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2. 入学

 翌朝、直人は神楽坂にある魔導士予科学校の敷地内を歩いていた。今日から入学するためだ。


 神楽坂魔導士予科学校は魔導士の育成機関である。


 なお、現在では魔導士とは御佐機に憑依できる人材のことを指す。すなわちこの神楽坂予科は御佐機の乗り手を育成する学校ということになる。


 御佐機の発明は一九二〇年代初頭。その数年前、ドイツで人間を霊体化させる基礎理論が確立される。


 これは同国の魔導士が古くから精霊を使い魔として使役していたことと合わさり、精霊を大きな人型として顕現させ、そこに魔導士が憑依することでそれを操るという人型兵器に発展した。これが御佐機である。


 当初は名のある高級精霊しか御佐機となれなかったものの、三〇年代前半のドイツで人工的に作られた低級精霊を使用した量産可能な御佐機の開発に成功。すぐに日本でも量産化が始まる。


 日本においては古来使役されてきた名のある神霊を用いた御佐機を『式神』。人工精霊を用いた量産型の御佐機を『精霊機』と翻訳した。


 御佐機の登場は日本にとって僥倖だった。神霊の顕現ならば日本では式神という名で古来行われており、技術的蓄積が存在した。


 しかも資源のない日本においても、御佐機の原料となる魂鋼だけは豊富に産出した。


 御佐機は陸戦だけでなく、発動機と翼を用いることで飛行が可能。人工精霊を用いた精霊機の量産が可能となったことで戦闘機という分野は消失。普及した精霊機がその後釜に座った。


 式神と精霊機の違いとして性能差の他に、式神を持つ魔導士ならば従来どおり式神の力を借りて魔術を発動する事ができる点がある。とはいえ 御佐機そのものの戦闘能力に比べればおまけ程度に過ぎず、現代の戦争の主役は量産可能な精霊機が担っている。


 そして日本の魔導士を統括していた市ヶ谷機関はそのまま御佐機を統括する組織となった。


 戦前、陸海軍は独自の航空隊を持っていたが、それぞれが保有するのは攻撃機や爆撃機のみであり、最重要戦力である魔導士と御佐機は市ヶ谷の所属。必要に応じて出向という形を取っていた。


 非効率と言えるこの形式であるが、魔導士の育成は市ヶ谷でのみ行われており、御佐機の開発や改良には市ヶ谷の技術が不可欠。そのため確固たる戦力と影響力を保持したい市ヶ谷の意向が停戦まで通り続けた。


 大陸戦線で魔導士達が多大な戦果を上げ続けたことで、市ヶ谷機関はその勢力を拡大。魔導軍を名乗り、陸海軍に続く第三の軍事組織と化した。


 そして日本の敗北が決定的となった一九四四年七月、市ヶ谷はクーデターを起こす。翌、八月には大英帝国に対して条件つきの撤退を打診。停戦条約が結ばれる。


 海外領土の割譲と進駐軍の受け入れを条件に、大英帝国は魔導士集団『市ヶ谷』の日本国内における指導的立場を認めたのだ。


 平安時代から七五〇年余り。魔導士達は常に政治組織に影響力を持っていたが、遂に日本を支配する時代がやってきたのである。


 現在市ヶ谷機関は統治組織『大本営』を名乗り、無期限の軍政を敷いている。


 そしてお膝元である東京都内への新規居住は市ヶ谷関係者を除いて禁止されている。直人は東京にいると思われる仇を探すため、一部経歴を詐称して神楽坂予科の入学資格を得たのだ。


