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9. 廃病院の噂

 直人が真白に写真のネガを渡しに行ったのは翌週の土曜日のことだった。


 新宿まで行くのに電車賃もかかるし、せっかく行くのだったら新宿の街を散策してみたいと思ったからだ。それは半ドンの土曜日か休日しか叶わない。それにどうせ新聞社に行くならついでに次の依頼を受けたいところだが、前回行ったときは動死体の噂だけだったのだ。ある程度期間を開けないと空振りに終わってしまうかもしれない。


 土曜日の午後、学食で昼食をとった三人は中央線で新宿に向かう。


 いくらになるのかは気になるというみなもと、買い物がしたいという茜もついてきて、三人で中央線に乗っている。


「ねぇねぇ、ネガ渡した後で水戸國屋寄りたいなぁ」

「水戸國屋? なんだそれ」

「本屋さんだよ」


 新宿にあるでかい本屋……そういえばそんな話を以前にも聞いた気がする。


「本買いたいのか?」

「うん。今日発売なんだよ」

「どんな本なんだ?」

「小説だよ」

「小説か……どんな内容だ?」

「探偵小説、かなぁ」

「なんで曖昧なんだよ」

「茜が今日買おうとしているのって銀幕シリーズの五冊目よね」

「そうだよ」

「あれは探偵小説というより恋愛小説……」

「た、探偵小説だよ! 発売中止もそれで乗り切ったんだから!」

「発売中止?」

「二年位前に銀幕の三冊目が発禁になりかけたのよ。その……ちょっと描写が問題視されてね」

「描写が? まさか……」

「いやらしくはないよ!」


 残酷描写がと言いかけたのだが、言う前に否定された。


「声が大きいわよ!」

「あっ……うう……」


 周りの視線を感じ、茜は赤くなって俯いてしまった。


「まぁ男の人が読んでも面白くないと思うわ」

「みなもも読んでるのか」

「茜に借りたのよ。熱心に勧めてくるから」

「どんな話なんだ?」

「大学の演劇部に入ってる主人公が、実は裏で探偵やってるって話だよ」

「推理シーンとか読んでると寝そうだな」

「直人が読むなら剣豪小説とかの方がいいでしょ」

「そうだな」


 中央線が新宿駅に滑り込み、直人達はホームへと出る。電車は満員というほど混んではいなかったが、新宿の駅前は相変わらずの雑踏だ。


「人多いなぁ」

「新宿駅は利用者が日本で一番多いらしいわよ」

「マジかよ……つまり人混みに慣れる修行にはここが一番いいってことだな」

「そういうことになるかしら。私は人混み自体避けたいけれど」

「そういえば水戸國屋ってどこにあるんだ?」

「四越の近くだから、大帝都新聞からも近いよ」

「四越?」

「百貨店だよ」

「新宿にも百貨店あるのか」

「四越と伊勢録の二つかな」


 新宿は銀座に負けず劣らず大きな建物が多かった。自動車の往来という点では銀座以上ではなかろうか。うっかりしてると轢かれそうだ。


 大帝国新聞の建物へ着いた三人は、前回同様受付に用向きを言って待機する。ほどなくして真白が階段で降りてきた。


「写真は撮れたのか? そもそも死体はあったか?」

「死体が動いてました! ネガを見てください」


 直人は真白にカメラを渡す。真白は慣れた手つきでネガを取り出すと、天井の白熱電球に向けてかざした。


「ふーむ。確かにこれは死体……か。首から上が無いようだが」

「そいつら首を斬らないと死なないんですよ」

「動かなくならないということか」

「そうです」

「なんだこれは。途中から真っ暗じゃないか。わずかに人影のようなものが映ってはいるが」

「ちゃんと撮りましたよ!?」

「見てみろ」


 真白に促され直人もネガを透かして見る。確かに、ネガは途中から真っ黒だった。


「暗い場所で撮ったんじゃないか?」

「洞窟でした」

「しまったな。言ってなかったが、基本的にこうした小型のカメラは暗い所じゃ使えないんだ」

「えっ」

「露光時間を増やすという手もあるが、その場合は三脚が必要になる」

「露光時間?」

「まぁ暗い場所で露光時間を増やしても根本的な解決にはならないがね。一応後でやり方は教えておく」

「樋口さんは三脚持ち歩いてるんですか?」

「一人で取材に行く時は持っているよ。報道用の大型を使うときはフラッシュを焚くがね」

「フラッシュ……?」

「買い取れるのは初めの二枚だけだね」

「ええ~」

「五十円出そう」

「死にかけたんですよ俺達!」

「危険手当を加味した額だ。ま、何があったか話してくれ」


 うーむ。まぁ仕方がないか。みなもと茜は取材料はいらないと言っているし、五十円でも大金ではある。今後も仕事が貰えるなら、そちらの方がいいだろう。


 直人は真白に奥多摩で動死体と戦った話をした。


「にわかには信じられない……というか最後の白衣の女と手足が十本だかある死体の件は必要だったのか?」

「作り話じゃないんですって!」

「そうそう、びっくりしたよね」

「実際、直人の話に嘘はありません」


