16. ねぎらい
直人は後方を確認し、距離を測る。
既に射程内に入っている。だがこの大雨。堪えろ!
「散開!」
直人の声に、三機の進路が一斉に別れる。
みなもは左へ水平旋回。直人は急上昇。茜はバレルロールを始める。
いつの間にか大嶽丸は太刀へと持ち替えていた。そして茜の後方に入り、太刀を振り下ろす。
それを茜は受け止めて見せた。咄嗟に背面飛行となり、両手で太刀を支えて受ける。
太刀と太刀が触れ合う音を置き去りにして、大嶽丸は上方へと離脱していく。
ならばと降下に移った直人は機関銃を構えた。
だが、照準器を水滴がつたっていて、まともに狙えたものではない。
まずいな。太刀打ちに限られるとすると、敵機に追いつけないこちらは圧倒的に不利。
水平飛行に転じた直人の後方に、みなも、茜がつく。
この辺りは日々の訓練の成果。だが、この敵に勝つには全く足りない。
「お前達の剣の腕はなかなかのようだが、空戦では私に分があるようだな」
「そういうことはな、勝ってから言え」
「独り言の趣味はない」
そう言って大嶽丸は降下から直人達の背後につく。直人は背後を確認する。大嶽丸は機関銃を構えつつラダーで横滑りしていた。
みなも狙いか!
「みなも! シザーズから旋回しろ!」
直人の指示に、みなもは横転と旋回を行う。大嶽丸もそれに追従したかに見える。
機銃の一連射を左に見たみなもは右への旋回を始める。大嶽丸は機関銃を肩から外し、距離を詰める。
なんだ? 今から抜刀しても間に合うまい。
だが大嶽丸の目的は抜刀ではなかった。
威嚇射撃につられて旋回したみなもに追いついた大嶽丸は、機関銃の銃身を一目連の左縦翼に叩きつける。
折れ曲がる銃身と弾け飛ぶ縦翼。
更に大嶽丸は機関銃を叩きつけるようにして一目連の左翼に振り下ろした。
「きゃ、きゃぁぁぁぁぁ」
縦翼ばかりか翼端まで失ったみなもは、スピン状態で落下していく。
「みなも!」
みなもはどしゃ降りのなかに紛れて見えなくなった。
敵機は深追いせず上昇に転じている。こちらもみなもの無事を信じ、戦闘を続行しなくてはならない。
それにしても、機関銃を打撃武器にしてくるとは……。
「降参するなら、見逃してやろう」
「駄目! 私の友達を、これ以上やらせはしない!」
直人が初めて聞く、茜の怒った声だった。
「そうだ。お前は絶対に殺す」
「寿命を自ら縮めるか」
辺りは豪雨のみならず、雷鳴が聞こえ始めていた。
優位高度を取られている上に、空戦エネルギー差が縮まらない。
俺の早衛と茜の秋葉権現は高高度に行くほど真価を発揮する機体だ。
敵機の高高度性能は不明だが、今より不利になることは無い。賭けてみたいところだが……。
直人は頭上を見る。
どす黒い雲の中に、時折光が走っていた。
あの雷雲の中には突っ込めない。大嶽丸め。ここまで予想していたのか?
「直人君! 後ろに!」
いっそ俺を狙ってくれればまだやりようはあるかもしれないが……。いや、腰を砕いてはならない。まだ戦いは終わってない!
「俺に合わせろ!」
そう言うなり直人は縦の旋回に移行。その頂点にてシザーズを始める。
対する大嶽丸は茜の後方から太刀打ちを見舞う。茜は横転状態から下に滑り回避。
追い越していく大嶽丸へ直人が斬りかかるが、届かない。
二重反転プロペラと何やら煙を出している主翼が憎らしい。
大雨でなければ、機関銃でのまぐれ当たりもあったかもしれないが。
「大殺界はとゆう名の創造は、私が正当な力をもって行使する」
「絶対にさせない」
「お前達の動きはもう見切った。次で決まる」
何を勝ち誇ってやがる。必ず隙を見せる。その一瞬で殺す。
直人達の頭上を飛行している大嶽丸は降下に転じ、太刀を構える。
「さらばだ。生きる者と死ぬ者がいる。それが摂理だ」
躱せ茜!
横転から旋回に移ろうとする茜。その動きに的確に追従する大嶽丸。そしてその頭上。眩い光を放つ大剣が、大嶽丸へと振り下ろされた。
否。落雷。稲妻が大嶽丸へと落下したのだ。
「がぁっあ」
呻きつつ秋葉権現へ太刀を振り下ろす大嶽丸。だが落雷の衝撃で狙いが狂ったか。翼端の一部を吹き飛ばすにとどまる。
大嶽丸の御佐機は上半身から火を噴いていた。発動機からも黒煙が上がっている。
機体内で気化していた瑞配に引火したのだ。
「おのれ……イカヅチ……邪魔をするか、精霊ども!」
「茜!」
「大丈夫。私、できるよ」
一旦距離を開けていた直人に対し、茜は大嶽丸のすぐ後方にいる。
機体の炎上は雨により鎮火しつつある。感電による痺れも、いずれは回復する。千載一遇のチャンスは、今しかないのだ。
「斬れるのか? 茜とやら」
「斬れるよ。私だって、魔導士なんだ!」
大嶽丸は死に体。茜はその後方上につくと、機関銃を構える。超至近距離。外しようがない。
――悲しさは、去り行く人や、春の雨。
茜は香澄へ別れを告げた。
翌日。直人達は銀座に行く予定だった。これは茜の希望である。
日曜日も用事があるようなことを言っていたが、午後からであり、午前中は暇らしい。
三人は部室で待ち合わせをしていた。
「大嶽丸を倒せたのは茜のおかげだ。よく戦ったな」
「えへへ。じゃあさ、お願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「褒めてほしいなぁ」
「褒める? 凄い凄いって?」
「うーん。じゃ、頭撫でてよ」
「えっ」
直人の代わりにみなもが驚きの声を上げる。
「こんな感じか?」
頭を突き出してきた茜の髪を毛の流れに沿って撫でてやる。
「うふふ。嬉しいなぁ」
「あ、あの、私も頑張ったんだけど」
「いやお前撃墜されてたし」
「そんな! あんなのしょうがないじゃない!」
「みなもも褒めてあげて欲しいなぁ」
「みなもも頑張ったな」
「……いや私にもやることあるでしょう!」
「なんだ。お前も撫でて欲しいの?」
「それはその……逆に貴方は撫でたくない?」
「いや別に」
「なんでよ!」
「ほらほら直人君。意地悪しないで」
そう言って茜は直人の手を取り、みなもの頭に乗せる。
「こんな感じか?」
「え、ええ……ありがとう」
なんでこいつらそんなに褒められたがるんだ? 褒められたことないのか?
