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15. 端境

 直人は咄嗟に大きく腰を落とし、剣先を地面に触れるか否かのところまで下げた。


 銀座での戦いでこの敵手が繰り出した技を分析し、対策を考えた。敵の魔剣、零閃はいくつかの技術の複合技だが、その中でも起点となっているのが膝落しつらくだ。


 練習してみて気づいたのだが、膝落には膝の下にスペースが必要である。つまりスペースがなければ、零閃は撃てない。


 勿論、敵が零閃で仕留めに来るとは限らない。しかし、対策を打たねば零閃を破ることはできない。


 朝倉は先の戦いと同様中段に構えていた。一方の直人はすり足で一気に距離を詰める。


 ――『地摺りの青眼』

 古流剣術においても奇策に近い戦術である。


 太刀を極めて低い位置に取り、素早く相手との距離を詰める。不意に迫られた敵はがら空きの頭上に誘われ上段から打ち込んでいく。しかし攻撃が届くより先に下段から跳ね上がった切っ先に喉元ないし鳩尾を貫かれ敗北することになる。

 というのが基本的な理念だ。


 無論、地摺りの青眼への対応策も存在する。

 例えば、腰を低く落とし身を屈める。


 これをやられると、直人から突きを繰り出しても決定打にはならない。距離が近すぎるのだ。殺傷力を確保するためには相応の加速距離が必要となる。


 手首を返してから斬り上げに転換し、腰の回転を利用して強引に斬るという選択肢もあるが、そんなことをしている間に斬り殺されることは間違いない。

 致命箇所である喉笛はこの位置関係だと顎が邪魔になって狙えない。


 が、朝倉は今以上に腰を落とそうとはしなかった。


 よし。こいつはまだ零閃ぜろせんを繰り出す余地を残そうとしている。ならば突かせよう。突かせた上で対処する。


 ただし、神速の突き技に対して飛び下がりつつ斬撃などと小ざかしいことを夢想していては、後退中に突き倒される。


 敵の行動は予想した。ならば、敵が考える時間を増やす意味はない。


 直人は上体を起こし、上昇する重心と共に突きを繰り出す――ふりをした。


 朝倉は即座に反応し、を繰り出す。


 風を巻いて馳せる迅雷の切っ先。朝倉が左手に持つ太刀の先端が一瞬早く直人の喉を撃ち抜いた、はずだ。直人が完全に突きの体勢に移行していたならば。


 直人は突きを放ってはいなかった。太刀を垂直に持ち、左腕でそれを支える。


 朝倉の切っ先は直人の太刀の腹にぶつかって軌道が変わり、直人の首筋を掠めていた。

 生身ならこれでも致命傷になったかもしれないが、互いに御佐機に憑依した状況ではそれはかなわない。


 唯一この防御姿勢では両目だけが守れないが、冑の外から正確に目を穿つのは非常に難しいし、致命傷になる保証もない。


「何!?」


 朝倉が驚いた声を上げる。


 直人はすかさず太刀を前に押し出し、鍔迫り合いのような体勢に持ち込む。


 更にはそこから瞬時に太刀を左上段に構える……素振りを見せる。朝倉はすかさず後退し再度突きの体勢に入らんとする。


 が、最早直人にとっては敵が何をしようが構わなかった。


 直人は足の裏で硬い地面を踏みしめる。鉄杭の如く足場を食い締める下肢、これに体重を乗せ、胸を右肘で突く。進駆の勢威を乗せた打撃。戦闘重量にして早衛の半分に満たない零精は大きくのけぞるようにして吹っ飛んだ。


 朝倉が突き出した切っ先が早衛の肘から手の甲にかけて切り裂いたが、装甲を穿つには至らない。


 直人は今度こそ太刀を立て、左足を踏み出すと同時に敵の肩口に斬り込んだ。体重を乗せた一撃は零精の薄い装甲を叩き割り、確かなダメージを与える。

更 には沈んだ重心を持ち上げるようにして喉元に突きを放つ。止めとするつもりだったが、敵は首を動かして回避する。


 ならばと太刀を右上段に持ち上げると、敵の左肩めがけ、ただただ威力を重視して斬り下ろした。物打ちは零精の装甲を穿ち、内部にまで破壊をもたらす。


 勝った。


 朝倉は気絶したのか、痛みで立てないのか、膝をつき動かなくなった。


 直人はすぐにみなもの援護に入ろうとする。


 だが朝倉が倒されたことで攻め込むしかなくなった隼が右上段から斬り込むものの、みなもがすっと斬り間を外したことで宙を斬り、直後、みなもの太刀を首に貰い倒れ伏すところだった。


