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6. 証拠写真

「春の月、昇りて真実照らしたる、ときたもんだ」

「今のは俳句というものですか?」

「ああ」

「風流ですね。得意なんですか?」

「当たり前だろ」


 採石場から遠ざかったところで走るのをやめ、歩く。みなもとエリザはだいぶ息を切らせていた。ただ逆に言えばここまでついてこれたというのは、さすが魔導士。日々の鍛錬が伺える。


「写真、現像したいですね」

「朝一で写真屋に行こう」

「朝までどうするの?」

「野宿は気が進まないわね」


 まぁ俺一人なら野宿も余裕だが、女が三人、しかもどいつもいいとこのお嬢様ときてる。無暗な野宿は酷かもしれない。


「宿に戻るか。俺達が採石場に侵入したことはあの杖をついてた隊長のもとに伝わるだろうし、監視の目に入っても関係ないだろ」


 わざわざ金を払ってまで追い出そうとしたくらいだ。騒ぎになることは極力避けるはず。旅館ごと襲撃なんてことはしないはずだ。ならばここは宿でゆっくり休んで体力を温存すべき。


「明日どうするかの考えはありますか?」

「うーん。写真現像したら仙台に帰ったらどうだ? 証拠写真があれば仙台のドイツ人も動いてくれるんじゃないか?」

「増援を呼んでみようとは思います。ただその前に、市長に話を聞きたいのですが」

「証拠写真を見せれば、わけを話してくれるかもしれないね」

「確かに。もし市長がドイツ人部隊の犯行を知っていて告発してくれれば、日本の警察も動いてくれるかもしれないわ」

「よし。なら写真を現像したら市役所に行ってみるか」


 帰りは普通に玄関から宿に入る。だいぶ汗をかいてしまったので、部屋に風呂があるのは嬉しい。女性ならなおさらだろう。


 もう部屋の明かりを気にする必要もないので、直人も明かりを点けてシャワーを浴びて就寝した。


 翌朝。朝食を食べた後、写真屋に向かい、開店するまでの二時間ほどをもどかしい思いをしながら待ち、ネガを現像に出す。


 わかっていたことではあるが、たった数枚の写真でも現像に半日はかかるので、その間も待つしかない。


 旅館で美味い飯屋を聞いて昼食を摂りつつ、雑談を交え今後の対応について話し合う。


 そして日が沈み始めた頃、写真を受け取ることができた。意図した写真は撮れていたので、その足で市役所に向かう。


 受付にこの街にいるドイツ人部隊について話したい旨伝えると、すぐに市長が出迎えてくれた。市長室に入るのはこれで二度目だ。


「この写真をご覧ください」


 エリザはドイツ兵がくっきりと映ったものを中心に数枚の写真をテーブルに広げる。


「これは……どこから手に入れたのですか?」

「昨晩私達が撮影したものです」

「採石場に入ったのですか?」

「はい。中にドイツ兵が数名おりました」

「そう……ですか」

「この採石場は現在立ち入り禁止になっているはずです。有毒ガスが溜まっているという理由で」

「その通りです」

「一昨年に陸軍の地下倉庫として使用されたのは知っています。ただ、陸軍が出て行った後しばらくして立ち入り禁止になっている」

「そこまでご存じでしたか」

「採石場の操業を中止することで、ドイツ人部隊から大金を得たんじゃありませんか?」


 エリザの言葉に市長はため息をついた。


「仰る通りです」

「では採石場の近くにいる見張りについては」

「私が指示しました。ヤクザ者ですが、市民が近づこうとしない点では都合がいい」

「ではドイツ人部隊が仙台でドイツ人を拉致しているという件についてはご存じですか?」

「……いえ。少なくとも当初は。まぁ、貴方のいとこがここにいらした時に、察しはつきましたがね」

「何故わけを訊くなり視察を入れるなりしなかったのですか?」

「この街が昨年の反乱に加担したことはご存じですね?」

「ええ。はい」

「それは宇都宮の師団が反市ヶ谷だったからであり、我々に選択肢など無かったのですが、結果的にこの街は懲罰的な重税を課せられております。だから、ドイツ人達の申し出は渡りに船だったのです」