四秒ほど撫で、みなもが直人を見上げたところで撫でるのを止める。
「そういえばさ、直人君はどうしてあそこに助けてに来れたの?」
茜の言葉で思い出した直人は軍刀を鞘から抜く。
「俺の刀なんだが」
「夜切って書いてあるね」
直人は二か月ほど前に早衛部隊の基地跡に赴き、謎の刀を拾った話を二人にする。
「貴方の刀が、夜切という刀と一体化したということかしら」
「そんな感じだったが、夜切って刀聞いたことあるか?」
「私はないなぁ」
一方みなもは少しばかり考え込んでいた。
「……有名な刀ではないわね。昔どこかで聞いたことがあったような……ないような」
「髭切とか蜻蛉切とか似たような名前の刀あるしね」
「そうね。勘違いかもしれないけど、不思議な体験ではあるし、一応調べてみるわ」
「じゃ行くか。茜昼までなんだろ」
「うん。行こう!」
茜は見た限りでは気を落としている感じではなかった。
ならば、俺とみなもがいれば、きっと立ち直れるだろう。
銀座で二人の買い物に付き合った後、百貨店に入っている食堂で早めの昼食をとる。
ハンバーグにセロリやチーズが乗っていて、トーストもついているというのは中々に贅沢だ。
「実際大嶽丸は大殺界を起こせのかね」
「まぁ、黒金のおかげで現世と幽世の境界が不安定になっているのかもしれないわね」
「それ怖いね」
「それでも一部の大妖怪以外はできないでしょうけど」
「大嶽丸なら可能だったかもってわけか」
「大獄丸の言っていた端境とは、妖怪の住まう幽世と私達の住む現世の境界のことを指しているんだと思うわ」
「そりゃまぁ、分かれてないと困るわな」
「神社にある玉垣や磐境も、神域との境界なのよ」
「じゃあ幽世との境界は何なのかな」
「さぁ……。まぁこの世のものではないんでしょうけど」
ここで直人が注文した田楽餅が運ばれてくる。
席に座った時水ではなく温かいお茶が提供されたので、食後にと頼んでおいたのだ。
洋菓子などというのもハイカラで良いが、やはりお茶請けにはこの味噌と醤油の甘辛いたれが合う。
六個入りの皿を三人で分けつつ、直人はつぶやく。
「今日の午後は……どうしようかな」
「勉強してなさいよ」
「あー、思い出さないようにしてたのに」
「期末試験、来週だもんね」
「行きたくねぇ……」
「諦めて勉強して」
「魅乗りになろうかな」
「それは絶対にやめて」
店の外に出ると、まだ肌寒くはあるが、日差しからは温かみが感じられる。
春の陽気だ。
実際のところ、進級はできるだろうとたかをくくっているが、万が一できなかったらとても困る。
茜も、辛い戦いに立ち向かったのだ。俺も、辛い戦いに立ち向かわねばなるまい。
直人は期末試験に立ち向かう覚悟を決めた。
Tips:首都警備隊
首都警備隊は内務省警視庁警務部内の治安組織である。前身は同じく警視庁警務部に所属した特別警備隊であり、市ヶ谷クーデター後、置き換える形で創設された。その存在意義は首都圏で発生した反政府テロ、重犯罪の鎮圧である。
GHQとの条約で日本軍は都内への部隊配備を大きく制限された。更には首都圏で大規模なテロが発生したとしても軍隊の投入にはGHQの許可が必要であり、即応性に欠ける。
そこで市ヶ谷は警視庁の戦力を大幅に強化する事で、これに対処する事を決定した。
もともと東京府、東京都は警視庁に対し予算以外の権限を持たなかったが、現在ではそれすら剥奪され、警視庁及び首都警備隊は完全に市ヶ谷大本営の直轄組織となっている。
また組織構成こそ警視庁の下部組織であるが、武装は軍隊以外の何物でもなく、軽戦車や装甲車を保有し、人員も旧市ヶ谷機関の地上部隊へ更新されている。
ただし後にGHQが首都圏の警察戦力についても制限を設けてしまったため人員不足に陥っており、テロ組織や反乱軍残党の首都圏流入を防ぎきれていない。
あくまで軍隊ではないという位置付けのため御佐機の配備は予定されていなかったが、帝都共産主義テロ事件の後、御佐機の配備が決定。しかも最新鋭の疾風が配備された。