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4. 直人対みなも(空戦)

「じゃ、そういうことで」


 木刀を地面に置いた直人は右手を上げつつ背を向けて立ち去ろうとするが、みなもに呼び止められる。


「待ちなさい!」

「剣の勝負なんて紙一重だ。気にすんな」


 振り返った直人はそう言った。実際これは本心からの発言だった。剣の勝負など薄氷上のものだ。直人は教官にそう教わったし、彼らの実戦での体験談を聞いて納得もしていた。雌雄を分かつ境界線は陽炎の如くあいまいだ。


「今の動き、市ヶ谷神道流ではない!」

「そうだな」

「貴方は何かしらの古流剣術の使い手! そうでしょう!」

「そうだ」

「卑怯よ! だったら名乗るべきよ!」

「お前だって名乗らなかったじゃないか」

「そ、それは、狼藉者に呉れてやる名など無いと思ったからよ」

「俺の無礼は一理あると思う。ま、今回はお互い様だ」

「剣による一騎討ちであったにも関わらず、互いに名乗りをかわさなかった。つまりこれは余興、小手調べよ」

「なんだと? 木刀での勝負を決めたのはお前だろうが」

「た、確かに。でも勝負がこれだけなんて言った覚えはないわ」

「実は三本勝負だったなんて言うつもりか?」

「そんなことは言わないわ」


 みなもはすぐには答えず直人に向かって歩を進めた。そして腰の軍刀を人差し指で叩く。


「貴方、式神をもっているわね」

「……」

「昨日のアレは量産機ではなかった。おそらく貴方の個人所有。違うかしら」

「まぁ、そうだ」

「ならば空戦で決着をつけましょう。そもそも私達は魔導士。実力は空でこそ測られるものよ」


 論点がずれているが、それ以前に直人は納得がいかない。


「なら今の勝負は無効だと言うのか? 魔導士が二言だと?」

「っ……。分かったわ。なら空の勝負で貴方が買ったら貴方の望みを叶えてあげる」

「俺が負けた時の条件は同じか?」

「勿論よ」


 もともと俺にはリスクしかなかった決闘に報酬が生じた。ならば反故にされたというわけではないのか……?

 不慣れな損得勘定をしている直人に、みなもが話しかける。


「式神を昨日損傷してしまったというなら、この勝負預かるけど」

「分かった。今やろう」

「そうこなくては」


 直人は決闘の続きを受けることにした。長引いて欲しくない。いつ黒金が現れるか分からないのだ。


「では依代を持って裏庭に来て。私は鳴滝教官に決闘の申請をしてくるわ」


 頷いた直人は寮の自室に軍刀を取りに走った。


 古より式神を召喚するには依代が必要だった。それは式神の形態が御佐機となった今でも変わらない。


 日本の御佐機の依代は刀であるのが一般的だ。狭義には魔導刀と言ったりもするが、普通は単に軍刀と呼ぶ。


 魔導士といえど軍刀が無ければ御佐機は呼べない。まさに日本魔導士の魂と呼べる代物であり、常に携帯している魔導士も多い。


 依代たる軍刀は刀身と拵え(こしらえ)を持ち、形状的には普通の日本刀と変わらない。材質は御佐機と同じく最新の金属工学が注ぎ込まれた魂鋼合金。靭性と強度、腐食耐性などの面で高い実用性を持ち、古代の名刀すら凌ぐ驚異的な斬れ味を誇る。


