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9. イタリエン(イタリア第一)

 宇都宮の市役所はそう大きなものではない。その奥の方に八畳間があり、押し入れに布団が四つあった。そこに荷物を置いてしばらくのんびりした後、一旦外で夕食をとる。


 役所の中にシャワーはなかったので、そのまま銭湯に行って汗を流してから戻ってくると、他にやることはない。


 だが、暇な時間はそう長くは続かなかった。市長が呼びに来たからだ。


「どうやら、私の、そして君達の助けが来たようだ」


 そう言う市長の後に続き、直人達は役所のロビーまで出ていく。そこには一人の外国人がいた。ドイツ人部隊と同じ軍服を纏っている。


「ドイツ軍!?」


 咄嗟に直人は刀に手をかける。市長に裏切られたか。そう疑ったが、その考えは予想外の言葉で遮られた。


「市長から話は聞きましタ。私は味方でありマス」


 ゲオルグやジェシカに劣らない流暢な日本語。これには直人も驚いた。


「貴方達について市長さんから聞きました。武装親衛隊と戦う意思があると聞き、共に戦いたいと思いましタ」

「……日本語上手ですね」

「もう八年も前になりますか、日本がイタリアから爆撃機を輸入した時、戦術顧問として満州に派遣されたのでありマス」


 茜の言葉に外国人の男は微笑む。


「双方に伝えた話に嘘はない。もしよければ会議室を使いなさい。私にできるのはここまでだ」

「市長サンありがとうございます。ただ、時間がありません」

「私達の味方になってくれるということは、ドイツ人部隊を裏切るということですか?」

「ハイ。私達は武装親衛隊を裏切りマス」

「その武装親衛隊というのは?」

「彼らや私達が所属した組織の名前デス。軍隊だと思ってください」


 エリザの問いに男が答える。


「では彼らの目的についても教えていただけると?」

「勿論デス。私も全て知っているわけではありませんが、早急に伝えるべきことがあります。奴らは明日、東にある村を襲うつもりデス」

「なんだと!?」


 これには市長も驚いた声を上げた。


「奴らは人をオセッシォーネにする術を持っている。奴らは多くの日本人をオセッシォーネに変えるつもりデス」

「オセッシォーネってなんだ?」


 直人はエリザに問うが、エリザも首を振る。


「モストロに取り憑かれた人間の事デス」


 男が答えるがモストロがわからない。


「魅乗りの事じゃないの? モストロはモンスターのイタリア語で」

「おそらくそれですね」


 みなもが言い、エリザが同意した。


「じゃあ日本人が魅乗りにされるってわけか。なんでそんなことするんだ」

「推測デスが、ヴィッテルスバッハに従う日本人を作るためだと思いマス」

「ヴィッテルスバッハってあのドイツ人のリーダーだろ? そんなことできんのか?」

「魅乗り、には特定の思想を植え付けることが可能なのだと、技術者達が言っていまシタ」

「なんだよそれ」

「村の周囲にモストロを召喚する装置を置いて、村を焼き払いつつ魅乗りを作っていく手はずデス」

「そんなの止めないと!」

「……貴方は、何故裏切るのですか?」

「私だけではありません。三人のストレーガが裏切りマス。私達はドイツ人じゃありません」

「ドイツ人じゃないから、裏切ると?」

「私達も武装親衛隊でした。祖国には帰れまセン。でももうたくさんです! 私達はこの国で平和に暮らしたいのデス」

「どうやって明日村が襲われるのを止めるつもりですか?」

「夜明けと同時に奴らが用意した装置を破壊することデス。そうすれば日本人が魅乗りになるのを止めることができマス」

「合流の方法はどうしますか?」

「私がこの建物の前まで来マス。夜明けと共に私の仲間がアポストロで装置を破壊します。貴方達にはその援護をしてほしいのデス」

「わかりました」

「私達は基地に残るよう命令を受けているので、奇襲とはいかないでしょう。危ないと思ったら、逃げてくだサイ。奴らも日本人を無理には攻撃しないはずデス」

「私達も全力で戦います」

「頼もしいデス。私の名前はルーカ・マンチーニです。貴方は?」

「エリザ・シュトレーリッツです」

「Piacere.Signorinaシュトレーリッツ」


 ルーカが手を差し出すとエリザが応じ、握手をする。


 いかにも外国人っぽい動作だなぁと直人は思った。


「よろしくお願いします」

「では明日の朝四時に会いましょう。私は帰りまス。怪しまれてしまうのデ」


 最後はエリザの後ろにいた直人達に向かって言うと、ルーカは市役所から出ていった。


「大変なことになったな……」


 市長が口を開く。


「ご安心ください。必ず止めて見せます。同じドイツ人として、彼らの狼藉を許すわけにはいかない」

「まさかドイツ人達が日本人に危害を加えるとはな。これで、私も腹をくくるしかなくなったわけだ」

「味方になってくれるんですね」

「無論だ。まぁ、私にできることは限られているがね。何かわかることがあったら知らせよう」

「ありがとうございます」

「テーブルに余った米と漬物を置いておく。明日の朝出かける前に食べるといい」


 そう言って市長はロビーから姿を消した。当直室に行ったのだろう。


「じゃぁ、私達は寝ましょうか」


 みなもが落ち着いた口調で言う。誰も異論はなかった。


 八畳間に戻った四人は速やかに布団に入る。


