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12. 黄昏

 翌朝。四時前。


 作戦開始時刻が近づいていた。


 古来、早朝は奇襲に最適な時機とされる。


 現代においてもそれは変わらない。


 夜間に接近すれば、敵の暗哨を回避できる可能性があり、見つかるにしても、そのタイミングを遅らせることができる。


 この作戦においても、そうした効果を期待している。


 だが、空は不気味に黄と赤に色づいていた。


 黄昏たそがれ


 この表現が何よりしっくりくる。


 時刻は未明。日の出ではない。まして、夕暮れではあり得ない。


 何より太陽は見当たらない。


 ただ、地平線の向こうから光が差し、空と雲を照らしている。


 まさに、現世うつしよの閉幕。この世ならざる緞帳が降り、日常が終わろうとしていた。


 しかし、出撃を控えた魔導士達に焦りは見られなかった。


 豪雨であろうと暴風であろうと出撃するのだ。


 その使命は変わらない。


 落ち着きを保っているのは直人も同じだった。


 これが最後になるかもしれない。みなもの顔を思い浮かべる。


 今朝方、悠紀羽邸を出る前に、みなもが見送りにきた。


「どうか、帰ってきてください。お願いします」

「お前が望むなら」

「貴方が勝ったという証を見せて。私が愛した男が最強であったと、教えて頂戴」

「わかった。必ず帰る」

「いってらっしゃい。あなた」


 引き留められることはなかった。


 当然、泣き出すこともなかった。


 全ての感情はあの微笑にこもっていた。


 どのような結末になろうとも、帰ってやるのがいい男の務めというものだろう。


「大隊集合!」


 泉澄の声に、既に集まっていた魔導士達は、今一度姿勢を正す。


「この作戦が目途するところにおいて、今更言うべきことはない。俺は、一つの時代の締めくくりに、帝国軍の真の誇りと矜持を持ち合わせた精鋭達と、御佐機一六機という大作戦を行うことができて、誠に幸せである。時代は新たな局面を迎え、帝国軍もその役割を変えることになるだろう。然るに、この作戦は、その成否にかかわらず、帝国空軍最後の作戦となる! 全魔導士が日本魔導捨身の攻撃精神を発揮し、帝国軍の存在意義を全うせよ」


 他の魔導士にならい、直人も敬礼を返す。


 それを見計らったように、スピーカーから音楽が流れ始めた。


 聞いたことがある。これは。


 ――帝国空軍軍歌。『魔導の誉れ』(一番)


 御国みこくの平和を佐しは 忠勇無双の愛国機

 魔導精神誉れとし 士道を貫く魔導士は

 使命を果たし 凱歌を揚げる


 御厳みいつの繁栄佐しは 万夫不当の精鋭機

 大和魂揺るぎなき 天地を制する魔導士は

 武勲を挙げて 威風を示す


 人機一体極めし魔導 燦と輝く魂鋼

 精霊の加護翼に宿し 玉ちる劔 いざ抜きて

 栄えある我ら 帝国空軍御佐機隊


「全機離陸せよ」


 泉澄の指示に、魔導士達は二機ずつ離陸を行っていく。


 隊長機たる泉澄が憑依し、直人が最後となる。


 呼ぶ名は一つ。


「禍津日神」


 晴明打倒のため、持てる力全てをつぎ込む。


 破障の呪いにより、完全なる人機一体を成す。魔導士と精神の融合を果たし、式神はその真名を取り戻した。


 俺と禍津日神で、晴明と八岐大蛇を必ず殺す。


 直人も離陸し、編隊の最後尾に加わる。


 夜間飛行で編隊を組むのは難易度が高いが、今は黄昏の光が空を流れており、視界に不自由はない。


 各機は速やかにひし形陣形を取り、進行を開始する。


 これだけの味方と共に飛ぶのは早衛部隊以来だ。


 敵は強大だが、勇気が湧いてくる。


 安倍晴明。その名を知らぬ日本人はいまい。市ヶ谷機関が陰陽寮と名乗っていた時代から一線で活躍し続けてきた一門の現当主である。


 空軍大将、航空総隊司令を務めていた現安倍晴明は、晴明の襲名を許された六人目の当主であり、即ち式神の扱いという点において日本最高峰である事を意味する。


 では、御佐機の乗り手という点ではどうだろうか。


 聞いた話では、晴明の実戦における戦果は多くない。


 しかしこれは司令官という立場故のことであり、彼の戦闘能力を正当に評価している事にはなるまい。


 寧ろ、晴明の直近の戦果である『天照』の撃墜を考えれば、帝国空軍の中でも最上位の実力者と見るべきだ。


 そして式神の扱いにかけて右に出る者がいないというのなら、人機一体という面では人の身としての限界にまで至っているかもしれない。


 しかし、付け入る隙は必ずある。晴明とて所詮は人間なのだ。


 離陸して十数分後、東側の空に四つの機影が現れた。


 しかし、魅乗りの気配ではない。あれは……。


「こちら在日ドイツ軍。ヘルムート・マイザー少佐。要請に従い増援に来た」

「私は雅楽川少将だ。状況は伝えた通り。変更はない」

「了解」


 在日ドイツ軍! 助太刀に来たのか!


