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7. ジェット

「チェックアウト? 何故です。そこまで混んでいるようには見えませんが」

「その……今朝がた栄和会の方々がいらっしゃいまして、宿泊中のドイツ人および十代の男女四人をこの宿に泊めないようにと言われまして」

「なんですその栄和会というのは」

「ヤクザだろ」


 口ごもる女将の代わりに直人が答える。


「ヤクザというと、マフィアみたいなものですか」

「そうそう。ギャングみたいな」

「ギャング! 脅されたんですか?」

「まぁその、お客様達を泊め続けるなら毎日この旅館で喧嘩すると」

「……わかりました。チェックアウトしましょう」

「申し訳ありません……」

「ま、この旅館に留まる必要性もなくなったしな」

「明日からは東京から通ってもいいと思います」


 チェックアウトを決めたエリザは、そのまま旅館で仙台に電話する。そして朝食を済ませた直人達は荷物を持って旅館から出た。


「増援は二名。午後二時に宇都宮到着予定です」

「じゃあ俺達は二時前に宇都宮の北側を飛んで待ってればいいな」

「そうしましょう。ただ、この宿を追い出された理由はやはり……」

「ヤクザに脅されたって言ってたけど、ドイツ人部隊の要請だろうな」

「じゃあ市長が絡んでるのかな」

「その可能性はあるよな。昨日はそんな感じでもなかったが」

「ドイツ人部隊からの要請には断れないという可能性もあります」

「市長に訊いてみる?」

「市長が結局のところドイツ人部隊の味方であった場合、私達がこの街に留まると伝わってしまう恐れはあります」

「増援が来るまでは大人しくしてた方がいいかもしれないわね」

「じゃ、それまで日光でもいくか」

「え、なんで日光?」

「観光だよ。旅館にはいられないし、この街にいてもしょうがないだろ?」

「確かに……」

「一度郊外に出て御佐機で日光に行って、二時前に宇都宮に戻ってくるということよね」

「私も賛成! 日光行ったことないんだよね」

「じゃあそうしましょう」


 日光は宇都宮から御佐機で北西に十分ほどの距離にある。直人達は電車で一旦宇都宮市の外に出て、郊外から離陸した。


「実は徳川家康は一度も日光に来たことがないのよ」


 貸し切り状態の参道を登りながらみなもが言う。


「じゃあ何で日光に作ったの?」

「風水上の理由よ」

「風水とはなんですか?」

「建物の吉凶をうらなうおまじないよ」

「ドイツにはない習慣ですね」


 大きな鳥居のど真ん中を歩こうとするエリザがみなもにたしなめられ、四人は表門をくぐる。


「……なぁあの生き物はなんだ?」

「なんだろうね。象……とも違うみたいだけど」

「あれは象であってるのよ」

「ゾウ? エレファントのことですよね」

「ええ。あれは想像で彫ったものらしいわ」

「ふーん。象を見たことなかったのかな」

「日本には生息していないのだから当然では?」


 象の彫り物がある上神庫の隣には再び鳥居があった。


「また鳥居ですか? さっきも通ったじゃないですか」

「ここから先が所謂東照宮なのよ。ここはその出入口。だから鳥居があるの」

「……あまり合理的ではありませんね。ここの立地もそうですが、宗教施設なのに気軽に来れる場所にありません」

「ここはもともと江戸城の後備えの意味もあったから。一種の要塞なのね」

「そいつは知らなかったな。山の上にあるのはそれか」

「江戸城? 江戸って東京ですよね。城なんてありましたか?」

「昔はあったのよ。今は宮城になってるけど」

「ああ。あの大きな森ですか」


 いよいよ唐門へと到着した四人は靴を脱ぎ拝殿を目指す。


「このいちいち靴を脱ぐというのも慣れませんね」

「合理性というならこっちの方が合理的だと思うけど」

「脱ぐ手間が増えてるじゃないですか」

「掃除が楽でしょう。そもそも床が汚いこと自体嫌だわ」

「それは床で寝たり座ったりするからです。ソファに座ってベッドで寝ればいいんです」

「おい拝殿があったぞ。刀礼するか?」

「そうね。やりましょう」

「刀礼? なんですかそれは」

「剣を鞘ごと抜いて、後は私の真似をして」

「……ああ、おじぎですか」


 ここはエリザも素直に従い、刀礼を終えた四人は本殿への廊下を進む。


 唐門は東照宮の中でもメインの建物らしく、荘厳で、綺麗な装飾も多い豪華な印象を受けた。特に百頭の竜の彫刻は圧巻だ。


 石の間を抜けた最奥にある将軍着座の間は立ち入り禁止らしい。ここが本殿であり、祀られている神がいる場所とあれば当然かもしれない。


 引き返した四人は東照宮の中をしばらく歩き、二荒山神社へと向かう。


「先ほどの東照宮も神社なんですよね」

「ええそうよ」

「なんでその隣にまた神社があるんですか?」

「ああ。実は二荒山神社の方が先にあったのよ」

「東照宮の方が後からできたと」

「そういうことね」

「二荒山神社の方は嫌な気持ちにならないんですか?」

「うふふ。そこが多神教のいいところよ。寧ろ東照宮ができたことで二荒山神社の格も上がったのよ」

