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3. 実技試験

 翌日、直人は朝八時に登校した。農作業を免除されていた直人は、その代わりに筆記試験の準備と試験官の補助という仕事を与えられた。


 十二時半に筆記試験が終わると一時間の昼休みとなるが、弁当を受け取った直人はあえて部室へと赴き、そこで一人で食べて時間を潰した。


 実技試験の前に気心知れたりすると、空戦の相手がやりにくくなりそうで嫌だったからだ。


 鳴滝教官の言う通り、自分の実力を過信したまま入ってこられると、それこそ命にかかわる。手加減無用。それでこそ彼我のためになるというものだ。


 そして午後。直人と詩文、京香が校庭に揃うと、いよいよ実技試験となる。


「模擬空戦は二度。受験者の優位高度と同位高度で行う。まずは受験者の優位高度からだ」


 これは直人が入学試験を受けた時と同じ。詩文にも昨日説明済みだ。


「水無瀬。徐々にエネルギー差を解消していくようなせこい戦い方はするなよ」

「え!?」


 思わず声を上げた。自分の劣位高度戦では、はぐらかしながら不利を解消しつつ、相手の練度を見極めれば良いと考えていたからだ。


「受験者は、相手の背後を取っても焦る必要はない。合格の条件は撃墜ではない」


 これも直人が受験した時と同じ。受験者の劣位高度戦が無いのは、三戦にすると勝ち越しを意識して本来の技量が見れないから、らしい。理由はどうあれ二連敗でも合格の可能性はあるということだ。


「まずは受験者の優位高度戦を行う。水無瀬は高度三千で待機しろ。受験者が四千に到達した時点で試験を始める。なお、両者とも高度六千以上への上昇を禁じる」


 これは直人にだけ不利な制約だ。せっかくの早衛のターボチャージャーも、高度六千以下では寧ろデッドウェイトに近い。


「では、両名憑依せよ」

「早衛!」

「飛燕!」


 御佐機に憑依した二人は、それぞれ七・七ミリ機関銃を拾い上げ、大腿部に装備する。


「離陸許可」


 京香の言葉に、二人は跳躍。速度を一定に保ちつつ、徐々に地面との距離を広げていく。


 この離陸の過程を見ても、詩文が少なくとも素人ではないことはわかる。慣れた感じだ。


 詩文の御佐機、二号飛燕甲型の外見上の特徴の一つは、やはり液冷式発動機であろう。空冷式と異なり前方にシリンダーブロックを晒さなくてよいため、流線形をしている。


 加えて飛燕は非常に空気抵抗を意識して作られており、魂鋼鋼板による溶接構造でありながら、凹凸の少ない滑らかで流麗な形状となっている。


 そして三つ目が、早衛とも共通するアスペクト比の大きな主翼だ。


 元々はドイツの御佐機、bf109と同一の発動機を搭載し、開発においても輸入したbf109を参考にしたと言われる飛燕だが、実際には胴体もbf109ほど細くはないし、機体そのものは完全な日本独自の設計であることがわかる。


 高度三千メートルで上昇をやめた直人に対し、詩文は更に千メートル上昇する。緑と白のまだらの機体が黒い点となり、雲間から見えている。


「戦闘開始」


 京香の声に、直人はまず詩文の出方を伺った。敵機一。劣位高度。戦いの主導権は相手にある。


 対する詩文は緩やかに旋回すると、太陽を背に直人へと突っ込んできた。


 直人は背後を取られないよう斜め下に旋回すると、そのまま斜め上方へと旋回する。


 斜めの旋回を駆使して戦う京香を見てから、直人も練習を重ねていたのだ。まだあそこまで綺麗には回れないが。


 有利な状況の詩文は深追いせず、縦の旋回を繰り返すことで背後を狙う。詩文が攻め直人が守るという展開が繰り返されるが、直人は決定的な状況を作らせない。


 敵機の旋回は鋭いというほどではない。鳴滝京香、宮本朱里、篝時也といったトップエースとの戦いを経た直人にとってはいささかぬるく感じる。


 敵機、二号飛燕の上昇力は大したことなさそうなので、このまま高度差を解消することも可能ではあるが、そんな戦い方はするなと京香に言われている。


 ふむ。確かにそれでは詩文に互角に近い戦いができたと思われてしまうか? それとも俺にはもっとハイレベルな戦いを期待するということか?


