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8. エースの情報

 翌日の昼休み、直人達は食事を終えた後情報部の部室へと赴いた。


「来たか。まぁ座れ」


 早峰渚がテーブルの向かいに座って声をかける。事前に話をしてあったので、昼食をさっさと食べて待っていたらしい。


 情報部の部室は教室の半分ほどの大きさで、中央でパーテーションによって区切られている。


 直人達が席に座ると、一年生と思しき生徒がお茶の入ったコップを置いてくれた。


「へぇ、もてなしてくれるのね」

「情報ってのは人付き合いだからな」

「おかわりはあるのか?」


 既に飲み干した直人がコップを置く。


「いや……あるけどさ」

「じゃあ私も」


 それを見て一気に飲み干した茜が手を挙げた。


「依頼ってのはなんなんだ?」


 コップに注がれるお茶の向こうから渚が問う。


「調べてほしいことがある」

「うちに来る奴は大概そうだな。何について調べる?」

「一つ目が、二天一式とサイパンの魔人について調べてほしい」

「それは二つだと思うが……というかエライ依頼が来たな」

「特に後者のほうが重要だ。調べられるか?」

「何について調べりゃいいんだ」

「戦歴。出自。好きなもの。嫌いなもの。弱点」

「なんだそりゃ? なんだってそんなもの知りたがる?」

「それはだな……」


 直人は口ごもる。


 事実上の奇襲であったとはいえ、玉里道場が道場破りにやられたのは事実。うかつに口外すれば茜にとって恥となる。


「以前聞いたけれど、情報部はクライアントの情報の使い道は問わないというスタンスではなかったかしら」

「まぁ確かにそうだ。だがそいつは難題すぎる。戦歴についちゃ軍事機密だ。出自にしたって、サイパンの魔人、篝時也とかいったか、それと繋がりのある人物を探すところから始めないといけない」

「奴の流派は神道珠榊流だ」

「……それが本当なら神道珠榊流の道場を回っていればいつかは当たりを引くだろうが、あいにく珠榊の道場は帝都にない」

「帝都にないといけないのかよ」

「うちは帝都近郊の情報しか扱ってないの」

「なんだ。情報部っつってもパッとしねぇな」

「なんだなんだ。バカにしに来たのか」

「だから言ったのよ。こんな男頼りにならないって」


 みなもに言われ、渚は舌打ちをする。


「ま、何と言われようと俺達は中等部生だ。限界はある。二天一式はともかく、サイパンの魔人についちゃ教官に訊いたら何か知ってるかもしれないぜ?」

「……それだ!」


 直人は渚を指さす。


「マリアナの戦いの時教官は既にこの学校にいたから直接は知らないだろうが、海軍出向組のつてで何か知ってるかもしれん」

「確かに。訊いてみるか」

「要件ってのはそれだけか?」

「えーと、他になにかあったような……」

「剣道の道場だよ」

「あ、それだ」


 茜に言われ、直人は思い出す。


 昨日の一件で、敗因は実戦経験不足だと結論した三人は、実戦的な練習ができる場所を探しにきたのだ。


「都内で剣道が強い道場を教えてくれ」

「それなら可能だ。百円でいい。選手名込みなら三百円」

「買った」

「……このまま売りつけちまってもいいんだが、まさかとは思うが、道場破りみてえなこと考えてはないだろうな」


 そう言われて直人は驚きが表情に出る。それを見た渚はため息をついた。


「入門にせよ、他流試合にせよ、魔導士は相手にしてもらえねぇよ」

「こればかりは早峰君に賛成だわ。私達が魔導士である限り、剣道場は私達を受け入れない」

「魔導士でも試合に応じてくれる剣道場ってないの?」


 茜が渚に問う。


「本質的に欲しい情報はそっちか。まぁ、多分ないだろ」

「私も聞いたことないわね」

「俺は剣道ってのに疎いんだが、魔導士は出禁なのか?」

「ああ。剣道協会は市ヶ谷に所属する魔導士との試合を禁止している」

「そりゃまたなんで」

「なんでって……そりゃお前」

「剣道はスポーツ。市ヶ谷神道流は軍用剣術だからよ」


 みなもが渚に言葉にかぶせるように言う。


「そうだ。十年位前、剣道を軽んじる実戦剣術派が道場破りじみたことをする事件がいくつかあって、怪我人が相次いだ。そもそも武道と軍用武術を比べることがナンセンスとして、剣道協会は市ヶ谷神道流との試合を禁じた」

