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9. 刀剣博覧会

 翌日の昼休み。直人は向かい右斜め前に座る茜に尋ねる。


「茜。実戦形式の鍛錬ができる場所、何か見つかったか?」


 その言葉に茜は首を横に振った。


「お父さんに訊いてきたけど、剣道の人をうちに呼ぶのも駄目だって」

「じゃあ他の古流剣術と戦うしかないな」

「それだったら申し込めば受け入れてはくれると思う。でも実戦形式は滅多にやらないんだよね」

「他流派と交流しないのか?」

「一緒に稽古をすることはあるよ」

「それだと実戦的とは言えないよな」

「仕方ないわね。本当の試合にしてしまうと、道場の面目にかけて負けられないから。遺恨になる可能性もあるし」

「はぁ。身分偽れないかなぁ」

「それだと闇討ちと同じよ」

「んじゃ俺みたいなどこの誰ともわからん奴なら試合してくれんのか?」

「それはつまり不審者だから無理なんじゃない?」

「いや不審者じゃねぇ。学生証見せてやろうか?」

「冗談よ」

「となると、俺達で練習するしかないか」

「うちの防具、外には持ち出せないよ」

「じゃあもう部費で買うか」

「防具が手に入るなら、うちの門下生に頼んで他言無用で相手させることはできるわよ」

「え、ほんと!?」

「相手が神道悠紀羽流だけになっちまうけど、やらないよりマシか」

「うん。防具あれば安全だし、楽しそうだよね」

「じゃあ防具と竹刀は教官に頼んどく。いつ届くかわからんけど」

「まぁ割とすぐ手に入るんじゃない?」

「私実は剣道にも興味あるんだよね。剣道覚えれば剣道で試合できるし」

「俺剣道ってよくわからないんだよな。なんで剣道って斬るとき技名叫ぶんだ?」

「いやあれは斬る場所を叫んでいるのよ」

「予告ってこと?」

「……私もよくわからないわ。だったら今日剣道の本買いに行く?」

「私今日は野球に誘われてるんだよね」

「俺もだ」

「ええ……貴方達は野球部じゃないでしょう」

「違うけど、一年生の手本になってくれって言われたよ」


 茜がえへへと笑う。


「俺はそうは言われてないが。ま、今日は野球だな」

「……じゃあ私もやろうかしら」

「一緒にやろう! 野球楽しいよ」

「でもボールって怖くない? あれこそ防具が必要じゃないかしら」

「ゆっくり投げるから大丈夫だよ」


 そして午後の授業が終わり、直人達は校庭へと向かった。


 みなも、茜は体操着に着替え、直人は野球部の練習着を着る。


「悠紀羽もやるのか」

「参加は可能かしら」

「構わんぞ。部員が少なくて、道具が余ってるからな」

「なら悪いけどお邪魔するわ」


 健児に快諾され、みなもも練習に加わる。


 ランニング、ストレッチをこなし、キャッチボールが始まる。


「私がみなもとやるよ」


 そう言って茜がボールを掲げる。


「と言っても私は投げ方もよく知らないんだけれど。直人、教えて頂戴」

「あいよ」


 そう言って直人はグラブの出し方を伝える。茜が投げるやんわりとしたボールを取ると、今度は投げ方となる。


 だが、やってみるとこれはかなり緊張することがわかった。


「だからこう……胸をそらせて足を茜に向けて腕を……なんで赤くなってんだよ」

「ランニングで疲れたのよ!」


 二人は囁くようにして会話する。


「あんなんでか」

「まっすぐ飛ばないわ。貴方の教え方が良くないんじゃないの?」

「なんだと。腹は出さずに、肘は肩より高く――」


 直人はみなもの腹を押さえつつ、腕を持ち上げる。


「貴方こそ、赤くなってるじゃない!」

「なってねぇだろ。適当言うな!」

「情けないわね。別に貴方に触られたって何とも思わないんだから! 気にせずちゃんと教えなさいよ」


 そう言われた直人は、気恥ずかしく感じていたのが馬鹿らしくなる。


「そうかよ。じゃあ手加減しねえ。ちゃんと投げやがれ」

「ちょっ、優しく触って、じゃなくて、丁寧に教えて」


 だがまぁ教えた甲斐はあったというか、ボールはまともに投げられるようになった。そのあたりは魔導士だけあって身体の扱いが上手い。


「ま、まぁそんなもんじゃねぇか? あとは茜の真似しろよ」

「そう? まぁキャッチボールも終わりみたいだし、今日はこのくらいでいいわ」


 教えてやったのにこのくらいでいいとは中々に高慢だが、ちょっといい匂いしたし気にしないでやるか。


 その後もみなもは練習に混ざっていたが、緩いゴロくらいは捕れるものの、バッティングはからっきしだった。


「やっぱり玉里が異常だったんだな」


 健児が呟く。


「た、球は見えてるのよ球は」


 みなもがこちらに向かって言い訳している。


「みなもも練習すれば打てるようになるよ!」

「ティーバッティングから始めればいいんじゃね」

「まず素振りからだな」

「素振り……」

「剣と同じだな」

「やらないわよ。家にバットないし。素振りする巫女とか聞いたことないわ」


 そう言ってみなもは打席から離れた。


 実際野球は打てるようにならないとつまらないと直人は思う。だが悠紀羽家にバットなどないだろうし、素振りはできないだろう。


 因みに直人は野球の素振りをする時は野球部の部室から勝手にバットを拝借していた。


