8. 無頼漢
「待て!」
二機のジェット御佐機は宇都宮市郊外に着陸。それを追う直人もその近くに着陸する。
「直人!」
「直人君!」
みなも、茜の声が聞こえる。
「エリザは待機! みなもと茜は護衛しろ!」
二機のジェット御佐機が憑依を解いたのを確認し、直人も憑依を解く。
二人のドイツ人は、片方がジェシカ・シューマッハ。もう片方は三十代半ばほどの男だった。
「お前ら、何故在日ドイツ軍の御佐機を墜とした!」
「話す必要性がありません」
ジェシカの回答に続いて、背後に御佐機の着陸音が三機分聞こえる。
「直人さん! 危険すぎます!」
「上で待ってろって言っただろうが!」
「交渉なら私の役目です!」
「いや交渉しているわけではないが」
「やはり、シュトレーリッツも帰ってはいなかったのですね」
見咎めるように言うジェシカをエリザがビシッと指さす。
「貴方達! やってしまいましたね! 日本空軍の命令以外で御佐機が戦闘を行う。これは協定違反です! すぐに市ヶ谷がやってきて、戦闘を行った貴方達を逮捕するでしょう」
エリザの言葉に、ジェシカは余裕そうな笑みを浮かべた。
「戦闘があったことすら秘匿できる。そこまで虫のいいことは考えていません。ただ、民間人に被害は出ていない」
「そういう問題ではないでしょう。所詮私達は外国の軍隊なのです。せいぜい罪が軽くなる程度の話であって、逮捕は免れません」
「素直に謝罪して金を渡せばもみ消せる。そう言っているのですよ」
「そんなのただの願望でしょう。少なくとも取り調べは受けますよ。その時に貴方達の企みも市ヶ谷にバレます」
「私達が乗ってきたUボートはこの国の技術水準を大きく上回る代物。私達はそれを市ヶ谷に売却した。そして私達には他にもこの国が欲しがる技術がある。市ヶ谷も我々との関係悪化を望んでいない」
ジェシカの言葉に、エリザが困ったように直人を見た。
いや論破されんなよ。
直人が相手に喋らせるにはどうしたらいいか考えていると、エンジン音が聞こえてきた。と言っても御佐機ではない。これは車だ。
やはり。迷彩塗装の四輪車が姿を現した。天井はなく、ボンネットにタイヤがつけられている。
「わかりましたか。貴方達にできることは何もない」
こちらに背を向けようとしたジェシカを呼び止めるように、エリザが声を上げる。
「同朋を手にかけて、貴方達に正義はあるんですか!?」
「私達の正義は何人もの同胞を手にかけた。今更な話です」
「そこまでする貴方達の目的はなんですか!?」
「……血を残すため。同志を救うため」
「そんなもの、この国で正義とは呼べません!」
「では貴方達在日ドイツ人に正義はあるのですか?」
「少なくとも罪なき同胞を殺したりはしません」
「否。見殺しにしているのだ! Wann war es gut fur Adlige,zuerst zu fliehen?」
ジェシカはそう言いうと、最早言うべきことはないとばかりに背を向ける。そしてもう一人の男と車に乗り込むと、運転席と助手席の兵士に何事か言う。
口を開いたり閉じたりしているエリザと、放たれた言葉の意味もわからず立ち尽くす日本人三人を尻目に、車は走り去っていった。
車がだいぶ小さく見える頃、エリザが口を開く。
「逃げられましたね」
「いや何か言い返せよ!」
「エリザ最後なんて言われたの?」
「……いつから貴族が先に逃げ出していいことになったのか? です」
「先の大戦後日本に亡命してきたドイツ貴族を揶揄しているのね」
「んなもん関係ないだろ。もっと問い詰めてやればいいんだ」
「とはいえもうドイツ人部隊は真っ黒よね」
「私はやっぱり、このこと市長さんに言った方が良いとおもうな」
「市長に言う?」
「うん。増援を呼んだことと、それが殺されたってことを市長さんに伝えてさ、味方になってもらおうよ」
「味方になるか?」
「私も茜に賛成よ。これはもう私達の手に負える話ではないわ。あの女の言う通りになるのは癪かもしれないけれど、私達にできることはもう何もないわ、エリザ」
「……確かに。やむを得ませんね。市長に言ってドイツ人部隊のアポストルが空戦を行い相手を殺害した旨市ヶ谷に通報して貰いましょう」
「もっと多くの増援は呼べないのか?」
「……難しいです。それほど多くの御佐機を飛ばすとなると、許可が降りないでしょう。少なくとも時間はかかます。在日ドイツ軍の御佐機が撃墜されたと市ヶ谷に伝えても、彼女らの言う通りもみ消される可能性が……」
「仕方ねぇ。あの市長のところにいくか。どうにも頼りない感じだけどな」
「そうしましょう。そこで仙台に電話して増援を請うてはみます」
話をまとめた四人は一旦離陸し、より宇都宮市中心に近い場所の空き地を探すとそこに着陸。速足で市役所へと向かった。
だが、市役所には先約がいた。
市役所の前には国産の乗用車が二台停まり、丁度そこに市長が乗り込むところだった。
運転席と車の周囲には強面の男が数人立っている。
「ちょっと待て! 市長をどこに連れていくつもりだ!」
「おうガキども。一昨日はうちのもんが世話になったのう」
頭を刈り上げた男が口を開く。
「俺達は市長に用がある! 話をさせろ!」
「そうはいかん。市長はこれからドイツさん達のところに向かうんじゃ」
いいつつ男は後部座席のドアを閉める。
「まずは俺達に話をさせろ!」
「よそもんの要求に従う義理はないわい。そこをどけ。轢いてまうぞ」
「やれるもんならやってみろ!」
「……私達は御佐機を持っているわ!」