 寮で軍刀を手に取った直人は裏庭へ向かい、しばし待機する。


 十五分もした頃、校舎の中からは京香とみなもが歩き出てきた。リアカーを引いた男子生徒を伴っていた。


 京香は直人に近づき話しかける。


「水無瀬。貴様が式神を持っていることは知っている。だが本当に良いのか?」

「はい」

「ならいいが」


 直人とみなもの顔を見比べた京香は少し笑みを浮かべた。


「一騎討ちは魔導の誉なれど、殺生沙汰は起こしてくれるな」


 そう言って京香は機関銃と無線機が積まれたリアカーを指差す。


「模擬空戦において太刀の使用は禁止だ。地上に置いていけ。七・七ミリ機関銃のみ使用を許可する。マガジンは訓練弾のみ。威力は二十ミリ相当として扱う。質問は?」


 特に無かった。


 七・七ミリは訓練、演習でよく使われる。一番安いからだ。実戦では初期の御佐機が装備したものの威力は貧弱で現行の主力機は使用していない。

 訓練弾ともなると直人の持つ早衛に対しては、発動機に何十発と当てて故障するかどうかだろう。

 反動が少なく弾道は良好で、発射速度も高く、初心者にも扱いやすい。


 御佐機の装備する魔導機関銃は、銃床の機関部を肩部のコネクターに押し付けることで機体から魔力を伝送してもらい、動力としている。


 したがって飛行時の御佐機は進行方向のみ、歩行時は自身の正面にしか射撃することができない。

 この制約から、魔導機関銃の弾道や発射速度は重要な意味を持つ。


 ルールを確認した二人は少々距離を取り向かいあった。


「ふふ。御佐機に乗ってこそ魔導士の格が知れるというもの」

「両名、憑依せよ」


 京香の合図にまずみなもが軍刀を抜く。


「一目連!」


 呼びかけと共にみなもの身体が宙に浮き、薄くなる。それと同時に巨大な鎧姿が出現し、両者は一体化した。


 続いて直人も御佐機を呼び出す。


「早衛!」


 みなもと同様に身体が宙に浮き、御佐機へと憑依した。


「武装準備」


 直人とみなもは太刀と自前の機関銃を地面に置くとリアカーから七・七ミリ機関銃とドラムマガジンを回収し、大腿部に装着する。


「ただ今より悠紀羽と水無瀬による模擬空戦を始める。両名発動機点火」


 京香の声に、二人は折りたたまれていた主翼を開き、発動機を回し始める。


「離陸許可」


 跳躍した両者の足は地面より離れ、緩やかな角度で上昇を始める。ひとまずは高度を取るべく、互いに離れるようにして昇っていく。


 みなもの操る一目連は灰白色の機体だ。特徴はなんと言っても腰部から伸びる横に長い大きな主翼。他に縦翼が二枚ついている。かなり大型の機体で、プロペラは四翅。その翼面積は低い翼面荷重と高い旋回性をうかがわせる。


 一般に式神の性能は同時代に量産された精霊機を上回る。式神と人工性霊では御佐機とした時に得られる出力に大きな開きがあるからだ。また一品物である式神は設計の際に量産性などを考慮する必要性もない。


 悠紀羽の名は直人も聞いたことがあった。古より金属魔術を得意としてきた名家。悠紀羽一門が代々使役してきた式神『一目連』が御佐機となった今でも一級品の名物であることは疑いようが無い。その性能は極めて高いはずだ。


 直人が高度三千メートルほどまで昇ったところで京香の声が聞こえた。


「交戦始め」


 直人は状況を確認する。

 敵機一。劣位高度。


 そしてやはりというか、早衛は万全な状態ではなかった。式神は精霊機と違い自己修復機能を持つが、故障したのは昨日の夜だ。翼の修復を優先したため発動機は故障したままであり、回転数が上がらない。


 故に上昇において敵機の後塵を廃する状況となっている。もっとも敵機一目連の上昇力事態も素晴らしい。


 みなもは上昇をやめ、降下に入った。直人も上昇をやめ水平飛行に移る。そして降下してくるみなもとの距離が詰まってくると、直人は機首を上げた。


 みなもが七・七ミリ機関銃を発砲した。無論正面からの銃撃では御佐機の装甲は撃ち破れない。つまり有効判定とはならないはずだが……。


 直人はエルロンを開きつつ体重を移動し、機体を右に横転させる。そしてみなもの腹下を通過しつつ、九十度旋回してみなもの様子を伺う。


 みなもは旋回に入るところだった。旋回性能では敵わないと見た直人は降下に入る。


 上昇で失われた速度が戻ってくる。一方のみなもは既に旋回を終え追従してきていた。距離がつまってくる。後ろを取られた格好。


 現状では敵機の方が上昇力に優れているため、一旦離脱できたところで空戦エネルギーの差はむしろ広がっていくだろう。


 そう考えた直人は機体を水平に戻し、みなもがある程度接近して来るのを待って機体を横転、旋回に入る。と見せかけて逆方向に横転、旋回する。

 これに彼女は乗ってきた。みなもは同様に旋回し、直人を照準器に収めようとする。


距離としてはまだ遠いだろうに。しかもなんだかフラフラしている。エルロンの使い方や体重移動がなっていないのだ。


 ああ。

 直人は確信した。


 剣技においては相当な修練を窺わせた悠紀羽だが、空戦の技量は操る式神ほど上等なものではないらしい。


 直人は何度か逆方向の旋回を行った。直人の早衛は大重量故に連続旋回は不得手なのだが、今回は別。敵機も大型なのだ。


 両者の軌道が交差しあうシザーズ。速度ベクトルを小刻みに変える機動を行った両者は、慣性の打ち消しのために大半の空戦エネルギーを溝に捨てた。すなわち、空戦エネルギー差は解消された。


 旋回した直人は横転しながら急上昇にかかった。そしてそのまま斜めの縦旋回に入る。後ろ下方に視線を投げればみなもががむしゃらな切り返しで直人の後方につこうとしていた。


 直人は縦旋回の頂点にてラダーを操作し、機体を横滑りさせて宙返りの旋回弧を斜めに切り裂く。これにより通常より早く、しかもこの場合敵機より上方で宙返りを終わらせることができる。


