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11. 魔導と士道

 月曜日は雨だった。無論、この雨は大嶽丸とは関係ないだろうが、嫌でも昨日の一件を思い出す。


 そのせいか、いや、それはいつものことかもしれないが、直人はいまいち授業に身が入らないまま放課後を迎え、旧校舎へと来ていた。


 今日、茜は学校には来ていたし、表向き元気な風ではあったが、自ら喋ることは少なく、普段彼女を見ている者であるならば、心ここにあらずなのは明らかだった。


 おそらく、ずっと考えているのだ。昨日のことを。これからどうすればいいのかを。


 直人はそれに対する答えを持ち合わせている。だがそれは直人にとっての答えであり、茜のものではない。


 雨の日というのは本当にやることがない。旧校舎の教室でこたつに足を突っ込んで寝そべった直人は、昼休みにしたみなもとの会話を思い出す。


 茜は昼食を食べ終わると、図書室に行くと言って一人で立ち去ってしまったので二人だけで会話したのだ。


「鬼ってなんなんだろうな」

「妖怪の一種でしょう」

「鬼って種類が多いだろ? 例えば河童って言ったら川にいて頭に皿があってキュウリ食ってるイメージだが、鬼っていろいろいるだろ」

「ああ、そういうこと」


 みなもは腑に落ちたように頷く。


「鬼は元々人々に災禍をもたらす荒ぶる神だったと言われているわ。神の荒々しい側面が鬼であったとも言われている」

「元々は神か」

「ええ。鬼が全体として強力なのはそのためね」

「でも今は邪神ってほどじゃないよな」

「基本的に現世に現れる邪神達はその力を大幅に減じているの。ただ、記紀みたいな公的文書に記述されていたり、人々の記憶に強烈に刻まれているものはその地位を確保していたみたい。『八岐大蛇』が最たる例ね」

「大嶽丸もその類か」

「ええ。大嶽丸は神代には神と呼べる霊格だったはずよ。実際に鬼神と称している文献もある」

「とんでもないものを封印してたんだな」

「でも、あまり強力ではなかったものや、新たに現れた反逆神とか荒ぶる神達は、もはや神を名乗ることはできなかったのね。今の『鬼』のイメージはどちらかというとこっち」

「邪神の中の弱いやつか」

「そうよ」

「新たに現れた反逆神とか荒ぶる神ってのは?」

「仏教により伝わってきたのが主ね。夜叉とか羅刹とか」

「聞いたことあるな」

「『おに』の語はおぬ(陰)が転じたもので、元々は姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味したらしいわ」

「なんか大嶽丸もそんなこと言ってたな」

「言ってたわね。あれやっぱり日本で最も古くからいる鬼の一体、大嶽丸なんでしょうね」

「お前妖怪詳しいな」

「日本神道に詳しいのよ! 妖怪マニアみたいに言わないで」

「……何が起きたんだろうな」

「なんで大嶽丸が呼び出されたのかってことよね」

「ああ」

「単なる事故なのか。それとも市ヶ谷の研究員に魅乗りがいて、意図的に復活させたのか。大嶽丸は騙したようなことを言ってたけど、本当だとすればどうやったのかがわからないし」

「ま、魅乗りの言うことなんざまともに受けあっても仕方ないけどな」

「そもそも妖怪というのは集団無意識に従って動くのよ。禍津日神もそうだったけど、現れた以上人間に危害を及ぼすのは当然」

「ああ」

「貴方は大嶽丸のこと、どうするつもり?」

「どうしようもないというのが本音だな。どこにいるかわからんし」

「もし目の前に現れたら斬るのかしら」

「……茜が傍にいなければ」

「その後茜には黙っておくということかしら」

「それしかないだろうな」

「ああ、あの、咎めてるわけじゃないのよ、私は。私としても香澄さんの時だけ都合よく解決策が見つかることはないと思う。だったら鬼による被害ができるだけ少なくなるように動くべき。私達は魔導士だから」