「なら問題ねぇ。俺達は古流剣術で挑む」

「そういう屁理屈を通じなくするために一律で禁止してるんだよ。直人。お前の戦い方に市ヶ谷神道流の影響がないと、どうして言える?」

「そりゃ……言えないけどさ」

「俺達は民間人だが、向こうは面倒事を嫌って応じないだろうな」

「手っ取り早く違う流派との実戦経験が積めると思ったのになぁ」


 茜が呟く。


「いや、諦めるのは早いぜ。初めから面をつけて正体を隠して挑もう」

「あそっか。面ならうちの道場にあるよ」


 スポーツとして普及しつつある剣道だが、聞いた話じゃ北辰一刀流の門下生によってその原型は作られたらしい。となれば、試合形式であっても学ぶところはあるはず。


「いやそれ犯罪だから」


 みなもが冷静に二人を遮る。


「なにぃ? 宮本武蔵は道場破りしてたぞ」

「それ江戸時代だし小説じゃない!」

「ま、それだって吉岡道場は面子を取り戻すために闇討ちしてるしな。あれは普通死ぬ」

「宮本武蔵が根無し草の浪人だからできるのよね」

「くっそー。確かに、闇討ちは怖ぇ」

「いやまぁ、思い留まってくれるならなんでもいいわ……」

「警察の剣道場が闇討ちしてきたら面白いけどな」


 渚がにやにやしながら言った。


「やはり実戦形式の鍛錬は、古流剣術同士でなんとかするしかないわね」


 言いつつみなもが立ち上がる。


「まぁそれも難しいんだけどな」


 それに続いて直人、茜が立ち上がろうとすると、渚がそれを呼び止めた。


「そうそう。さっきの魔導士と試合してくれる剣道場はないっていう情報だが、十円だぜ」

「十円!? そば食ってお釣りがくるじゃねえか!」

「情報は情報だ」

「納得いかねーぞ。何の役にも立たない情報。不良品みたいなもんじゃねぇか」

「後で役に立たなかったから金を払わんって言われて認めたら、こっちの商売上がったりだ」

「じゃあ迂闊に話もできないじゃねえか」

「依頼があるって言ってきたのはそっちだぜ? ま、払いたくないって気持ちもわかる。そこでだ。ちょっと直人だけ残れ」

「直人と何の話をする気よ」

「それは後で直人から聞きゃいいだろ」


 渚は手の甲をひらひらと振り、みなもと茜は情報部を後にした。


「何か話があるのか?」

「ああ。……以前、動死体の調査に行ったことがあったろ」

「あったな」

「動死体な、最近新宿で目撃された」

「マジかよ!」

「ニュースにはならないし、あくまで噂話程度にしか広まってないが、俺達は以前青梅の方でも目撃されたことを知ってる」

「新宿か。えらく都会に現れたな」

「それとは別に、以前から帝都にある都市伝説の一つに、行方不明になった新宿共同溝がある」

「共同溝?」

「水道とか電気が通ってる地下道のことだ」

「それが都市伝説ってのは?」


 尋ねられた渚がにやっと笑う。


「大正時代、帝都の都市計画の一環として新宿の地下に日本初の共同溝が建築された。だが、完成直前に関東大震災で崩落し、放棄されたものが今も新宿の地下に眠ってるって話だ」