 あれは致命傷だろう。


 直人は視線を朝倉に戻す。


 技というものを有効に活用するためには、状況への配慮が必要である。遍く全ての技にはそれを用いるのに適した状況、適さない状況がある。

 零閃はいくつかの条件が揃って初めて実現する絶技であったが、魔剣の領域には至らなかった。


 朝倉の敗因は突きにこだわったこと。


 それに付け加えるならば機体性能の差。具体的には機体の大きさと出力。朝倉が憑依する二号零精の身長は五・五メートルに満たず、機体出力は平均的。それに対し早衛の身長は六メートルあり非常に高い機体出力を持つ。


 体当たりで零精が大きく吹き飛び、体勢を立て直すことができなかったのは、式神と旧式化した精霊機の性能差が出たと言える。


 ……止めを刺すか。


 直人がそう思って零精に近付こうとした瞬間、発砲音がして零精が爆発炎上した。


 発砲音がした方を見れば戦車がこちらに砲身を向けている。あれに撃たれたらしい。


 首都警が来たのか。思ったより早かったな。……ちょっと待て、これ下手すると俺も撃たれないか?


「撃つな! 俺は味方だ!」

「直人、太刀を納めて!」

「それだ!」


 直人は慌てて納刀する。

 それと同時に背後の直会殿から人々が出てくた。


「警官さん! この人達は違う!」

「テロリストを倒してくれたんだ!」


 いいぞ。これで撃たれることはないだろう。そう判断した直人はすかさず離陸を始める。茜が心配だ。無事だといいが。


「茜の助けに行く!」


 そう言いつつ背後を見れば、みなももまた離陸するところだった。気持ちは同じだったらしい。


 茜と大獄丸の戦いは、未だ決着がついていなかった。

 その理由の最たるは明らかに悪天候にある。


 大雨で視界が非常に悪い。まだ夕暮れだと言うのに、夜中のような暗さだ。


 神代においては山を黒雲で覆い、暴風雨や雷鳴、火の雨すら降らせたという大妖怪。現代に魅乗りとして出現しても、大雨くらいは造作もないということか。


「坂上に封じられて千と二百年。ようやく現世に復帰できた」

「いますぐ幽世に送り返してやるよ」

「気遣い無用。大殺界を起こし、この世界を幽世とする」

「大殺界!?」

「はったりだ。そう簡単に起こせるものか」

「禍津日神が破壊した端境は未だ直りきっていない。お前達を墜とし、人々を贄とし、我が宿願はなる」

「させない!」


 茜が突っ込んでいくが、大嶽丸は機首を上げてそれを躱すと、一気に上昇していく。


 速い!


 茜と同位高度にあり上昇力は秋葉権現と同程度かと思ったが、速度が違う。


「茜! 後ろにつかれるぞ!」


 縦の旋回に入った大嶽丸は、鋭い旋回で茜の後方へ向かう。


「直人君!」

「ダイブで逃げろ! こっちこい!」

「わかった!」


 茜は横転すると下方に旋回しつつ進路を変える。


 これで高度優位は敵機に譲ることとなった。

 これはやむを得ない。集団無意志とやらで敵機はエース並みの技量を有していると思われる。

 上昇力が互角なら昇るのが上手いのは向こう。


 そもそもこちらは俺とみなもは遅れて昇ってきている。上を取られているのは仕方がない。


 優位高度を抑えられている場合どうしても後ろを取られてしまうので、一機が狙われている間に他の二機で攻撃し、取り囲んでしまうのが理想だ。


「バレルロールしろ!」


 大嶽丸が茜の後方につこうとしていた。


 速度差が相当にある。だったら振り切るよりオーバーシュートさせるべき。


 茜は巧みな機動で銃撃を躱す。そして追い越していった大嶽丸へ射撃するが、あっという間に射程外へ出ていく。


 直人も太刀打ちに備えて抜刀するが、大嶽丸は直人の頭上をすさまじいスピードで通過していった。


 その時確かに見た。


 二重反転プロペラ! それに翼から煙が出ていた。


 被弾している様子はない。あれは一体……。それにあの速度。時速八○○キロ近く出てるんじゃないか?


 再度縦の旋回に入る大嶽丸。


 次は仕留めに来るな……。下に逃げるか?

 だがそれをやると確実に逃げられる。そうなれば大殺界を止めることができない。


 やはり勝算を捨てるべきではない。ならば二手に分かれるか?

 いや、それもない。十中八、九茜が狙われる。戦力は分散すべきではない。


「二人とも俺の列機につけ」

「わかったわ!」

「今行く!」


 合流した直人達の後方から、大嶽丸が急接近してきた。

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