表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/106

13. 天沼矛V2

 俺は黒金一味侵入のどさくさで侵入しているが、そもそも黒金一味がすんなり侵入できている事がおかしい。ドイツ軍基地にも魅乗りがいて、黒金に協力しているのだろう。


 赤黒い御佐機が悠々と地上を銃撃しており、基地機能が一時的に麻痺していることが分かる。


 眼下を見ると、赤黒く変色した三機の零精が一機のドイツ機を追って飛行していた。直人はまずそれらを狙うことにする。黒金を狙う際、できれば一対一の勝負に持ち込みたい。


 零精隊はドイツ機の背後についてはいるが、おそらく最高速度で劣るのだろう。距離が縮まる様子はない。ならば理想的な位置についてから攻撃を仕掛ける。


 直人は零精から見て三十度ほど後方上空に占位し、降下を始めようとした。するとその時、三機の零精が一斉に翼を翻し、左右に旋回し始めた。零精とは思えぬ機敏な横転。三機のタイミングと息の合い方が絶妙だったためにそう感じたのかもしれないが、零精はすでに旋回を終え直人と正対しつつある。三機からの一斉射撃が始まった。


 撃ち返しつつ、直人は三機の動きを注視する。猛者揃いと言われる市ヶ谷魔導士だが、この三機も例外ではないらしい。


 特に零精は開戦時から主力にある機体であり、零精乗りには数々の激戦を生き残り続けた古強者が多いと聞く。


 直人が零精腰部の垂直翼を狙って放った銃弾に命中弾は無し。一方直人にも被害はない。


 三機の零精と直人はすれ違う直前、零精達は一斉に外側に旋回を始めた。


 まずい!


 直人は降下での離脱をやめ、左に旋回し、旋回中の零精の正面を横切る、俗に言うビーム機動。そのまま緩降下。


 直人が後方の零精を確認すると、真横で爆発音が聞こえ、多数の被弾音が聞こえた。


 まさか、対空砲!?


 空中に残っている薄墨色の煙から近くで炸裂したのだと分かる。


 やっぱり俺も狙われているのか。ともかく一旦上昇すべく、直人は機首を上げようとする。その時だった。


 正面から発動機音。別の御佐機が緩降下してきていた。


 回避は間に合わない。直人は咄嗟に抜刀し、右上段に構える。そして振り下ろされてきた敵の長剣の軌道に合わせるように太刀を降ろす。金属音が響き、直人と敵機はすれ違う。


 あの敵機は反転し追いすがってくるだろう。機体性能は不明だが空戦エネルギーは向こうが有利。


 直人は敵機の旋回方向を見て、時計回りに横転、旋回を始める。だがこれに零精隊が即座に反応した。直人の進行方向と垂直に接近してくる。


 被弾率を下げるには速度を上げるしかない。だが零精隊は直人の進行方向に旋回を始め、見越し角を減らそうとしてきた。


 これは正対して腹下にもぐりこむしかないな。


 そう判断した直人は、右に旋回し、降下する。だがその真横にも零精がいた。


 恐るべき連携! 彼らはこうやって何機もの敵機を葬ってきたのだろう。最早致命傷を受けないよう祈りつつ水平に離脱を図るより他に無い。


 そんな直人の頭上で炸裂音が響いた。


 何だ!?


 思わず上を見ると、片翼を完全に失いきりもみ状態で墜落していく零精と、こちらに旋回してくる御佐機が目に入った。


 あれは……一目連!


「悠紀羽か」

「お、落しちゃったけど、あれは魅乗りなのよね!?」


 数発の被弾音を聞きつつ直人は答える。


「そうだ! あんな赤黒くて日の丸のない零精があるか!」


 そう言った矢先、銃撃音が聞こえなくなった。直人が右を見ると零精が左へ急旋回をうつところだった。


 その零精がいた空間を、一機の御佐機が通過する。太刀を構えたその御佐機はそのまま緩い上昇に移る。


「やっほー、水無瀬君。外しちゃった」


 玉里も助けに来てくれたのか。ならば。


 直人は機首を左上に向け、縦の旋回に入る。そして百八十度旋回したところで緩降下。零精を正面に捉える。直人は太刀を右上段に構えた。


 敵機は手練れだが突然の乱入者の前に連携が乱れている。機体性能はこちらが上。今ここで仕留める!