「そもそも、どうやって勝つのかも問題だしな」

「……香澄さんは魔導士の経験ってなかったわよね」

「そう言ってたな。だから、御佐機で飛べていたのが不気味だ」

「もしかしたら、集団無意識のおかげかもしれないわね

「集団無意識ってのは、こないだの球根の話か」

「そう。あの考え方に則れば、球根の中には全妖怪の経験が蓄積されていることになる

「じゃああれか。その球根にアクセスできれば、他の妖怪の知見をカンニングできるってわけか」

「その可能性は否定できない。ただ、そんなことができるのは一部の大妖怪だけでしょうね」

「大獄丸なら可能ってわけか」

「あくまで仮定の話よ。ただ、実際に飛べているあたり、眷属たる鬼達が現世で得た知見くらいは習得しているかもしれないわね」

「なるほど……。鬼に乗っ取られた魔導士もいるだろうからな」

「エース魔導士の記憶を盗んでいるとしたら、手強いわね」

「まぁどう手強かろうと俺が勝つけどな」


 ここでしばし沈黙が訪れる。


「その、もし私が魅乗りになったら、貴方は斬るのかしら」

「……」


 直人は眼を細めた。それは単に一瞬逡巡しただけのことでみなもを睨んだつもりはなかったが、みなもは少し身を縮こまらせたように見えた。


「そうはさせねえよ」

「そう……そうよね」


 少し顔を赤らめたみなもはちょっと嬉しそうだった。


 結局みなもが魅乗りになったらどうするのかという問いには答えなかったな。まぁ、考えたくもないというのが本当のところか。


 つまり茜はその考えたくもない状況に追いやられているわけか。難儀だな。


 直人がそんなことを考えていた時、廊下から足音が聞こえてきた。


「直人くーん」


 茜の声だった。


「入るね」


 そう言いながら茜は扉を開け、教室に入ってくる。みなもは一緒じゃないらしい。それを見て直人は起き上がった。


「ちょっと相談に乗ってほしくてさ」

「相談? それならみなもの方がいいだろ」

「直人君の方がいいんだよ」

「俺?」

「その……直人君は相川さんって人と仲良かったんだよね」

「ああ。兄貴みたいな感じだったな」


 そう言われて直人には相談の内容がわかった。


「禍津日神ってのに乗っ取られたんだよね」

「ああ」

「すごく強かったんだよね」

「そうだな」

「斬っていいのかとか、自分にできるのかとか、思わなかった?」

「思ったぞ」

「やっぱりそうなんだ。でも、最後には倒したんだよね」

「それ以外になかったからな」

「斬る以外に無い、か……。それが魔導なのかな」

「魔導、か」


 直人は、早衛部隊で習った考え方を頭に浮かべる。


「生と死の狭間にあること。戦うことを止めぬ覚悟。だったか」

「そういう風に習ったね」

「あと士道ってのもあったな」

「死ぬ覚悟を内に秘めて恥じない生き方をすること、だったっけ」


 魔導、士道とは日本魔導士の倫理・道徳と価値基準を示した思想の事を指す。直人は早衛部隊にて教わった。


「まぁ俺初めて魔導と士道という概念を聞いた時、意味がよくわからなかったんだけどな」

「私も。いきなり覚悟って言われても難しいよね」

「魔導はまだしも、士道はな。だから後で相川隊長のところに行って詳しく説明してもらったんだ」


 そもそも魔導士とは生と死の狭間で生きる存在だ。剣を持ち、一対一で向かい合っていれば、生死の境など薄氷のように頼りない。剣を抜いたその瞬間から生と死の狭間にあることは感覚的にわかる。


 では士道は? もう一度死ぬ覚悟をするのか?


「相川隊長は、人は戦うべき時に戦わなければ、一生後悔するって意味だと言ってた」

「戦うべき時……」

「人にも自分にも恥じない生き方を覚悟する。だったかな」

「自分に恥じない生き方かぁ」

「そうやって生きる覚悟をする時は、すなわち死ぬ覚悟もしている時だから、やはり魔導と士道は表裏一体なんだってさ」

「生と死の狭間ってわけだね」

「まぁこれ相川隊長としての解釈が入ってるらしいけど、俺は腑に落ちたから、俺もそう考えてる」


 ただし、直人が本質的に理解できたのは黒金と戦った時だ。


 黒金はかつての恩師であり、強敵であったが、だからと言って戦うことを諦めてしまっては、先に逝った仲間に顔向けができない。それは恥であり、魔導に背き、士道不覚悟ということになる。


「私にもちょっとストンときたよ」


 茜は微笑んだ。


「魔導士の士は鎌倉時代までは師匠の師って書いたんだとさ。それが今の字になったのは、士道の意味が込められたかららしい」

「それも相川隊長に教わったの?」

「ああ」

「物知りな人だね」

「全くだ。尊敬してたし、本当にいろいろ教わったよ」


 日本という国で生まれてしまった茜が魔導士たろうとするならば、魔導、士道という考えから逃れることはできない。恥じない生き方をするというのなら、金輪際魅乗りを斬るのはやめると心に誓うか、大嶽丸を斬って田村香澄の仇を討つか。この二つしかない。


 しかも前者は魔導士をやめるということなのだから、事実上選択肢は後者しかないのが魔導士の辛いところだ。まさに生きる覚悟が要求される。


 だからといって覚悟などすぐに決められるものではないし、この件に関しては放置ということになるだろう。


「直人君かっこいいなぁ」

「え、俺?」

「うん」


 茜の顔は真剣だった。直人は少し恥ずかしくなる。


「今の全部相川隊長の受け売りだぞ」

「でも直人君は自分の考えとして実践したんだよね」

「まぁ、それしかなかったからな」

「私も……覚悟を決めないとね」

「斬るのか」

「わかんない。ただ、香澄はもう、いないんだね……」


 茜の目が若干潤んでいるのがわかり、直人も物悲しい気分になる。


「多分香澄は魔導士になりたかったんじゃないかなぁ。だから私は制服着てる時は会いにいかないようにしてたけど、もっと会いに行けば良かったかなぁ」

「……さあな。まぁ気持ちは伝わっていただろ」

「そうだよね」


 結局茜は泣かなかった。もしかしたら家で枯れるまで泣いたのかもしれない。


「直人君は、私のこと好き?」

「はぁ!?」

「あ、いや、と、友達、友達って意味だよ! えへへ……」


 驚きと緊張から後半部分はよく聞こえなかったが、要は勇気づければいいんだろう。


「俺はお前の味方をする。最悪の場合は守ってやる」

「あはは、まぁみなもに悪いよね」

「なんでみなもが出てくるんだ?」

「なんでだろうね」


 そう言いながら茜は立ち上がる。


「キャッチボールでもしてくか?」

「考えたい事があるから今日は帰るよ。今度野球しようね」

「わかった。じゃあな」


 茜が部屋から出ていき、直人は一人残される。


 隣の教室で素振りでもするか。直人もまた軍刀を握り、部屋を後にした。

Tips:魔導と士道

 魔導士が持つべき精神性であり、魔導は『生と死の狭間にあること。戦うことを止めぬ覚悟』。士道は『死ぬ覚悟を内に秘めて人に恥じない生き方をすること』であるとされる。

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