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11. ドイツ軍用剣術

 直人が着陸するよりも早く、ドイツ兵の一人が御佐機に憑依した。それと同時にドイツ兵が一斉にエリザの元へと走り、一人が拳銃を突き付ける。


 やむを得ず、直人はエリザから少し離れた場所に着陸した。


「俺はその女を連れて立ち去る!」


 直人は言うが、通じていないことはわかっている。少しして、無線に音声が入る。


「Dieses Madchen ist ein Gefangener.Geh weg!」≪この少女は捕虜とする。立ち去れ!≫


 やべえ……状況もまずいしドイツ語もわからん。


「エリザ! 通訳しろ! 俺はお前を連れて帰るだけだと言え!」


 エリザは脚を押さえつつも、何事かドイツ兵に言っている。


「捕虜の引き渡しには応じられないと言ってます!」

「お前は一般人だと言え!」

「無理ですよ!」


 となれば……力ずくしかないか。だが、極力穏便に収めたい。


「じゃあ決闘して俺が勝ったらお前を引き渡せと伝えろ!」

「こちらが勝ったら直人さんも捕虜になるなら良いとのことです!」

「それでいいと言え!」

「五体満足は保証できないと言っています!」

「そんなの当たり前だと言え!」


 その言葉を最後に十数秒ほど何やら会話が行われ、ドイツ兵達の傍にいた御佐機がゆっくりとこちらに歩いてきた。


 ドイツ空軍の精霊機、『Fw190』。中でも昨年から生産を開始し、シリーズ最多の生産数となったA-8である。


 鋳造技術に劣る日本やドイツは圧延した魂鋼装甲板を溶接(かつてはリベット)で組み上げていく工法を取るため、御佐機の外見が直線的であることが多い。


 とりわけ、Fw190は開発者が生産性を重視して設計したため、非常に直線的な形状をしている。


 直人と相対するFw190の身長は五・五メートル弱と零精より小さい。これは小柄な機体に大出力発動機を積んで速度を確保するという設計思想に基づくものだ。


 しかしてそのがっちりとした体格は、英米をしてドイツ空軍最良の精霊機と評価したFw190が十分以上の機体出力と申し分ない耐久性を持ち合わせていることを物語っている。


 直人はFw190の性能をよく知らないが、軍事大国ドイツにおいてbf109と並び立つ名機とされているところから、手強い相手であると認識していた。


 とにかくこれが両者了解の元での決闘であり、終了の暁には当初の条件が順守されるものであると印象付ける必要があるな。直人はそう考えていた。


「俺の名は水無瀬直人! いざ尋常に勝負!」


 名乗りを上げつつ、直人は中段に構えた。


 直人はドイツ軍用剣術を知らない。この間エリザから得た、ドイツ流剣術から派生したものだということくらいだ。


 中段に構える以上、基本的には突きに出ることになるが、万が一出遅れた際に、咄嗟に受けに回りやすい構えであることも事実だった。


 未知の戦い方をする相手に対してはこの構えが妥当であろうと直人は考えている。


 一方の敵手は長剣を右手から降ろしつつ、スタスタとこちらに歩いてくる。


 なんだ? ドイツ軍用剣術というのは構えないのか?


 直人がそう思った矢先、無線に音声が入る。


「Ich bin Oskar Fuchs.Pass nicht auf dich auf.Japane」≪俺の名はオスカー・フックス。手加減はしない。日本人!≫


 ……今、名乗ったのか?