「……日本人独特の考え方ですね」


 みなもとエリザの会話を聞きながら直人は時折生えている桜を眺めていた。無論、一句読むことにする。


「来客に、扇舞振る桜かな」

「今のは風流なのですか?」

「勿論。もう一句読もうかな」

「そういえば今年はまだお花見してないなぁ。ねぇ、今度お花見行こうよ」

「ああ、そりゃいいな」

「花見。ピクニックみたいなものですね」

「場所を考えないといけないわね。いい場所は混むから」

「花見の話してたら腹減ってきたな」

「まぁ貴方は団子の方が好きよね」


 二荒山神社に参拝した四人は輪王寺へと向かう。


 二時前には宇都宮に戻っていないといけないので、あまりのんびりしていられないのが残念なところだ。


 輪王寺の建物は日光山内に点在しており、全てを見て回ることはできない。これは元々東照宮、二荒山神社、現在の輪王寺を全てひっくるめて『輪王寺』と呼んでいたかららしい。


 今となっては東照宮の方が有名だが、それは江戸幕府の時代が長かったことと、近代以降日本神道の権力が強まっていったことと関係があるのだろう。


 東照宮のものとは雰囲気の異なる唐門を通って三仏堂を見た後は、駅の方へと向かって昼食をとることにした。


 名物だというゆば蕎麦と鯖寿司で舌鼓を打った四人は、一時頃には御佐機に憑依し、宇都宮市北側で一度着陸。しばし待機し、一時四十分頃から再び飛行を始めた。


 仙台から宇都宮市へ飛んでくる場合にはこの辺りを通過するはずだが……。


 直人の頭上からキィィインという聞きなれない音が聞こえた。思わず頭上を見ると、二つの人影が存在した。それらは直人達には構わず、北へと向かっていく。


「御佐機!?」

「それも……ジェット御佐機だと!?」


 立川ドイツ軍基地でエリザが憑依していたジェット御佐機もあんな音を立てていた。


「どうする!?」

「追おう!」


 宇都宮の方角から飛んできたということは味方ではない。おそらくはドイツ人部隊の御佐機。だがどうして今ここを飛んでいたのか。


 それに俺達に気が付かなかったはずがない。しかし無視した。嫌な予感がする。


 慌てて追いかけ始めた直人達だが、追いつくどころか引き離されていく一方だ。


 まぁ完全に見えなくなるほど遠くへ飛んで行ってしまうなら、寧ろそっちの方が良いかもしれないが……。


 だが、宇都宮のドイツ人部隊はそんな甘い相手ではなかった。


 最早黒い点にしか見えなくなった二機のジェット御佐機が不意に降下を開始した。刹那、それまで何もなかった空間に黒い点が見えたと思ったら、落下していく。


「戦ってる!」


 茜の言う通りだった。二機のジェット御佐機はループを描くようにして急上昇。明らかな戦闘機動だ。


 戦う相手がいるとすれば、時間的にも仙台からやってきた在日ドイツ軍の御佐機しか考えられない。助けにいかなくては。


 だが、二機の技量は水際立っていた。


 ようやく見え始めた三つ目の機影。そこに上方から二機の御佐機が襲い掛かる。


 一機目は直人から見て左側へと抜けていく。だが即座に横転を始める二機目。


 回避行動中の敵機に銃撃を加える。火を噴き煙が上がり始めるのが直人にも見えた。


 どうする。割って入るか。それでは事を構えることになる。ドイツ人部隊と。プロの軍隊と。だが……奴らも俺達日本人とは戦いたくないと言っていた。ならば牽制して仙台からの増援を無事に逃がすことくらいは可能なはず!


 結局そんな決意すら無駄なものとなった。降下して逃げようとする手負いの御佐機に対し、やはりループを描いて追いすがる二機のジェット御佐機は、その二番機が銃撃を加え、それを回避しようとする敵に一番機が斬撃を加えた。


 基本だ。基本的な動き。だがそれが寸分の狂いもなくできるのは訓練を積んだ証拠。


 飛来した仙台からの御佐機にとっては奇襲にも等しかったかもしれないが、二対二で一分とかからないというのは高い技量を持つと見るべきだ。


 撃墜のされ方から死亡は確実であったため、直人は撃墜された増援より、二機の御佐機の方へ視線を向ける。


 二機のジェット御佐機はこちらへと飛行してきていた。武器は構えていない。だが……。


「まずい! エリザ離脱しろ! 俺達が援護する!」


 エリザが憑依しているのはドイツ空軍の主力たるbf109。攻撃を受けてもおかしくない。


 再度二機のジェット御佐機を確認するが、攻撃してくるような気配はなかった。その代わり、無線に通信が入る。


「貴方達は……まさか、あの四人の子供ですか?」

「……そうだ」


 あの、シューマッハという女の声だった。


「貴方達にできることはありません。速やかに東京に帰るべきです」

「お前ら、同じドイツ人を殺したな! そこまでして何が目的だ!」

「……警告はしました」


 それ以上無線での会話が行われることはなく、二機のジェット御佐機は宇都宮市へと飛び去って行った。

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