「……つまり、動死体がその共同溝から出てきてるんじゃないかってことか?」

「その通り。俺と同じ発想だな。新宿共同溝なんて眉唾だし、今まではよくある都市伝説程度に思っていたが、街中に動死体が沸いたっていう目撃証言があるとな」

「だがその新宿共同溝は大震災で潰れちまったんだろ?」

「動死体なんてのは明らかに人為的なものだ。だったら共同溝が修繕されて動死体の製造設備になってても不思議じゃない」

「反政府勢力的な?」

「相手の正体まで探れるかは微妙だが、新宿共同溝と動死体の関連性は調査する」

「いや待て、新宿共同溝自体噂話なんだろ? あったとしても、どうやって見つけるんだよ」


 それを聞いた渚はまたニヤッと笑った。今回のはドヤ顔と言っていい。


「そこが俺達情報部よ。動死体の目撃証言から発生場所を割り出し、大正時代の地図と照らし合わせて共同溝の位置を推測する。けっこうあっさり見つかったぜ」

「マジか! それは凄いな」

「入口だけだがな。新宿西側の廃ビルの裏手。今はスラムみたいになってる地区に入口がある」

「なるほど。調査を手伝えというわけか」

「そゆこと。動死体とかマジ怖ぇからな。護衛が必要なわけよ」

「いくら出る?」

「百円。プラスさっきの十円チャラ」

「悪くないな」

「だろ? 共同溝だけじゃなく動死体との関連性。高く売れるぜこれは。記事にできるかは知らねーけどな」

「あれ? だったら俺の報酬もっと上げられるんじゃないか?」

「それは駄目。相場ってのがある」

「……ま、面白そうだしいいか」

「そうこなくちゃな」


 ここで昼休み終了五分前を告げる予鈴が鳴る。


「それいつ行くんだよ」

「お前は月水金土の放課後は航空部だったな」

「ああ。言ったっけ」

「いや。俺達は情報部だからな。こっちも準備があるから多分木曜の放課後になる。電車賃は出すから安心しろ」

「木曜か。了解」

「よし。じゃあ教室行こうぜ。教官の授業に遅れたらぶちのめされる」

「ありそうで怖いな」


 直人と渚は連れ立って教室へと向かった。




 放課後、午後四時半に部活動を終え、門限のあるみなも、茜は帰路につく。一方直人は質問があると言って、京香と共に当直室へと向かっていた。


「質問とはなんだ」

「サイパンの魔人についてです」


 直人と京香はテーブルに座って向き合う。


 京香は相も変わらず退廃的で疲れたような顔をしていた。ラバ女の一件も気になるところだが、今は置いておく。


「サイパンの魔人? 彼の戦歴でも知りたいのか? あいにく私は面識もないし、同じ部隊だったこともない」

「まぁその、まずサイパンってなんですか?」


 直人が問うと、京香は苦笑した後席を立ち、棚から世界地図を取り出し、テーブルに広げる。


「これがサイパン島だ。マリアナ諸島はドイツ領ニューギニアの一部だったが、一次大戦後、イギリス領となる。そこを開戦初期に日本軍が占領したんだ。因みにこれは授業でやった」

「えっ。俺が転校してくる前ですよね?」

「ほんの一か月前くらいだ」

「……」

「そして昨年の四月からマリアナ諸島が戦場になった。サイパンの魔人……名前はなんと言ったか」

「篝時也です」

「ああ、確かそうだったな。そういうことは覚えているのか」


 覚えていた理由はこないだ本人に会ったからだが、そこは黙っておく。


「篝時也の名はかつての戦友を通して聞いた。まだ新米で当時は少尉だったはずだ」

「新米なのに強かったんですか?」

「みたいだな。偵察任務中に敵の中隊を発見し、雲間から一撃離脱で一機仕留めてそのまま逃げてきたとか、夜間爆撃を無断で迎撃して間違いなく戦果を挙げたのに報告はせず上官の詰問にも白を切るなど、破天荒な逸話の多い奴だ」

「なかなかヤバそうな奴ですね」

「駆逐艦を撃沈したという噂もある」

「えっ。斬ったんですか!?」

「駆逐艦程度なら銃撃で沈められなくはないぞ。まぁ普通はやらん」

「ばさら者ですね」

「平時なら上官に疎まれたろうが、戦況が一人でも多くの手練れを必要としていたから黙認されたんだろう。寧ろ翼に赤いストライプを入れていて、敵味方の間でも目立つ奴だったらしい」


 本人の語った思想の他、そうした破天荒さも妖怪との親和性が高かったのだろうか。


「そいつの過去とか、癖とか、知りませんか?」

「知らんな。共通の知り合いがいるわけでもないし」

「じゃあ、そいつの御佐機はなんですか? 式神ですか?」

「いや、要撃精霊機らしい。海軍出向で要精なら雷電と紫電があるが、新鋭機だったらしいから紫電だろう」

「紫電ですか」


 得られる情報はこんなところか。

 無論今も同じ機体に憑依しているとは限らないが、まずはそのつもりで戦う。


 一年前に新米だったということは実戦経験自体そこまで長くはない。空戦ならば付け入る隙もあるか……。


 ただし空においても常識が通用しない相手であることもわかった。戦う時は考慮に入れるべきだ。


 直人と京香の間にしばしの沈黙が訪れる。


 死にたがってませんよね? とは訊けないよなぁ。俺の憶測に過ぎないわけだし。


 次にラバ女が現れた時、この人を連れていくべきなのか? 相手が三機で、こちらにみなも、茜がいるのなら、教官がいない方が安心か?


 だがそれで、みなも、茜が撃墜されでもしたら後悔だけじゃ済まない。教官がいれば安心感が違う。


「……まだ何か聞きたいことがあるのか?」

「あ、えーと。その、最近寝れてます?」

「なんだそれは。……私はそんなに酷い顔をしているか?」

「はい。まぁ」

「失礼な奴だな」

「すいません」

「まぁ、上手く隠せていない私にも問題はあるか」

「ラバ女に思うところがあるかもしれないですけど、魅乗りの言うことなんか気にしちゃだめですよ。……あいつらはもう妖怪で、ラバ女は無関係です」


 多少迷ったが言い切った。これで教官が割り切ってくれればいいが。


「いや、無関係とは言えない。私にはラバ女にいた人間として責任がある」

「いやだから! その責任は魅乗りには関係ないんです!」

「貴様にラバ女の、軍人の何がわかってそう言い切れる?」

「……」


 睨まれた? いや、目を細めただけか? 目の下の隈のせいで、独特の威圧感があるな……。


「心配せずとも、私はちゃんと戦うさ」

「いやそういうことでは」

「魅乗りを野放しにする気がないのは私も同じだ。魅乗りが現れたら私を呼べ。ただし、ノックは覚えろ」

「りょ、了解です」

「他に質問がなければ、話はここまでだ。生徒に心配されるくらいだ。少し仮眠を取っておこう」

「……わかりました」


 仮眠が取りたいというのならしょうがない。直人は当直室を後にした。

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