 次の瞬間だった。敵手、オスカーは左肩を前に出すと、目の高さに剣を水平にして構え、左足を前に、右足を九十度傾けて立つ。


 これは……霞の構え!? 新陰流では花車の構えと呼ばれる古流剣術の構えだ。


 元々は刀を水平にして相手の両目を横薙ぎに斬り払う攻撃の形に由来する構え。目潰しをされて見えなくなることを、霞がかかってみえなくなることに喩えた名称だ。


 敵はドイツ兵。霞の構えとは似て非なる別の何かなのだろうが、その意図するところは同一であろう。


 霞の構えは中世の戦場のように甲冑を着ている時に真価を発揮する。籠手と袖、冑装備で低い霞構えをすると、防御上の死角が存在しない。


 鎧による防御が最も生きる上に、腕が支えとなり刺突した時に力が逃げにくいという、攻防一体の構えである。


 現に敵機は左肩を前に出し、剣は水平のまま、こちらに突進してくる。


 直人は敵の構えを見た瞬間右上段に構え直していたのだが、敵の動きが一歩早かった。


 ドイツの軍用剣術は市ヶ谷神道流と似たようなものという先入観が仇になった。


 市ヶ谷神道流では実戦で役立つ可能性の低い技は扱わない。陸戦用の型においても、熟練者しかできないような高度な技は存在しない。


 勿論、現代の戦場において、御佐機同士の白兵戦は発生し得る。ただ、市ヶ谷神道流では体重移動を生かした一撃で、必ず装甲に隙間が存在する関節部、或いは装甲が薄いであろう背側面部を狙い打つことを上策としていた。


 これならば実行可能な範囲が広い上に、敵に防がれた、躱された場合でも一度間合いを開け、味方の援護を恃むことができるという合理的な判断だ。


 ただ、もしかしたらではあるが、柔道や近年競技化スポーツ化の著しい剣道においても、綺麗な一本勝ちを至上とする日本人的価値観も関係しているかもしれなかった。


 直人はあらゆる可能性を排除はしていないつもりだったが、それでも霞の構えというものは、可能性としてかなり下に位置付けていた。


 まずい! これじゃ首に入らねえ!


 オスカーは肩を上げ、首元を隠している。やむ無く刀を引き込む直人。そこにオスカーの肩が衝突した。更には、オスカーの肩部の装甲によって止められた太刀の下へ剣が入り込んでいる。


 次の瞬間、太刀が持ち上げられ、すかさず胸元へ蹴りを貰う。それで終わりではない。オスカーは剣身を掴むと、短い槍のようにして直人の喉元へと突き刺した。


 直人は喉元に冷たい金属の感触を感じる。間一髪だった。太刀を長剣に当て、一挙に重心を下げることによって剣先を叩き落とすことに成功する。致命傷ではない。


 完全に相手のペースだ。ここは自分の間合いで戦うべきか。直人は曲がった膝を利用して後方へと跳躍する。


 オスカーはまたも左肩を前に出し、長剣を水平に構えて突進してくる。だがここに一瞬だが十分な間合いが生まれた。


 右上段に構えた直人は重心を落としつつ前方に斬り込む。対するオスカーは肩を上げてガードしている。


 だが直人の狙いはそこではない。狙いは頭頂部。どんな御佐機であれ、頭頂部の装甲は薄い。そこに一刀を打ち込むのだ。しかも、早衛とFw190の身長差は五十センチ以上。決まれば大きな打撃となる。


 一瞬でも意識を飛ばせれば、後はどうとでもなる。敵は突進してくるが、俺の剣の方が早い!


 しかし、オスカーは直人が袈裟掛けに首へ斬撃してくるところを、長剣を肩に担ぐような姿勢で刃の平で受け流しつつ左足を軸として身体が半円を描くように捌き、直人の首を狙ってきた。


 これは、市ヶ谷神道流『弦月』!


