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14. 魔剣

 視線では追えた。それでも、何が起きているのかすぐには理解できなかった。


 馬鹿な!? 失速していたはずだ!


 如何に疑問を虚空に投げつけようと、目の前で起きていることが現実だった。


 晴明は直人を軸にぐるぐる回転していた。空戦技法の埒外。


 その銃口はこちらを向いている。一連射。被弾。


 晴明は機体を一八〇度横転させ、失速している翼を入れ替え、もう一連射。


 発動機。主翼。縦翼。補助翼。胴体。脚部。あるとあらゆる場所に命中した。


 禍津日神は飛行能力を失った、はずだった。


 降下に転じ、失速状態から回復する晴明。補助ロケットに点火した直人は、それに向かって突進した。


 それが破れかぶれのものだったのか、何らかの方法で彼我の位置を認識していたが故の行動なのか、もう直人にもわからなかった。


 確実に言えることは、飛行機能をほぼ全損していながらも、直人は機体を制御できていた。


 直人の振るう太刀が、八岐大蛇の発動機を直撃する。


 晴明が寸前で機体を動かしたため、直撃には至らなかった。それでも、巨大なエアインテークは確実に破壊した。


「その状態でなぜ飛べる!」

「世界が、お前の死を望んでるぜ」

「笑止! 予はその世界を斬ってみせる!」


 空戦エネルギーで有利な直人は、縦の旋回を終えて晴明の背後についたが、斬撃は躱され、両者は旋回に入る。


 互いに、旋回からは鋭さが失われていた。


 八岐大蛇の発動機からは白い煙が上がっている。


 遂に限界が来たということか? まぁそれは俺も同じか。


 式神と一体化し、直感力が極限まで高まった直人にはわかる。


 常夜の完成まで数秒とない。次が最後の太刀打ちになる。


 直人の感覚が第六感と呼ぶべき領域へと昇華する。


 刻の潮流が失速した。


 禍津日神。人の中にあって人知を超えるものが未来を予知し、理解能わぬそれを感覚のみで身体に伝える。


 晴明はこちらの太刀を防ぐことだけを考えて振り抜いてくるだろう。


 確かに。晴明ならば、防ぐだけであれば難なくやってのけるに違いない。


 右上段に構えた直人の太刀が動き始める。それに呼応し、晴明も太刀を動かす。


 タイミングに狂いはない。


 ただし。晴明が繰り出す太刀筋は、直人が『当初の攻撃を続ければ』当たるもの。


 未来を捻じ曲げるのだ。


 直人は剣の軌道を変化させる。そこに意思は介在しない。晴明が剣を振り始めるのと全く同時に、精霊の意志が、世界の意志が、太刀筋を変える。


 敵手の攻撃の無力化と攻撃を同時に行う技。一挙動で敵の太刀の軌道を逸らし、敵をも斬り捨てる。


 幽世の穢れから生まれ、厄災を司るとされる神が、自らとの精神融合と引き換えに直人にのみ許した絶技。


 ――剣法水無瀬流・魔剣『無明天地』


 直人の太刀は晴明の太刀に触れた瞬間弧を描き、晴明の首を斬り落とした。


 すれ違う二機。両者の運命は太極。


 生きるものと死ぬもの。一つしかあり得なかった結末に役者が割り当てられ、勝敗は決した。


 しかし、つまるところの終着点は同じだったのかもしれない。命を失った晴明と、飛行機能を失っていた直人は同じく地面へ落下していく。


「見ろ! ハイトクライマーが沈むぞ!」

「俺達の勝ちだ!」

「あとはあの少年だな」

「暗くて見えんが……やったのか?」

「俺達は……まだ人間だよな」

「ああ……多分な」


 ……俺は魅乗りになってしまったが、それでも、帰るという約束だったな。


 ああ……これは帰れるのか? もう翼も、発動機も、手足一本動かないぞ。


 もう、意識も持たないか。すまない。みなも。




 飽かなくに 女常夜に立ち別れ 散りても後に もとへ帰らん




 直人は眠りの中にいた。


 自分の存在は確認できる。ならばこれは夢だろうか。何故だか自分がフワフワ漂って、とても儚げな存在に感じる。


 辺りを見渡すと、場所は早衛部隊時代の訓練場のようだった。これが俺の心象風景なのだろうか。


 その中に二つ人影があり、聞き覚えのある声が聞こえる。みなもと、俺だ。


「どうやってここに来た。悠紀羽の巫女よ」

「日本神道の武の御三家、悠紀羽一門を舐めない事ね。愛が成せる技よ」