 零精は振り切れないと判断したのか、旋回しつつ太刀を構える。


 緩降下している直人は零精に対しほぼ垂直に接近し、太刀を振り下ろした。対する零精も右に向かって太刀を振る。


 直人の太刀は零精の横腹へと当たり、間違いなく甚大な損傷を与えた。一方直人は右肩を叩かれたものの、損傷は軽微。


 空中での太刀打ちは空戦エネルギーをしっかりと乗せなければならない。腕の力だけの攻撃、まして機体出力に劣る零精では早衛の装甲は破れない。


「ここまで来たらやるしかないわね」

「水無瀬君! 私達も戦うよ!」

「とにかくエネルギーを維持しろ!」

「分かったわ」

「上昇するよ」


 直人の意図は通じたらしく、二人は上昇していく。


 二人、特に悠紀羽が俺の機動についてくるのは無理だ。ならば上空に占位して牽制してもらう。


 直人は視界にドイツ機を捉えた。今ならしっかりと観察できる。


 姿を現したのはドイツ空軍主力精霊機 『Bf109』。御佐機としては小柄な部類であるが、優秀な発動機を搭載した高速機。


 横転も速い……、零精とは一味も二味も違う機動だ。


 魅乗りはドイツ機の他に零精が一機残っているが、日本機とドイツ機、言葉が通じまい。高度な連携は不可能。


「二人は零精を見張ってくれ!」


 直人は標的をBf109に絞った。優位高度を確保したいところだが、早衛が敵機より上昇力に優れている保証が無い。


 高高度であればターボチャージャーにものを言わせて差をつけられるのだが、今は低空。うかつに上昇するのは危険か。


 直人がBf109の様子を伺うと、真っ直ぐ接近して来ていた。相討ちになってでも仕留めろと黒金に命令されているのか、それとも剣術に自信があるのか。


 今後他に魅乗りやドイツ軍の迎撃機が現れない保証もない。悠紀羽、玉里も心配。ならば受けて立とう。


 敵機は左上段。直人は右上段に構え、接近。敵機が長剣を振り下ろす。


 ここだ。


 直人は反時計回りに横転し、敵の切っ先を胸部から腹部にかけて受ける。更には太刀を下段に構えなおす。そして敵機が腹下を通過していく刹那、敵機の腰部から伸びる主翼へと切り上げた。


 太刀を持つ両腕に衝撃が走り、敵機の主翼を両断したことが分かる。見れば敵機はきりもみ状態となり墜落していくところだった。


 ――市ヶ谷神道流『こがらし


 敵機を故意に下へ抜けさせ、下段構えから切り上げる技。市ヶ谷がヘッドオンは緊急時以外避けるべきとしながらも、ヘッドオン対策の一つとして用意した技だ。


 だが直人も胸部を損傷してしまった。御佐機の最も装甲の厚い部分だが、次に被弾したら貫通するかもしれない。


「やった!落としたよ!」


 茜の声に直人が上を見ると、左翼を失った零精が墜落していくところだった。撃墜してしまったらしい。


「おお、やったな!」


 これで当面の脅威は去った。後は黒金をどうするかだが。一旦基地から離れるようにして高度を取るか。直人がそう考えた時だった。基地の一部から砲撃と思しき音が生じ、そこから光が上昇し始めた。光の先にある物体が徐々に上空へと昇っていく。


「何だぁ!?」

「離脱しましょう!」

「う、うん!」


 みなも、茜に続き直人もその光から距離を取る。


 眺めているうちに分かった。それは飛翔体、ロケット兵器だった。とても大きい。ただしそれは直人達に向けて撃たれたものではなく、緩い弧を描くようにしてぐんぐん遥か上へと進んでいく。


 直人がそのロケット兵器から視線を下に移すと、黒い機影が眼に入る。


 黒金!


