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12. 脱出

 エリザを乗せた直人は、宇都宮上空を低高度で飛行する。そして車がいない時を見計らって、大通りへと着陸した。


 あまり褒められた行為ではないが、市役所までエリザを運ぶことを考えるとできるだけ市役所の近くに降りたかったのだ。


 着陸した直人はエリザを降ろすと憑依を解く。


「エリザ。脚の怪我はどんな感じだ?」

「折れては無いと思いますが、くじいてしまいました」


 腫れは収まるどころかなお酷くなったようにも見えた。


「こりゃ俺が運ぶしかないな」


 そう言って直人はエリザの背面から腕を回して胴体を支え、膝の下に差し入れた腕で足を支える。所謂『横抱き』である。


「な、直人さん!?」

「どうした」

「いやあの、この格好は」

「……格好は?」

「結婚式における、あの……」


 そう言ってエリザは顔を赤くしたまま俯いてしまった。


「結婚式? ドイツだと結婚式で横抱きするのか?」

「いえ、なんでもありません!」


 こう恥ずかしいような態度を取られると、直人としてもやりにくい。


「じゃあ肩に担いでやろうか」

「それはやめてください! ……このままでお願いします」

「ま、力仕事なら任せとけ」


 そう言って直人は歩き出した。


「というか、直人さんも怪我してるじゃないですか! 首大丈夫なんですか!?」

「大丈夫だこのくらい」

「でも血が垂れてきてます……」

「平気だ」


 エリザはポケットからハンカチを出すと、右手で直人の首に当てがった。


 実のところ首はめちゃくちゃ痛かったので、これは助かる。憑依を解いて以来ずっと喉で血の味がする。首の皮一枚命をつないだという感じだ。


「俺の早衛は式神だから、ほっとけばすぐ治る。だがお前はそうはいかないよな」

「はい。しかしクーアフュルストが壊れてしまったので、フレスベルクを持ってきたいところですね」

「フレスベルク? それがお前の式神なのか?」

「はい。発動機の燃焼試験が終わっていれば、持ってこれるのですが」

「この後はどうするんだ?」

「……とりあえずみなも、茜と合流しましょう」

「だな」

「あの、私重くはないですよね」

「全然」

「はぁ、しかし不覚です。このような体たらくを見せるなど」

「二対一だったと思うが、何があった」

「敵はあの巨大な銃を持ってましたし、こちらの方が優位高度だったので、太刀打ちで片が付くと思ったのですが、発動機に当てられました」

「かなりの手練れみたいだったからな」

「しかし、私が撃たれたからこそ茜が撃墜に持ち込めたのです! 一種の共同撃墜ですね」

「そうかぁ?」


 普通に横転してやり過ごし、旋回で後ろについてしまえばいい気がするが、まぁその場に居合わせたわけではないので言わないでおこう。


 エリザを抱えて歩くこと二十分。ようやく市役所へとたどり着いた。市役所の前にはみなもと茜が立っている。


「あ、直人君とエリザだ!」


 茜が手を振っているが、みなもは何故だか茫然とした表情をしている。


「二人はあの、え、エリザはなんで直人に抱っこされてるわけ?」

「脚を怪我してしまいました」

「こいつが着陸に失敗した」

「エリザは撃墜されたんだよ」

「あ、そう。無事でよかったわね。でももう十分でしょう?」

「とりあえず市役所の中までお願いします」

「あいよ」

「あ、ちょっと! ねぇ直人? 実は私も脚を怪我しちゃったんだけど」

「なんだと。だが二人は運べないぞ。いや二人を肩に担ぐ形ならいけるか?」

「それはちょっと。ああいやその、やっぱり大丈夫だわ。歩けそう」

「そりゃよかった」

「みなもここまで歩いてきてたよね」

「我慢してたの。してるの」

「ふーん」


 みなもと茜を背後に、エリザを抱えた直人は市役所の中へと入っていった。


 役所の中に入ると、市長が出迎えてくれる。


「君達、無事だったか。本当によかった」

「なんとか阻止できたみたいです。ただ外人達は」


 言いつつ直人はソファの前でエリザを降ろす。


「君達だけでも無事なのは僥倖だ。矢崎村から連絡があってな。ドイツ人達によって村が焼き払われていると」

「なんだと!?」

「今はもう連絡が取れなくなってしまったが、ドイツ人達がそう活動しているくらいだ。君達が全滅してしまったのではないかと心配したが、あのイタリア人達は君達だけでも逃がしてくれたというわけか」

