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15. 高み

 ジェシカが緩やかに旋回をうっているのが見える。直人は無線にて話しかける。


「残ったのはお前だけだ。あくまで戦う気か?」

「賽は投げられたという言葉、この国にもあるようだな」

「エリザの提案は悪い話ではなかったと思うが、日本人に混じって生活するのがそんなに嫌なのか?」

「……戦場では、あらゆる屈辱に耐えてきたつもりだった。だが、それでも許せないことはある」

「なんだよ」


 直人とジェシカは正対した。直人は太刀を下段に構える。


「ドイツを見捨てた日本人とこの国の同胞に、同情されることだ!」


 両者はほぼ同意高度にある。ジェシカの発動機は既に所定の出力を得ていると考えるべき。


 急激な旋回は不可能であるシュバルベが格闘戦に応じることはあり得ない。直人側は横の旋回も選択肢として入るが、運動エネルギー保持の観点から積極的には行えない。


 早衛はこの高度での上昇力に特段優れているわけではないし、最高速度は向こうが上。シュバルベの背後を取ることはできないだろう。となれば、ヘッドオンからの太刀打ちにて勝負をかける他ない。状況としては黒鉄戦に似ている。


 直人としては太刀打ちを積極的に行っていきたいところだ。太刀と長剣をぶつけ合うことで互いに空戦エネルギーを失っていく。しかしシュバルベはそれを即座に回復できない。

 一度互いに低速域に入ってしまえば、敵を低空に追い込んでいくことは容易であろう。


 注意すべきはジェシカがこないだ見せたこちらの太刀筋の機動だけを変えてやり過ごす剣技であるが、こうして下段から斬ればそれもできないだろう。


 敵機一。同位高度。


 直人はジェシカを故意に下へ抜けさせ、下段から斬り上げる。


 ――市ヶ谷神道流『こがらし


 澄んだ金属音が聞こえ、直人は太刀を振り抜いた。自分の力で振り抜いたにも関わらず、まったく手ごたえがない。


 この間と同じ技か!


 両者はすれ違い、その距離を広げていく。


 直人はゆっくりと旋回するが、ジェシカはそのまま直進しつつ、上昇を続けていた。


「どこに行くんだ?」


 直人が問うが答えは無い。それから五分は飛んだだろうか。両者の速度はほぼ同じだが、高度ではじりじりと水をあけられていた。


 早衛が高度六千を感知している。不意に遥か遠方となったシュバルベが縦の旋回に入るのが見えた。


「ついてくるか」

「発動機が自慢なのはそっちだけじゃない」


 両者は再び正対する。だが今度は直人が劣位にある。あのシュバルベという機体はなかなかの上昇力を持っている。


「お前には恨みも無いが、あのエリザとかいう女の護衛なら、殺しておくのもいいだろう」

「エリザも嫌われたもんだな」

「あのどこか間の抜けたような緊張感のなさが、苛立たせる」


 直人とジェシカは共に右上段に構えた。


 敵の剣技は驚異的だが、その上をいく技がこちらにはある。


 剣法水無瀬流『天地』


 敵の一撃と全く対象の一撃を以て迎えこれを斬り落とし、さらに敵の機体をも断つ。


 敵機一。劣位高度。


 ここは無暗に高度を上げない方がいい。速度を失う。敵にこちらの頭上を通過させる。


 彼我の距離が一挙に詰まる。ここだ!


 ジェシカが長剣を振り下ろすのとほぼ同時に、直人も一刀を繰り出す。タイミングは完璧。あとは剣と剣が触れる瞬間、その衝撃を利用して軌道を変えるだけ――。


 直人は見た。ジェシカが剣身を左手で持ち、槍のように突き出してくるのを。切っ先が太刀の物打ちに触れた瞬間、長剣が捻られ、切っ先を沿うようにして太刀の軌道が変わる。


 次の瞬間、直人の背中に衝撃が加わった。ジェシカの突きが直撃したのだ。


 こちらの太刀筋の軌道だけを変える。あれは長剣の切っ先を利用した技だったのか!