 ――市ヶ谷神道流『辻風』


 直人は一気に敵機後ろ上方へと食い込んだ。


 もともとは急降下に捻り込みを加えた肉薄一撃離脱戦法において用いる空戦機動。その応用として編み出された技。


 早衛部隊時代、直人が初めて教官にこれをやられた時は何が起きたのかの把握すらできなかった。今のみなももまた、あと一息で追い詰められると思った敵が空中で掻き消すように視界外へ飛び去った。そんな風に思えたはずだ。


 直人は機関銃を構えた。前方下方のみなもは気づいていない。


「え…・・・うそ、どこ!?」


 無線を通じてみなもの狼狽した声が聞こえる。その背中に機関銃弾を撃ち込んだ。

 轟然たる音が鳴り、一目連の背面に火花が散る。


 撃墜判定だろう。直人はそう思ったのだが京香の声は無い。


 やむなく横の旋回に入り、敵機と一旦距離を開ける。


 一方撃たれたことで直人の位置を把握したみなもも、逆方向に旋回した。本能的に距離を取ろうとしたのかもしれない。


 両者は正対した。ほぼ同位高度。


 みなもが機関銃を構えるのを見て直人はフラップを開き旋回を始めた。上昇から下降に転じ、進行方向が逆となる。


「なっ」


 みなもが驚きの声を上げた。


 声の様子から直人は成功を確信した。俺が視界から消えたように見えたのだろう。


 そして直人の視界、照準器には一目連の後姿が収まった。


 ――市ヶ谷神道流『燕返し』


 ヘッドオンすると見せて敵機前方で旋回し、旋回が終わった時には敵機の背後についている空戦機動。


 照準器一杯に広がった一目連に対して、直人は銃撃を浴びせた。


「勝負あり!」


 今度は京香の声が聞こえた。


 直人は機関銃を大腿部に戻すと、発動機を切って滑空を始める。


 大きく旋回することで空戦エネルギーを消費しつつ高度を下げ、速度が落ちたところでフラップを開き、地面が近づいた段階で足を前に出し、足の裏でブレーキをかけるようにして静止した。


 地面に着陸して憑依を解いた直人に向かって数人の生徒が走ってくる。先頭にいるのは情報部部長の渚だ。


「いよう水無瀬! まさか悠紀羽に勝っちまうとは恐れ入ったぜ。じゃあ早速決闘するに至った経緯から話してもらおうか」

「それについては話すことはできない。悠紀羽も同じだ」

「何? 取材料は出すぞ?」

「金の問題じゃない」

「ならとりあえず、空戦の模様から聞こうか。おいお前、部室行って茶入れて来い!」


 渚に言われた生徒の一人が走って校舎へと向かっていく。


「じゃあ俺達も部室に行こう。話しは歩きながらでも――」

「おい情報部!」


 渚の言葉は京香によって遮られた。


「私の話が先だ」

「了解! なら悠紀羽が先だな」


 そう言って渚は直人に遅れて着陸してきたみなもの方へと走っていく。


「おーいユッキーナ!」

「ユッキーナって言わないで!」


 そんな声が聞こえてくる中、直人に京香が近づいてきた。


「いや済まなかったな」


 すぐには何のことだか分からない直人に京香は続ける。


「貴様が宙返りで悠紀羽の後方を取って浴びせた一連射。本当はあれで撃墜判定だ」


 やはりそうだったのか。直人は腑に落ちた。


「ただあまりにも見事な『辻風』だったんでな。撃墜判定を言うのが一瞬遅れてしまった。そしたらまぁ、もう少し見てみるか、という気になってな」

「そういうことっすか」

「その後の『燕返し』も見事だった。ただ乱戦では控えろよ。他の敵からは丸見えだからな」

「……教官は、もしかして」

「あれほどの機動。模擬戦とはいえ、相当に鍛えてないとできない。貴様はここに来る前御佐機の乗り方をどこかで習っている」


 京香に見据えられた。


「貴様、どこから来た?」

「……」


 直人が返答に窮すると、京香は笑みを浮かべた。


「見事な機動だった。教員として褒めてやりたくてな」

「あ、ありがとうございます」

「うむ。ではもう行っていいぞ」


 そう言われた直人は京香の元から歩き出す。一応悠紀羽に念押ししておきたい。

 一方のみなもも、ついてくる情報部を無視して歩いてきていた。


「悠紀羽」


 直人は呼びかけるが返事が無い。


「約束は守ってもらうぞ」


 だがみなもは俯いたままだった。また納得いかないとか言い出して新たな条件を出されるのではと不安になった直人だったが、すぐに返事のない理由に気付いた。


 みなもは泣いていた。それに気付いた渚はすかさずメモ帳にペンを走らせる。


「約束は……守るわ」


 みなもはそれだけ言うと、そのまま校門へと歩いて去って行った。

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