 都内に居を構えるには市ヶ谷の許可を得る他に無い。


 因みに予科という事は本科が存在するわけだが、それが空軍士官学校である。即ち神楽坂予科の生徒は将来の士官候補生であるわけだが、扱いは一般人であり階級も存在しない。


 直人は入学試験後の説明で、予科では基本的に座学|(基礎学問の数学や物理、化学、語学など)だけを教育する。制服も学校独自のものを着用すると言われていた。


 神楽坂予科の敷地内。コンクリート二階建ての校舎の一階。女性教師によって、今日からどれくらいの期間かは分からないが過ごすことになる教室に案内される。


「私は鳴滝京香。貴様の担任だ。受け持ちは世界史と御佐機操法」


 その女性教師からは少し煙草の臭いがした。二〇代前半ほどの若い女性でその容姿はどこか退廃的。だがYシャツは糊が効いてパリッとしている。


 京香に続いて直人は教室に入った。


「今日配属になった転入生だ。挨拶しろ」

「水無瀬直人といいます。よろしくお願いし――ま、す」

「どうした?」

「い、いえ。何でもないです」

「では、何か言いたいことはあるか」

「ないです」


 趣味は俳句ですと言おうかとも思ったが、以前の仲間にはどうにも評判が良くなかったのでやめておく。


「では席に着け。この列の最後尾に空席があるだろう。お前のものだ」

「わかりました」


 教室を歩きつつ、直人は先ほど目があった女子生徒に視線をやる。やはり。間違いない。昨日風呂場で遭遇した少女だ。その証拠にこちらを睨んできている。


 何たる偶然。そして嫌な予感がする。後で謝りに行くべきか。できれば人のいないところがいい。


 そう思いつつ席に座ると、京香が教卓に出席簿を置いた。


「まぁ転校生とは良い感じにやれ。人間関係の構築も軍では大事だ。それともう一つ。市ヶ谷からお触れが来ている。悠紀羽、どうした」

「……なんでもないです」

「転校生を気にするのは休み時間にしろ」

「そ、そんなんじゃありません」


 あの少女は悠紀羽というのか。


「話というのは最近流れている噂のことだ。空軍要人が突然精神異常をきたしただの、市ヶ谷の御佐機が理由も無く一般市民を虐殺しただのという」


 京香は苦笑いした。


「まぁ根も葉もないとまでは言わないが、噂に尾ひれがついて一人歩きした類だ。それと、これらの異常事態が起きる際には黒い御佐機が目撃されているという噂もある。だが、市ヶ谷は黒い塗装の御佐機を飛ばした覚えは無いし、進駐軍機に帝都上空侵入を許した覚えも無い、だとさ。私が、というか市ヶ谷が言いたいのは、貴様達は気にするな、ということだ。ただ、万が一黒い御佐機、或いは航空機を見た場合は、速やかに私か警察に通報しろ」


 教師が「根も葉もない噂とまでは言わない」と言ったのは、大本営のやり方を鑑みてのことだろう。発足当時、各地で反乱を鎮圧している。


 だが、直人にはこの噂について別の心当たりがあった。黒い御佐機というのは俺が追っている『黒金』のことだろう。


 直人はもともと『早衛部隊』という非公式の実験部隊に所属していた。その部隊の目的は、式神になるような上級精霊よりもさらに上、所謂『神』を顕現させ御佐機にすることについての研究だった。


 研究はある程度成果を上げ、一つの神を複数に分割することで、式神並みの性能を持つ量産型御佐機、つまりは精霊機を作り出すことに成功した。これは画期的な兵器となるはずだったのだが……。


 どうやら良くない神を呼び出してしまったらしく、隊員の一人がその神に乗っ取られ、裏切ってしまった。それに気付いた時には部隊は壊滅。その後交戦したものの、結果的に早衛部隊は直人を残して全滅という憂き目にあっている。


