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16. 帰宅

 宇都宮の郊外に墜落した直人は一時間以上歩いて市役所へと戻った。上手いこと胴着できたので胸を打撲してはいるが、大事はない。放っておけば治る。


 市役所でみなも達と合流し、まずは互いの無事を喜び合った。


「直人! 勝ったのね。流石だわ」

「わーい。やったね直人君!」

「ま、俺も墜とされちまったがな」

「これで相手の稼働機は零のはずです。私達の勝ちです!」

「そのはずだがな」

「シューマッハが一機になっても増援がこなかったのです。武装親衛隊の御佐機は品切れでしょう」

「こっちは茜がまだ飛べる。俺とみなもも数日待てば直る。勝ちだな」

「相手もそれはわかっているはずです。投降してくれると思うのですが……」

「私が様子見てこようか」

「できれば私も採石場に行きたいのですが……」


 そう言ってエリザは直人を見る。


「また俺が運ぶのかよ。けっこう歩くぞ」

「そのことなんだが」


 ここでロビーの奥の方にいた市長が口を挟む。


「採石場まで、私が車で運ぼう」

「あら! それがいいじゃない! そうしましょう」

「いいんですか?」

「三十分くらい前に、採石場を包囲したと電話があった。今から行っても、危険はないだろう」

「車ですか……。まぁ、それが合理的ですね」


 市長の申し出を断る理由もなく、直人達は五人乗りの黒塗りセダンに乗り込んだ。


 車で移動すること数十分。採石場の近くへ車を停めると、直人達は車を降りる。


 銃を持った兵隊に兵員輸送車までいて物々しい雰囲気ではあるが、戦闘が起きているような様子はない。


 ただ、武装親衛隊は未だ採石場に立て籠っているらしく、それを在日ドイツ軍が包囲していた。


 直人は周囲をうろうろしていたが、特に咎められることはなく、様子を見て回ることができた。


 時間にして正午を回った頃だろうか。直人達が着いてからそこまで時間も経たない頃、採石場から白旗を上げたドイツ人が歩み出てきた。


 制服からして、武装親衛隊だ。在日ドイツ軍の兵士に先導され、天幕へと入っていく。


 白旗ということは降参したんだろう。


 外国でも白旗は白旗なんだなと直人は益体もなく思った。


 これほど早く終結するのは少々意外だ。頑張った甲斐はあるが、相手がもう少し粘るというか、一筋縄ではいかない印象だったのだが。


「戦わなくて済みそうですか?」


 直人は兵員輸送車に乗って無線で通話していた兵士に問う。


 在日ドイツ軍の兵士は全員が日本語を介しており、意思疎通には事欠かない。


「ああ。奴らは降伏した」

「良かったですね」

「Kommandant.Die Verhandlungen wurden abgeschlossen」≪隊長。交渉がまとまりました≫


 一人の兵士が車上の兵士に話しかける。


「なんて言ってるんです?」

「……日本語で喋ってやれ」

「Ja.彼らの要求は三つ。ソ連への引き渡しは拒否する。財宝は引き渡すものが全てであり、それ以上詮索しないこと。ヴィステルスバッハ、シューマッハ両名は死亡したものと認める。です。なお、ドイツないし日本の法律に則った裁判であるならば、受け入れるとのことです」