 みなもと茜も同意してくれる。それでもメモを取っていた真白はすぐに信じるとは言わなかった。


「確かめに行こうにも、その洞窟はもう埋まってしまったと」

「はい。でも他に出入り口があるはずです」

「そこも埋められてるんじゃないか?」

「確かに……」

「これだけで記事にするのは難しいが、また似たような事件が起きた時解決の糸口になるかもしれない。初めての取材にしては上出来だよ」


 そう言って真白は直人に十円札を五枚渡した。


「さて、次の依頼を聞く気はあるかい?」

「勿論」


 前のめりになる直人に対し、真白は手帳をぱらぱらめくると、とある頁で手を止めた。


「深川区に幽霊が出るという噂の廃病院がある」

「動死体といいなんかオカルトばっかじゃないっすか?」

「眉唾すぎて人員を割けないネタを斡旋しているからね」

「そんなの記事になるんですか?」

「ならない時は、知り合いのゴシップ記者に売る」

「もっと犯人逮捕とかそういうのないんですか?」

「私はブンヤだぞ。そういうのは警察に任せておけ」

「あ、そっか……」

「廃病院の噂というのはな、誰もいないはずなのに、物音がしたり、火の玉が見えたりするらしい」

「もろ幽霊っぽいですね」

「変死体も出た。手術の最中に死んだような遺体だったらしい。警察が病院内に入ったが、その時は何もなかった。最近は近くに池もないのに夜になると霧が出るらしく、そのせいもあるのか不気味な噂が絶えなくて、地元の人間も近寄らないそうだ」

「俺は何をすればいいんです?」

「噂の真相を突き止める……のが理想だ。人間の仕業であった方が、記事の書きがいもある」

「人間の仕業?」

「物音がするとかいう話も、今風に言えばポルターガイストだが、まぁホームレスが住み着いたとかそのあたりだろう」

「その場合はホームレスの写真を撮ればいいですか?」

「そうなるね。ま、その場合大した額は出せないけど。心霊写真の方が、君としては嬉しいかもしれないね」

「露光時間を増やせば幽霊も撮れるんですか?」

「それはたぶん関係ない」

「死体の次はホームレスですか」

「取材なんて地味な作業ばかりだよ」

「わかりました。行ってきます」


 不満を言っても他に依頼があるわけでもなさそうだし、適当に廃病院を探検して人の住んでる形跡でもあれば写真を撮る。無駄骨にはならないだろう。

 直人がそう思っていた時、階段から男性が一人降りてきた。


「おお樋口、お前今晩空いてるか?」

「はい。特に予定はありませんが」

「よし。なら天気の記事書いてくれ」

「私がですか?」

「ああ。元八王子の雨、止まないらしい。連続降雨量としては観測史上最多だってさ。明日の朝刊に載せたいが、田口が風邪ひいててな。代打を頼みたい」

「承知しました。すぐにかかりましょう」

「資料は田口の机にあるから。文化面も落とすんじゃないぞ」


 男はそう言って元来た階段を上っていく。


「じゃ、私も仕事があるから。廃病院の写真が撮れたらまた来てくれ」


 真白もまた階段へと姿を消す。


「……ねぇ、今の話」

「どうした」


 茜が不安げな顔をしていた。


「香澄かもしれない」

「…あり得るわね」

「どういうことだ?」

「香澄、研究は八王子の方でやるって言ってたよね」

「確かに言ってたが、それだけで田村と関係あるって言えるのか?」

「こないだ、香澄が封印してる鬼は雨を降らせる力があるって言ってたよね」

「そういえば、言ってたな」

「もし本当にそうなら、香澄さんが封印している鬼というのは大獄丸だったのかもしれないわね」

「大嶽丸?」

「止まない雨を降らせたという伝説を持つ大物妖怪よ。鬼雨の語源でもある」

「ねぇどうしよう。鬼の力が暴走しちゃってるのかも」


 鬼の力を制御する方法を模索した結果、失敗して鬼の力が暴走した、か。あり得そうな話だ。

 神霊を呼び出そうとした結果邪神を呼び出してしまい壊滅した早衛部隊と通ずるものがある。


「調べに行くか」

「え?」

「もしその大嶽丸ってのがいるなら元八王子のどこかなんだろ。しかも式神の研究施設ってことは街中にはない。御佐機で飛びながら人里離れた場所にある施設を片っ端から調べていけば、見つけられる」

「……確かに、一日あればいけるかもしれないわね」

「い、今から行けるかな」

「夜に飛ぶと危ない。研究施設を探すのも難しい。明日にしよう」

「そうね。私は家で八王子方面の地図がないか探してみるわ」

「明日探して研究施設っぽいものが見つからなければ、元八王子の大雨は田村とは無関係ってことだ」

「そっか。でももし鬼がいたら」

「もし鬼がいてもそれが田村とは限らないけどな」


 魅乗りになった人間は元には戻らない。故にもし田村の姿をした鬼がいたとしても、斬る以外にない。

 直人はそう思ったがそれは今言うべきことじゃない。


 帰り道に明日の午前八時には旧校舎に集まることを決め、三人は家路についた。

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