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7. 選公帝

「離陸許可」


 審判の声に御佐機が一斉に離陸していく。


「今日はあのジェット御佐機じゃないんだな」


 直人はエリザに向かって言う。


「あの機体は機体特性のデータ採り用の実験機。アンダーパワーなのは当たり前です! あれが私の実力だと思わないでください。それを証明しに来ました」


 エリザが今憑依している機体が高名なbf109であることは間違いない。ドイツ人四人組のうち三機がbf109。残りの一機はFw190であろう。敵の作戦がどうであれエリザは間違いなく俺を狙ってくるだろうから、当面相手にしなければならないのはbf109の方だ。


 bf109はE型が四一年に日本に輸入されており、その性能は明らかになっている。設計コンセプトは小型の機体に強力な発動機を積み、速度と上昇力を重視するというものだ。


 無論、エリザが自信たっぷりに乗っている機体はそこから更なる性能強化を図った型に違いなく、その長所はより進化していると想像される。


 早衛はターボチャージャーを搭載しているため高度六千メートル以降なら性能的にこちらに分があると思われるが、交戦開始高度は四千メートルであり、そこまで上昇できるかどうか。


 それにしても……直人は隣を飛んでいる京香の方を見る。


 その見た目は零精に間違いない。しかし早衛の上昇にも平然とついてきている。


 思ったより昇るな……。それに発動機が一回り大きい気がする。それに合わせ発動機マウントの形状も異なっているような……。


 友軍機への誤射を避けるため零精の写真は早衛部隊で飽きるほど見た。その記憶に基づいた感想だが、まぁ実際のところは終わってから鳴滝教官に訊くしかないか。


「試合開始。交戦許可」


 審判の声に、直人は敵機と正対するように進路を変えた。


 御佐機の装備する魔導機関銃は、銃床を肩部に押し当てて魔力を伝送する必要上、正面しか指向できない。

 一見して不便に思われるが、機銃の固定化による命中率の向上。薬莢の不在による装填数の増加。反動の吸収などのメリットも存在する。


 特に命中率の向上は大きい。

 一般に固定機銃の命中率は旋回機銃の七倍とされる。


 確かに、互いに高速で三次元に動き回る空戦において、銃口を振り回したところで当たるとは思えない。


 今は彼我共に武装は機関銃のみ。

 御佐機を正面から射撃しても効果は薄いため、模擬空戦におけるヘッドオンは様子見と言える。


 敵機bf109の現高度での速度と上昇力は如何ほどか。

 直人はエリザの挙動を窺っていた。


 実際のところエリザの憑依するbf109はK型と呼ばれ、四四年九月から生産が始まった新型である。

 史上初めて量産された精霊機bf108をベースに開発され、八年にも及ぶ長期間に渡りドイツ空軍の主力を務めたbf109。その決定版がG型であるが、K型はそこから更なる魔改造を施され、もう一次元上の速度と上昇力を手に入れた。


 外見上の特徴はG型より引き継がれた背中から腰までの出っ張りである。


 直人とすれ違う直前でエリザは横転に入り斜め下を通り抜けていくと、後方で縦の旋回に入る。一方京香は敵機の手前で旋回に入り、敵四番機の後方に付いた。


 鳴滝教官の分隊は自由に動くという作戦だった。俺はエリザとその二番機だけ気にすればいいだろう。


 直人もまた縦の旋回で進路を変えると、またもエリザと正対する。


 敵機の方が高度が高い。これは上昇力で負けている。


 実戦なら空戦エネルギー差を解消すべく太刀打ちを誘うところだが、今は太刀がない。


「下方に旋回するぞ」


 茜に向けて指示を出した直人は降下から縦の旋回に入るが、対するエリザもすれ違う手前で横転し、斜めへ上に上昇していた。


 それを見た直人は縦の旋回をやめ、大きく横に旋回して進路を変える。正対したいが難しいだろう。下手をすれば速度を失う。


 側面上空から突っ込んでくるエリザに対し、直人は横転し、斜め下方に回避する。


 これは後ろにつかれるな……。


 あのメイドが憑依している二番機の方はまだマシだが、エリザの機体は驚異的な機動性を有している。あの零精よりも小さな機体に、よほど強力な発動機を積んだのだろう。上手く無線で意思疎通を図っているのか二番機の方も援護できる位置についており、付け入る隙は見当たらない。


