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3. 高級旅館

 旅館の部屋へ入った直人は浴室へと入り、シャワーを浴びると湯船に浸かる。部屋で風呂に入るなど初めての経験だ。


 風呂から上がった直人は浴衣に着替え、夕食を待つ。四人とも直人の部屋で食事をとることになったので、しばらくして少女三人も直人の部屋へと集まってきた。三人も浴衣へ着替えている。エリザが少し落ち着かなそうだ。


 十八時には四人分の膳と食事が運ばれてきて、豪華な食事となった。仲居がご飯やお茶を注いでくれるサービスもあるらしいが、込み入った話をするのでそれは遠慮しておいた。


 話題は当然今日の調査内容の整理、考察ということになるが、直人はもうそれどころではない。


「おいおいこんなの食っていいのかよ」

「勿論です。これも護衛任務の報酬だと考えてください」

「よしきた」


 彩りも綺麗でどれも美味そう。ご飯味噌汁漬物おかわり自由でしかもタダ飯となればもうひたすらに食い続けるしかない。直人はしばらくの間殆ど発言しなかった。


 三人の会話としては、やはりドイツ人部隊が怪しい。そう考えると市長の少し怯えたような動揺したような態度も納得がいく。何かしら知っているのだ。


 ただ、ドイツ人部隊が犯人だったとしてもこの街の日本人は被害にあっておらず、仙台でのドイツ人拉致についても何も知らないと考えて良さそうだ。


「金井町の人達が何も知らないってことはさ、グルじゃないってことだよね」


 茜が天ぷらを食べながら言う。


「確かにそうね。だったら日本人に聞けば知ってることは隠さず教えてくれるかもしれないわね」


 みなもも同意し、明日はドイツ人部隊の近隣にいる日本人に聞き込みを行うことに決まった。


 直人は話を聞きながら今日会ったドイツ人の事を思い出す。ゲオルクという男の方もそうだが、その隣にいた女性の方も気にかかる。あれがジェシカ・シューマッハだろう。


 一言もしゃべらなかったが、一瞬たりとも直人達四人から視線を外さなかった。その青い目は冷たく、強烈な意思を感じた。ああいった手合いは多分手強い。


「この天ぷらはさくさくして美味しいですね」

「貴方箸使えるのね」

「日本で生まれ育ったのだから当然です」

「エリザは普段どんな食事をしてるの?」

「日本人とは全然違うと思います。温かい食事は昼だけで、朝と夜は手間をかけません」

「エリザは貴族なんだよね」

「貴族でも普段は一人一皿かせいぜい二皿です。メインと付け合わせ、あとはパンですね」

「全然違うんだね」

「それ食べる方も作る方もつまらないんじゃない?」

「この旅館の食事もそうですが、見た目にもこだわるというのは私達ドイツ人からすれば異様です。これでは後片付けも大変でしょう」

「それはまぁそうだけど」

「どんな料理があるの? ソーセージのイメージがあるけど」

「日本ほどバリエーションはありませんよ。肉とジャガイモの組み合わせが大半です」

「それだと飽きがこない?」

「その代わりソーセージだけで千種類はあります。お肉の煮込み方も千差万別です」

「ソーセージか。あれ美味いよな。二回しか食ったことないけど」


 ここで直人は口を挟んだ。


「あ、私達も食べたことあるよ。銀座にお店があるよね」

「ドイツ人は肉ばっか食ってるのか。最高だな。行ってみてぇな。エリザ連れてってくれよ」

「仙台だったら日本語通じるでしょう」

「いやドイツ」

「……今はやめた方がいいですね。ヴィッテルスバッハのような貴族が亡命してきている時点で、もうまともではないのでしょう」

「ああ……そうだったな」

「じゃあさ、大人になったら四人で行こうよ! 平和になったら旅行もできるし、エリザがいれば安心だよね」

「構いませんよ。直人さんは旅費を貯めといてくださいね」

「げぇー。……みなもぉ」

「え、あ、うん。えっと、どうしようかしら」

「断らないんですか……」


 直人としても冗談で言ったつもりだ。さすがに海外旅行費は出してはくれないだろう。となると……この仕事でエリザからもらった金を貯めておくのが堅実なところか。


 食事が終わり、大浴場へ行くことになった。直人は日課の鍛錬を終えてから入ろうと思っていたが、食後すぐに動けないのも事実なので、一緒に行くことにする。


 といっても男湯女湯で別れるので結局は一人だ。


 大浴場には他の客もいたが、数は少ない。文句なしの高級旅館だと思うが、逆にそれが仇となっているのか。このご時世に旅行しようとする人間は少ないのかもしれない。


