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5. 採石場

 その場に取り残されていた直人は半ば警戒するようにジェシカが去っていった方角を見ていた。だがすぐにこの後すべきことに思考が向かうと、踵を返して旅館へと戻る。


 それを見たみなも、茜も後に続く。


 旅館のロビーではこちらの様子を窺うように仲居が立っていたが、それには話しかけず階段を登る。


「エリザを起こしてこい。明かりは点けさせるなよ」


 三階の廊下へと入った直人は口を開く。


 二人がエリザの部屋の襖をノックしているのを見て直人は自分の部屋へと入る。持ち出すべきものは多くない。準備はすぐに整う。


 直人が廊下に戻ってしばらくして、寝間着姿のエリザが顔を覗かせる。


「なんですか……? まだ朝じゃありませんよ」

「すぐにここを出る」

「どういうことですか?」

「訳は後で話す。いいからすぐに着替えろ」

「チェックアウトするということかしら」

「いや、荷物はそのままでいい。明かりは絶対に点けるなよ」

「いったい何だと言うんですか……」


 眠い目を擦りながらも一応は着替えて出てきたエリザ。どことなくぼーっとした感じ。普通に熟睡していたのだろう。


「軍刀持ったか?」

「あ……忘れてました」

「すぐ取ってこい」

「直人君どうしたの?」

「多分監視されてる」

「えっ」


 みなもと茜は残して俺達が宿に残ってると見せかけるか……いや、外に出ればドイツ兵に姿を見られる事を前提にすべきだ。みなもと茜を宿に残して役に立つ可能性は低い……。だったら固まって動くべきだ。


 再びエリザが部屋から出てきたところで直人は事情を説明する。


「今ドイツ人部隊の連中が来た」

「来たって、ここにですか!?」

「そうだ。帰ってはいったが、監視を残していっただろう」


 言いつつ直人は歩き始める。


「何をしに来たんです!?」

「金をやるから帰れと、俺達に言いに来た」

「そ、それで、どうするんですか?」

「了承も拒否もしてない。奴らは明日の日中まで待つと言っていたが、この宿の近くに監視は残しただろう」

「あ、それで明かりを点けるなって言ったんだ」

「ああ。まぁどこまで意味があるかはわからんが……。俺達はトイレから出る」


 直人達は一階のトイレの前へと来ていた。


「なるほど。玄関から出たら見つかるものね」


 直人達はそれぞれ男子トイレ・女子トイレの窓から出ると、裏庭にて合流する。


「どこへ向かうつもりですか?」

「昼間行った採石場だ」

「もし見つかったらどうするんですか?」

「その場合は……一旦この街から出るしかないだろうな。向こうの提案を蹴ったとバレるわけだから」

「……彼らの提案を蹴ってくれて感謝します」

「ま、そんな提案してくる時点で、自分達が犯人ですって言ってるようなもんだからな」


 旅館の敷地から外に出てしばらく歩いたが、誰かに呼び止められることはなかった。一旦旅館から離れてから方向転換し、採石場を目指す。


「採石場に行って、中に入れるでしょうか」

「できれば入りたい。奴らが日本人に危害を加えたくないというのは本当だろう。それをやると警察がやってくるからだ。そういった意味じゃエリザもそうそう狙われないと思うが……」


 少なくともいきなり撃たれたりはしないと期待している。


「中に入れたとして、何か証拠を掴みたいですね」

「写真を撮ればいいだろう」

「カメラ持ってるんですか?」

「ああ。この袋に入ってる」


 直人は背中にかけていた袋を親指でさした。


「真白さんに借りてるやつだよね」

「ああ。何かの役に立つかと思って持ってきたが、正解だったな」

「カメラって、暗いところだと撮れないんじゃないですか?」

「懐中電灯も袋に入ってる」


 これは廃病院に忍び込む時に買ったものだ。


「……監視のこともそうですが、直人さんは頭の回転が速いですね」

「お、そうだろ? 普段あんまり認めてもらえないけどな」

「直人は戦いの事になると異様に頭がキレるのよ」

「普段はどうなんですか?」

「勉強はからっきしだわ」

「授業中窓の外ぼーっと見てることあるよね」

「つまんねぇんだからしょうがねぇだろ」

「……今夜訪れたドイツ人というのは、あの杖をついた男ですか?」

「いや、その嫁の方だ」

「いくら提示されたんですか?」

「四人で一万五千円だったな」

「……直人さんに護衛を頼んで正解でしたね。報酬上乗せです」

「そうこなくっちゃな」

「でも直人、あんまり無茶しちゃだめよ」

「勿論戦闘は避ける。ドイツ兵と出くわしてしまったら写真を撮ってさっさと逃げる。こっちは魔術も使えるし、牽制か目眩ましにはなるだろう。……お前なんで式神持ってきてないの?」


