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6. テロ

 翌日の放課後。

 みなもと茜が一度着替えてから向かいたいというので、二時半に銀座駅で待ち合わせということにし、直人は一旦一人になった。


 学食で仕出し弁当の昼食をとった直人は、そのまま飯田橋駅へと向かう。待ち合わせにはかなり早かったが、銀座を散策して待てば良い。


 直人は飯田橋駅にて神田までの運賃三円を払いホームで待つ。


 どんな機関車がくるかと思ったら、何と電動機関車だ! 慌てていたので気にしなかったが、悠紀羽邸に突っ込んだ夜に乗った時もそうだった気がする。

 もしかして全線電動? 恐るべきハイテク。同じ日本とは思えない。


 神田駅で日本に二路線しかない地下鉄、『帝都地下鉄道』に乗り換える。こちらは外の景色を眺めることはできないが、感動は中央線以上だ。


 地下鉄の名前くらいは知っていた。新聞に載っている写真も見たことがあった。だが本当に地中を走るとは。どうやって列車を入れたのだろうか。


 わざと乗り過ごして赤坂見附まで行き、反対側のホームに行って引き返す。また乗り過ごして三越前まで行って、もう一回引き返す。


 これは凄い。東京に来て一番楽しい。


 だが乗っている電車が京橋駅を出たところで突如急停止。ドアが開き、列車から降りるようアナウンスが流れた。運転手と車掌も客室に入ってきて、すぐに降りるよう言って回っている。


「銀座駅で事故だそうです! 速やかに下車してください! 電車は動きません! 速やかに下車してください!」


 乗客がざわめきつつも線路に降りていく中、直人は駅員に尋ねる。


「事故って何ですか?」

「……詳しいことは分からんが、反体制派のテロだとか……おい君!」


 テロと聞くや否や直人は線路に飛び降り走り出した。銀座駅に向かって。


 悠紀羽、玉里はもう着いて待っているかもしれない。となれば心配だ。あの二人なら御佐機を出せば安全な気もするが、それならそれで無事を確認して三人で帰ってくればいい話。まずは合流。銀座駅まで走ればすぐだ。


 銀座駅まではほんの五分ほどでたどり着いた。ホームには誰もいない。足音を立てぬよう階段を昇り、陰から様子を伺う。


 構内中央部に人が集められ、テロリストと思しき男が一人確認できた。直人はひとまず身を潜める。次の瞬間銃声が聞こえた。


「聞け! これは正義の行いである!」


 百式短機関銃を上に向けて発砲した男が言う。


「国体を蔑ろにする大本営に正当性無し! 市ヶ谷は違憲政府である! 我々は暴虐なる市ヶ谷に制裁を与えるべく立ち上がった! 諸君らは人質であるが、神妙にすれば危害は加えん! 我らの敵は市ヶ谷のみである! だが逃げ出そうとする者あらば、市ヶ谷の犬と見なし撃つ!」


 男が言葉を切ると、今度は女が口を開いた。百式短機関銃を肩から下げている。その隣には軍刀を持った男がいて、一人の子供を押さえつけていた。


「我々の同志が別の場所で作戦中である。諸君らにはそれまでここに待機してもらうことになるが、同時に我々は諸君らを勇気付けたい! そこで、出し物を用意した!」


 女の言葉と同時に、男は子供の首に軍刀の刃を添えつつ、一歩前に押し出す。


「お願いです! 私がやりますから、子供だけはどうか!」


 女性の悲痛な声が構内に響く。子供とその母親は後ろ手に縛られ、子供の方は恐怖で声も出ない。


「動くなよ! 動けばすぐにガキは殺す!」


 そう言って今度は男が口を開いた。


「諸君らはおそらく帝都住まいであろうが、それはやむなきものであると理解している。だが、諸君らも日頃の市ヶ谷の暴政! 悪行には義憤を覚えているだろう! そこで、憂さ晴らしの機会を与える。このガキは、空軍で中将を名乗る男の子供である! 我こそはと思うものは、この剣を受け取り、この子供に制裁を加えるがいい!」