 なお、黒金というあだ名は、乗っ取られた隊員の御佐機が黒く変色したことに由来する。


 やはり奴は東京にいるのだ。必ず殺す。直人は決意していた。


 昼休み、謝罪に赴こうかと思った直人だったが隣に座っていた男子生徒に話しかけられた。


「よう転校生。食堂の場所は分かるか?」

「ああ。今朝購買でパンと牛乳を買った」

「ああお前寮住まいか。給食は食堂だし一緒に行こうぜ。俺は情報部部長、早峰渚だ。よろしく頼むぜ」

「よろしく」


 早峰渚と名乗る男子生徒は小柄な少年だった。白い肌。長い髪。中性的というか下手をすると少女的ですらある風貌。


「待て、俺も行くぞ」


 そう言って来たのは渚の前に座る男子生徒。


「俺は野球部の久瀬健児だ。よろしくな」

「ああ」


 久瀬健児は直人ほどではないが大柄な男子生徒。野球部らしく丸刈りだった。三人は連れ立って食堂へ向かう。


 今日の給食は米と麦七対三の飯。芋の入った味噌汁。焼き魚と芋や豆の煮物だった。食器の乗ったお盆を持って座席を確保した三人。食べ始めると早速渚が口を開いた。


「お前を昼食に誘ったのはだな。情報部の宣伝のためだ」

「それは部活か? どういったものなんだ?」

「ない中等部もあるんだよな。うちじゃ学芸部には、情報部や講談部、演劇部、自動車部なんかがあるな。体育部だと野球部とか柔道部、陸上競技部とか」


「日本男児なら野球だぞ、野球」


 健児は言った。


 野球は六大学野球や中等学校野球大会、通称『甲子園』を初めとして日本では大変人気のあるスポーツであり、戦況が風雲急を告げた昨年でさえもプロ野球の興行は行われていた。