「見たことのない御佐機だな」

「これか。Ta152H。新型だ」

「そいつは期待だな」


 新たな味方、Ta152Hはひし形陣形を取り、編隊の後方に参加する。


 それから数分と経たずして、またしても東側に六つの機影が現れた。


 こちらも、魅乗りではない。


「九時方向に機影! 御佐機だ!」

「魅乗りか?」

「あれは、マスタングじゃないか!?」

「GHQか! くそっこんな時に」


 邪魔をしに来たのか。面倒くさい。直人を含め全員がそう思っただろう。


 攻撃してくるようなら、何機か応戦に回さなければならない。


 直人がそう思った時、マスタングから通信が入った。


「I‘m Roger Hughes Colonel.I came for reinforcements」≪私はロジャー・ヒューズ大佐。増援に来た≫

「ほう。来てくれたか」

「Frankiska Corps.Friend to the Imperial Army」≪フランキスカ隊。帝国軍を援護する≫

「Ⅰ‘m Udagawa Lieutenant general.I confirmed your team.奴らは味方だ。手を振ってやれ」

「どうして米軍が?」

「我々の活動に抗議があったから、ありのままを話しておいた。信じてもらえるとは思ってなかったがな」

「sorry.I could only take this with me」≪悪いな。これだけしか連れ出せなかった≫

「Enough.Thank you for the reinforcements」≪十分だ。増援に感謝する≫

「I can‘t see the situation here.Ask for an order」≪状況がわからん。指示をくれ≫

「From now on,you can play a battle with red-black familiares.Do it with your opponent」≪これより赤黒い精霊機と戦う。相手をしてやってくれ≫

「Copy.Incidentally,is there a chance of winning?」≪了解。ちなみに、勝ち目はあるのか?≫

「Even without it,I will do it until the end」≪なくても、最後までやるだけだ≫

「Ha.The party is always so」≪ま、パーティはいつもそうだな≫

「Surely.We dance with all our strength.later……Just pray to God」≪違いない。俺達は踊り切る。あとは……神に祈るだけだな≫