「人の身で精神世界に入ってくるとは大したものだ」

「私の恋路を邪魔するものは、斬り捨てて排除する」

「晴明討伐後は俺が直人の精神を頂く。その覚悟あっての破障の呪いだったはずだ」

「直人は私のなんだから! あんたなんかにあげるわけないでしょう!?」

「俺の力を無償で借りる。虫が良いとは思わないか」

「直人がどうしてもと言うから叶えただけで、私は納得してないから」

「ならば排除して、この身体を我が物とする。何も変わらん」

「いーえ。直人は私のものよ。消えるのは貴方」

「人の身で、神である俺に勝てると思うか」

「勝つわよ」

「この俺に斬られて、お前の精神も消えうせるか」

「直人は私のために何度も命懸けで戦ってくれたわ。ならば、妻である私が命をかけて守るのは当然のことよ」

「いやお前だけのためではなかったと思うし妻でもなかったと思うが」

「ふん。あんたに何が分かると言うの?」

「だが直人の記憶によるとだな」

「直人の姿でそんな事言わないで!」

「直人が俺との精神融合を理解した上で承諾したのは事実だ。あまり深く考えていなかったきらいはあるがな」

「そんなの私には関係ない! 直人は私が手に入れる。あんたは斬って排除する!」

「相手仕ろう」


 みなもと禍津日神は抜刀し、共に右上段に構えた。


 奇しくも直人とみなもが初めて出会い、決闘した時と同じ構え。


 否。直人と精神融合し、記憶も引き継いだ禍津日神ならば必然なのかもしれない。


「神道悠紀羽流、悠紀羽みなも。参る」

「――禍津日神」


 風は穏やか。日差しはなお穏やか。直人を欲しがる二つの存在の、終着点がここにあった。


 これからみなもはこの剣で、禍津日神と全能を駆使して戦い、勝つか、或いは敗れる。


「ふふ。負けを認めれば、直人共々永遠に俺が取り込んでやろう」

「それだと貴方が邪魔だわ」


 直人は惹かれていた。


 心の琴線に触れたとしか、言いようがない。


 この勝負。どちらかが消え、どちらかが直人を手に入れる。


 いずれかがいずれの役を担うか。


 両者、構えたまま、見つめ合う。


 それがどれほど長い時間であったのか、この心象風景の中にあってはわからない。


 ただ、少しずつ減少していく間合いだけが、時の経過を示している。


 一太刀で終わる。二撃目はない。


 精神のみとなった二人には意志と行動の乖離がない。一切のタイムラグがない。


 一撃で仕留められなければ、次はない。


 精神世界とはいえ、両者は疑似的な身体、そして重力に縛られている。


 両者の身長には大きな開きがあり、間合いは禍津日神の方が長い。


 当然、先の機の選択権は禍津日神が握っている。


 じわりと、みなもはまた一歩間合いを詰める。そこに、発言の如き傲慢なる余裕は一遍もない。


 その背は、自分一身に留まらぬ命運を担っているはずだが、かように平常心のみがある。凄まじい精神力。


 応じるように禍津日神も数分の一歩、詰める。


 姿勢も、重心も、微塵も崩れない。


 つまりは両者とも、間合いが自身の斬り間に達する瞬間を完全に掌握し、最高のタイミングで攻撃に入れる。


 それを見ている直人の方にこそ、緊張で眼球が強張る感覚がした。


 両者の間合いが、また薄皮一枚詰まる。


 互いに相手の間合い掌握を妨害し、自分だけが間合いの奪取を図る。


 両者の呼吸は全く見えてこない。


 今、みなもは禍津日神の間合いに入った。


 しかし、禍津日神は動かない。


 確かに。敵が間合いに入ってきた――からといって待ってましたと食いついては、危ういかもしれない。


 一方的に攻められると言っても、それは動き出すまでの話。


 打ち出し、身体を前に押し出せば、当然間合いは減少し、みなもの射程範囲に入る。


 リスクがないわけではない。


 それでも、先手を取れるというのは有利であることは間違いない。


 それは当たり前のことであるし、直人は喧嘩においても、その圧倒的なリーチの長さで幾度と勝利を収めてきた。


 禍津日神はその記憶を引き継いでいるはずだ。


 受けに回るみなもは、その攻勢を一切の遅れ無しに把握できて初めて、迎撃が可能となる。


 実戦ではなかなか、そうはいかない。


 それでも禍津日神はみなもが返し技を用意していると予想してか、攻勢に出ない。