 宇都宮に来る時にエリザが憑依していたのは直人達と戦った時と同じbf109K型だった。でも初めてドイツ軍基地上空で会った時に憑依していたジェット御佐機があるはずだ。


「あれは新型モーターの燃焼試験待ちです」

「モーター? 発動機のことか?」

「そうです。貴方と戦った時は仮の発動機だったんです! ちゃんと知っておいてください」

「はいはい」


 でもこいつは新型ジェット発動機が完成しても無茶な引き起こしで空中分解しそうだなぁ……。


 ゆうに二時間は歩いたが、ドイツ兵に見つかることなく採石場へとたどり着いた。郊外ではあるが、月明かりで人影が見える。昼間のカタギじゃなさそうな連中かはわからないが、少なくとも一人はいる。


 直人達は野原にうつ伏せになっていた。


「ぶちのめしてしまってもいいが、あいつら別に悪い事してないんだよな」

「市長に頼まれたって言ってたね」

「みなも魔術で見張りを拘束できるか?」

「勿論よ」

「じゃあみなもに魔術使ってもらってその間に侵入するか」

「中にドイツ人いたら攻撃しちゃっていいのかな」

「場合によっては仕方ないだろ。そういう意味じゃ……」


 直人は持っていたカメラをエリザに渡すと、袋から懐中電灯と取り出す。


「いざとなったら俺が魔術で炎出すからお前が写真撮れ。炎は明かりにもなるしな」

「わかりました」

「よし。じゃ、行くか!」


 直人は立ち上がると採石場に向かって突進する。当然、すぐに見張りに気付かれる。


 仮に匍匐前進で近づいたとて、採石場の目の前の道路で見つかるのだから意味がない。


「何してやがる! 止まれ! 止まりやがれ!」


 言いつつ男は足元から角材のようなものを持ち上げる。次の瞬間、直人の横を銀色の物体が通り抜けていった。みなもの魔術だ。


「なんだこれ! お前ら、魔導士か!」


 慌てて逃げようとする見張りだが、液体金属が男の身体に巻き付いて拘束する。身動きできなくなった男は地面に転がる。


「やりますね。あれは液体金属ですか?」

「ええ。水銀よ」

「金属魔術とは珍しいですね」


 そんな会話を聞きながら、直人は採石場の入口へとたどり着き、懐中電灯のスイッチを入れる。


 入口の写真も撮りたいが、時間が惜しい。突入しよう。


 直人は採石場の中へと飛び込み、少女三人がそれに続く。出入口は広く、採石跡と思われる空間が続く。


 自分の足音が反響しているのがわかる。もっと静かにはいるべきだったか。だが見張りが倒された時点で侵入に気付かれている可能性もあるので、どちらが良かったか一概には言いにくい。


 角を曲がると緩やかな斜面になっており、より奥の空間に繋がっている。が、そこに外国人がいた。言うまでもなく、ドイツ兵だ。深緑色の軍服を着ている。


「エリザ写真撮れ! 早く!」


 言いつつ直人は懐中電灯の先をドイツ兵に向ける。


 ドイツ兵は何事か叫び、仲間に侵入者の存在を知らせているようだが、すぐに攻撃してくる様子はない。直人は魔術を床に向かって放った。火炎の背丈は低く芝生のように地面に広がり、周囲が明るく照らされる。


「後退するぞ!」


 エリザがシャッターを切っているのを確認しつつ、直人は後退る。というか、逃げた方がいいな。


「茜、炎でかくしてくれ!」


 直人の指示に茜が炎に酸素を送り込み、火勢が一気に大きくなる。それを見て直人は魔力の供給をやめる。そろそろ限界だった。


「逃げるぞ!」


 直人は叫ぶようにして言い、他三人が走り出すのを確認する。後ろを振り返れば、ドイツ兵の数が三人に増えているところだった。


 出口に向かって疾走した直人達は外に出ると、みなもが魔術を発動し、出入り口を液体金属で塞ぐ。


「うまくいったな」


 直人の言葉に三人が頷く。


 こんなところに長居は無用。直人達は再び走り出し、夜闇に消えていった。

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