「それほどの大金だったのですか?」

「……はい。金銀財宝の山。しかもあれで一部だという。正直この街は救われたと思いました」

「では、せめて採石場からドイツ人部隊を追い出して頂くわけにはいきませんか?」

「採石場を貸し出すという契約自体はまっとうなものです。来年の二月までは更新できません」

「彼らが犯罪に関与していても、ですか?」

「ドイツ人拉致の主犯であったという証拠が掴めれば、契約の破棄は可能です」

「……その場合、この街は金策を失うことになりますか」

「そうなります。それが貴方がたに協力的でない理由です」

「いえ、お話ありがとうございます」

「……あの、採石場でドイツ人部隊が何をしているのか、本当に知らないんですか?」


 ここで直人は口を挟んだ。やはり気になったからだ。


「存じておりません。何に使うかは聞かない約束でしたので。ただ、私もヤクザ者に金を渡し、何をしているか尋ねたところ、トラックに積んできたコンテナを運び込んでいたと。人間が入るくらいの大きさだったそうです」


 この市長は口では非協力的と言っているが、心のどこかでは事件の解決を望んでいる。そんな気がした。


 市長にお礼を言って、市長室を出る。エリザはそのまま役所にある電話を使うと言った。


「仙台から増援を呼びます」

「採石場を調べるためにか?」

「はい。今なら彼らが犯人だと自信を持って言えます」

「どのくらい呼べるの?」

「ドイツ人街の外で起きている事件である以上数名が限度でしょうが、その代わり魔導士に来てもらおうと思います」

「来てくれるのか?」

「シュトレーリッツの名を出して、間接的な証拠になる写真があると言えば、いけると思います」

「立ち入り禁止になっているはずの採石場にドイツ人兵士がいたらおかしいものね」

「それでドイツ人部隊は素直にエリザの仲間を採石場に入れてくれるのか?」

「入れてくれないと思いますが、それで構いません。その場合警察も交えた大人数を呼ぶ理由になりますので」

「大人数ならもみ消せない、か。なんとかなりそうだな」

「いとこからの連絡を受けた時は半信半疑でしたが、この街にきて確信に変わりました。おかげで事件を解決できそうです」

「いとこも無事だといいね」

「はい。茜とみなもにも、お礼をしなければいけませんね」

「そうね。宿代くらい払ってもらおうかしら」

「いやそれはちょっと。勝手に高いところに泊まってそれは困ります」

「少しでいいから払ってー」

「はぁ……その話はおいおい」

「仙台から御佐機に憑依した魔導士が来て、街中で戦闘になったりはしないよな」

「御佐機の飛行は事前に申請すれば大概通りますが、戦闘は許可されません。ただ、それは向こうも同じはずです。ドイツ人同士で戦闘なんかしたらそれこそ市ヶ谷が黙ってないでしょう」

「なるほど」


 この街のドイツ人部隊は事を穏便に済ませるしかないというわけか。確かにこれまでもこの街で騒ぎを起こさないよう気を使っていた。


「相手はプロの軍隊なんだから、ここから先はドイツ軍か警察に任せる方が良いと思うわ」

「じゃあ、電話してきます」


 エリザが仙台に電話するのを待った後、直人達は宿へと戻った。


 翌朝、直人が階段を降りて廊下を歩いていると、背後から重いものが落ちるような大きな音がした。振り返ればエリザが倒れている。


 まさか、ドイツ兵による襲撃か!?


「エリザ、大丈夫か?」


 駆け寄る直人に、エリザが手をついて身体を起こす。


「問題ありません。転んだだけです」

「お腹が空いたからって焦って降りたらだめよ」

「違います! この浴衣というのが動きにくいからです」

「またそれで転んだの?」

「仕方ないでしょう。普通にスカートでいいと思うのですが……」

「それが旅館の風情なんだな」


 起き上がったエリザには特に怪我もなかったので、エリザが叩きつけられた床の方を心配したが、幸いエリザ型の凹みができているとかそういうことはなかった。


 事態が少し不穏なものとなったのはこの後だった。


 ロビーにて、十時までにチェックアウトしてほしいと言われたのだ。

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