 両者の間合いが更に詰まる。あと一歩で、間合いはみなもの射程範囲にまで縮まってしまう。


 そして遂に、みなもの油断なき足跡が、状況を再び対等に戻そうとする。


 その時だった。


 みなも数センチ身体を前に押し出すと同時、禍津日神も同じだけ前進した。


 たったそれだけ。それだけでみなもは前に進めなくなった。


 傍目にも明らか。禍津日神はみなもの行動を読み切っていた。


 お前の行動は手に取るようにわかるという意思表示。


 それはブラフかもしれなかったが、その可能性は非常に高く、そうであった時は次の前進を起こした瞬間に斬り殺される。斬り込んだとて同じこと。


 故にみなもは動けない。ならば禍津日神は? 動く必要がない。


 禍津日神の意図は露呈した。先手は相手に譲り、返し技での勝利を狙う。或いはみなもの気力が尽きるのを待ち、無防備な身体へ斬り込む。


 俯瞰する直人にも自明。みなもが悟るは必定。


 持久戦となったが、みなもの不利は間違いない。


 神である禍津日神と精神力の勝負をして、勝てる人間は存在しない。


 このままいけば、気力使い果たし敵前で死に体を晒すだろう。


 この状況を打破する方法として、誘いを仕掛ける。というものがある。


 攻撃を仕掛けると見せかけて敵の迎え技を空打ちさせ、後の先を取る。


 応じたと見えたものこそが敵の罠だった。ということも起こり得るが、それはこのまま消耗戦を続けるのとどちらの勝算が高いかという話になる。


 見極めが生死を分ける。


 敵の姿勢の真偽。技量。


 空戦と同じだ。敵の行動を読み、瞬時に的確な判断を下す必要がある。


 しかしみなもの顔は平静を失ってはいなかった。


 内心の動揺が表情にまで出てしまっては、敵に介錯を委ねているようなものだが、みなもは依然として希望を失っていないように見える。


 攻めない。何故だ。


 相手のミスを待っているのか? 相手は神だ。ミスなど犯しようがない。


 ここは精神世界。第三事象の介入など起こりようがない。


 みなもは既に進退窮まっているように思える。


 しかし、その目の色は焦りどころか、より一層禍々しい色彩を帯びてきていた。


 その美しさと、刻一刻と増す殺気は第三者たる直人の恐怖心すら煽り立てる。


 機は、熟した。


 みなもは禍津日神の肩口から斬り割る一刀を放つ。


 両者とも、互いの意図を読み、一挙手一投足を把握していた。


 故に届かず。相手は神。これは必然。禍津日神は最低限の動きで切っ先を外し、すぐさま跳ね戻りみなもを両断するだろう。


 幻魔のような攻防一致。その精華たる、閃刃は。


 ――神道悠紀羽流・魔剣『相愛双剣』


 みなもの右手には小太刀の柄が握られていた。初めから存在したものではない。今この瞬間魔術によって出現したものだ。


 みなもの金属魔術によって。それは直人にも分かる。だからこそ不条理。


 一寸の無駄もなく斬撃を繰り出している最中に、金属を小太刀の形にして出現させるという巧緻な魔術を行使するなど人間業ではない。だが、みなもの攻撃動作には僅かな狂いも生じていない。


 しかも。最初の攻撃動作はまだ終わっていない。一撃目の振り下ろしにおける右足が着地する前に魔術によって小太刀が出現。この時点で右手は軍刀の柄を離れており、左手だけで軍刀を振り下ろしつつ、小太刀を右手で抜く。それと同時に屈縮していた左足の膝を伸ばす。


 下半身は前進し、上半身は急速に起き上がる。これと小太刀の抜刀が組み合わさり、敵の喉元へと迫る小太刀は必殺の速度を得る。


 何という理不尽。禍津日神がみなもの一撃目を躱さなければ致命的な一刀を貰う。今のように躱せば下から小太刀が喉元に迫る。


 禍津日神がみなもの攻撃を完全に見切ってしまった時点で勝敗は決した。


 一歩の踏み込み、一太刀分の時間で、複雑な魔術を行使し、二刀による二度の斬撃を繰り出す剣技。


 これが魔剣でなくて何と呼べようか。


 直人が禍津日神を倒すに至った無明の領域とは対極。


 自分の好きな人は絶対に自分のものであるという強烈なエゴ、我欲によって生み出される魔剣。


 剣術に対して優れた才能を持ち、金属魔術を司る式神『一目連』を使役するみなもにしか実践不可能なロジック。


 好きな人の事だけを考え、それ以外のこと全てを捨て去る。かくも簡単な所業により、魔剣は完成する!