「司令部はなんて?」

「要求を認めるそうです。在日ドイツ政府への献身を条件に無罪を約束すると」

「まぁ、妥当だろうな。もう一走りして周りにも伝えてやれ」

「Ja」≪了解≫


 そう指示された兵士は敬礼して走り去っていく。


 武装親衛隊が出した投降の条件。一つ目は意味がよくわからなかったが、二つ目、三つ目については憶測を巡らすことはできる。


 直人も在日ドイツ軍もジェシカの死亡を確認してはいないのだ。おそらくこれは部下達の主への最後の忠誠。


「終わったみたいだぞ」


 車に戻った直人が言うと、後部座席に座るエリザが目を輝かせる。


「解決したのですね?」

「ああ」


 直人はドイツ兵士に聞いた交渉の内容を伝える。


「そう、ですよね。巻き込まれた日本人は納得いかないかもしれませんが」

「エリザも、奴らを許すのか?」

「許さなければ彼らは最期まで戦うでしょう。それでは何人死ぬかわからない。共にこの国で生きていくしかないのだから、共存は可能なはずです」

「俺もそう思う」


 その後十数分ほどその場にいたが、騒ぎが起きるようなことは無かった。


 白旗を持った兵士が採石場に戻っていくのを見て、直人達は市役所へと戻ることを決める。


 今度こそ、彼らの戦いは終わったはずだ。


 その後、市役所で出前をとり、夕方の列車で東京へ帰ることになった。


「かつ丼とは豪勢ですね」

「そんなものは礼にもならん。私は奥の部屋にいるから、必要があれば声をかけてくれ」


 丼を持つ直人にそう言うと、市長は姿を消した。


「これがカツドゥンですか。力強い響きですね」

「エリザはかつ丼の食べ方を知っているのかしら」

「食べ方? 作法があるのですか?」

「お肉とごはんを同時に食べるんだよ」

「ごはんだけ残ったら悲惨だからな。まぁそのために漬物があることもあるが」

「なんだそんなことですか。私もうな丼というものを食べたことがあるので知ってます」


 そう言ってエリザはかつを一かじりして、ごはんも口に運ぶ。


「美味いな。良い店なんじゃないか?」

「美味しいとは思いますが、かつとライスという二つの料理が縦に重なっているのは不合理では?」

「はぁ? 洗い物が一つで済むんだから合理的じゃない」

「まぁ付け合わせを同じ皿に盛るというのはわかります。ただこれ、ライスへのソースのかかり方が不十分ですよね。縦にするからそういうことになるんだと思うのですが」

「うん? かつと一緒に食べれば大丈夫だよ」

「平たいお皿に盛れば、その必要はないはずです」

「それだとお皿を手で持ちにくいでしょう」

「ドイツ人お皿を持ったりしなかったもんね」

「慣れの問題だとは思います。ただ、海鮮丼。あれは未だに意味がわかりません」

「ああ。外国人は生魚嫌がるわよね」

「私は日本育ちなのでお寿司とかも平気です。ただ、ごはんの上に刺身を乗せているのでごはんが冷めるじゃないですか」

「一理はあるかもしれないけど、別のお皿にあっても結局は一緒に食べるし」

「……もしかして、日本人にとって全ての料理はごはんを食べるためにあるのですか?」

「そうだよ」

「そうね」

「初めから味の付いたものを食べればいいと思うのですが……」


 文化の溝はかつ丼だけでは埋められそうにない。


 直人達が休んでいる間に、市長が病院から松葉杖を借りてきてくれた。これでエリザも自力で歩くことができる。


 市長の運転する車で駅に向かい、ホームで列車を待つ。


「直人さん。貴方がいてくれて助かりました。これはお礼です」


 そう言ってエリザは直人の頬にキスをした。


 突然の事に直人はしばしエリザを見つめていたが、その隣では茜が驚きの表情を浮かべ、みなもは愕然とした顔で震えていた。


 当のエリザだけは当然といった顔つきで続ける。


「直人さん! 今度また仙台に行きましょう。今度は私の家に招待します」

「何を食わせてくれるんだ?」

「ソーセージをたくさん用意しておきます」

「よし行こう」

「楽しみにしておいてください」

「当然、私達も行くわよ」

「何故?」

「何故って……私達も十分戦ったでしょう!」

「勝手についてきたものだと思っていましたが。報酬を渡す義務はありません」

「別に遊びに行くくらいいいでしょう!」

「ふふ。冗談ですよ。貴方がたにも、だいぶ助けられました」

「え……ええ。わかっていればいいのよ」


 ほほ笑んだエリザに対し、みなもも矛を収める。


 そうこうしているうちに、列車が煙を上げながらホームへと滑り込んできた。


 六日間に及ぶ激闘を終えた直人達は、東京行の列車へと乗り込む。二等車は長距離列車特有のボックス席だ。


「さすがに疲れました」


 座って早々、エリザは直人の肩に頭を預けた。


「あっ、ちょっと!」


 みなもが非難するような声を上げたが、エリザはもう寝息を立てていた。


 それを見てみなもは言おうとした言葉を飲み込んだような複雑な表情を見せる。


「うふふ。私も疲れたなー」


 そんなみなもの肩に、茜が頭を乗せた。


「はぁ、まぁ、しょうがないわね」


 みなもは諦めたような顔でそう言うと、直人を見る。


「直人、お疲れ様だったわね」

「お前らもな」

「私も寝るから。直人もそうしたら」

「ああ。俺も眠い」


 瞼が落ちるのを自覚するよりも早く、直人も眠りへと落ちていた。


 熟睡する四人を乗せた列車は山間を駆け抜け、それを傾いた西日が照らしていた。


 それから数日後、エリザから約束通り報酬が支払われる。口座額が増えて喜んだのもつかの間、それを待っていたかのように学費として取り立てられてしまったが、ともかく直人は自力で新年度の学費を支払うことができた。


 そして四月二週目の月曜日、春休みは終わりを告げる。直人は二年次へと進級した。

Tips: ジェシカ・シューマッハ

 夫に代わり武力行使を担う女魔導士。夫のゲオルク・ヴィッテルスバッハと同じく、武装親衛隊の所属である。

 シューマッハ家は帝政ドイツにおいて子爵の地位を持っていたが、一次大戦敗北により領土を失い没落。しかしかつての暮らしを完全に捨てきることはできず、経済的に困窮していた。しかしジェシカがゲオルクと結婚したためシューマッハ家は名門貴族ヴィッテルスバッハ家の親戚となり、生活水準は一気に向上した。

 ゲオルクからの求婚は全くの純愛であり、救われる形となったジェシカはゲオルクに感謝し、忠誠を誓っている。

 ゲオルクは優れた魔導士であったが、東部戦線にて負傷し、右足に後遺症が残る。それに代わり、ジェシカはヴィッテルスバッハ家の魔導士として実戦に参加することとなった。

 元々士官学校時代に教官から天稟ありと称されていたジェシカは、四四年十月から僅か四か月の間に四機撃墜を報告。エースの地位にはあと一機及ばなかったが、それ以外にも複数の爆撃機や攻撃機を撃墜している。

 大戦末期、ゲオルクが戦犯となることは確実であったために部下を連れて日本に亡命。日本語は潜水艦の中で勉強した。

 彼らが、魅乗りになった者に特定の思想を植え付けることができるという事実を亡命前から知っていたのか、日本に来てから知ったのかは不明だが、皇帝派に取り入ることは良しとせず、今後の同志達の亡命、将来的な組織の復活に備え、総統派のドイツ人街を作り出すことを目的に暗躍した。

 その後両名とも死亡したという報告がなされているが、死体は発見されていない。

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