 直人は京香の指示通り、旋回しつつ降下することにした。これにどういう意図があるのかは分からないが、現状では打開策を打つことができない。


「茜、降下して増速しつつ旋回する」

「鳴滝教官が言ってたやつだね」

「そうだ」


 直人は敵機との距離が詰まらないよう注意しつつ、旋回降下を始めた。


 基本的にしばらくは逃げ回るしかないが、起死回生の手はある。降下しつつ徐々に増速していき、敵機を引きはがすのだ。


 bf109は小型の機体に液冷発動機を積んでおり、空戦エネルギー保持率は相当に高いはずだ。いたずらに上昇下降を繰り返してもこちらだけが空戦エネルギーを喪失し、詰みの状況に陥るだろう。


 だが、制限速度に関してはこちらに分があるのではなかろうか。早衛の主翼は剛性が高く、時速八百キロでも引き起こしが可能。茜の秋葉権現に至っては急降下制限速度が設けられていないらしい。


 そんなはずはないのだが、以前直人が茜に「秋葉権現の急降下制限速度ってどのくらいなんだ?」と聞いたところ「ないんだって」と返ってきたのだ。


 実際のところ時速八百キロでの引き起こしに耐えていたのは後日確認済みだ。


 高度は二千五百ほどまで下がった。敵もそろそろこちらが螺旋を描いていることに気付く頃だ。そうなればこちらの動きに先回りされる。一旦急降下して距離を開けるべきか……。


 直人がそう考えた時、不意に無線から審判の声が聞こえてきた。


「ドイツ三番機、撃墜判定」


 後ろを見ると、零精がbf109の後方から引き起こすところだった。


 ……そうか! 鳴滝教官は俺と茜を囮にしている!


 空中で大きな円を描くように降下する俺や茜を追って旋回に入るドイツ機に対し、そのやや上方にいる鳴滝教官は好きなタイミングで円周に割って入り背後を取ることができる。


 鳴滝教官は敵の三番機が自分に背を向ける一瞬のタイミングで銃弾を叩き込み、即座に旋回上昇に入ったのだ。


 零精は初期型こそ時速六二〇キロの速度制限があったが、現行の量産型では七四〇キロまで引き上げられたと聞く。ならば確かに七○○キロ弱で降下し続ける直人達に追従することも可能ではあろう。


 だが、実際はそう単純な話ではない。


 互いに七〇〇キロ近い速度で飛んでいる状態で側面から機関銃を当てるのは生半可な腕ではない。


 また、敵の三、四番機は幾度となく鳴滝教官を牽制し、攻撃を仕掛けようとしていた。それらを上手くいなしつつ、優位高度を渡さずにいたのだ。


 加えて零精は高速域での運動性が良くない。それをわかったうえでの一連射からの旋回上昇だったのだろうが……。


 凄まじい腕だ。


 鳴滝教官がそれ程の技量の持ち主なら急降下する前にやることがある!


「旋回するぞ」


 言うや否や直人は降下をやめ急旋回を始めた。一瞬遅れて敵機も旋回に入る。


「急降下する」


 直人は手持ちの空戦エネルギーをある程度失ったところで急降下に入った。地面が近づき、速度がみるみる上がっていく。


「ドイツ四番機撃墜判定」


 偶然にもその言葉が合図となり、直人は機体を引き起こして緩い上昇に入った。それに続いて茜、エリザも引き起こしに入る。


 その瞬間。エリザの憑依するbf109K型の主翼が根元から折れ空中分解した。


 なにぃ!?