 すぐさま直人は進路を変え、回り込むようにして黒金の上空へと向かう。


「水無瀬君!」

「ここで仕掛ける気!?」

「もし黒金が瀕死になっていたら、俺の代わりに止めを刺してくれ。そうすればこの国は助かる」


 そう言って直人は黒金に集中した。無線から何か聞こえてくるが、直人に耳には入らない。


「直人か。貴様に付き合っている暇は無い。俺は天沼矛の後を追わねばならぬ」


 聞き覚えのある、相川隊長の声。


「お前はここで死ぬ」


 それ以外に言うことは無い。仲間の仇。この国のため。邪神に伝える理由無し。


 直人は降下に入った。敵機一。優位高度。戦術はヘッドオン。


 有利な展開である。千載一遇のチャンスと言っていい。いかに黒金にジャトーがあろうと空戦エネルギーは直人が上。しかも邪魔になりそうな魅乗りも無し。


 加えて直人に有利な点は、相討ちで構わないと思っている事だ。正面衝突上等。三ヶ月前の惨敗から、勝利するなどという楽観は捨て去った。


 直人は黒金の機動だけ見ていればいい。斬られた後でもいい、あの邪神を殺す。その覚悟だけを丹田に据える。


 己を生かす剣を『活人剣』といい、己を殺す剣を『殺人剣』という。直人は今、殺人剣で臨んでいた。


 激減する相対距離。黒金の構えは右上段。直人の構えも右上段。市ヶ谷神道流の基礎。

 直人は黒金の挙動を注視する。相討ち覚悟を見破られてはならぬ。もし直人が黒金の太刀筋を完全に無視していれば、それは対手に伝わり、対策を取られる。だからこそあくまで生還を期しているように見せねばならない。


 この矛盾を解消する方法を直人は一つ用意していた。


 剣法水無瀬流『天地』


 敵の一撃に対し、全く対象の一撃を持って迎えこれを防ぎ、さらに敵の身体をも断つ。これを一挙動で行う。防御と攻撃をほぼ同時に行う技。これを実現するには太刀を半月に沿うように動かす必要がある。


 黒金の上に行くためには、市ヶ谷神道流に存在しない技を使う必要がある。日中銀座で、みなもに言われて思い出した技である。


 道場では何度も練習した。実戦で使ったことは無い。だがここで決める。


 子供の頃は暇さえあれば刀を振っていた。貧しい田舎町では玩具が少なかったし、道場の息子とはそういうものだと思っていた。そして早衛部隊での猛訓練の日々。俺の半生は今この時のためにあったのだ!


 距離が、間合いを、超える。


 その間合いを逃すことなく、直人は太刀を振り下ろした。まさしく同時に黒金も太刀を振り下ろす。


 取った!


 ――剣法水無瀬流、『天地』


 ――切り結ぶ、太刀の下こそ、地獄なれ、身を捨ててこそ、先は極楽。


 後は太刀と太刀が触れ合うその瞬間に手首を返し、衝撃を利用して軌道を変える。狙うは装甲の継ぎ目、首と肩の接合部。本来は同時に機首を下げるべきだが、今回はいらない。そのまま衝突する。


 ――太刀がいつまで経っても触れ合わない。何故。そこに敵の太刀が無いからだ。


 ではどこに。俺の視界にはいない。ならば上か。それしかない。


 どうやって。ジャトーだろう。機首を上げてからロケットによる推力で機体を上に移動させた。


 得心はいった。故に理解できない。そんな素振り無かったじゃないか!


 エルロン、ラダー操作を駆使した唐突な機首上げなど戦闘中に咄嗟にできる機動ではない。初めからそうするつもりでなければできるはずが無い。


 初めからそうするつもりだった? それってつまり……。


 思考が目まぐるしく変わる直人の背中に、衝撃が走った。黒金の攻撃だ。視界に映らずとも直人にも分かる。黒金はただ少し機首を下げ、眼下の直人の背中に太刀を振り下ろすだけでいい。


「人の身である以上、意識と動作を完全に切り離すことはできぬ。貴様の技。見えていたぞ!」


 黒金の声を聞き、直人の意識が凍る。背中からは爆発音が聞こえる。


 発動機大破。推力喪失。飛行不能。


 直人はぐらりと機首を下げ、降下に入るしかなかった。黒金はそれを追わず、先ほどの飛翔体と同じ方向に飛び去っていく。


 あしらわれた……。悔しくもあり、屈辱的でもあった。俺の剣が、技が……通じない。


「水無瀬君、大丈夫!?」

「しっかりして!」


 少女二人の声が聞こえる。


「……翼は問題ない」


 直人がそう答えると、両手を掴まれた。みなもと茜が掴んだのだ。


「離脱するわよ」


 みなもの声が聞こえ、直人は自分が引っ張られていくのを感じた。確かに、二人がかりなら早衛も引っ張れるだろう。


 それ以上は考えなかった。頭にあるのは絶望だった。


 闘志は消えてない。仲間を失った後、絶対に心を折らないと決めた。だが、自分は千載一遇のチャンスを逃したのだ。


 悠紀羽が言う破障の呪い。それが上手くいけば俺の動きはもっと良くなるかもしれない。だが同時に次はもう優位高度、一対一などという環境は訪れないのではないか。


 なにより『天地』が通じなかった。自分の動きに不足はなかった。しかし見切られた。

 となると天地より更に複雑で巧緻な技を出すしかないのか。空中で? 黒金相手に?


