14. まつろわぬ者達
頭部を失った九七式が崩れ落ちる。
「宇田川……何をしている!?」
霊精が驚愕をもって問いかけた。だが隼はそれには答えない。
「俺は阿久良。大嶽殿、お久しぶりですな」
「な……あ、阿久良……阿久良王か! お前魅乗りだったのか!?」
「いかにも」
「なぜ隠していた!? そして何故信岡を斬った!?」
「鬼が人を殺す。自然な摂理に何故問いを投げる?」
「お前は……同志を殺したのだぞ!」
「共産主義とやらに興味はない。寧ろ、お前はどうして人の思想に染まった? 野衾よ」
「なんだと……お前、もしかして我々を謀っていたのか!?」
「いかにも。人の生み出す秩序に不順。俺達の目的は大殺界ただ一つ」
「そうか……大嶽丸」
なお呼ばれた大嶽丸が口を開く。
「この中に八体の魅乗りがいる。聞けばこの間銀座でテロ騒ぎを起こしたという。あまりに不可解だ」
「妖怪は共産思想と親和性が高い。お前には理想の素晴らしさが理解できないのか」
「共産思想とやらに入れ込む妖怪が一体ならば、物好きな妖怪もいようという話。だが、同時に複数、しかも人間とつるんで活動するなどあり得ぬ話。野衾。お前の思想は、自らの内から湧き出たものか?」
「……そのはずだ。私は誰からも搾取されぬ平等な世界こそが理想であると、そう信じてきた」
「やはり奇妙だ。人にとってのより良い世界など、我ら妖怪には益体もない。人間どもを支配するというのなら、理解もできようが」
「ならば我ら魅乗りが統制すればいい。人でない我々だからこそ万人に平等な社会を――」
「洗脳でもされたか。話にならぬ。人の作る物質社会に価値はない」
そう言った大嶽丸は太刀を抜き、数歩移動する。そして一瞬事態が飲み込めていないテロリスト二人が両断された。
「う、嘘だろ」
「こんな……先にこいつをやれ朝倉ぁ!」
朝倉と呼ばれた男もやむを得ないと思ったのか、太刀を抜き大嶽丸に向ける。だが大嶽丸はそれに応じようとはせず、代わりに隼が間に割って入った。
突如、テロリストの一人が痙攣し、白目を向く。だがそれも数秒の事で、すぐに目つきは平常へと戻る。いや、少し目が座ったか。
「共産主義とやらに傾倒する妖怪は無視しろ。人間は襲え。それが鬼というものだ」
先ほど痙攣したテロリストが手に持つ歩兵銃を他のテロリストに向け、引き金を引く。
「岡崎……まさか」
「温羅。呼びかけに応じ参上した」
「鬼が……召喚されている!? 俺達はまだ何もしていないぞ!?」
「お前達が鬼を呼べというのでな。呼んでやったまで」
「生贄は……生贄は神道関係者だったはずだ!」
「人間は贄とする。当たり前のこと。誰もかれも同じことよ」
「俺達も生贄……? 妖怪は共産的社会の理解者ではなかったのか!?」
「まだそんな世迷いごとを言っているのか。人のあらゆる主義も、思想も、我ら妖怪には価値が無い」
そう言ったあと、大嶽丸の声が少し笑った気がした。
「我ら鬼こそ、まつろわぬものぞ」
また一人痙攣し、白目を向いたかと思うと元に戻り、死を行う。人がまた一人死に、鬼が、魅乗りが一人増える。
「金平鹿。お初にお目にかかる、大嶽殿」
テロリスト達は恐慌状態に陥っていた。
「あいつを撃て! 撃て!」
温羅と名乗った魅乗りに複数の銃弾が殺到する。それらは確かに胴体に命中したものの、温羅は倒れなかった。
「ば……化物……」
そう言って後ずさる男の胸に穴が開く。後ろのテロリストが銃を発砲したのだ。
「魃鬼。推参」
最早共産主義者達に組織的戦闘など不可能であった。そもそも誰が味方で誰が敵なのかも判然としない。ある者は小銃を投げ捨て、ある者は拳銃を闇雲に撃ちながら逃げ出していく。言ってしまえばこの殺戮現場から逃げ出すのがただの人間といったところか。
凄惨な現場だが、この状況はそう悪いものではなかった。
敵の数は大幅に減少した。御佐機が一機減ったのも大きい。そしてこの場に残ったのは魅乗りだけであろう。わかりやすくなった。
人の身で今宵の襲撃に参加した共産主義者の大半が死に、残りは逃亡した。鬼達はそれを深追いしようとはしなかった。