 無論、ドイツ軍用剣術においては別の名前で呼ばれているのだろうが、足の捌き方までそっくりだった。


 太刀と長剣、両手で持って戦う刃物という点は同じなのだ。まったく同じ技があっても不思議ではない。


 直人は即座に対応し、柄を握る手を捻ることで太刀を止め、左手を軸に手首を返しオスカーの長剣を防ぐ。


 落とした重心を上に持ち上げることで相手の剣を跳ね上げようと考える直人。だがオスカーは左手で剣身を掴むと、太刀を押さえるように動かし、右手を前に突き出す。すなわち柄頭で直人の額に殴りかかった。


 敵手が連続技を繰り出してくると直感で判断していた直人は首を前に倒すことで衝撃を最小限に抑える。そして刀身を縦にし、鍔迫り合いの状況へと持ち込んだ。


 市ヶ谷魔導士なら、斬撃が失敗した時点で十中八九後ろに下がる。だがこの敵は何をしてくるか想像できない。


 楽しいな。直人は笑みを浮かべた。斬り合いの緊張感に文化の違いが深みを与える。これだから剣はやめられない。


 面白い。組討ち技なら、こっちにもあるぞ!


 直人は左手を柄から離すと、左足を敵の足に引っ掛け、左手を敵の胴に当て、足払いを仕掛けた。


 一度地面に倒してしまえばこちらの勝ちだ。どうにでも料理できる。


 だが敵は倒れない。名機Fw190。機体出力に不足なし!


 オスカーは再び剣身を握ると、短い槍のようにして突きを放つ。


 日本の剣術体系では見られない動き。恐らくは、この握り方で長剣では対応できない近距離にも対応し、切っ先や柄頭を利用。更には組討ちで相手を地面に引き倒すというのがドイツ軍用剣術の思想なのだろう。


 また、直人の早衛の方が背が高いからこそ、首を狙いに来るのは当然。顎が邪魔にならない。


 この敵を引き離すのは至難の業だ。しかも下手に間合いを開けようとするとこの槍のような突きで倒される危険性もある。


 ならば敵の間合いで勝ってやる。


 直人は太刀を執笛勢に構えた。中段に構えるスペースは無いし、上段に持ってくるには時間が無い。その間、オスカーは右足を後ろに持ってくる勢いを利用して長剣を上方に向け、即座に斬り下ろしてきた。


 狙いは目前にある直人の左小手。


 が、それこそが罠。右斜めに大きく踏み出しつつ、重心を落とす。そしてオスカーの左小手を斬り裂いた。


 ――剣法水無瀬『幹枝』


 もし敵が右肩に斬りかかってきていたならば、左斜め前に身体を出しながら両手首を奪う、という技だ。新隠流でも『天截乱截』としてほぼ同じ技が存在する。


 勝った。敵の傷は浅くはない。


 直人の予想通り、Fw190は姿を消し、その場にドイツ人魔導士が姿を現した。


「Ich habe verloren.Nimm!」≪俺の負けだ。連れていけ!≫


 何やら言っているが、エリザさえ返してもらえば文句はない。


 憑依したままの直人がエリザの方に近づくとドイツ兵士達はいささか動揺したようだったが、エリザが何事か言うと、銃を構えていた兵士はその手を降ろした。ちゃんと約束は守ってくれるらしい。


 エリザの脚は腫れており、まともに歩けそうにはなかったので、直人は手のひらにエリザを乗せる。


 そしてドイツ兵達を見据えたまま後ずさると、ある程度距離が空いたところで背を向け、ゆっくりと離陸した。

Tips:KampfSchwertカンプシュヴェーアト

 直訳で戦闘剣術。ドイツ空軍の魔導士部隊で正式採用されている軍用剣術である。

 日本人の間では主にドイツ式軍用剣術と呼ばれる。

 市ヶ谷神道流と同じく陸戦と空戦で使用する型で構成されており、似通った動きも多い。

 しかし運動エネルギーを利用して敵機を破壊するという教義は同じでも、元となるのは甲冑と長剣の重さを利用して敵を叩き殺すという騎士剣術であり、根底にある理念は異なる。また陸戦と空戦両方に突きの攻撃が存在し、これは市ヶ谷神道流には見られない特徴である。

 基本となるのは剣と剣が触れ合った瞬間に交差位置を支点にして表裏刃を返し、素早く突刺する『Horn』という技。ベースになっている騎士剣術の名残と考えられる。

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