 異性三人と同じ部屋で寝ることに緊張を感じないでもなかったが、今はそれ以上に明日の戦いで気が張っていた。


 少女達も同じなのか、誰も軽口を叩いたりはしなかった。


 明日の戦いは命がけになるだろう。それは覚悟できる。命がけの戦いなら今までもあった。魔導士として生きる以上、生と死の狭間にあるのは当然のことだ。


 だが、今までの戦いとは決定的に違う点がある。敵が、魅乗りではないのだ。


 今回の敵は完全武装の軍隊であり、人間だ。彼らが何をしでかそうとも、俺が勝手に殺していい道理はない。


 明日の戦いにおいてはそのあたりも考慮した采配を振るうべきだろう。しくじればついてきただけのみなもと茜にも危険が及ぶ。


 直人は自分の知っている空戦経験と知識をもって様々な状況をイメージする。


 そして明朝四時。目覚ましが鳴り、直人はまどろみから覚める。よくは眠れなかったが、寝不足は感じなかった。


「おはようございマス」


 ロビーで落ち合ったルーカと挨拶を交わす。


「……ルーカさん達もおにぎり食べます?」

「お気になさらず。私達はパンをくすねてきました。これで立派な脱走兵デス」


 その答えに直人は安心した。分け前は減らない。二つ食べることができればとりあえず戦闘中はもつだろう。


「紹介しマス。私と同じイタリア人のマッティーア・コンティ。フランス人のルイ・ルグランです。二人とも信頼できる仲間デス」


 直人達が食べている間にルーカが言う。直人達が食べ終わると、そのまま作戦の説明となった。


「市長サンの話では日の出は五時半デス。ですが五時過ぎには明るくなって戦闘が可能になるはずです。装置が見えたら私達が降下し、破壊しマス。シュトレーリッツさん達は上空から援護してください。予想される敵機は三、四機ほどです」

「おそらくはあのジェット御佐機がでてくるだろ。やっかいだな」

「ご存じでしたか。あのジェット御佐機は『シュバルベ』という新型機デス。とても速いので注意してくだサイ」

「弱点はないんですか?」

「旋回が苦手デス。また一度速度を失うと回復は困難です」


 ……なるほど。以前エリザと戦った時もそんな感じだった。現在のジェット御佐機共通の弱点なのかもしれない。


「後ろにつかれそうになったら旋回して回避だな」

「敵機はまず私達を狙うはずデス。皆さんは機銃で敵機の妨害をしてくだサイ。装置を破壊できれば、後は逃げるだけデス」

「そっちの方が難しそうね。相手はとても速いんでしょう?」

「私達から狙われるはずですカラ、援護して頂けると助かりマス。が、危ないと思ったら逃げてください。これは私達の戦いデス」


 覚悟はできているということ。この人達もプロなのだろう。


 そう考えると、この外国人達に興味が湧いてきた。


「ルーカさん達は実戦経験あるんですか?」

「ハイ。私とマッティーアはイタリア第一旅団という部隊にいました。イタリア北部で戦っていましたが、ストレーガはベルリンで防空任務にあたるよう命令を受け、ベルリンに行き、しばらく戦いましタ」


 ストレーガというのはこれまでの文脈から魔導士という意味だろう。


「ルイはフランス第一旅団に所属していました。義勇軍時代からのベテランです」


 話を聞くに戦闘経験は十分。頼りになりそうだ。


「私達がヴィッテルスバッハの部隊に入ったのは二月のことデス。私が日本語を話せることを知り、日本に行く部隊に誘われました。マッティーアとルイを誘ったのは私デス。ルイはイタリア語が少し喋れたので、友人になりまシタ」

「敵の魔導士については何か知っていますか? 昨日ジェシカという女魔導士の戦いを見たのですが、かなりの腕前だった」

「シューマッハを初めこの街にいるドイツ兵は第三装甲師団の出身デス。ストレーガ……魔導士は皆ベテランだと思ってくだサイ。隊長はヴィッテルスバッハですが、負傷のため今は戦っていまセン」


 敵もまた経験豊富ということか。ますますやっかいだ。これは欲を出さず、装置の破壊だけを狙い、破壊したら速やかに離脱するべきだろう。敵機の翼や発動機を狙って後顧の憂いを断つというのは、よほどの好機でなければ狙わない方がいい。


「妖怪を召喚する装置ってのはどういったものなんですか?」

「円筒型の装置デス。恐らくトラックの荷台に乗せて移動するはずデス」

「わかりました。こっちの四人は俺が指揮を取ります」

「了解デス」


 しばらく情報交換をしている間に、出撃の時間になり、直人達は市役所を出る。


「これは私の憶測デスが、ヴィッテルスバッハ達は宇都宮全体を魅乗りの街に変えるつもりだと思いマス」

「宇都宮を丸ごと自分達の街にするということですか?」

「ハイ。でも、今日装置を破壊できれば、もう一度作ることは難しいと思いマス」

「よし。絶対に破壊してやる」

「まず狙われるのは私達だと思いマスが、くれぐれも注意してくだサイ。彼らにとって戦争はまだ終わっていまセン。戦争となればなんでもやるのが武装親衛隊デス」


 直人が頷くと、ルーカを先頭に魔導士達は市役所を出て、互いに離れて立つ。


「Centauro!」

「Centauro!」

「D Cinq cent vingt!」


 ルーカ達が御佐機に憑依したのを見て直人達も続く。


「早衛!」

「一目連!」

「秋葉!」

「Bf Kurfurst!」


 僅かに東の空が白み始めた頃、七機の御佐機が北西へと飛び立った。

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