「阿久良以外の同胞は引け。じきに首都警が来る。人間どもは私が殺り、同胞の召喚、大殺界の贄としよう」
その言葉に、魅乗り達はこの場を立ち去っていく。その中には鬼以外の妖怪、共産主義思想を持って今宵の襲撃に臨んだ魅乗りもいるはずだが、それらはもう戦意を持たぬようだった。彼らが今何を考えているのか、直人には知る由もない。
共産主義だとか鬼だとかはどうでもいい。だがあの零精の動向は気になる。魅乗りである以上味方であるはずがないが、もしこの場を立ち去るならば引き留めない方がいい。
「野衾。お前はどうする」
茫然自失したかのように立ち尽くす朝倉に大嶽丸が声をかける。
「……平等なる世界こそ理想。これは私が魅乗りとなってから常に頭にこびり付いていた。だが、今やそれは果たせず、まして妖怪と共産主義の親和性などというのはまやかしだったようだな」
「祀り捨てられた私達に人間社会との親和性などあり得ない」
「なぜ理想を持ったのか、出どころすらわからない。ことこうなっては初心に戻り、大殺界で人を平等に殺すとしよう」
「それでこそ妖怪。否。それしかないのだ」
やはり……! 魅乗りは何がどうあっても人間に危害を及ぼすのだ。
「俺が零精をやる。茜は隼を、みなもは大嶽丸を頼む。だが殺さなくていい。時間さえ稼げば上等だ」
敵は三機。まず零精は強い。機体というよりそれを操る魔導士の技量によるものだ。
隼は未知数だが、機体性能自体は知れている。魔導士の技量がどうであれ、茜が守りに徹すれば敗けはしないだろう。
問題は大嶽丸。
田村は魔導士としての訓練を受けていないはずだ。
だが、集団無意識とやらで、他の魅乗り、特に鬼の記憶を共有できるという。
故に実戦経験のある魔導士の記憶を持っている可能性がある。
この間普通に飛べていたところからも、少なくとも一端の魔導士としての実力は備えているだろう。
空戦となった場合はやっかいかもしれないが、陸戦ならばみなもはそう引けを取るまい。
動きを制限するだけならば十分果たせると期待できる。
だが、事態は直人の思い通りにはならなかった。
「直人君……大嶽丸とは私が戦う」
そう言ったのは茜だった。
「お前それは……」
「いいんだよ。だって私も、魔導士だから……」
「お前急に」
「急じゃないよ。ずっと考えてた」
その声は落ち着いていた。だだの少女ではなく、魔導士然としていた。
「茜、そうだとしても、貴方が戦う必要は――」
「私だって悔しいよ!」
天真爛漫な茜にとっては珍しい負の感情が籠った声だった。
「後悔だってしてる。でも今は、戦う」
茜の憑依する秋葉権現が大嶽丸へと歩を進める。
「せめて、香澄の身体は返して」
それを本気と受け取ったか。元々一歩下がった位置にいた大嶽丸は何歩か後退。参道に至ると、こちらに右半身を晒し離陸を開始した。それを追うように茜も離陸する。
良い判断だ。離陸する大獄丸の発動機かプロペラを撃とうにも木々が邪魔をするし、確実な距離でもなかった。
さっさと離陸してしまうのが上策。……落ち着いているな。
ここは茜を信じよう。
直人は零精に向かって歩を進めた。こちらは逃げる様子はない。地上戦に臨むと見える。
「お前の魔剣、破ってやりたいと思っていた」
「我が零閃は一撃必殺。汚名返上の機会に感謝しよう」
「あの技、零閃ってのか」
「愛機から一文字取った」
両者の間合いはじりじりと詰まっていく。二回踏み込めば斬り込める距離だ。
一方のみなもと隼も互いに斬り間を外したまま睨み合っていた。
「その機体。名のある式神とお見受けする」
「引くというなら追わないわ。でも来るというのなら斬る!」
「いいぞ! 鬼と魔導士は常にこうでなくては! 綿谷千利。またの名を阿久良。魔導士よいざ鬼退治に参られい!」
「……悠紀羽みなも。参る」
それを聞いて直人も口を開く。
「負けっぱなしは趣味じゃねぇ。剣法水無瀬流。水無瀬直人」
「ふふふ……鏡心栄流。朝倉隆一。またの名を野衾」
テロの終幕は名乗りあっての決闘だった。