 勝てるとすればそれしかないような気がするが、まったく想像もできない領域だった。


 二機の御佐機に曳航されるという情けない状態で、直人は神楽坂予科まで帰りついた。


「まったく勝手な事を!」


 予科の裏庭に下りた瞬間、みなもは叱責した。


「なんで一人で行こうとするのよ!」

「元々は俺の戦いだ! 指図される謂れがあるか!」

「あるわよ! この国の危機だって説明したでしょう!」


 物事について余り深く考えない性質故の行動であり、直人は返す言葉を持たなかった。


「……水無瀬君さ、体当たりするつもりだった?」


 茜が、おずおずと口にした。


「なっ……え!?」


 みなもは驚きつつ伺うように直人を見る。


「体当たりするつもりだったから、私達に援護を頼まなかったってこと!?」


 図星であった。みなもの言葉は正鵠を射ていたが、黒金に完敗した悔しさもあって素直に認めたくは無い。


「中で話してもらうわよ」


 黙る直人にそう言ってみなもは旧校舎の扉を開けた。


 室内にて、みなもは自分の湯のみにお茶を注ぐと、直人の前に置いた。


「体当たりするつもりだったって本当?」

「いやまぁそれはだな、最悪そうなっても構わない程度の話であって」

「茜、どうしてそう思うの?」

「……昨日水無瀬君が喋ってる時さ、どっかで見たような気がしたんだよ」

「いや三日前が初対面だろ」

「目だったんだ」

「目?」

「一昨年に学徒出陣壮行会があったじゃん。私連れて行かれたんだけど」

「神宮外苑であったやつね。私も行ったわ」

「あの時代表して喋ってた人いるじゃん。あの人の目が、水無瀬君の目と同じだったんだ」

「……生等もとより生還を期せず……。もう停戦中よ! 馬鹿!」

「馬鹿って言った奴が馬鹿なんだぞ!」

「貴方が馬鹿な人だってことはよく分かったわ!」


 みなもの怒った顔はどこか泣きそうで、直人はそれ以上言い返すことができなかった。


「馬鹿につける薬はないものかしら」

「水無瀬君なら黒金に勝てるよ! 私も一緒に戦うから!」


 茜の顔は明るかったが、どこか無理をしている印象も受けた。


「……茜の言う通りよ。貴方はその……強いわ。ええ、だから、無茶なことはしないで」


 窘められる子供のような気分になって、この話題を止めたくなった直人はただ頷いた。


「それで、黒金はある種貴方のことは歯牙にもかけず飛んで行ったけれど、どういうことなのかしら」

「あまつぬぼことか言ってた」

「天沼矛ね」

「わかるか」

「イザナギ、イザナミがこの国を作り出すときに使った神具よ。禍津日神はそんなものまで持ち出してきたのね」

「奴の口ぶりからして、その天沼矛をあのロケットで打ち上げたんだろう」

「天沼矛を使い、黒金は大地をもう一度渾沌に戻すつもりだわ。それこそが大殺界なんでしょう」

「じゃあもう大殺界は始まったってことかよ!」

「それは……準備がそれだけで良いのかどうかは、私にも分からないわ」

「くそっ……俺が落せていれば……」


 直人がそう言うと、二人の顔が曇った。寂しげでもある。


「水無瀬君……お願いだから」

「分かったよ! あんなクソ野郎のために死んでやるのも癪だしな!」


 直人は言い放った。女子にこんな顔をさせた自分が後ろめたく、不甲斐なくもあった。


「今日はもう……帰る」

「練習しないの?」

「発動機が壊れた。しばらく飛べん」


 茜の誘いを断り、直人は部屋を後にする。二人とも呼び止めては来なかった。


 考えれば確かに馬鹿な真似をしたものだと思わなくもない。奴の死を見届けずして仇を討ったことになるのだろうか。


 いささか血迷ったと言える俺の行動は未熟さから来るのだろうか。


 となればこれはもう、剣を振るしかあるまい。寮の裏手へやってきた直人は、一人型稽古を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