「おおう怖いのう。確かに魔導士にゃ勝てん。だがな、ガキども。ヤクザはビビったら終わりなんじゃ」
確かに、直人達にヤクザ者を攻撃できる理由はなかった。正当防衛ですらない。だが、他にもやりようはなる。例えば寝返りを促すとか。
「お前達はドイツ人部隊に金で雇われてるんだろ? だったら俺達につけよ。金ならこいつが払う」
ロイスはエリザの肩に手を乗せた。
「ドイツさんには金持ちが多いのう。じゃがな。それはお断りじゃ」
「お前らドイツ人が何やってるか知ってるのか?」
「知らんな」
「だったらいらなくなった瞬間捨てられるぞ。こっちにつけば金を二重に受け取れる」
「わかっとらんな、ガキ。ヤクザはな、裏切りだけはダメなんじゃ。引き際を見極めるのがヤクザの腕の見せ所。ガキに心配される謂れはないわい」
交渉は無理か……。となるとやはり御佐機を出してそれこそ車ごと回収するしかない。
直人がそう考えた時、市長が車から降りてきた。ヤクザ者がそれを止める気配はない。
「君達。私の勘違いならいいんだが、私のことなら心配は無用だ。一時的に監禁されるが、身の安全は保障される」
「市長は理由を知ってるんですか!?」
「知らない。奴らは私達に本当のことを話すつもりなどない」
「だったらどうして!?」
「老婆心から言うが、君達はこれ以上ドイツ人達に関わるな。彼らは普通じゃない。……彼らは、ドイツ本国の利益とは別の目的で動いている。だから在日ドイツ軍とも合流しないのだ。彼らは正規の軍隊とは言えない。手を出せば何をしてくるか――」
市長が話している途中であったが、直人にとっては絶好の好機だった。
すっこんでろと言われて「はいそうですか」と引き下がる性分ではない。
「早衛!」
「え、直人さん!?」
直人は御佐機に憑依すると、即座に前進。市長の背後にある車を蹴飛ばして横転させた。そしてすくい上げるように市長を手のひらに乗せると、後退る。
「お前らこそ帰れ! それとももう一台もひっくり返して歩いて帰るか!」
「ふざけんな! これ戻せ!」
横転した車の運転席から出てきた男がわめいている。
「はっはっは。お前も結構な無頼漢じゃのう!」
「大人しく帰るなら車は元に戻してやるよ!」
「それには及ばん。野郎ども、引き上げだ! ……お前ら、この落とし前はつけさせるからのう」
直人に向かってそう捨て台詞を吐いて、男は残った車に乗り込む。その車が走り去ると、取り残された男達は走って視界から消えていった。
市長を地面に降ろした直人は憑依を解く。
「直人さん! お手柄です!」
「ふん。魔導士ってのはビビったら負けなんだ」
「え、そうなの?」
ここでゆっくりと首を振っていた市長が口を開く。
「これで君達は完全にドイツ人部隊と栄和会を敵に回したぞ」
「ドイツ人部隊は元から敵だ」
「私を助ける必要などなかったというのに」
「あんたを助けたくてやったわけじゃねえよ。というか、ここまでやったんだから話してくれないと困るぞ」
「話す? 何をかね」
「……エリザ」
「はい。何故、拉致されそうになっていたかです」
「私も詳しくは知らんよ。二、三日監禁するが、その後は市長として戻れると言われた。ただ、断れば栄和会が何をするかはわからないと」
「栄和会というのは何です?」
「宇都宮市周辺を牛耳るヤクザだよ。今はドイツ人部隊の下請けをやっているらしい。これは私の勘だが、仙台でドイツ人を拉致するというのも、栄和会がやっているのではないかね。それなら失敗しても日本の警察に引き渡される」
「ドイツ人部隊が何をしているかは、本当に知らないのですか?」
「本当に知らない。ヤクザ達も知らないようだった。まぁ彼らは不要なことは知ろうとしない性質だがね。私の知っていることはこれで全部だ」
「警察に通報できないのですか?」
ここでみなもが口を挟む。
「したところで、反乱に加担した街など見殺しだろう。仮に来ても、採石場にはすぐには入れない。彼らが持つ権利は正当なものだ」
「余計な事してくれたぜ」
「復興もできないこの街を救うには、それしかなかっただけだ」
まぁ別にこの市長を味方だと思っているわけではない。ならば寧ろ、利用することはできないか。
「あんたこの後どうするんだ?」
「どうもしない。今夜にももう一度栄和会が来るだろう。奴らは役所に火すらつけかねない。大人しく従うまでだ」
「市長をなんとかして利用できないか? ドイツ人部隊の情報を引き出すとか」
「スパイってこと?」
「難しいですね……。彼らは日本人には何も話さないでしょう」
「味方になると言っても?」
「わざわざ拉致しようとしているくらいですから、味方に引き入れるつもりはないのでしょう」
「……君達は本当にドイツ人部隊と戦うつもりかね」
「エリザが戦うならな」
「え、あ、当然です! 民を守るのが貴族の役目ですから!」
「仮に相手が殺し屋の徒党であったとしても?」
「今更引き下がれねえよ」
「私も戦うよ! 今度は私が直人君の助けになる番だよね」
「元々直人のお手伝いで来ているわけだし。私がいないと危なっかしいわ」
「……わかった。今夜は役所に泊まっていきなさい。もしかしたらだが、力になれるかもしれない」
「協力してくれるんですか?」
「その可能性があるというだけの話だ。だがもしそれが叶わなかった時は、明朝にも東京に帰ることを勧めるがね」
何のことやらわからないが、市長は敵ではないのだから罠ということはないだろう。
四人は市長についていく形で市役所へと入った。