 どうやら本当にテロらしい。一連のやり取りを聞いて直人は理解した。この後の展開に備えるべく、直人は魔力を練っておくことにする。


 昨年の七月。サイパン陥落の報に陸海軍が動揺する中、市ヶ谷機関はクーデターを決行。事前に根回しは行われており、国内の陸海軍の多くの部隊が市ヶ谷に合流。市ヶ谷はあっさりと実権を握った。


 そして魔導軍は空軍へとその名を変える。


 しかしながら全ての部隊がすんなりと従ったわけではない。天皇への裏切りであるとする尊皇派、更には本土決戦を訴える陸軍の一部は強行に反発。実力行使に出るに至った。


 しかし御佐機を統括し、航空戦力の殆どを手中に収めていた市ヶ谷大本営は反乱軍を圧倒。いくつか発生した反乱は進駐軍が介入する隙を与えず全て鎮圧された。


 だが問題はその後だった。市ヶ谷は捕虜となった反乱軍の将兵を悉く抹殺、収監。さらには反乱に協力した民間人に対しても処刑を行ったのだ。


 そのかいあってか表立って市ヶ谷に弓引く組織はいなくなったが、そうした成り立ちや現在の重税から好ましく思わない人々も多い。

 反乱軍の残党が各地に潜伏しているという噂もあり、こうしたテロが起きてもおかしくはない。


 だが一方で彼らのやり方も常軌を逸している。大本営に恨みがあろうと、無抵抗の子供を痛めつけようなどという人間はそうはいまい。案の定人質からの名乗りは皆無だった。


「市ヶ谷からの報復を恐れる必要は無い! 何故ならここにいる全員が反市ヶ谷の同志だからだ! それともこの中に、市ヶ谷の信奉者はいるか!?」


 これに対しても返答はない。


「よし! ではお前やれ!」

「お、俺ですか!?」


 一人の男に白羽の矢が立ったらしい。


「いきなり殺せとは言わん! 一刺しで良い。さぁやれ!」

「やめてください!お願いします!」

「五月蝿い市ヶ谷の雌犬がぁ!」


 子供の母親は拳銃で殴打され、床に倒れ伏す。


「やめなさい!」


 これに対し凛とした声が響いた。みなもである。


「私は神楽坂魔導士予科学校所属、悠紀羽みなも! 悠紀羽の巫女なり! このような狼藉、今すぐやめなさい!」

「なんだお前?」

「神楽坂……魔予校って市ヶ谷じゃねーか!」

「てかこいつ悠紀羽っつったぞ!」

「その通り。もし投降すると言うのなら、父に減刑を口沿えするわ」

「舐めた口聞きやがって!」

「嫌だと言ったら?」

「この場から去るというなら見逃すわ」

「お前の気持ちは分かった。同胞を見殺しにはできないというわけだ。だったら……お前が謝れ」

「……え」

「お前が市ヶ谷を代表して謝るんだよ! 全裸でな!」

「なっ……」

「お前が謝ったら、こいつのことは見逃してやるよ」

「何を言って……」

「このガキの命が惜しかったらなぁ!」

「……わかったわ」

「まず軍刀こっちに放れ!」


 男の指図に従い、みなもは軍刀を床に置いた。


「放れと言っただろうが!」

「取りに来ればいいでしょう」


 みなもはコートのボタンを外し、床に落す。


「待って! その女の人はどうなるの!?」


 またしても聞き覚えのある声。これは……玉里か。


「土下座で許すのはガキだけだ」

「じゃあ私も土下座するから、その女の人も見逃してよ!」

「恥女かよ」


 茜の声に別の男が馬鹿にしたように言った。


「早くしろ!」


 叫ぶ男の持つ軍刀が、少年の首筋にかかる。切り口から一筋の血が溢れ出し、少年が小さく悲鳴を上げる。


「大丈夫よ」


 直人からは見えなかったが、みなもは優しげに微笑んだ。


 突如事態が逼迫してきた。相手にモラルが期待できない以上、服を脱がされた後何をされるか分かったものではない。


 それに二人の行動に直人は感動を覚えていた。民草の窮地に不利を承知で立ち向かう蛮勇こそ、まさに旧き士道の為せる所ではあるまいか。黒金と戦う前に危険は冒したくないが、二人を助けてやりたい。


