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11. 共同溝

 翌日、朝礼に現れた京香はいつもより顔色が良かった。


「昨日、東京上野でテロがあった。テロリストが襲ったのは今週末から予定されていた刀剣博覧会の会場。テロリストは数機の精霊機の他、中型機を用いた空挺作戦を実施。警備により撃退されたが数名の死傷者が出たらしい」


 京香が新聞の一面を読み上げる。


 なるほど。昨日の陸攻の中にはパラシュートをつけたテロリストが詰まっていたのか。


「帝国軍の現行兵器を使用していた点からテロリストは反乱軍の残党兵と思われる。妖怪に取りつかれ魅乗りとなっていた可能性もあるが、いずれにせよ卑劣なテロ行為は徒労に終わった。テロリストがいかな災禍を望もうと、盤石な帝国を揺るがすことはないだろう」


 そこまで読み終わると、京香は新聞を畳んで教卓に置いた。


 なんとなく昨日より声もよく通っていた気がする。昨晩はよく寝むれたのだろうか。


 その日の放課後は情報部と共に新宿へと赴く。面白そうだからという理由でみなも、茜もついてきた。


 それについて渚は不満を述べなかったが、一つだけ念押しする。


「情報部が雇ったのは直人だけだ。ついてくるのはいいが、金は出さないからな」

「はいはい」

「それと、中で得た情報は情報部に帰属するものとし――」

「好きにしたらいいわ。動死体とか興味ないし」

「私も探検できたらそれでいいよー」


 二人の言葉に渚も頷く。


 情報部の面々は皆一様に楽しそうだったが、直人もまた同じだった。


 新宿西側は東に比べると都市化しておらず、大正時代のドヤ街の雰囲気が残っている。


 舗装された大通りから土がむき出しの脇道に入り、コンクリート建築とトタン屋根家屋が入り乱れる区画を進む。


 軍刀をぶら下げた少年少女達に絡むような輩は現れなかったが、ガラの悪そうな人間もちらほら見かける。


「このビルだ」


 渚が足を止めたのは作りかけの鉄筋三階建てのビルだった。


「なんだか崩れそうだね」

「まぁいきなりは崩れんだろ」


 言いつつ渚は建物に入り、中の階段を下りる。その先地下一階に、ひび割れた壁があった。


「え、これ?」

「そうだ。隙間から入るから、一人ずつしか入れねぇ。直人。頼む」

「ちょっと! あんたから入ればいいじゃない!」

「それじゃ護衛の意味がないだろ」

「一番乗りか。良いじゃねえか」


 そう言って直人はひび割れから入ろうとする。


「……入れねぇ」

「マジか。お前でかすぎるんだよ」

「戻れないかもしれん」

「オイオイ。岡崎。ハンマーとノミ出せ」

「ほい」


 岡崎と呼ばれた少年が鞄からハンマーとノミ複数取り出す。


 そういえばこいつの家金物屋だったな。そう思っている直人の周囲を、情報部員たちがノミとハンマーで叩き始めた。


「そんなんで壊れるのかよ」

「いっそ服脱いで入れば良かったなぁ直人」

「それでつかえたら目も当てられないだろ」

「埒が明かないわ。皆どきなさい」


 軍刀を抜いたみなもを見て、情報部員たちがぎょっとしたように後ずさる。


 次の瞬間、みなもの前方に液体金属が出現すると、鎌のように形どり直人の正面に振り下ろされる。


 大きな鈍い音と、強い衝撃が走り、壁の一部が崩壊した。おかげで直人は自由の身となる。


「おー。お前そんなこともできんのか」

「他愛のない仕業よ」

「これで入れるね」

「よし。全員懐中電灯」


 一年生の一人が鞄から懐中電灯を取り出し、メンバーに配布する。そして直人を先頭に暗闇へと進行を始めた。


 壁の向こうは人間がすれ違える程度の傾斜した通路であり、直人は下へと向かっていく。


 その通路は真っ暗であったが、傾斜がなくなり角を曲がると、その先の開けた空間には橙色の照明が一定間隔で灯っていた。


「明らかに生きた施設だな」

「ナトリウムランプか」

「雰囲気あるな」

「地下の秘密実験室。モダンホラーですな」


 情報部員が言い合う中、直人は前に進む。


「足元には……何もないわね」

「共同溝としては使われなかったらしいな」

「完成しなかったんでしょ?」

「そう言われてるな」


 足場は平らなコンクリートで、転びそうな雰囲気はない。


 大勢の靴裏の鉄鋲がコンクリートを叩く音が反響する。


「直人君。何かいるよ」

「……ああ」

「ぞんびー」

「ど、動死体だ!」

「マジで出やがった!」


 その声を背に、直人は抜刀。強襲。動死体の首を跳ね飛ばす。


「……たくさんいやがる!」

「ビンゴってわけか。総員抜刀。二班は照明、一班は戦闘開始!」

「直人君、火!」

「よし!」


 魔力を練った直人は魔術を発動。すかさず茜も発動し、通路を覆うほどの火炎が動死体の群れを包む。


「なるほどね。照明いらずってわけか」

「こいつらは首を跳ねないと死なない」

「いい情報だ」


 言いつつ渚が動死体の首を跳ね飛ばす。


 直人の後方では情報部員が二人ほどカメラのシャッターを切り続けている。


 片や動死体。片や市ヶ谷神道流の使い手達。戦闘自体は一方的。


 だが、先程から聞こえてくる重々しい足音と発動機音はなんだ。


「動死体は品切れか?」

「な、なんだよあれ!?」