「そういや茜は? 家にバットあるのか?」

「ないよ」


 茜が笑顔で答える。


「え、じゃあ素振りはしないのか?」

「野球の? しないよ」

「それであのフォームか……」


 直人より先に健児が呟く。その感嘆の意味を含むところは直人も同様だった。


 みなもと茜は先に帰り、直人は六時まで練習に付き合い、着替えるとそのまま食堂に向かった。




 翌日の昼休み、直人はみなもから刀剣博覧会の誘いを受けていた。


 チケットは三枚。今週の土日から来週の土日まで行われるらしい。直人としては勿論、行きたい。


「いろんな剣が見られるのか。最高だな」

「一番の目玉は草薙の剣でしょうね」

「草薙の剣?」

「八岐大蛇がヤマトタケルに倒されたとき、その尻尾から出てきたと言われる剣よ」

「ふーん。凄い切れ味なのか?」

「山火事を一瞬で鎮火したという伝説があるけれど、切れ味についてはわからないわね」

「俺はもっと水も滴る切れ味みたいのが見たいんだよなぁ」

「水も漏らさぬ、ね」

「雷切とか童子切とか有名だよね」

「俺の夜切についても、刀剣博覧会行ったらわかるかもな」

「そうね。刀にまつわる伝説もいろいろ紹介されるみたいだし、夜切の名前も出てくるかも」

「行くのは土曜日だよね。楽しみにしてるね」


 茜同様、直人も楽しみだった。一般的な魔導士が持つ魔導刀や、直人が持つ夜切も美しい刀ではあるが、名刀と呼ばれる刀にはそれぞれ独特の魅力があるに違いない。それを間近で眺められるのはまたとない機会だ。




 その日の放課後、巡行部の活動を終え、直人は部室で仕出し弁当が出てくる午後六時を待つ。


 明日の放課後は情報部と一緒に新宿共同溝の探索だったか。未知の秘境に赴くようでワクワクする。懐中電灯を忘れないようにしないとな。


 そんなことを考えていた時、魅乗りの気配がした。


「なにぃ!?」


 思わず声を出した直人は、靴を履いて旧校舎を飛び出す。


 そのまま疾走して校舎の階段を駆け上がると、当直室の扉へと迫る。すると当直室の前から毅然とした声が聞こえた。


「止まれ!」


 その声に思わず停止する直人。


「水無瀬! ノックをしろ」


 言われるがままに三回ノックをして扉を開ける。


「失礼します!」


 するとこちらに背を向け、ズボンの腰回りを持った京香が視界に入った。丁度履き終わったところだったらしい。


「……せ、セーフ!」

「アウトだ馬鹿者がぁ! こちらの返事を待たねばノックの意味がないだろうが!」


 背を向けたままブラウスのボタンを留める京香が叫ぶ。


「貴様のような脳無しにつける薬は無いのか……!?」

「すいません。実家が引き戸だったもので」

「引き戸でもノックはするはずだがな!」

「え?」

「え?」

「ノックはその……次からします」

「それで、何の用で来た。また魅乗りか?」

「はい! 魅乗りが現れました!」

「そうか……よし行くぞ」


 中庭へと出た二人は御佐機に憑依して離陸する。


 空はまだ明るい。日没まではあと一時間ほど。その後もしばらくは薄明が続く。


「魅乗りの数は四。西側から接近してきます」

「ならば高度を取る。ところで貴様は、気配の区別はできるのか?」

「区別ですか?」

「魅乗りの区別はできるのかということだ」

「それはできません。魅乗りは全て同じに感じます」

「そうか。だが、四機なんだな?」

「はい。南西方向に進んでいるようです」

「四機か……」


 京香の呟きが聞こえる。直人も予感はしていた。おそらくはラバ女三機と、二天一式だろう。


「あれだな。……五機いるようだが」


 直人も見つけた。芥子粒の様だった影が徐々に翼や発動機が区別できるようになってくる。


 確かに影は五つあるが、うち一つは明らかに大きいしシルエットが異なる。


「いや、あれは中攻だな」

「攻撃機ですか?」

「ああ。……一式陸攻。間違いない。あれも魅乗りの仲間か」


 『一式陸上攻撃機』。その名勿論、写真でも見たことがある。

 日本の爆撃機、攻撃機の中では現状最多の生産数であり、統一空軍で最もポピュラーな双発航空機だ。


「中攻の中身が全員魅乗りかは、判断できないんだな?」

「できません」

「ならば無視する。爆弾でも落とされたら事だが、墜落されても同じことだ」

「了解」

「敵機のうち三機は零精。一機は隼だ」

「と、いうことは」

「ラバ女は私が相手をする。二天一式は任せる」

「教官! 大丈夫ですか? あの魅乗りに教官が責任を感じることなんて」

「いや。責任はある。貴様を二天一式にぶつけざるを得ない現状にもな」

「死なないでくださいよ!」

「こっちの台詞だ。頼む、死んでくれるな」

「……了解」


 教官の二番機としてひたすら援護を続けるという選択肢もある。だが、教官が私に任せろと言っている。ここは信じるべきか。


 もしこれで教官が死んだら自分の選択を悔いるであろう。


 だが今は、この選択が正解だと信じ、二天一式の相手をする。


 敵は帝国空軍の撃墜女王。相手にとって不足なし!


 直人は進路を変え、敵機と正対した。

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