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14. トーテンコップ

 市役所で朝食をとった後、直人、茜、エリザの三人が金井町に赴く。みなもだけが宇都宮市内に待機する手はず。


 そしておおよそ十時。直人達は街はずれにある武装親衛隊の拠点の前に姿を現した。


 直人達が交渉に来ることは、市長経由で既に伝わっている。故に相対した両陣営の使者は、互いに驚きを見せなかった。


 武装親衛隊側はジェシカ、加えて以前にも顔を見たことがある三十代ほどの男が一人。周囲のどこかに兵士が控えてはいるのだろうが、見た限りでは交渉の参加者はこの二人だ。


「ゲオルグ・ヴィステルスバッハはいないのですか?」

「夫は作戦会議の真っ最中だ。交渉については私が任されている」

「……そちらの男性は?」

「こいつはノア・クライン。私の護衛だ。自分を墜とした日本人の顔が見たいというので連れてきた」

「こないだの狙撃手か!」

「そうだ。撃墜十五のエース。戦いになってもこちらが勝つ」

「その心配は不要です。私達は交渉に来ました」

「そう聞いている。提案を聞こう」

「その前に、在日ドイツ軍が警察出動したことは市長から聞いていると思います」

「聞いている。あの市長は裏切ったのだな。いや、もとより互いの信用などなかったか」

「ですがその目的は戦いではありません。一時的に逮捕とはなりますが、すぐに全員保釈します」

「信用できるのか?」

「ドイツ民族の復興を目指す時に、ドイツ人同士で争うべきではありません。私達の利害は一致しています」

「ならば、我々を好きにさせてくれても良いのではないか?」

「そうはいきません。日本人も私達同胞すら敵に回しては、貴方がたに未来はありません」

「未来など自力で切り開くさ」

「在日ドイツ人に限っても貴方がたより数はずっと多いのです。貴方がたはそこに混じって生きるべきです」

「理想を捨てて、か」

「いいえ。私達と理想を共にするのです」

「我々はその同胞を拉致してきた」

「私達には貴方がたを許す用意があります」

「……許すだと?」

「はい。私達は貴方がたが過去にやってきた全ての行いに対して、罪に問いません。勿論、日本に来てからもです」

「譲歩だと受け取ろう。だが、それでヤパーナが納得するのか?」


 ジェシカは直人に向かって問う。


「知らん。俺はジェシカの護衛で来てるだけだからな」

「Der Ritter gibt dem Meister keine Meinung……」≪騎士は君主に意見せず、か……≫

「なんて?」


 直人が問うがエリザ意識をジェシカに向けたまま答えない。


「貴方がたが日本人に及ぼした危害は補償する必要がありますが、貴方がたの持つ財宝で賄えるでしょう」

「私達はBesessenheitを作り出しているが」

「Besessenheit。日本語で言う魅乗りは、貴方がたの言うことを聞く状態にあるんですよね。ならば、普通に生活していろと指示を出せば当座は乗り切れるはずです」

