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15. 破障の呪い

 行きの電車で直人は簡単な説明を受ける。


「呪いをかけるって、具体的にどうするんだ?」


「私は神霊と貴方の仲介役。私が何かをするというよりも、貴方のお願いごとを神に申し上げ、その成就を祈念するの」

「俺がお願いするのか」

「ええ。後は大幣を用いた舞で貴方を祓い清め、祝詞を奏上する。時間はそんなにかからないわ」

「思ったより普通だな」

「『呪う』と『祝詞』は語源的には同じだし。今回は貴方に害をもたらすものだから呪いと呼んでいるだけよ」

「荒魂と和魂の関係みたいなもんか?」

「そう。その通りよ。今回貴方にかける呪いは、上手くいけば加護となるはず」


 毒にも薬にもなり得るというわけか。願わくは黒金打倒の特効薬となればいいが。


「何かお供えとか買った方がいいか?」

「今回は普段使っている式神が相手だから、貴方は感謝の意を伝えれば十分よ」

「そういうものか」

「ついたわよ。降りましょう」


 みなもに促され、直人もホームに足を下ろした。


 悠紀羽神社は荻窪駅から徒歩十分ほどのところにあった。この辺りは都内有数の別荘地であり、著名人の邸宅も多いのだとか。


 閑静な住宅街に田んぼと洋風建築が隣接するどこかアンバランスな景色を通り過ぎると悠紀羽一門の宗家、悠紀羽神社が見えてきた。その敷地が広大であることは正門の塀を見ただけで分かる。


 鳥居の左端を通過し、警備室の職員に会釈を返す。二人が歩く参道の両脇には等間隔に灯篭が置かれていた。境内の両脇には木が立ち並んでいるが、その数は林とも呼べる規模だ。


 前回来た時はゆっくり見て歩くことなどできなかったが、中ほどにある大きな池は石と植込みで飾られ、ほとりにはあずまやが建っている。日が沈んだこともあってか神社の境内は静謐な雰囲気を漂わせていた。


