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19. 大殺界

 黒金は高度差が千メートルほどになった段階で急降下してきた。


 高度差千メートルというのは優位高度側が仕掛ける目安とされる。千メートルの高さを急上昇できる御佐機など存在しないし、逆に優位高度側は三秒程で敵を射程に収められるのだ。


 機体が頑丈で、急降下制限速度が速い早衛ならばその時間はさらに短い。


 逆にそれ以上高度差が詰まると、空戦エネルギーの優位を減らすことになる。


 この教科書通りの行動は、直人も予測できていた。直人も急降下を開始する。まずは速度だ。速度を得なければ始まらない。


 急降下しつつ、直人は後ろを振り返る。黒金はもの凄いスピードで迫ってきていた。三十ミリ機関銃を構えているのが分かる。


 まずは背後につかれているこの状況を何とかしなければならない。後ろにつかれている以上、勝機など永遠に訪れない。


 黒金との距離が三〇〇メートルを切った段階で、直人はバレルロールを始めた。


 早衛は横転性能が高い方だが、今回は敵機と機体性能が同じなのでその優位性は無い。それでも高速機のオーバーシュートを狙う最適の機動がバレルロールだ。


 黒金が背後から撃っている機関銃の重い発射音が聞こえるが、直人は針路を変えずに射弾を回避する。いつもより機体が軽い。みなもによる破障の呪いは確実に効果を及ぼしていた。


「直人、戦争にまみれた世界は醜い。度し難いほどに醜悪だ」

「だから滅ぼすだと?」

「そうだ。神として見るに耐えん」

「させるか。俺はこの世界で生きる!」

「その身勝手が人の業だ。今この瞬間にも、世界では何万リットルの血が流れているんだよ」


 あざ笑うかのように言う黒金は、急上昇に転じる。すかさず直人は機体を水平に戻し、緩やかな上昇に移った。


 やはり深追いはしてこないか。奴にとっては大殺界が完成しさえすれば勝ちなのだ。無理をして俺を仕留める必要は無い。高空に留まっていれば、邪魔をできる存在などいないのだから。


「この星は美しい。全ての神が為し得なかった理想郷を、俺が作り出す」

「お前の趣向がこの国を滅ぼし、世界すら滅ぼす。正当化されると思うのか?」

「それこそが傲慢なのだ。新たな世界に、お前達全ては無関係だ!」

「無関係な世界に殺されてたまるか!」


 もともとは討論など苦手とする知能の直人だったが、今は言い返せる。式神が智恵すら貸してくれているかのようだ。


 直人がしばらく上昇していると、黒金が再度急降下してきた。直人も対応して急降下に入る。そして黒金接近と同時にバレルロール。


 黒金もバレルロールして射線を合わせようとする。生半可な手は通用しない。


 直人は次なる手として連続した急旋回による蛇行に入った。それに少し遅れて、黒金も 蛇行に入る。並行に飛行する双方の軌跡が交錯する。故にシザーズ。


 直人にとって、かつて無いほど鋭い機動だった。直人は右に左に機体を動かし、はぐらかす。時折黒金が放つ三〇ミリ弾は、一発たりとも直人を捕らえない。


 絶対に黒金の照準器の中に入ってはならない。敵の現在位置を予測しろ! 射線を読め! 俺と黒金の御佐機は同じ。機体性能は完璧に把握している。敵の動きを把握することは可能なはずだ。


「この世界をリセットし、戦争の無い世界を作る」

「だったら戦争が無くなるように力を使え!」

「人が人である限り戦争はなくならん! イザナギとイザナミが作った日本人すらそうではないか」

「だから滅べと? 納得できねえよ!」


 黒金が真後ろから迫ってくる。直人は百八〇度ロールして下向きのループに入った。スプリットSと呼ばれる機動。Uターン終了。敵機と正対、距離二〇〇メートル。


 絶妙なタイミングだった。これより遅ければ撃たれていた可能性が高い。破障の呪いのおかげで式神の感知能力がより五感で感じられる。しかも動作を意図してから機体が反応するまでのタイムラグが無い。自分の身体を動かしているような感覚だ。


 直人は黒金の腹下を通過する。その直前に、視線が交差した気がした。


「やけに動きがいいな。人間」

「人間の可能性ってやつだよ」


 直人は再度スプリットSを行い、上昇を始める。二度のスプリットSにより高度は落ちたが、速度は飛躍的に上がっている。


 黒金が上昇しているのが見えた。黒金は直人が上昇してくるのを確認すると、降下に入った。直人と黒金の空戦エネルギー差が解消されつつあるからだ。無論、黒金はジャトーによって空戦エネルギーを回復できる。


 だが、エネルギー差が零に近くなった以上、再び差をつける前に直人に後ろにつかれる可能性がある。その可能性が排除できない以上、黒金は直人と正対せざるを得ないのだ。

 

遂に、黒金と正対することに成功した。空戦エネルギーが不利な状態には変わりないが、こちらからも攻撃することは可能になった。


「正義と正義の衝突。これぞ戦争。直人、お前も今戦争をしているんだ」

「そうとも! お前に殺される人間は二度と出ない!」

「人の愚かさの象徴こそが国境。不公平の無いよう、一斉に滅ぶしかあるまいよ」


 直人は上昇しつつ機関銃を放つ。だが三〇ミリという大口径弾も早衛の強固な正面装甲を貫通することはできない。鎧の各部に当たった弾も火花を上げるのみ。


 機関銃を構える直人。太刀を右肩に担ぐ黒金。両者の距離はぐんぐんと詰まる。


「落ちろ!」


 黒金が言い、太刀を振り下ろす。その瞬間、直人は機関銃を捨てると、左手で腰の鞘を掴み、右手で太刀の柄を握った。それと同時に、発動機の回転数を下げ、両膝を腹の下へと持ってくる。まるで空中で屈みこむかのような姿勢。