 身体を洗ってから湯船に入る。寮にはシャワーしかないので、湯に浸かってのんびりするのは久しぶりだ。こうして湯けむりを見ていると……みなもとの出会いを思い出す。


 本人にはもう忘れたと言っているが、正直思い出せる。永遠に秘密にしておこう。


 けっこう長湯をしたつもりだったが、部屋に戻っても少女三人は戻っていなかった。


 直人は窓を開けて外の景色を眺める。三月も終わりだが夜になると冷える。だが涼風は火照った身体には丁度いい。


 しばらくそうしていると、三人が歩いてくる足音がした。


「これは歩きにくいですね」

「これを着てしずしずと歩くのがいい女の嗜みなのよ」

「そうですか。やはり日本人の趣向はよくわかりません……あっ」


 大きな音がしてエリザが部屋に飛び込んでくる。襖を突き破っていた。


「おいいいいい!」

「この服が悪いんですよ!」


 言いつつエリザが立ち上がる。襖には綺麗な人型の穴が空いていた。


「ちょっと、何やってるのよ!」

「出入口が横開きなのも問題です」

「それ関係ある?」

「宿の人に謝らないといけませんね」

「ここ俺の部屋なんだが!?」


 エリザが宿の人に謝り弁償する旨伝えると宿の人は笑って断り、空いている部屋の襖と取り換えてくれた。


 それを見届けた直人は軍刀を持って宿の中庭へと赴く。少女三人もついてきていた。みなも、茜も日課の鍛錬を行うのだという。エリザも魔導士として、剣の練習は欠かしていないらしい。


 鍛錬というものはあまり人に見られたいものではないが、まぁこの三人なら構わないだろう。


「ドイツの剣術っていうのはどんなものなんだ?」


 鍛錬の合間に直人は問う。


「見ての通り、ロングソードを使います」

「刀と同じ両手剣か」

「はい。もともと鎧を着た相手には鎧の隙間を狙って刺突を行い、軽装の相手は斬撃で斬り伏せるために作られた武器だそうです」

「そこも刀と似てるな」

「ただ、近代のヨーロッパではサーベルかレイピアが基本で、ロングソードは遥か昔に廃れていたんです」

「あ、そうなの」

「寧ろ銃火器がある時代に剣を有難がっていた日本人がよくわかりません」

「平和な時代が続いたからよ。戦国時代は刀だって予備の武器か首狩り道具だったわ」

「江戸時代というやつですね」

「今ある流派の多くは、江戸時代に体系を完成させているのよ」

「心身の鍛錬やステータスシンボルとしての価値もあったらしいね」

「武芸として、ですか。それならドイツにもサーベル術などがありましたね」

「ドイツにも剣術はいろいろあるのか?」

「昔はいくつかあったらしいですが、今の魔導士が扱うのはKampfSchwertだけです。日本語で言えば軍用剣術でしょうか」

「軍用剣術? 市ヶ谷神道流みたいなもんか?」

「市ヶ谷神道を詳しく知らないのですが、多分そうです」

「他の流派を習う道場とかはないの?」

「あまり聞きませんね。無くはないのでしょうが。そもそも全ての魔導士が同じ剣術を扱う方が合理的では?」

「まぁ市ヶ谷神道流もそんな感じだな」

「やはりそうですよね。ただ軍用剣術のベースになったドイツ流剣術は十八、九世紀の間に一度潰えていて、復活させるのに結構手間取ったらしいです」

「サーベルとかの方が人気だったの?」

「みたいです。相手が鎧とか着ていないなら片手剣でも十分ですからね」

「そのドイツの軍用剣術の技、教えてくれよ!」

「え、いきなりですね」

「直人はすぐ剣の技知りたがるのよ」

「はぁ。では一つだけ。護衛を頼んでますからね。特別ですよ」

「そうこなくっちゃな」

「ロングソードは丈夫なので、一度剣を斬り結んでしまうことが多いです。そして陸戦では突きが基本なので……」


 言いつつエリザは剣を構える。


「直人さん。ここに打ち込んできてください」


 直人は軍刀で右上段からロングソードに向けて斬り込む。


 ロングソードと軍刀が触れ合った刹那、エリザは交差位置を支点にして表裏刃を返し、素早く突刺した。


「これは定跡ともいえる動きです。敵の剣を受け止められますし、敵の喉元を狙えるのでアポストルに対しても有効です」

「なるほどな」


 日本の剣術では見られない動きだ。刀には反りがあるため突く際の刀の向きに制約があるからだろう。この理由から直接参考にはできないが、もしドイツ人と戦うことになったら警戒しておこう。


 直人達は鍛錬を終えた後、各々の部屋に戻ってもう一度シャワーを浴び就寝した。

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