「儀式は祭殿で行うのだけれど、その前に拝殿の前で刀礼をしてもらうわ」

「とうれい?」

「刀の礼と書くの。神に敵意がないことを示し、尊敬の念を表明すること。そして神聖な境内で血を流さないこと誓うのよ」

「なるほど」

「神前への礼は最敬礼だから。ちゃんとやってね」

「あ、ああ。ところで、なんじゃありゃ!」


 直人が指差したのは大きなパラボラアンテナだった。近くの灯篭によってやや不気味にライトアップされている。


「ああ。あれはウルツブルクレーダーよ」

「ウルツブルクレーダー」

「当空域に無断侵入した誰かさんを捕捉したのがあれよ」

「電波を飛ばしてどうにかする装置だったか?」

「私も一応説明を受けたのだけれど、その程度の認識しか持ってない。こんなご時勢だから仕方ないとはいえ、保守管理にもお金がかかるらしいわ」

「なんであんなところに」

「鎮守の杜を伐採するなんて論外だし、かといって飛行場の傍に置いたら危険だし。邪魔にならない場所があそこしかなかったのよ」

「いやそもそも、なんでそのウルツなんとかが? 最近の神社はレーダーを置くのが霊験あらたかなのか?」

「そんなわけないでしょ。市ヶ谷が日本神道を担う者として帝都防空に協力しろって言うから買ったのよ」

「壮絶に不釣合いだと思うぞ」

「見れば分かるわよそんなこと。近いうちに隣の高木さんの家を買収して移設してやるわ」

「お前ん家がレーダーなんか買いやがるから俺が覗き魔扱いされたわけだ」

「事実でしょう! 貴方は幸せかもしれないけどうちはひのきの湯が大破したのよ!」

「俺だって嬉しくはねーよ!」

「失礼ね!」

「いてっ」


 みなもに肘で小突かれた直人は思わず声を出した。


 玉垣を通過し、鹿の像を横切ると、立派な拝殿にたどり着いた。


「礼をする時はさっきの説明を思い浮かべてね。意味を理解しない礼は虚礼だから」


 そう言ってみなもは拝殿へと向き直る。


「私のやるようにやってくれればいいわ」


 そしてみなもは軍刀を鞘ごと腰から抜き、柄を持った右手を鼻先に近づける。そしてゆっくり離しつつ軍刀を水平にし、左手の掌で支え頭を垂れた。


 直人も一歩進んでみなもの隣に立ち、同じように刀礼を行った。


「では祭殿に向かいましょう」


 そう言ってみなもは拝殿から背を向けた。


「あの奥にあるのは違うのか?」

「あれは本殿よ。基本的に人が立ち入る場所では無いわ」

「まぁちょっと小さいか」

「いやそういうわけじゃないから! あそこは主祭神をお祀りする場所なの」

「知らんかったぜ。何か儀式を行う場所かと思った」

「そういうのは祭殿か神楽殿でやるのよ」

「じゃあお前の式神も祭殿で召還したのか?」

「祭神を初めて召喚して憑依する時だけは、本殿周りの瑞垣を囲いとして儀式を行うからそういうわけじゃないんだけど。そういえば量産機であっても一応祭殿で召喚の議は行うらしいわ。貴方は違った?」

「いや、その通りだ。駐屯地にある小さい社だったが」


 初めて式神を軍刀に宿した時は、一人前になったような気がして嬉しかったものだ。


「まぁ貴方の場合量産機とは言え神だからもっときちんととやるべきなんじゃないかって気もするけど、量産された式神って格付けが難しいわね」

「自分の御佐機を禍津日神って呼びたくはないから、早衛っていう量産機ってことにしてる。俺達は」

「えらいものを呼び出してくれたわ」

「まったくだ」


 二人は会話をするうちに祭殿へとたどり着いた。階段を登って扉を開けたみなもに続いて直人も中に入った。


 木材が紅く塗装された外観とは異なり、中は床、壁共に土壁を漆喰で覆ったものだ。天井は存在せず、従って柱も無い。吹き抜けの空間である。


 中央に祭壇が置かれ、紫の布に大幣が置かれている。部屋を囲うように置かれた六つの篝火は既に明かりが灯されていた。


「四方の囲いは魔力が逃げないようにするため。屋根がないのは古来、式神は天より至ると考えられていたからよ」


 言いつつ室内を見渡したみなもは、再び出口へと向かう。


「ここで待ってて、着替えてくるから」


 こうして直人は待たされることになった。


 床は漆喰であり板張りではないが、こうして刀を前に胡坐をかいていると、子供の頃道場にいた時のことを思い出す。


 六つの篝火のおかげで明るくはあるが、室温は外気。床も冷たい。


 室内が木製でないのは雨ざらしな設計ゆえだろう。土と漆喰でも痛みそうなものだが、新築なのか手入れが行き届いているのか、くたびれた箇所は見られなかった。


 しばらくすると、巫女服に着替えたみなもが戻ってくる。紙袋と手桶を下げていた。紙袋の中から紙に包まれた饅頭を取り出すと、祭壇の前の供物台に置く。


「祭壇の前に正座して、刀を掲げて刀掛けに置いて」


 みなもに言われ、直人は刀礼の時と同様、鞘ごと抜いて刀掛けに置いた。


「では服を脱いで」

「なに」

「裸になって欲しいのよ」

「仕返しのつもりか!?」

「違うわよ! 呪いをかけるの!」

「そ、そうだったな」

「ていうか貴方の裸を見たからおあいこってのもおかしいでしょう。こっちは初めて肌を……はぁ粗野な男。ああ、上だけで良いわ」

「そう見られると脱ぎにくいんだが」

「なんでそこだけ女々しいのよ! さっさとしなさい! そもそも見てないし!」


 直人は脱いだマントと上着を適当に畳んで置くと、シャツのボタンを外していく。


 少し紅が差したみなもの顔を赤い光が照らす。


「凄い身体してるわね……。どんな鍛え方したらそうなるのよ」

「田舎じゃやる事がなくて、ずっと親父と稽古してた。あと、帝国軍の教練はキツかった……」

「そういうこと」

「俺はどうすればいい?」

「ただ座っていれば大丈夫よ、ただし心は一点に、式神にだけ向けて」

「分かった」

「目を閉じる必要は無いわ。神社とは、その空間を通して神霊のはたらきを感じてもらう場所。それが精強なる日本魔導士の在り方なれば。貴方には河童に水練かもだけれど、五感で神を感じるのよ」