「なるほど。この街の市長も事実上共犯だからな。それで丸く収まるかもしれない」

「この提案が、私の、ドイツ人としての、貴族としての正義です」

「私達は財宝さえ差し出せばよい。それで私達はこの国で生きていけると。随分と虫のいい話だな」

「悪い提案ではないと思います」

「では、こちらからの提案だ。在日ドイツ政府はこの宇都宮がヴィッテルスバッハ家の領土であると認め、今後私達の宇都宮市内での自由な活動を認めろ」

「Was!? それは話が違います! 貴方がたは仙台市内で生活することになるのです!」

「別に私はお前達の提案を飲むとは言ってない。私がわざわざこの場に来たのは、こちらの要求を通すことで無駄な争いを避けるためだ」

「そんなことをすれば、私達在日ドイツ人が築き上げてきた日本政府からの信頼を全て失います!」

「二十年も前に祖国を捨てて逃げ出した奴らの末路など、知ったことではない」

「貴方達だって逃げ出してきたじゃないですか!」

「違う! 私達は『人狼ヴェアヴォルフ』。ドイツ人のために最後まで戦う」

「それとこの街を手に入れることがどう繋がるのかわかりませんが」

「かの名門シュトレーリッツが、そのように蒙昧なのは残念だ」


 ジェシカは小ばかにしたように笑う。


「そもそも、魅乗りとなった人間は元に戻りません。それはその人の人生を奪っているのと同じ、つまりは殺人です! そんなもの認められるはずがありません!」

「認めてはもらえない、か。では、交渉は決裂だ」

「貴方の要求は無茶苦茶です! 貴方がたがこの場にやってきたのは、ドイツ人同士の争いを避けたい。その思いがあったからではないのですか!?」

「……いや。お前が、日本で生きるドイツ貴族が、どんな提案をしてくるかに興味があっただけだ」

「考え直してはもらえませんか!?」

「我が夫とは何度も話し合った。これが結論だ。ヴィッテルスバッハは滅びない」

「最早戦争は終わったのです! これ以上の血を流しては神に顔向けができない。違いますか!」

「Ich habe hier einen heiligen Eid in Gottes Namen…….違えたつもりはなかったが、神は守ってはくれなかった」

「ならば贖罪の道を歩いてこそ、再び神の御加護が得られるはずです」

「こんな東の僻地においてまで、神に縋ろうとは思わない」

「神に背いてはなりません! せめて、貴方の中の良心という神様だけは」


 ジェシカの表情が大きく変わったわけではない。眉が少し動いた程度だ。


 しかしそれだけで、直人にはジェシカの纏う雰囲気がガラリと変わったのがわかった。今の今まではあくまで交渉、対話。相手の出方を伺うような雰囲気だった。


 だが今は違う。殺意に溢れている。


 直人にドイツ人のキリスト教的感覚はさっぱりわからないが、エリザの発言がジェシカの逆鱗に触れてしまったことだけはわかった。


「Hast du die Schule der Widrigkeiten abgeschlossen? Strelitz」≪お前は試練という学校を卒業したか?≫

「はい?」

「茜、憑依しろ!」

「Ich bin noch!」≪私はまだなのだ!≫


 ジェシカが抜剣する。


「待ってください! もう一度! もう一度話し合ってください!」

「寛容は弱さの印。神に見捨てられし我らの心には、髑髏だけが相応しい! Meine Ehre heisst Treue! Schwalbeeeee!」

「Schwalbe!」

「早衛!」

「秋葉!」


 三人が御佐機に憑依し、武装親衛隊との最後の戦いが始まった。




 早衛に憑依した直人は発動機に点火。しかし離陸はせず、抜刀と同時にジェシカへと斬りかかる。ジェシカもそれに対応し、長剣を抜いて受け止める。そしてほぼ同時に横からノアが直人へと斬りかかった。


 直人は一歩後退りつつ、太刀をノアの方に突き出す。そして長剣を受け止めると、更に一歩下がりつつ、太刀を勢いのままに一回転させ、逆にノアへと斬りかかる。


 無論、そんなものは通じない。現状は直人が圧倒的に不利だ。


 御佐機での陸戦でプロの軍人二人を相手に勝利するのは至難の業だし、敵機シュバルベの機体出力は非常に高いことが予想される。

 かと言って離陸してしまえば、背後から機関銃で撃たれまくり、撃墜されてしまうだろう。


 茜はすでにエリザを抱えて離脱に入っているはずだ。しかし生身のエリザを抱えて高速で飛行はできない。街中へと逃げ込むのにはまだ時間がかかる。


 直人はジェシカの様子を伺うが、ジェシカは積極的に斬りかかってこようとはせず、長剣を構えてこちらを見ている。その背後のジェット発動機は、いよいよ燃焼が激しくなっていきている。


 ジェット発動機は急激に出力が上げられないため、離陸に時間がかかるという。しかし、一度離陸されてしまえば、直人はそれを追って飛ぶことができない。ジェシカは茜に追いつき、両名を殺害することができるだろう。


 手練れ二人を相手に、直人は自力で活路を見いだせそうになかった。


 ……そろそろ来るはずだが。


 そう思った矢先、三人の周囲に一斉に砲弾と思しきものが着弾し始めた。辺りが一瞬で膨大な白い煙に包まれ、何も見えなくなる。


 これだ!


 直人は発動機の回転数を上げると、跳躍。離陸して徐々に高度を上げ始めた。


 在日ドイツ軍による援護砲撃。といっても実弾ではない。ネーベルヴェルファーとかいうロケット弾発射機で、直訳すれば煙幕発射器らしい。


 直人と敵二人が交戦状態に入ったのは遠めにも明らかで、茜がエリザを抱えて離陸すると同時に煙幕弾を撃ち込む手はずになっていた。


 後方から撃たれる気配はない。命中は期待できないと判断したか。だがその代わり、レシプロとはまるで違う、ジェット発動機の駆動音が聞こえ始めた。敵機二人も離陸したのだ。


 煙幕を抜け茜が飛び去った方を見る。そこには一機のシュバルベが飛んでいた。ちらりと反対を見れば、もう一機。


 茜とは反対方向に飛んでいくシュバルベがジェシカであることは直感でわかった。そちらが本丸。すなわち茜を追っている方は囮。


 それでも直人はノアの方を追わざるを得ない。野放しにすれば茜とエリザが危機に陥る。


 翼を翻してノアの後を追う直人。速度は明らかにこちらの方が速い。


 敵機一。優位高度。直人は三十ミリ機関銃を構えると、ノアを照準器に捉える。


 シザーズやバレルロールをしようとする気配はない。ラダーを操作して機体をゆするわけでもない。その印象的な後退翼や、赤い噴炎を発する発動機からは想像できないほど鈍重だ。


 エリザが言っていた、シュバルベの離着陸は極めてデリケートであり、レシプロ御佐機の直掩を必要としたという話は本当らしい。直人は一抹の虚しさを感じた。


 あれほどの猛者を。熟練魔導士を、こんな据えもの斬りで倒してしまっていいのか。

 万全の運用体制があれば、これ以上ない脅威となったはずだ。


 照準器いっぱいに膨れ上がったシュバルベに、銃弾を撃ち込む。まずは発動機に命中。黒煙を噴き始める。更に一連射。赤い曳光弾が発動機へと吸い込まれていく。


 是非もないのだ。やらなければ茜とエリザがやられるだけ。それに彼らは落人。落人に万全な状態などあり得ぬと古今東西決まっている。


 あの男はわかっていた。発動機の暖気に時間がかかることを。発動機の出力が最高となり、空戦可能となるまでに時間稼ぎが必要だと。自分はそのための囮なのだと。


 念のため右翼にも銃弾を撃ち込み、その半分を吹き飛ばしておく。外しようがなかった。墜落していく敵機の行方さえ見届けず、直人は反転。ジェシカの方へと飛び始めた。

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