、御佐機を農作業に使うの反対なんだろ? 俺の愛機が早く飛びたいと囁くんだが……」

「飛べないうちは畑作業でいい。練習になるからな。哨戒飛行が俺一人だと困ることもあると思っていたが、詩文が来たからローテが組めるな」

「あら、そうなの? 次は私も飛びたいわ」

「やっぱ飛ぶ方が楽しいよね」

「やったらあては畑作業で構へんさかい、先輩方飛んでおくれやす」

「来週は俺と詩文が農作業。みなもと茜で飛んできてくれ」

「あれ!?」


 みなもが驚いたような声を上げて直人と詩文の顔を見比べる。


「二人が出会ったのって、きの、一昨日よね!?」

「ああ。だが、そこそこ飛べてる。俺となら連携できるだろう」

「いや別に茜と飛んでもいいのよ? でもその、戦闘になった時、勝手がわかってる方がいいでしょう? 和奏ちゃんはまだわかってないと思うし……」

「だからみなもと茜がペアなんだ。お互いの癖とかわかってるだろ」

「それは、そうね。まぁそもそも農作業が悪いのよね。あんな野暮ったいもの、なんで私が」

「私も直人君とも飛びたいなぁ。あ、和奏ちゃんともね」

「おおきに」

「お前らな。巡航部は部活だが哨戒は遠足じゃないんだぞ」

「遠足と言えば、今週は登山訓練だな」


 ここで健児が話題を変えた。今週の水、木の三日で、神楽坂の生徒が今いる上高地から北穂高まで行って帰ってくるというイベントの事である。


 疎開する前から決まっていた事であるが、水曜の段階で天気予報の雲行きが怪しければ、延期にするのだとか。


「班分けだろ? まぁこの三人で良いだろ」


 直人は自分と健児、亮太を指さす。


 宿泊地においては班ごとにテントを張り、就寝することになっていた。当然男女は別である。


「遠足ええなぁ。あても行きたいねん。せや、放課後御佐機で行けばええやん」

「そうか。詩文はそれができるのか」

「もう登山じゃねぇ」

「あては二年じゃないから問題ないやろ」

「じゃあ和奏ちゃんに荷物持ってきてもらえば軽くて済むね」

「教官が怒りそう」

「直人に撃墜命令が出るんじゃないか?」

「そうなったら、やるしかないな」

「あかん。手ぶらで行くから許してえな」


 結局この日空は飛ばず、健児と亮太に歩き方を練習させるだけで部活動を終えた。




 翌日の放課後。直人が一度荷物を宿舎に置いて部室に向かおうとしていると、校庭の方から発動機の排気音が聞こえた。それに続いて規則的な金属音。


 見れば校庭の端にあるガレージから戦車が出てくるのが見えた。


 ゆっくりと進んだ戦車は、先に出されていたトラックの隣に停められる。


 足を止めて眺めていた直人の後ろから、渚の声が聞こえた。


「自動車部の連中だな」

「自動車部。あれがそうか」

「帝都にいた頃はバイクを郊外で乗り回してるだけだったからな。こっちに来てから張り切ってやがる」

「なんで戦車なんか持ってんだよ」

「戦車とトラックはガレージに放置されてたらしい。故障していたらしいんだが、最近修理できたんだと」


 直人と渚が話していると、トラックが白い煙を吹いて進みだした。校庭から出るために方向を変えると、直人から荷台が見えるようになる。


「あれは、ジャガイモか? あとニンジン」

「お前目良すぎだろ……。あれは俺達の食糧だな。登山の」

「自動車部が持ってくのか!」

「最初のキャンプ場までな」

「そいつは楽でいいな。でも戦車はなんでだ? リアカーでもけん引するのか?」


 二人が話している間に戦車の戦闘室の後部扉から二人入り、扉が閉められる。


「いやあれは楽しいからだろ」

「あれはチハか?」

「自動車部の話じゃホニⅢだそうだ」

「ホニⅢ? 聞いたことないな」

「砲塔が回らない砲戦車だそうだが、詳しいことは俺も」


 トラックの後に続いて戦車も動き出すと、周りにいた生徒達は走ってトラックの荷台に乗り始める。全員が乗ると、後部のあおりが上げられ、トラックは速度を増していった。


「……あいつらって免許持ってんの?」

「持ってないだろ。普通免許は十八からだぜ?」


 なるほど。だから帝都にいた頃は学校やその近くでは活動を見かけなかったのか。


「じゃあ運転したら駄目なんじゃないか?」

「駐屯地の中は私道だからオッケー。トラックの方は大人が運転してるんだろ」


 確かに戦車の方は途中でトラックと別れ、射撃場へと走っていった。


「そうか。射撃場なら射撃練習してもいいかもな」

「部活の話か? 部員も増えて、楽しそうだな」

「まぁな。そういえばお前、やけに詩文について聞いてきたけど、興味あるのか?」

「勿論。新入生は珍しいからな」


 直人はそういうつもりで言ったわけではなかったが、そういえば情報部はそういう集まりだったなと思い直す。


「さっきも言ったが、俺も会ったばかりで大したことは知らないぞ」

「いや助かったよ。なんかあったら来い。安くしとくぜ」

「そりゃどうも。じゃ、俺は部活行くわ」

「俺もだ。じゃあな」


 渚と別れた直人は、巡航部の部室へ向かって行った。

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