 だが、それはどれほどの鍛錬と才能があれば実現できるのか。


 両者はすれ違い、直人は後方を見る。ジェシカも直線に飛行しており、すぐさま背後を取られる心配はない。


 早衛の背中には装甲板が入っているが、長剣により貫かれていた。激痛が損傷の大きさを物語っている。剣身を手で持ってしまえば威力は低くなるはずだ。だが、敵はそれを他の追従を許さない速度、運動エネルギーで補っている。


 発動機に貰わなかったのは幸運だったと言えるが、次に同じ場所に食らえば撃墜は免れないだろう。


「すげえな、今の技。名前とかあんのか?」

「あるが、ヤパーナにはわからないだろう」

「あんたぐらいになると、実戦で敵をバッタバッタと墜としてきたのか?」

「大したものはない。私がシュバルベを受領したのは、半年前のことだ」


 直人は縦に旋回し、進路を変える。一方のジェシカは未だ直線に飛行していた。


 恐らくは急激な進路変更を避けるため、ある程度距離を空けるつもりなのだろう。いっそ高度がもっと高くなればターボチャージャーを持つこちらが有利になる可能性があるが、敵はそこまでは昇らず、進路を変えつつある。


 空戦中に突きを繰り出すというのは市ヶ谷神道流には見られない技法だ。遥か遠くの異国には、日本の魔導士には思いもよらない技があるのだという事実に興奮を覚える。


 ではどうやって攻略するか。


 あの突き技は運動エネルギーを乗せて初めて有効な威力を得る。裏を返せばこちらが運動エネルギーで優位に立てば封殺は可能だ。だが速度で上回ることはできそうにない以上優位高度を奪い取る他に無い。手段はなにか存在するはずだ。


 そのための武術、そのための剣術であるのだから。


「お前の部下の中には日本で平和に暮らしたいと思っている奴もいるんじゃないか?」

「部下には負担をかけている。裏切り者が出るのも理解はできる」

「だったら、エリザの提案にのるべきだ。不安なら、俺が護衛してやるよ」

「それでも、民に混じり生きることはできない。我々は貴族だから」

「俺は市井の出でね。理解できそうにない」


 両者は三度正対した。状況は変わらず。劣位高度。


 市ヶ谷神道流空戦術『燕返し』はどうか。有効とは言い難い。完璧に敵機の背後を取れたとしても、速度差が大きく、効力射とならない可能性大。寧ろ空戦エネルギーを浪費することで、続く行動選択の幅を失い、敗北不可避となる恐れが強い。


 先日戦った朝倉という男の『零閃』という妙技。その真髄は間合いを奪うことにあったが、それを破ることができたのもまた、間合いの主導権を取ることができたからだ。


 ならば今回もまた間合いの主導権を得られれば攻略の糸口となるのではないか?


 目前のジェシカにせよ、先ほど撃墜したノアにせよ、ラダーを使った機動を一度たりとも見せていない。もしかして、急旋回だけでなく横滑りも厳禁な機体なのではないだろうか。


「人の良心を信じてのうのうと生きてきたあの女に、お前の死体を見せつけて、戦争を教えてやる」


 右上段に構えた両者は、直人の方が一瞬早く斬撃に入る。


 今だ!


 直人がラダーを傾けると、早衛は右に横滑りを始める。それはほんの少しのずれであったが、ジェシカの切っ先は直人の太刀を捉え損ねた。


 すかさず横転。同時に斬撃。直人の太刀がシュバルベの股間部の装甲を確かに捉えた。ジェシカの放った突きは早衛の肩部に当たり、弾かれる。


 肩部の装甲が厚く股関の装甲が薄いのは御佐機という兵器共通のものだ。手ごたえはあった。


「Scheisse. Ruder Bedienung!」≪くそっ。ラダー操作か!≫


 両者はすれ違い、数分の小康状態となる。そして四度目の正対。


 今までとは違う。奴の剣技は封じた! 横滑りで間合いをずらしつつ一方的に攻撃を当てていけば、向こうが先に力尽きる!