 早衛部隊時代に教官達が野球中継を聞いて騒いでいるのを見たこともあって、直人としても野球に興味はある。


「野球部、入らんか。お前はパワーもありそうだし、大歓迎なんだが」

「いや待て俺の話が先だ」


 遮った渚は情報部の紹介を始めた。


「情報部の活動は、校内紙の発行と、情報の売買、交換だな」

「情報の売買?」

「ラーメン屋台の位置から気になるあの娘のスリーサイズまで」

「ほんとかよ」

「試しに買ってみるか?」

「今は持ち合わせがな」

「交換でもいいぞ。例えばお前がどこから来たのかとかな」

「やめておけ水無瀬。与太話の売り買いなんて下らん事はな。気になる女がいるなら乾坤一擲、ストレートを投げ込んでやればいい」

「変化球も大事だと思うがねぇ」

「恋愛感の差異は認める。だがいずれにせよ、男だったら腕一本で勝負だろうが!」

「脳筋には理解できんようだが、今の時代情報は大事だ。部員になるのも歓迎だぞ」


 渚の勧誘を遮るように、健児が少し身を乗り出す。


「なぁ水無瀬、悪いことは言わん。情報部は止めておけ。うちには去年まで新聞部があったんだが、無くなっちまった。情報部にくびり殺されたと皆――」

「それこそ下らん与太話だ。証拠があんのかよ!」

「新聞部員が泣いとったわ!」

「痴情のもつれだろ」

「しらを切るか、女々しい奴め。相も変わらず同じ男とも認めたくないような見てくれの男だ」

「てめーこそ野暮ったい顔しやがって。フェイスはどう考えても俺の方がいいだろが」

「ふん。男は顔じゃない。ハートだ」

「趣旨変わってんじゃねぇか」


 ひとしきり言い合いを終えた二人は改めて直人に向き直る。


「とりあえずどうだ? 今日の放課後見学に来ないか?」

「ま、色々見てから決めた方がいいのは確かだ」


 直人は黒金を倒すまで、部活動に精を出すつもりはなかった。いつ出現してもいいように備えなければならない。だがまぁ。見学ぐらいなら良いだろう。


「そうだな。じゃあ今日は野球部を見てみるよ」

「よしきた」


 こうして昼食を終え、直人達が教室に戻ろうとすると、教室の手前で悠紀羽と呼ばれた少女が待っていた。


「水無瀬君」


 ……やはりきたか。昨日の苦情だろう。やはり謝っておかねばなるまい。


「ついてきなさい」


 そう言って少女は歩き出す。直人はその後に続いた。


「行ったらダメだ転校生!」

「愛の告白とかじゃねーぞ絶対」


 後ろから渚と健児の話し声が聞こえてくるが、そんなことは直人だって分かっている。どこに向かうのかは分からないが、謝罪する良い機会だ。


 廊下ですれ違う生徒達が若干奇異の目で見てくるが、少女は構わず廊下を進んでいく。直人はただついていくだけだ。


 裏口から出て連れて来られたのは校舎の裏だった。周囲に生徒は見当たらない。


 突然立ち止まってくるりと振り返った少女は直人に人差し指を突きつける。


「貴方に決闘を申し込むわ!」

「……なに?」

「決闘って言ったのよ。果たし状も書いてあるの」


 そう言って少女は持っていた封筒を直人に渡した。『果たし状』と書いてある。


「決闘? なんでそうなる。まぁ謝らせてくれ。昨日は悪かった」


 直人は背筋を伸ばして頭を下げた。


「いいえ、ダメよ。謝って済む問題ではないの」


 そう言われて、直人は一旦頭を上げる。


「どうすればいい」

「決闘よ」


 何故なんだ。別に危害を加えたわけじゃないじゃないかと直人は思った。


「決闘って何をするつもりなんだ?」

「決まっているでしょう? 剣よ」

「剣!?」

「貴方は御佐機を使っていたのだから、剣の一本も使えるでしょう」

「だからって決闘せんでも。たかが裸を見ただけじゃねぇか。減るもんじゃなし。悪かったって」


 黒金との戦闘前に怪我でもしたら堪らない。そう思っての発言は少女の逆鱗に触れたらしい。


「なっ……もう許さないわ!」

「ちょ、いや悪かった! その節は申し訳なかった」


 直人はもう一度頭を下げる。


「私の、その、裸は、そんなに安くないの」


 顔を紅潮させた少女は言い放つ。


 対応をミスったか。直人は言い訳してみることにした。決闘沙汰はできれば避けたい。


「そもそも……あれは事故なんだ」

「事故ねぇ……」

「本当の事なんだ。事故でもなけりゃ空から落ちてきたりはしない!」


 直人の弁解に少女は目を細めた。


「その点が不可解なのよ。貴方は何者?」

「何者と言われても……」


 直人はいぶかしむ。この学校に入る課程で若干経歴を偽装したが、悠紀羽がそれを知るわけではないだろう。


「反政府の活動家かしら?」

「そんな事はない」

「どうかしら。うちにはレーダーが置いてあるの。昨晩所属不明機が一機だけ映った。そして貴方が落ちてきた」


 レーダーを個人所有とは。このようなご時勢とはいえ、贅沢なことだ。


「昨日うちの御佐機と交戦したのは貴方でしょう」

「……」


 認めたくは無かったが、これは言い逃れできないだろう。落ちた場所が最悪だった。


「そうだ」

「我ら悠紀羽に喧嘩を売るなんて、やっぱり反政府組織でしょう」

「それは断じて違う」


 裸を見たことを咎められるのかと思ったら、やっかいな嫌疑までかけられてしまった。だが俺は反政府勢力ではない。


「なら理由を教えて頂戴」

「それは……」


 信じてもらえるだろうか。早衛部隊は非公式のものだし、やっていたことも割と荒唐無稽だ。


「私は悠紀羽家の巫女として、悠紀羽家と交戦した理由を知りたい。だから私が勝ったら貴方の事情を教えてもらう。納得できない理由だったら反政府勢力として通報するわ」

「決闘を受けなかった場合は」

「勿論すぐ通報するわ」


 ……だよな。


「……俺が負けたら、昨晩の墜落について話すことになるのは分かった。なら俺が勝ったら?」

「その時は昨晩の件は不問にしてあげるわ。早い話が忘れてあげる」

「昨日の一件は黙っていてくれるという事か?」

「その通りよ」


 悠紀羽は一方的な被害者であるにも関わらず、俺が勝てば免責? つまりは、この女、絶対に勝つ自信があるということか。しかしそうは言っても選択の余地は無い。


「受けよう」

「あら。そうこなくては。ふふふ。私を辱めた罪、剣を以って贖わせてやるわ!」


 直人にはなんとなく少女が考えていることが分かった。


 つまるところこの決闘には仕返しの意味もあるのだ。昨日の事件に対して自ら制裁を下してやりたいという意図が。だからこそ決闘という回りくどい手段を取ったのだろう。どうやら相当に恨まれている。勿論すぐに通報してしまっては、本当の理由を聞けなくなるという事もあるのだろうが。


「では時間と場所の指定はその紙に書いてあるわ。遅れないように」


 そう言い残して少女は立ち去った。残された直人は封筒の中身を取り出す。


 『果たし状。私、悠紀羽みなもは水無瀬直人に決闘を申し込む。本日十五時半に中庭で待つ』


 あの女子生徒の下の名前は『みなも』と言うのか……。

 行かないという選択肢は無い。そして負ければ黒金打倒の悲願が果たせなくなる可能性がある。勝たねばなるまい。


 一人残された直人もまた、その場を後にした。

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