 空戦エネルギー不利。機体は同一。敵方にはジャトー。後ろを取ることは不可能と言っていい。ならばヘッドオンに活路を見出すしかないが、一挙動の必殺技、剣法水無瀬流『天地』は見切られた。


 ならば直人には勝ち目が無いのか。否。技法、それは必ず存在する。そのための武術、そのための剣術なのだから。


 直人の速度が急激に落ちたことで、黒金の太刀は空を切る。対する直人の太刀は、鞘から滑り出しつつあった。


 ――座の居合い。


 日本には着座状態での剣術が存在する。これは古流剣術に見られる体系だ。対して現代の魔導士は座の居合いは勿論立ち居合いすら習わない。現代の戦場おいて居合いを用いる有用性など皆無だからだ。よって相川隊長、すなわち黒金は座の居合いを知らない。


 黒金の上を行くには奇襲効果を持った技で意表をつかなければならない。ただし空中で出せるような一挙動の技であり、それでいて剣法水無瀬流 『天地』よりも更に奇策である必要がある。


 直人ですら数年間練習しておらず、忘れかけていた技を茜が思い出させた。知らぬ者からは想像の埒外と言える軌道を描く剣撃。


 生じる問題は、真っ向勝負で既に武器を構えた相手に居合い斬りで挑む場合、神速の抜刀術が必要となること。そのための体捌きと発動機操作のタイミング判断は、破障の呪いによって一体化した式神と協力して行う。


 これが直人の出した解答だった。


 直人は再度発動機の回転数を上げる。推進力に押され、地上で行うのと同様、足腰が前へと戻っていく。そこで抜刀。即斬。


 一刀にて敵の首を打ち飛ばす。地上においては、自分が相手より大きい場合相手の顎が邪魔となる首切りだが、今は何一つ障害は無い。直人の方が低空にあるのだから。


 空中戦において、劣位高度であるからこその手段。


「ちぃ――」


 だが黒金は超反応で対処して見せた。咄嗟に左肩を突き出し、装甲の厚いところで受けたのだ。もともと発動機を止めて空戦エネルギーを減らした状態での一刀。黒金へのダメージは極めて軽微。両者はそのまますれ違った。


「今のは、もしや居合いというものか? 起死回生の一手だったのかもしれんが、一歩足りんな」


 黒金の声が聞こえる。その声には余裕を感じた。対する直人は奥歯を噛んだ。


 確かに、今のは対黒金戦のために用意した切り札だった。茜相手に練習してきた技。それが通じなかった。だが直人が他の手段を考えるような間も無く、二機の御佐機は再度正対する。無論直人が劣位高度。


 直人の太刀は鞘の中に戻っている。


「お前はここで死ぬ。だが全てはここから始まるのだ」


 黒金は言った。そして直人の左側に回りこみつつ、必殺の斬撃を準備する。


 居合いとは己の利き手と逆の側に差した刀を、利き手で抜きつつ斬る技。直人の場合は左腰に鞘がある。当然左側への攻撃はできないのだから、そちらへ回り込みさえすれば勝てる。


 などと思い込んだ者は、居合い術を甘く見たことに対して致命的な対価を求められることだろう。


 ――剣法水無瀬流『雨夜月』


 直人は左腰の刀を左手で抜き、そのまま左側を斬った。狙いは背面にある発動機。空戦エネルギーで劣っていても、装甲で覆われていない発動機なら破壊できる!


 その切っ先は黒金の発動機を破壊することに成功した。だがそれを認識すると同時に、左脇腹に強烈な痛みが走る。左側に回り込んだ黒金に斬りつけられたのだ。


 左脇腹の装甲に重大な損傷。戦闘飛行は困難。だがその必要性は最早無い。発動機を失った黒金は真っ直ぐに降下していくのだ。滑空しないのは、そうすると発動機が生きている俺に追いつかれるからだろう。


 直人もその後を追う様に降下していく。逃がしてはならない。ここで取り逃がせば次は無い。大殺界とやらが発動し、直人も含めこの国の人々は死に絶えるであろう。


 真剣勝負の最中、直人は一抹の興奮を覚えていた。


 遂に黒金を遥か高空、神の御座より叩き落した。俺の剣は通用した!


 二人には感謝してもしきれない。おかげでこの状態に持ち込むことができた。


 雲を抜け、霧も抜け、白く化粧した地面が見えてくる。どこぞの郊外か。直人には周囲の様子を確認する余裕は無い。黒金だけを見つめ、地面を目指す。雲の下は雪が一層強まっていた。


 最終的には滑空に転じた両者は、黒金が先に着地し一瞬遅れて直人も着地した。機体の損傷が大きく、飛び続けるのは得策ではない。


「ここで殺す。黒金」


 そう言って、直人は構えを取った。右脚を前に。切っ先を敵手に向けた中段の構え。


「決着だな」


 黒金も構えを取る。左脚を前に。剣を右肩に担ぐ右上段。


 雪が降りしきる中、二機の御佐機だけが浮き上がって見えた。

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