 過去に直人が相手との決定的な実力差を思い知らされた時を思い起こす。


 京香の零精に蹴り飛ばされる。朱里の隼に主翼前縁を引っ掛けられ一瞬で背後を取られる。時也にハンマーヘッドターンからの斬撃を食らう。


 まず最後の戦術は、劣位高度にある現状では不可。


 前二つでは、空戦中に蹴り飛ばす方がまだしも難易度が低そうだが、当然言うほど簡単ではない。


 二つ目に至っては今の俺が再現するのは不可能だ。教官でもできないんじゃなかろうか。


 蹴ったり主翼を引っ掛けるのは無理でも、身体そのものをぶつけることなら可能か? 無論、身体同士をぶつけるのは大怪我の危険がある。ぶつけるなら相手の翼か脚あたり。


 それを利用してあの二天一式のように一気に背後につくことができれば……。


 これはあくまで模擬空戦。負けても殺されるわけではない。せいぜい教官に怒られる程度。やってみよう。


 何度目かの斜め下方旋回の後、直人は緩やかな上昇に転ずる。


 急上昇に入るのが早過ぎれば、詩文もまた上昇に転じ、吊り上げに移行されてしまうだろう。


 そして詩文の急降下に合わせ、直人は詩文の真下に入り込むように急旋回し、そのまま急上昇に転ずる。速度がみるみる失われていく。姿勢制御に注意を払う。失速の兆候を見落とすな!


 ……今だ! 直人は機首を引き起こすと、そのまま宙返りする。失速寸前の機体は驚くほど小さな円弧を描く。


 仰向けとなった直人の眼前に、詩文の機体がある。

 直人の胸部に強い衝撃が走った。飛燕の主翼前縁と衝突したのだ。その衝撃により、直人は一気に下方へ向く。すぐ前方には、スピン状態に陥った詩文が見える。


 すかさず機関銃を抜いた直人は、詩文へと銃撃した。


 七・七ミリの訓練弾が飛燕の胴体、主翼を叩き、火花を上げているのが見える。


「詩文! 立て直せるか!」


 返事は無かったが、詩文は高度千メートルほどで安定を取り戻し、水平飛行に入る。


「飛燕、撃墜確実。戦闘続行は可能か」

「可能です!」


 詩文のきっぱりと言い切る声が聞こえた。


 二人は高度三千メートルまで上昇すると、水平に飛行する。


「直人はん、凄いですなぁ」


 詩文の呟くような声が聞こえる。


「あんな曲芸、実戦じゃできん」

「直人はんは、この学校でどのくらい強いんですか?」

「一番だな」

「そうですか。安心しました」


 二戦目は同位高度で行われる。


 直人としては負ける気はしなかったし、長引かせるつもりもなかった。


 既に結論は出ている。技量はみなも以上茜未満といったところ。健児や亮がこのレベルに達するには、一年かかるだろう。つまり十分戦力になる。


 あとは実戦で取り乱したり焦ったりしないかどうかだが、それは才能と経験によるところが大きく、模擬空戦をいくらやっても知れるものではない。


「二戦目始め!」


 直人と詩文は正対していた。ただ、太刀を装備していないのでヘッドオンしたところで判定撃墜は望めない。


 直人はヨーイングで九十度進路を変えると、緩上昇を始めた。詩文はそれに追躡していたが、しばらくすると水平飛行へと戻っている。


「その機体、あまり昇らんのか?」

「そうですなぁ。あまり得意ではおまへん」

「安心しろ。そんなやり方で勝とうと思わん」


 そう言った直人は旋回すると、再度詩文と正対する。そして距離が百メートルほどに詰まったところで、旋回を始めた。


 ――市ヶ谷神道流『燕返し』


 が、詩文も同じこと考えていたらしい。両者は共に横の旋回に入っていた。


 空戦エネルギー的にはやや有利だ。このまま続けてみるか。


 そう思った直人だが、飛燕は一周回った後、縦の旋回へと移行していた。


 横の旋回は苦手なのか?


 もっとも飛燕はエネルギー保持の良さそうな形状をしているため、彼我を上下に動かすエナジーファイトに持ち込もうとする思想は理解できる。


 ただ、早衛の発動機出力が二号飛燕よりも遥かに高いことを差し引いたとしても、教本通りのインメルマンターンとスプリットSを行う詩文に対し、斜めの旋回を駆使して自由な角度からアプローチできる直人では、空戦エネルギーと彼我の距離の管理の自由度が違い過ぎる。


 あえて詩文と正対に持ち込んだ直人は、そのまま敵機の眼前で旋回を始める。


「しまった!」


 直人はわざと声を上げる。燕返しには早過ぎるタイミング。案の定、無防備な背面が詩文の眼前に晒される。


 ただし、詩文が銃を構えていなかったのは確認済み。それでも詩文が素早く攻撃に転ずれば撃墜も可能な位置関係であり、実戦ではまず自殺行為と言える動きだが、これは模擬空戦。