 驚いた直人だったがその後方から二番機が手を伸ばし、エリザを救出する。そしてそのまま減速し、地面へと降下していく。


「ドイツ二番機より神楽坂Platoonへ。当機は降伏し速やかに着陸する」


 あのメイド少女の声だった。


「今のが『車懸かりの陣』だ」


 続いて京香の声が聞こえた。


 あのエリザという少女はなかかなに強敵であった。まぁどちらかというと恐ろしいのはその精霊機の方であったが。


 bf109を順当に進化させた機体だったと思われ、これといった弱点は見いだせなかった。最後の最後に露呈した弱点が、主翼の剛性不足だった。


 直人が着陸するとドイツ人は四人とも憑依を解いていたが、直人の興味はもう別のところに移っていた。


「鳴滝教官!」


 さりげなく歩き去ろうとする京香を直人が呼び止める。


「俺と決闘してください!」


 賛辞や感謝を述べるのもまどろっこしかった。ただ者ではないということは分かった。そして本人にも自覚はあるはずだ。ならば意図は伝わるはず。


「断る」


 だが直人の申し出はにべなく断られた。


「今回は教育の一環と思って飛んだが、私的な理由では飛ばん」

「じゃあ俺を教育して下さい」

「予科の御佐機操法で飛行訓練は課程外だ」

「えー、じゃあ空戦部っての作るんで、顧問になって下さいよ」

「悪いが私は忙しい。二科目持ってるのは私だけだしな……。ドイツ人は適当に帰しておけ」

「そこをなんとか!」


 なおも食い下がろうとした直人だったが、京香は無視して歩き去っていった。


 ため息をついた直人はとりあえずドイツ人達の方を見る。エリザがこっちに来いとでも言いたげに手のひらを上に振っているのでとりあえず歩み寄ってみる。


「卑怯ですわね! あんなエースを仲間にいれるなんて! ヤパーナってのは騙し討ちが好きなのかしら!?」

「鳴滝教官が凄腕だなんて知らなかった。大体四対四を希望したのはそっちだろうが」


 まぁ、エリザの気持ちもわからないではない。


 空戦のスコアは鳴滝教官が二で他七人は全て零だ。直人も基本的に逃げていただけなので、あまり勝ったという感覚はない。まぁエリザは勝手に自滅したから自らの負けを否定はできないと思うが。


 当のエリザは「ぐぬぬ」とでも言いそうな表情を浮かべている。


「エリザ様。我々の負けです。ここは引き下がるのが筋かと」

「Ich verstehe!」≪わかってます!≫


 エリザは直人に向き直る。


「今日のところは帰りますが、貴方としても不服でしょうから、また来てあげます! 素直にまた勝負することですね!」


 そう言って歩き去ろうとするエリザを直人は呼び止める。


「ちょっと待て! 空戦代払っていけ!」

「はぁ? そんなの持ち合わせているわけないじゃないですか」

「それでしたら」


 メイド少女はメモ帳を取り出すと何やら書いてちぎって直人に渡す。テレサ・クラウゼとカタカナで書かれ、住所が併記されていた。


「私の住所です。ここに請求書をお送り下さい。銀行に振り込み致します」


 住所を見れば本当に立川に住んでいるらしい。それならまぁ郵送が著しく遅れるということはないか。


「ちゃんと払えよ」

「勿論です」


 そう言ってドイツ人達は車の方へ向かい、走り去っていった。

Tips:魔導機関銃

 御佐機の装備する魔導機関銃は、銃後方の機関部を肩部のコネクタに押し付けることで機体から魔力を伝送してもらい、動力としている。魔力が伝送されてきた段階で初弾が薬室に送り込まれ、逆に魔力が伝送されなくなると、バネの力で弾は弾倉に戻る。射撃時の装填も魔力によって行われている。

 これは魔導士と御佐機の親和性を上げるための処置であるが、上記の理由から御佐機は自身の正面、飛行時は進行方向にしか射撃することができない。

 一方で副次的なメリットも存在し、反動の軽減や、薬莢の不在による装填数の増加。機銃の固定化による命中率の向上などがある(固定機銃の命中率は旋回機銃の七倍とされる)。

 また、魔導士が御佐機の飛行状態を知るために搭載されるジャイロ計器と照準器を連動させることで、自機の機動に合わせて光像を移動させるジャイロ照準器の開発が進められている。

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