第7話
隣町のスリーラントの中央に位置する城の応接間にて。
「いやぁ助かりました!まさか太子様が発作を起こした時にマンドラゴラの在庫がなくなってしまうなんて。これで太子様の発作を何とかできる!」
俺らが護衛していた商人のルシェドさんから真っ青なキノコ(?)を受け取った、王族的な雰囲気と恰好をした男の人がそそくさと部屋を出て行ってから十数分後、この街の太子がお礼を告げに来た。
「皆様、この度は私の為にマンドラゴラを持ってきてくれてありがとうございます」
…なんでだろう、なんとなくこの太子がロクでもない性格の持ち主な気がする。
「これが報酬です、受け取ってください」
ルシェドさん、俺、リネアの前に、少々小さめの銀貨の山が積まれた盆が出された。太子さんの感謝の気持ちなんだそう。
「はっ、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「……ありがとうございます」
一緒に一つの長いソファに座る他の2人に遅れて返事をし、少々硬い表情を浮かべながら銀貨を集めるリネアを一度見た太子さんは少しの間じっと見つめた。
「太子様。最近この街で見かける盗賊が増えているのですが…」
ルシェドさんに話しかけられ、太子さんは視線を元に戻す。
「はい、なんですか?」
「この街の周りをパトロールする兵を増やした方が…」
「なに、私の対策が不十分だと?」
「いえ、そういうわけじゃ…」
「冗談です。具体的にどのくらい増えていますか?」
「ええ、今までは………」
そんな会話が右側で行われている一方、俺は少しリネアの様子が気になっていた。
(なんでだろ、さっきからリネアの空気がちょっと張り詰めている。それによく見ると、袋の中に銀貨を入れる作業も一枚一枚確認しながら慎重にやってる。……銀貨がどうかしたのかな)
自分がいましがた財布に入れた銀貨を一枚出して表裏を確認してみる。……特に不可解な点はなかった。
「リョータと言ったか?」
いつの間にか話を終えた太子さんが、同じ年齢の人に対する、軽い口調で話しかけた。
「…はい、なんでしょう?」
「お前はこのリネアといつも一緒に行動を友にしているのか?」
ちょっと身構える。
「………いつもじゃないですけど、まあ、たまに」
「…………………………」
無言で、しばらく太子さんはリネアをじっと見つめる。視線に気が付いたリネアは銀貨の小山から目を離し、頭の上に疑問符を浮かべて太子さんを見返す。首をかしげるなんてあざとい真似を、リネアはするような人ではない。
見つめあって間もなく、太子さんは顔を綻ばせて口を開いた。
「いや、なに、綺麗な人と一緒に行動する機会がある人の日常はさぞかし潤いのあるものだろうな、と」
それを聞いたリネアはビクゥッと体を硬直させ、恐る恐る隣に座っている俺の顔を見る。
……いや、なんで俺を見る?しかも俺が怖い物であるかのような目で。
「確かに、リネアは可愛いですし、何より一緒にいると楽しい」
ちょっとリネアの目つきに小さく驚きはしたが、そう口にする。そしてリネアの方を見ると……リネアは顔を真っ赤に、それこそ熟れた林檎のように、染めていた。
まぁ確かに、同年代の異性から直球で「可愛い」と言われれば、そりゃ恥ずかしいのだろう。
……悲しいことに、どんな意味を含もうが逆の立場に立ったことのない俺には実感がわかないけど。
「えっ、う、あ…………何言ってんだよリョータ……」
「いやなに、綺麗な人にちゃんと綺麗って言っとかないと、あとで俺自身損するし…そもそも言っちゃいけなかったか?」
「……そういうことじゃないんだよぉリョータ…」
それっきりリネアは、熟しきった顔を隠すようにうつむいてしまった。
至極真っ当といった様子でいる俺も、内心では数秒前の自分の発言に対して恥ずかしくなっていた。
黙って見守っていた太子さんやルシェドさんから見れば付き合い始めたカップルのように見えるこの二人のやり取りだが念のために言っておく。この二人はあくまでも友人同士であってそれ以上でもそれ以下でもない。…………少なくとも今は。
時間と舞台を移して、ここは二時間後のフローリア。無事に帰ってきた俺達はギルドで依頼完了の報酬を受け取った後、リネアが別れ際に話しかけてきた。
「それで、明日には中央都に行くの?」
「………なぜ?」
「だって、中央都の鑑定士に依頼して君のステータスをはっきりさせておくんでしょ?」
「そういう意味じゃなくて、なんでお前がそれを知ってるんだってこと」
「え、こないだリョータが話してたじゃん、自分で」
「あれ、そうだっけ」
「そうだよー。まったく、たまにリョータは物覚えが悪い時あるよね。…たったの一か月の付き合いの相手にそういう印象を与えてるってことは、大分重症だぞ、気を付けて?」
「マジかぁ………そういえばゲームでもよく言われてたようn」
自分の失言を慌てて隠す。だけど案の定リネアはそれに気が付いて、
「ん、ゲームって?」
と聞かれてしまった。首を振ってなんでもない、とごまかす。
「……………ま、明日行こうかな」
「ほお、行くことにしたんだー…………へぇ……」
ちょっとなにか言いたそうで、でも黙ってもじもじしているリネアの様子を見て察した俺は、でももし間違ってたらはずかしいなとも思いながら声をかける。
「うーん、でも俺一人だと不安だしなぁ……リネア、一緒に来てくれないか?なんか俺だけだと不安だしさ。まだここら辺のことをやっとわかった俺にとっていきなり中央都に行くのは大分ハードル高いかr」
「……いやあ、明日はちょっと用事あるから会えないかな」
「………………マジすか」
「うん、マジ。それに、勘のいいリョータなら一人でも大丈夫!…だと思う。だから気兼ねなく、行ってこい!」
「……うん、わかった。じゃ、今日はこれで」
「あ!帰ってきたらわかったステータス教えてねー!」
「はいはい、了解しましたよっと」
体の向きを変え、手を振りながらその場を去っていく。
「………やっべ、いまのすんげえ恥ずかしいわ…気を使わせちゃったかな…」
スリーラントでのリネアの赤顔以上に顔を赤くしてたのは、ここだけの話である。