 詩文に背後につかれた直人の脚に多少の銃弾が当たるが、それでは撃墜判定とはならない。


 斜めの旋回に入った直人はその頂点にてラダーにより機体を滑らせ、宙返りの旋回弧を斜めに切り裂き、一気に詩文の上方へと食い込む。


 ――市ヶ谷神道流『辻風』


 照準器を覗く直人の眼前に、詩文の機体上面が滑り込んでくる。即座に一連射。


 それで充分。京香から撃墜判定が告げられる。


 直人はみなもと決闘した時もこの技で勝利したことを思い出す。


 ラダーを利用しての横滑りは基本中の基本。斜めの旋回は思い描く角度で回ったり連続で行うのは難しいが、そう高等な技ではない。


 しかしその二つを組み合わせた『辻風』は、教本に載っているにも関わらず、一度食らってみないと案外意識に上らない。


 俺も初めてやられた時はビビったなぁ。


 そう思いながら、直人は着陸アプローチに入る。


 直人が憑依を解いてしばらくすると、詩文も着陸して憑依を解く。


 昨日も思ったが、着陸も危なげない。慣れた動きだ。


「負けてもうた。直人はん強すぎるわぁ」


 詩文は笑って言ったが、本意でないことは表情でわかる。ほんの少しだけ後ろめたさを感じたが、仮にもう一戦やることになったとしても、本気でやるし、俺が勝つ。


「詩文。もし貴様が水無瀬に匹敵する技量の魅乗りと接触した場合、貴様はどうなる?」

「……死んでまいます」

「一対一の場合は、な。さて、実技試験の最中に、筆記試験の点数が判明したぞ」


 京香の言葉に、詩文は緊張した顔つきになる。


「あかん……」

「二人にとって喜ぶべき結果だ」


 その言葉に詩文は顔を輝かせる。


 無駄に引っ張ったりしないところが、鳴滝教官らしい。


「水無瀬に続く二人目の合格者最低点が出現した。すなわち、詩文和奏の入学を認める」

「うわー! 直人はんやりましてん! あて合格や!」


 詩文が両手を握りながら喜ぶ。しかし直人は喜べない。


「教官。合格者最低点というのは?」

「以前言ったが、貴様の筆記の点数は本学合格者の中ではぶっちぎりで最下位だ」

「え、ええ。そうでしたね」

「詩文の点数はそれより多少良かった。よって実技の点数を合わせて水無瀬と同点とし、合格とする」

「直人はん頭あかんねんな」


 詩文が嬉しそうに言う。


「お前もだろうが! ていうか、なんで今それ言うんですか!」

「受験者が図に乗らないよう。そして水無瀬も調子に乗らないよう。ということだ」

「いやあの、でもこいつより俺の方がだいぶ空戦上手いですよね」

「そうだな。そうでなければ貴様の学力で合格できるか」


 京香の辛辣な言葉に、直人は二の句が告げなかった。


「詩文は明日も同じ時間に職員室に来い。一年のクラスに入れる。部活の面倒は水無瀬がみてやれ」

「直人はんの部活ですね? よろしゅうおたの申します」


 詩文が頭を下げると京香は少し笑みを浮かべ、松葉杖をついて去っていった。


 教官が求める最高の勝ち方をしたと思うんだが……勉強もできないと認めてもらえないというわけか……。


 釈然としない直人の顔を詩文が正面から見上げる。


「この学校、案内しておくれやす!」

「ああ……はいはい」


 こうして直人と詩文は、疎開した神楽坂予科を一通り見て回った。


 新たな施設を見るたびに、詩文は目を輝かせる。よほどこの学校に入りたかったらしい。


「そんなに魔導士になりたかったのなら、なんで去年受験しなかったんだ?」

「そらね。実は去年の冬から体調を崩しとって、受験できひんかったんや」

「そうか。でも魔導士の予科って大阪にもあるよな。そっちを受ければ良かったんじゃないか?」

「それは……あてがこっちに来たのは、家庭の事情もそやけど、病気の事もあったんや。もう治ったさかいいけるんやで。やっぱ水と空気が綺麗やと治るんやね」

「そういうもんか」


 詩文の焦ったような早口にいまいち腑に落ちないものを感じたが、まぁ病気の事を掘り下げて訊くのも良くないか。


 直人は持ち前の単純さで気にしないことにした。


 最後に巡航部の部室へと案内した直人は、中を見たいと言う詩文を断る。


「どうせお前は巡航部に入るんだ。明日見せてやるから、今日はもう帰れ」

「……そやね。あてはもうこの学校に入ったんやし、焦ることあらへん。ほなまた明日な」


 詩文は直人に手を振ると、飛燕に憑依して去っていった。


 それを見送りながら直人は思う。


 四人目の戦力。これで二機分隊、四機小隊で編隊が組める。部員の安全性は確実に高まった。あとは連携だが、当分詩文は俺の二番機につけておけばいいか。


 そんなことを考えながら、直人は自分の部屋へと戻っていった。

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