「OK.I wish each other good luck first」≪了解。先に互いの幸運を祈っておこう≫

「マスタングか……言いたかねぇが、頼もしいな」

「国際空軍じみてきたが、これで数は互角。言い訳はできなくなったな」

「あいつらも、世界の未来が一六のガキにかかってると知れたら、卒倒すんじゃねぇか?」

「オーマイガーとかいいそうだな」

「おい日本人、なんだそれは。聞いてないぞ!」

「なに。俺達の仕事は変わらないさ」


 合同訓練などしたこともないはずだが、総勢二十六機の御佐機は綺麗な陣形を整えている。


 雷電隊だけでなく、増援に来た魔導士の技量も高いに違いなかった。


 そして。富士山麓が近づいた頃、一つの大きな船影が見え始めた。


 高高度飛行船『ハイトクライマー』


 そしてその前に立ちふさがるようにぽつぽつと黒い影が現れ、大きくなっていく。


 およそ三〇の魅乗りの気配。


 待ち構えていることはわかっていた。


「烏合の衆とはこのことですな。雅楽川閣下」

「魅乗り……! 現れやがったか」

「俺を知っているか。貴様、名乗る気概はあるか?」

「元御佐機教導隊。松原礼侍大尉」

「鉄面の松原か。身内の恥を斬って捨てる機会に恵まれるとはな」

「安倍晴明大将領のもと、この世界の武の統一は成る!」


 二つの勢力は互いに突進し、太刀打ちの機会を伺いつつ衝突する。


 帝国空軍天照隊VS魅乗り化御佐機教導隊


 二号雷電VS試製天斬


 高度一万メートルでの決戦が幕を開けた。


 両陣営は四機ひと塊となり、互いに紐で繋がれたかのように陣形を崩さず、攻撃、回避行動を取る。


 一機を四機が狙い、四機を八機が伺い、八機を全機が警戒する。


 共に激戦を潜り抜けた連携でこそ成せる技。


 上下左右に旋回し、戦場という極限の領域へと舞い戻る。


 後ろを取るべく機動を駆使するが、互いの技量がそれを認めない。


 しかし、如何にハイレベルな戦いであろうとも、死の気配がない戦場は存在しない。


 一瞬の油断、隙、不運に取りつかれた者から、魔の時を迎えるのだ。


 一機、引火した瑞配が黒煙を引きつつ墜落していく。


 あれは……魅乗りか。


 泉澄を含めた三機を護衛につけ、千メートルほど高いところを飛ぶ直人。


 戦場を俯瞰し、晴明を探す。


 するとほぼ同高度に、青味がかった薄いグレーの機体が見えてきた。


 あれか。


「安倍晴明を発見。水無瀬、見えるか? あの薄灰色の機体がそうだ」

「見えます!」

「よし。奴を殺せ。幸運を祈る」

「了解!」


 護衛の魅乗りがこちらに気付き、接近してくる。


 うち三機に対し、直人の護衛が太刀打ちを挑む。


 残りの一機に対し直人は正対。太刀を右上段に構える。そして、ロケットに点火した。


 推力が一瞬で増加し、瞬く間に魅乗りとすれ違う。


 捨て置いて良い。狙いは晴明ただ一人。


「晴明様!」


 急減する距離。最早晴明は直人とヘッドオンするより他になかった。


 直人は一瞬、これで勝てるのではないかと錯覚した。


 だが、それはあり得ぬ未来だった。


 晴明は横転すると、直人の頭上で半円を描くようにしてすれ違う。


 あの速度でこの機動。


 今まで見てきたどの御佐機とも違う。別次元の飛行。


 上昇していた晴明は反転し、直人と正対する。


「それは……夜切か!」


 高度はこちらの方が上。何としても背後を取る。


 直人は樹との戦いでやったように、敵の未来位置を予想して、旋回する。


 晴明の動きは、直人の予想からそうかけ離れたものではなかった。


 しかし、動きが鋭すぎる。そして速い!


 まるで追いきれない。


 ロケット点火時の速度では上回っているのに。


「妖怪には贅沢な墓場だ」

「雑魚が。邪魔をするな!」


 無線通信だけが、下方の激戦を物語っている。


 直人は晴明だけに集中すればよい。


 他の魅乗りは味方が相手をしているし、その戦闘空域からも徐々に離れつつある。


 二人は、高度を上げながら巴戦を繰り広げる。


 直人は晴明の背後を取るどころか、時折後ろを取られそうになる。


 敵機の機動は尋常ではない。


 加速。上昇。横転。そして高速旋回の鋭さ。全てが規格外の性能だ。


「回避! 回避しろ!」

「魅乗りとは戦う意義が違う」

「人間どもに、死を教えてやる」


 駄目だ。まるで仕留められる気がしない。


 皆、俺の為に戦ってくれているというのに。


 禍津日神の性能が八岐大蛇に劣っているのか。否。


 直人の技量が晴明に劣っているのだ。


 禍津日神の機体性能を限界まで引き出せていない。


 直人と晴明には、実に三〇年近い年季の違いがある。


 それは、いかなる猛訓練においても埋めがたい決定的な差だ。


 その隔絶を埋めようと思うなら、それこそ神の力を借りるより他にあるまい。


 それが邪神ならなおのこと得られる力は大きいであろう。


 その対価が如何程であったとしても


 直人はみなもに教わった祝詞を唱える。


「無上霊宝。神魂よ至り給え。我御器と罷り成る!」

Tips:高高度飛行船『ハイトクライマー』

 日独共同で進めていた飛行艦隊計画において、在日ドイツ軍は高高度飛行船を防空用の御佐機出撃プラットホームとし、飛行戦艦と二艦一組で運用する戦術を提案。市ヶ谷機関はこれを採用した。

 計画のベースとなっているのは、第一次世界大戦中にドイツ海軍が実戦投入したS級、X級と称される飛行船である。これらはドイツの飛行船開発二十年の集大成と言える艦であり、『ハイトクライマー』という愛称で呼ばれ、特にX級は高度七千メートルを完全武装で航行可能という卓越した性能を誇った。

 本艦はその発展型であり、より大型で洗練された伝統の硬式飛行船である。実用上昇高度は高度一万メートルを予定した。

 本艦は上昇限界高度を重視するため、機関部に限定された装甲と気嚢と気嚢の間に隔壁を設けるのみという最低限の防御力しか持ち合わせていない。

 唯一、自衛用の武装としてドイツ製の艦対空ミサイルを装備する予定だったが、間に合わず非武装となっている。

 飛行戦艦同様に本艦の存在は秘匿され、書類上は単に『H型飛行船(Luftschiff Typ H)』と呼ばれた。艦名は既に決まっていたと言われているが、艤装工事中に出撃したため命名されておらず、正確には無銘の船である。しかし工事中の段階から乗組員にはハイトクライマーの名で呼び親しまれていた。

 ハイトクライマーという名称は本来艦種を表すものであるが、二番艦は未完成に終わったため、半ば本艦の固有名詞のように扱われている。

 ハイトクライマーは伊邪那岐、ブリュンヒルドと共に出撃。期待通り飛行戦艦の傘としての役割を果たし、魅乗りと化した時点で無傷であったと言われているが、その後富士上空で撃沈された事がわかっている。

 高高度で早期警戒を行い、御佐機の母艦として防空を行うという戦術の確立は、終わった兵器であったはずの飛行船に、新時代における新たな存在意義を提起した。

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