 懐中電灯で遠くを照らした生徒の一人が叫ぶ。そこには身長二メートル強の人影が二つ。手に持っているのは斧だろうか。そしてその後方から声がした。


「品切れとは失礼な。私の魔導と科学の結晶は、今これから始まるのです」


 その女性は眼鏡をかけ白衣を纏う。


「あの時の……!」


 思わず直人は口に出た。奥多摩の動死体事件の時にも姿を現した女だ。


「おい直人! あれ知ってるのかよ!」

「女の方は見たことある!」

「原動鉄人は初見ですね。人の脳を依り代に人工精霊を召喚しています」

「じゃあ斬っていいな!」


 言うなり直人は突進した。


 相手は身長二メートル以上。鉄人というだけあって鎧に覆われているが、継ぎ目が大きく、狙いやすい。まずは大腿部の継ぎ目を狙い、転んだところで止めを刺す。


 鉄人の右側に入った直人は、居合にて仕掛ける。しかし鉄人は思わぬ反応で足を動かすと、斧で軍刀を防ぎ、左足で蹴り上げんとする。


「おっと」


 なんとかかわした直人の右側を、もう一体の鉄人が通過する。


「いったぞ!」

「大丈夫」


 みなもは魔術を発動し、鉄人を潰しにかかる。だが鉄人は斧で液体金属を防ぐと、そのまま斧を振り下ろす。なんとかかわしたみなもだったが、人間の力で受けられる威力でないことは見て取れる。


 ……これ、まずくないか?


「ふふふ。鉄人の手足には小動物の脳を仕込み、自立駆動させています。つまり、鉄人は生まれながらにして達人なのです」

「しゃらくせぇ!」


 直人は振り下ろされた斧を避けるや、その手首に軍刀を振り下ろす。しかしそれは腕部の装甲で弾かれ、すかさず鉄人は斧の柄尻で殴打を狙う。


 くそっ。動きは鈍いが反応が早え。


「あの背中のやつ、発動機だよな」

「軽油の臭いがしますね。燃えますよ」

「直人! 玉里! さっきの炎やれ!」


 渚の声が聞こえる。


 相手は御佐機の小っさいやつみたいなもんだぞ。炎が効くのか!?


 そうは思ったが、他に策があるわけでもないので、直人はダッシュで距離を取ると鉄人を待ち構え、炎魔術を発動する。


 そこに茜が酸素を供給。火炎が周囲を照らし鉄人の体表を舐める。突如、鉄人の背中が爆発した。正確には鉄人が背負っていた発動機が爆発したのだ。


 鉄人は二台とも前に吹き飛びつつ倒れ伏す。


 その後ろに白衣の女の姿はなく、走る足音だけが遠ざかっていた。


「野郎、逃げやがった!」

「凄い。なんで爆発するってわかったの?」

「あれだけ上下に揺すったら燃料漏れが起きるのは当然です。そもそもディーゼル発――」

「さっさと出るぞ。長居は無用だ!」


 渚の言うことがもっともだった。直人達はもと来た道を戻り、一人ずつ来るときに使った斜面を登っていく。殿は直人だった。


 よし。俺も出るか。そう思った時、足音と共に一人の人影が姿を見せた。


 一瞬ナトリウムランプのオレンジ光に照らされた顔が見える。あれは……篝!


 即座に直人は身を翻し、斜面を駆け上がる。ここは敵陣。戦うべきではない。


 割れ目から身体を出した直人はみなもに言う。


「この穴塞いどけ! 子供が入ったら危ない!」

「そ、そうね!」


 みなもは魔術を発動し、穴を金属で塞ぐ。


「明らかにここ穴開いてましたみたくなってるけど」

「ま、これで死体は出てこれねぇだろ」


 こうして共同溝対策は終わり、直人達は新宿駅へ向かう。


「皆お疲れだった。作戦は成功だ! ラーメン食って帰るぞ!」

「おお!」

「いいねぇ」

「直人。玉里。悠紀羽。新宿駅前に美味いラーメン屋がある。奢ってやるよ」

「ラーメンってあんまり健康に――」

「私ラーメン食べたい!」

「チャーシューは入ってるんだろうな」

「そりゃ入ってるだろ。ラーメンなんだから」

「そうね。私も奢られてあげるわ」


 まだ五時前というのもあって、情報部お勧めのラーメン屋には並ばず入ることができた。


「最後の大きいやつ、怖かったねぇ」

「だが得たものは大きいぞ。凄い情報だ」

「これがラーメン……」


 ラーメンというと醤油味のスープが一般的だが、ここのラーメンは何かで出汁を取っているのか、複数の味が折り重なった重層な味がした。


 情報部がお勧めするだけはある。


「ここのチャーシューは味が染みてる。帝都じゃ一番じゃねぇか」

「これは……ごま油かしら?」


 みなもの呟きを聞きつつ、直人は最後にあった篝のことを思い出す。


 あそこが魅乗りの巣窟になっていることは間違い。帝都で時折テロ騒ぎを起こす魅乗り達は共同溝に潜伏していたのだ。


「渚。この情報を新聞社に売って、警察はいつあそこに踏み込む」

「証拠写真があるし、二、三日だろ。まぁ俺達がそれを知ることはないかもしれんが」

「二、三日か……」

「俺達は写真を現像に出したら学校に戻って情報をまとめる。明日には写真を持って大帝都新聞だ」


 となると、三日以内に共同溝内の魅乗りが動きを見せる可能性もある。そうなった場合篝は大きな脅威だ。


 やはりあの時憑依して殺しに行くべきだったか。いや、返り討ちにあう可能性もあった。教官も一度は魅乗りを見逃して、その後仕留めていたし、ミスではないはず。


 多少不安に感じた直人だったが、ラーメンを食べているうちに頭の外に行ってしまった。

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