 今ここで俺が飛び出せば、声からして最低でも五人のテロリストと戦うことになる。一人の人間が五人の人間を一時に相手取るなど、ふざけた話だ。しかも相手は銃持ち。

 一方ここで座して待てば、いずれは市ヶ谷がやってきてテロリストは逃げ出すか、お縄となる。上手くいけば三人とも無傷でこの状況を脱することができる。


 全く考えるに値しない命題だった。


 直人は階段の陰から飛び出すと、一直線に最寄りの男の元へと走った。


「なっ」


 短機関銃を持っていた男が声を上げる。だがみなもと茜の脱衣ショーに気を取られて若干反応が遅れたか。


 直人に銃口を向けようとする短機関銃が辿る軌道は明らか。直人は抜刀し、その短機関銃へ物打ちを叩きつけた。勢いに耐えかね真っ二つに割れつつ吹き飛ぶ短機関銃。それには目をくれず、後方の右足を送り出しつつ、目の前に差し出された男の右手首半分を切断する。


 男の悲鳴は直人には聞こえない。刀を右に下げつつ走る。問題は次だ。


「止まれ! 人質がどうなっても――」


 直人の正面の男が十四年式拳銃を子供に突きつける。それに対し直人は魔術を発動。火炎を男へと浴びせかけた。火達磨となった男が身を捩る。直人は刃を返し腹部を殴打。男は崩れ落ちる。


 テロリストは少なくともあと三人いる。練ってあった魔力は今ので使い切った。連続での魔術の発動は不可。かといってゆっくり魔力を練らせてもらえるとも思えない。


 直人は右方を見た。短機関銃を構えた女がいる。


 まずい!


 ともかく直人は離れるようにして走った。出てきてしまってからなんだが、これはあまりに悪手だったかもしれない!


 この時左方から男の声が聞こえた。


「よせ! 人質に当たる! 俺がやる!」


 見れば男が一人軍刀を持って突進してきていた。更には先ほどの女も軍刀に持ち替え、走り出している。


 どうするか。一瞬思考する直人の目に、みなもと茜が動き出すのが見えた。


 ならば。


 直人はその場に立ち二人を待ち構える。そして両者との距離が詰まったところで、先制攻撃を仕掛けた。


 頭を跨ぐように大上段に太刀を構え、男が目の前の味方に期待して戦意を緩めたところで左足を蹴り出し後ろに跳躍。半身になりつつ、女が振り下ろした刀を峰で受け止め、着地。

 勢いそのままに地面と並行になっている柄の先端、頭と呼ばれる部位を力任せに、女の額に叩きつけた。


 即座に身体を戻し、刀を前に差し出して振り下ろされた男の刀を受け止める。

 男がすぐさま刀を戻す感触があったので、直人は足を動かさず右下に斬り下す。


 だがこれは外れ。男はすかさず直人を正面に切り割る一刀を放つ。


 直人の剣はそれと鏡合わせの軌道を描く。速度は互角。だが男の剣だけが弾かれ落ちる。


 直人の頭部を斬るつもりだった男の剣と、最初から敵の剣を打ち弾く気でいた直人の剣では、力の優劣は存在するのだ。


 敵の剣を弾き返した直人は、右足を前に送り出しつつ、突きを放った。


「ひぃっ」

「捨てろぉ!」


 喉元に切っ先を突きつけられた男は、直人の怒声に思わず軍刀を落とした。


「こ、降参だ!」


 男から視線を外し、直人はみなもと茜を探す。


「返してもらうわよ」


 見れば自分の軍刀を回収したみなもが倒れ付しているのであろうテロリストに言葉を投げかけているところだった。

 消え行く銀色の物体が見えたところから、得意の金属魔術で制裁したのだろう。


 一見して脅威は去った。一先ず安堵しようとした直人の鼓動が不意に早まる。


 ――黒金!


 間違いない。黒金が現れた。しかも近い。この、上か!


 しかも黒金の気配に続いて銃声と破壊音が聞こえ始めた。


 まさか!


「黒金ぇ!」


 直人は独りごち、走り出す。


「あ、ちょっと!」


 みなもの声にも構わず、直人は銀座駅の構内から出た。

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