 みなもの小太刀は禍津日神に届き、粉砕した。


「禍津日神、貴方には畏敬の念を抱いているわ。式神の域を超えた神である貴方だからこそ、八岐大蛇を凌駕できた。そこらの式神では不可能だったでしょう」

「人間からの畏敬の念こそ、我ら神霊の存在理由……」

「でももういらないわ。消えなさい」

「何という傲慢……小娘、見事だ」




 気が付けば、直人は天井を見上げていた。


 ここは……?


 そう思いつつ起き上がる前に、何者かに抱き着かれる。


「直人! 直人! ああ……帰ってきてくれたのね」

「みなもか」

「はい」

「お前が、禍津日神と戦う夢を見ていた……」

「夢じゃないわ。私が貴方を取り戻したのよ」

「そうか! あの戦いは、実際に行われたのか」

「ええ。私も貴方の精神に入ったのよ」

「そんなことできるのか」

「貴方に破障の呪いをかけるとき、私自身を御贄みにえにしておいたの」

「みにえ?」

「神様に捧げる生贄ね」

「生贄ってお前」

「精神体になるのはちょっと大変だったけど、愛があればできるわね!」

「ああ……よくやった」


 みなもが頬を摺り付けてくるので、上手くしゃべれない。


「もっと褒めて! でも貴方の方こそ素晴らしいわ! 最強の魔導士ね!」

「晴明は倒しておいた」

「貴方は世界を救ったのよ」

「だがな、みなも」

「何かしら」

「もう……限界だから……寝る」

「あら! ちょっと」


 疲労が極地に達した直人は、みなもを押し倒すようにして眠りについた。


「ああ……これもいいわね……」


 再び目を覚ました時、未だにみなもが張り付いていた。


 そこが悠紀羽邸の祭殿であることを知るのは、そこを出てしばらくしてからだった。

Tips:GHQ

 日本語による正式名称は『イギリス連合王国日本進駐軍最高司令官総司令部』。そのうち総司令部という部分の頭文字をとってGHQと呼ばれている。進駐軍とも呼ばれる。

 もともとは四四年に結ばれた停戦条約の日本側の履行を監視するという名目で設立された組織。

 日本側による停戦条約の破棄に伴いイギリスは日本完全占領計画『ダウンフォール作戦』を発動。GHQはその完遂のために戦闘を行った。

 しかし、裏ではアメリカ独立派(アメリカンドリーマー)が暗躍。晴明の裏切りという日本軍側の自滅により勝利が決定的となると、アメリカ独立派は一斉に裏切り、全権力を掌握した。

 もともと地政学的な理由からGHQの大部分はアメリカ人が占めており、少数派であったイギリス人やフランス人の指揮官は権力を剥奪され、逆らう者は殺されるか拘束されるかした。

 独立を宣言したアメリカと日本の単独講和が実現すると、名称を日本駐留軍最高司令官総司令部に変更。

 日本は講和の条件である空軍を中心とした義勇軍を編成し、アメリカに派遣することになる。また、日本は艦艇の多くも米軍に接収されており、防衛力は大幅に低下することになった。

 GHQはその間日本を守るという名目で駐留を続けるが、勿論その目的は日本の監視に他ならなかった。更には、日本軍の最高指揮権もGHQが持つものとされた。

 しかし、ドイツ・イタリアという同盟国を喪失し、大戦によって大きく疲弊した日本には、再び南下を開始したソ連軍と、東南アジアへ進出するイギリスの両方を相手にできるような国力は最早なく、敗戦という致命的な破滅を免れるためには、選ばざるを得ない選択だった。

 アメリカの独立達成後、日本は軍備制限という条約を問題なく履行していたため、一時はGHQ解体も議論された。しかし朝鮮半島の情勢が怪しくなったため、その戦力は寧ろ増強された。

 朝鮮戦争中、劣勢となったアメリカ軍はGHQの解体を条件に日本の参戦を要請。日本側がこれを飲んだため、五二年四月、日本の義勇軍が朝鮮半島に派遣されると同時に、GHQは消滅した。

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