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12. ドイツ軍基地

 黒金の気配を追う直人は西東京、立川上空へと行き着いていた。大正時代から存在する立川飛行場は帝都防空の重要拠点であり、その隣の多摩飛行場には在日ドイツ軍が駐屯している。


 二十世紀初頭より盟友であるドイツからは、第一次世界大戦終結時に皇帝ヴィルヘルム二世が日本に亡命したのを契機に移民が訪れ、東北にドイツ人街が形成された。

 巨額の賠償金や世界恐慌による不況期にも、職を求めてヴィルヘルム二世のいる日本への移民が多く現れた。これによりドイツ人街は拡大。この流れはドイツの経済状況が大幅に改善される一九三〇年代半ばまで続いている。


 二度目の世界大戦勃発により移民は途絶えたが、今もなおドイツ軍のいくつかの部隊が南米経由で日本に亡命してきているという噂もある。


 大戦末期、日本国内で本土決戦の議論が始まる中、在日ドイツ人からも徴兵し、部隊を編成する事が決まった。これが在日ドイツ軍の起源である。ドイツ製の兵器で武装する在日ドイツ軍は東北に本拠地を構え北方の守りを担うことになっているが、進駐軍警戒のため都内、多摩にも駐屯しているのである。


 なんでこんなところに。いぶかしむ直人だが、とにかく黒金を探す。間違いなく多摩ドイツ軍基地にいる。


「水無瀬君!黒金が現れたの?」


 直人の耳に茜の声が入る。


「玉里……悠紀羽もか! 何で来た」

「対策を練ってから挑もうと話し合った矢先、何で飛び出していくのよ! 猪武者なの!?」

「戦うかどうかはともかく、妨害はする! 魅乗りがいるなら、それでだけでも倒す! あれは人を襲う!」

「……分かったわ」

「お前ら荷物はどうした」

「タクシー捕まえて放り込んで悠紀羽邸に向かうよう言ったわ。着払いよ」


 ……タクシーってなんだ?


「どうして黒金はここに来たの?」

「分からん」


 直人はより集中して黒金の気配を辿る。これは、下か。低空にいる。となるとこれはチャンスだ。黒金との戦いにおいて、直人は常にエネルギー不利を被っていた。しかし理由は不明だが今黒金は低空にいる。直人は優位高度からの先制攻撃が可能な状態にあった。