「あの、お話の前に、救急箱を貸して頂きたいのですが」


 みなもが市長の話を遮るように言う。


「ん。ああ、少し待っててくれ」


 そう言って市長が救急箱を持ってくると、みなもは中から包帯を取り出し、直人の首に巻く。


「貴方の首に包帯を巻くのはこれで二度目だわ」


 包帯を巻いてもらうためソファに座った直人だが、みなもへのお礼よりも言いたいことがある。


「俺達はちゃんと装置を破壊しましたよ。俺はこの目で見た」

「しかし、矢崎村の村長は確かにドイツ軍が火を放っていると言っていた。逆らう者は殺されているとも」

「なんでだ? 妖怪召喚装置は破壊したんだぞ。そんなことしてなんのためになる」

「……召喚装置が、複数あったのではないでしょうか」

「……マジか」

「シュバルベは直人さんと戦おうとはせず、墜落している私に止めを刺しにも来ませんでした。それは単に部隊に戻って指揮を取る必要があったからだとしたら」

「そういうことか」


 確かにあの有利な状況で深追いしてこなかったのは不可解ではあった。


「私は矢崎村の近くの街や村に連絡を取る必要がある。君達はこの後どうするか話し合うといい。冷蔵庫の中にお茶が入っているから好きに飲んでくれ」


 そう言って市長は姿を消した。


 冷蔵庫があるのか。ハイテクだな。冷蔵庫を見るのは早衛部隊以来か。直人がそんなことを考えていると、ソファに座っていたエリザが口を開く。


「直人さん! 喜んでください。私は貴方が気に入りました!」

「へ?」

「ちょっと! 何言ってるのよ!」

「決闘に見事勝利し、私を助けてくれました。この評価は当然のものです」

「決闘?」

「私が墜落した先にドイツ兵がいたのですが、直人さんはドイツ人魔導士との決闘の末、私を救出してくれました」

「やっぱ直人君強いね!」

「何よそれ。別に貴方じゃなくても助けたわよ。ねぇ直人」

「そりゃな」


 それ見たことかという表情でみなもがエリザを見る。


「私は単に頼りがいのある男性が好きだと言っているのです」

「す、好きぃ!? すすすす好きとか誇張表現を安易に使うところが白人の良くないところだわ!」

「まぁみなも落ち着いて。好きって言葉は友情とか感謝の意味でも使うもんね」

「そうなのですか? そこらへんのニュアンスは私には難しいところではありますが」

「そうそう。だからそういった意味なら私も直人君のことが、す、好きだよ」

「そ、そうね。そういったことなら私もわからなくもないわ」


 三人が口論しているが、直人としてもいい気分ではある。あの激闘に勝ったのだ。称賛されてしかるべき。俺はモテるな。


 直人が自惚れに近い喜びを感じた時、頭上から拡声器を通した音声が聞こえた。


「この街にいる日本人魔導士に告ぐ。諸君らの戦闘行動により我々ドイツ人は著しい不利益を被っている。看過できぬ状況であるため、今後宇都宮市内で御佐機による飛行をした場合には、これを無警告で撃墜する」


 ジェシカの声だった。それと重なって、バラバラバラとでも表現すべき音が聞こえてくる。


 直人は市役所から出て音のする方を見上げる。そこには見たことのない航空機が飛行していた。飛行機のような胴体の上を二つのプロペラが回転している。


「ヘリコプターですね」

「あれが……?」

「はい。私も見るのは初めてですが。垂直に離陸し、空中で停止もできるそうです」

「それは凄いが、やけに遅いな。あれなら余裕で撃墜できる」

「偵察用だそうですよ。武装すらないのかもしれません。でももし直人さんが今御佐機を出したら」

「あのジェット御佐機が出てくるんだろうな」

「敵も必死というわけね」

「でも困ったね。エリザを抱えて飛んでたらすぐ墜とされちゃう」


 直人達は一度市役所の中に戻り、さっきより遠ざかったところから聞こえてくるジェシカの声を耳にしながら、コップにお茶を注ぐ。


「エリザはこの後どうしたいんだ」

「当然、彼らのこれ以上の蛮行を止めます」

「俺と茜が残りの装置を破壊すればいいってわけか」

「いえ、それはあまりに危険なので、仙台に行って増援を呼びたいと思います」

「御佐機が二機墜とされたばかりだが、来てくれるのか?」

「証拠写真があるので、地上部隊は来てくれると思います。それで武装親衛隊を逮捕します」

「なるほど。そうしてしまえば装置がいくつあろうと関係ないな」

「在日ドイツ軍は武装親衛隊を逮捕できるのかしら」

「在日ドイツ軍の警察権は仙台市内におけるドイツ人に対してのみ。ただし、市街でも現行犯のみ逮捕権があります」

「それもあるけど、相手は御佐機を持っているのよ」

「……敵機に対しては、直人さんと、茜の二人が撃墜するしかありません」

「それだと二人が危ないじゃない!」

「ふん。面白れぇじゃねえか」

「直人……はぁ」


 みなもがため息をつく。


「あのジェットは強敵だが、弱点もある。勝てない相手じゃない。俺一人でもやってやるよ」

「私もいるからね。直人君。相手だってもうそんなに多くないよね」

「エリザが以前連れてきた仲間は呼んでこれないのかしら?」

「電話はしてみますが、県外への精霊機持ち出し申請が通るかどうか。一機だけ通ったとしても数日はかかります」

「貴方の式神を取りには行けないの?」

「私としては式神が欲しいのですが、まだ燃焼試験が終わっておらず無駄足になる可能性もあります。それに……東京から仙台まで夜行列車で六時間以上かかりますよね」

「直通でもそんなものよね」

「宇都宮の市民が魅乗りにされてからでは遅いです。明日には仙台についておきたい。在日ドイツ軍もすぐには動けないでしょうし」

「最短で行こうってわけか」

「市民の安全を考えるとそれが一番かと」

「じゃあ今夜の夜行で出るんだね」

「はい。武装親衛隊が一般客も乗っている列車を襲うことはないと思いますが、夜間であれば御佐機が飛んでくる可能性は非常に低いです」


 話はまとまり、夜までは暇になる。


 市長の話では、今朝襲われた村以外には特に武装親衛隊の攻撃を受けた街村は無いらしい。

 武装親衛隊が次の行動を起こすのがいつになるかわからないが、今はできることがない。直人達は夜まで鍛錬などをしつつ時間を潰す。


 そして夜十二時前。東北本線の夜行列車に乗り込み、四人は仙台市へと向かった。

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