 そう言いながら、みなもも正座した直人の隣に正座する。そして紙袋から取り出した筆を掲げ、礼をして立ち上がる。


 数秒経って、直人の背中に冷たいものが触れた。


「つめてっ」

「馬鹿、喋らないで」


 水にぬらした筆先の感触だった。仕方なく背中の感触に集中するも、何かを書いていることは分かったが、それが文字なのか絵なのかは分からない。


 書き終えたみなもは筆を紫の布の上に置き、大幣を手に取る。


「では始めるわ」


 そう言ったみなもは、屈んで右足を後ろに引き、左膝を立て膝にし、頭を少し下げる。そして大幣を正面に掲げた。


「天清浄、地清浄、内外清浄、六根清浄と祓給う。八百万の神等、諸共に、掛まくも畏き、早衛御神」


 舞を始めたみなもは、右足から後ろへ下がってく。


「御神の高き尊き御恩頼に依りて神気を与え賜ひ。清浄き心を悟て強きことを務めと奉る」


 みなもは掲げた大幣を胸元に下ろし、前へと突き出す。そして右へと移動しながら振袖を揺らし、両腕を広げた。


「心とは神なり故に我は汝、汝は我。人は万物の霊と同体なるが故に、汝を知り我に入るの観なり」


 直人は篝火に照らされるみなもの巫女舞を美しいと感じた。彼女の周囲から空間が清められいくような印象すら受ける。


「六根の内に念じ申す大願を成就なさしめ給へと。我を食せと恐こみ恐こみも申す」


 祝詞が終わった。みなもは再び屈んで右足を後ろに引き、左膝を立て膝にし、頭を下げた。


 そして数刻おいて一度息を吐く。


「これで、貴方が式神との繋がりを強めたいと強く願った時、破障の呪いは発動するわ」

「どのくらい保つ?」

「一時間は保たないと思うわ」

「そうか。ありがとう」

「しばらくしたら呪いは勝手に解けるから」

「黒金との決戦の前に使えばいいということか」

「貴方が黒金に勝とうが負けようが破障の呪いは一回きり。二度目は無い」

「危険なんだな」

「言った通りよ。最悪第二の黒金が出る」

「それは嫌だな」

「二度目は無いから、今ここで試さないでね」

「やらねえよ」


 みなもは篝火などは消さずに祭殿を後にし、直人もそれに続いた。二人は境内の参道を歩く。


「……霧がでてきたわね」

「ああ。この辺りは冬に霧が出るのか?」

「境内に池があるから冬の朝方ならたまに」

「今は日が暮れて二時間とかだぞ」

「ええ……妙ね」


 立ち込める霧のおかげで、月が見えにくくなっていた。


 鳥居の前で、みなもは饅頭が入れられた白い紙袋を差し出した。


「撤饌あげるわ」

「てっせん?」

「神へのお供えのお下がりのことよ」

「貰っちゃっていいのか?」

「ええ。硬くならないうちに食べちゃって」

「あ、食べていいのか」

「ええ。他の神棚や仏壇にお供えしないでね。寮住まいの貴方だけど一応」

「分かった」


 思わぬ食料が手に入った。今から学校の食堂に行っても購買の仕出し弁当は既に売り切れているだろうから、帰りにそばでもたぐってその後に食おう。


「ではまた明日」

「ああ。じゃあな」


 直人は右手を上げて別れを告げると、悠紀羽神社を後にした。

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