 右上端に構えた直人は、太刀を振り下ろしつつ、機体を横滑りさせる。今度は左。


 もらった!


 ――Kampfschwert『Offensive Verteidigung』


 澄んだ金属音と共に直人の太刀筋は歪められ、空を切る。そして背中の発動機に強い衝撃が走った。


「ぐあっ」


 馬鹿な……。


 直人の頭に信じられないという思いがよぎる。だが、結果から何が起きたかは明白。


 ジェシカは直人の横滑りに対応し、太刀の軌道を見切り、切っ先で軌道を変えて無効化しつつ、発動機に突きを放ったのだ。


 人間技とは思えない! 世界には、こんな剣術の使い手がいたのか……。


 早衛の発動機は停止こそしていないが、回転数は上がらず、空戦エネルギーの回復は不可能。勝算はなくなった。


 心を折るのは魔導にあるまじき恥。だが、可能性があるとすれば破れかぶれの体当たりくらいしか残されていないのが実情。そしてそんなことあの敵は許してくれないだろう。


「お前のようなヤパーナなら、部下に加えてやってもよかった」

「そりゃどうも」

「次でしまいだ。Auf wi――」


 直人の背後で大きな爆発音が聞こえた。振り返れば、シュバルベの発動機の一つが炎上している。その衝撃で高度も少し下がっている。


 発動機が……爆発したのか!?


 ジェシカは左側の発動機だけになった慣性を利用してシャンデルに入る。一方直人はスプリットSで高度を速度に変換する。


 両者、ほぼ同位高度。


 なんという幸運。あの技を破る機会がもう一度与えられたのだ。


「悪いな。あんたの機体が式神だったら、そっちの勝ちだったよ」

「何を言っている。私は負けていないぞ」

「はは。そりゃこっちの台詞だ」


 相手は突き技で攻撃と防御を同時に行ってくる。横滑りによる間合いの変化にすら、人間離れした反射神経で対応してくる。


 どれほどの信念があればそれほどの高みへと至れるのだろうか。


 愛する夫のため? 祖国のため? 俺にはどちらもない。ならば俺には至れないのか?


 否。剣がある。戦いがある。強さに対してなら執着できる。


 身命を投げうってでも技を成功させる。その覚悟が今こそ必要ということか。


 直人は右上段に構え、ジェシカもまた、右上段に構える。


「次こそ俺が勝つ!」

「Sieg Heil!」≪ジークハイル!≫


 ジェシカが長剣を動かすのと同時に、直人も太刀を振り下ろす。


 敵の一撃に対し、全く対象の一撃を以て迎えこれを斬り落とし、さらに敵の機体をも断つ。

一挙動で行う切り落とし。今回は左手を引き込み、切っ先が相手の切っ先と衝突するようにする。


 ――剣法水無瀬流『天地』


 切っ先と切っ先が触れ合う。澄んだ金属音。瞬間、直人は太刀を捻る。太刀の反りを利用した相手の太刀筋の軌道変更。


 それと同時に横転し、太刀の軌道を変える。狙うは敵機左翼。これは当たる!


 太刀が金属を打ち砕く音が、二重に聞こえた。


 シュバルベの左翼半分が吹き飛び、早衛の左翼半分も吹き飛んでいる。


 ……相討ちか。やはり、天地を空中で完璧に決めるのは困難なのか。


「あんたの名前、なんだっけ」

「……ジェシカ・シューバッハだ」

「エリザには、お前はもう戦えないと伝えておこう」

「相討ちなのに、偉そうな」


 直人とジェシカは逆方向に墜落していき、互いの姿は見えなくなった。

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