 仕掛けるか……。


 そう考えて基地上空に侵入した直人の正面から、一機の御佐機が接近してきた。背中の発動機から赤い炎が漏れている。


 プロペラが……無い! まさか、ジェット御佐機! 大戦末期にドイツ軍が実用化したと聞いてはいたが。


 警戒して向きを変えた直人に無線通信が入った。


「正面三機に告げます! ここは日本領なれど我々が管理を任されています。通知なき侵入は許可できません。速やかに離脱してください」


 日本語だがあのドイツ機から発せられたものだ。好き勝手に入れる場所でないことは直人にも分かる。


「俺は戦いにきたわけではない! あの黒い御佐機を監視に来ただけだ」


 とりあえず直人は返答する。だんまりを決めると攻撃されかねない。


「黒い御佐機? ああ、あっちのあれですか。あれも所属不明の機体ですね。まぁ市ヶ谷でしょうが。貴方がたはあれの所属を知っていますか?」

「あれは帝都を荒らして回る化け物だ」

「何を言って――Was!?」


 ジェット御佐機が旋回しつつ振り返る。つられて直人がそちらを見ると、翼に黒い十字の入った御佐機が発動機から火を噴いて墜落、地面に衝突して砕けるところだった。


「攻撃してきた!? 市ヶ谷が? どういうことですか!?」

「だからあれは化け物なんだ!」

「貴方がたもあいつらの仲間ですか!」

「違う!」

「どうあれ最早離脱は許可できません! 速やかに着陸しなさい!」

「俺は奴らの敵だ! ドイツ軍と戦うつもりはない!」

「身元は調べれば分かる事です! 着陸しなさい! 最後通告です!」

「……」


 直人は翼を翻した。こんなところで着陸拘束されるわけにはいかない。拘留などされてしまっては黒金を止めることができなくなる。


 無線からなにやらドイツ語と思われる声が聞こえてきた後、通信は切れた。


「ちょっと水無瀬君戦うつもり!?」

「離脱が優先だが捕まるくらいなら撃墜する! お前らも早く逃げろ!」


 ジェット御佐機に背を向けつつ直人は言った。黒金は一旦放置するしかない。可能ならドイツ軍基地から引き上げてくる際に襲い掛かってもいい。


 直人が後方を確認すると、ジェット御佐機が距離を詰めてきていた。


 噂でしか聞いたことがないが、ドイツが生産している史上初のジェット精霊機は英米の御佐機を圧倒しているという。


 敵機の発動機はジェット推進で単発。しかも後退翼だ。塗装は浅緑と灰紫色。


 ここでサイレンが聞こえ始めた。やっと空襲警報が鳴り始めたらしい。


 敵機との距離が縮まりつつある。緩降下では振り切れないか。だったら。


 直人は百八十度横転してから背面急降下に入る。敵機が視界から消えるため、タイミングを見計らって再度百八十度横転、機首を引き起こす。


 直人が振り返ると、敵機がこちらとは逆に飛び去っていくところだった。


 ――市ヶ谷流空戦術『蜃気楼』


 敵機に後ろにつかれた際、高度を速度に変換しつつ、敵機と逆方向に飛び去る技である。


 上手く嵌ってくれたか。そう思った直人は間違っていなかったが、敵機は急旋回で進路をこちらに向け、再度追撃に入ろうとしていた。


 さて、どうするか。相手は魅乗りでないので撃墜する必要は無いが、悠紀羽と玉里を確実に離脱させるにはもう少し時間を稼いだほうがいい。


 直人は様子を見るため緩上昇に入る。敵機は優速にてすぐに追いついてくると判断してのことだったが、距離が詰まってこない。直人と同程度の速度しか出ていないのだ。


 ……ジェットってのは速いもんじゃないのか? 勿論無敵でないことはドイツ軍が劣勢になっているところから想像できるが。


 直人は斜めの旋回に入り、敵機が後についてくるのを確認すると更に別の斜めの旋回に入る。後方を確認すると、敵機は三度目の旋回にはついてきていなかった。速度が足りていないのだ。ここにきて直人は優位高度を獲得していた。


 スタート時点では互いに高度も速度もほぼ同じだった。にもかかわらず現時点では直人の方が空戦エネルギーで勝っている。これは失った空戦エネルギーを直人だけが回復できていることを意味する。


 おそらく敵機は発動機の余剰推力が足りていない。御佐機は旋回によって速度を失うが、発動機の推力によって回復していく。敵機はその回復に時間がかかるのだ。


 最高速度に優れるが加速は鈍いという御佐機はレシプロ機にも存在する。あのジェット御佐機もその類だろう。


 そう判断した直人は縦の旋回で下方に向かい、敵機の後ろ上方に占位した。それを察知した敵機は旋回をうって逃げようとする。


 降下によって優速の直人は急旋回せず、一旦上昇してから旋回し、再度敵機の後方につく。


 所謂ハイ・ヨーヨーという機動。上下の高低差を利用して速度を調節し、その後目的の機動に入る動きをヨーヨーという。昭和初期から流行り出したヨーヨーという玩具がその名の由来である。


 こうなれば敵機は急降下で逃げるしかない。直人は三十ミリ機関銃を抜いて銃床を肩部に当て、照準器を覗く。


 高度は二千メートルほど。敵機は地表付近まで降下し、引き起こすだろう。それ以外に無い。


 直人の予想通り敵機は地上付近で引き起こす。外すような距離ではない。直人は引き金を引き、一連射。三十ミリの銃弾は敵機の発動機を射抜き、発火。それを確認した直人は上昇に転じた。


 発動機は良くて中破、おそらくは停止だろう。そうなっては着陸するしかない。空戦への復帰は不可能だ。


 そう判断した直人はジェット御佐機から意識を外し、上昇しつつ多摩飛行場の様子を伺う。散発的な対空砲火が上がっている。空中でも火線が伸びており、空戦が行われているのが分かる。片方は黒金及びその配下の魅乗り。もう片方はドイツ軍だろう。


 こちらに迎撃機がやってくる気配は無いので直人は上昇しつつ、飛行場に侵入した。

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