プロローグ 前編
午前1時。たくさんの人が寝ているころ、とある町の一角は熱狂に包まれていた。大人気のファンタジー系のVRゲームにおける頂点を決める大会が行われているからである。
『またしても!またしてもリョウ選手がトップの座を取りました!これで通算4勝目、誰も彼の弓捌きに敵うことができませんでした…!』
バトルロイヤル形式で行われていたその大会の勝者が決まった瞬間、会場がどっと沸き立った。観衆がぐるっと囲んで賞賛と歓声の声を浴びせているのは一人の男子。たった今勝利を手にしたリョウ選手…もとい、矢野涼太である。大会に参加している間、自分のアバターを動かすために寝ていた彼が起き上がってこぶしを天に突き上げたとき、会場の盛り上がりはピークを迎えた。
「もうこれで何度目だ…?よく続けて優勝できるよな!?」
「4回目つってたろ。まあ、剣とか魔法のほうが使い勝手がいいとされているこのゲームでアーチャーを選ぶ人はあまりいない。けどリョウはほんとにアーチャーとしての立ち回りとかエイム力とかの求められるスキルを全部極めている。それってほんとにすごいよな」
観客の2人が話し始める。
「こりゃまた弓使い増えるぞー?今回の大会、今までに比べてアーチャー多かったし、今後もまた増えるだろ」
「そうかもな。さて、おれは素材集めするから帰るわ」
「おう、おれはこれ最後まで見てく。…あれ?お前なんかほしい物あったっけ?」
「ちょっと新しいぶきが欲しくなって」
「…なるほど、弓かw」
「リョウのプレイ見てたら俺も弓使いたくなってきたんだわw」
中央のステージでは、涼太が賞状をもらっていた。絶対的勝者の証を手に入れ、大会参加者たちの畏敬の念が込められた言葉を笑顔で答えていた彼の心の中は
何も、満たされていなかった。
控室に戻り、荷支度し終えた彼は目を閉じて今日の大会での出来事を振り返る。
(やっぱり今日は弓使っている人多かったな…前回の大会からそれほど時間がたってないのに一定の水準までPSを磨いてた人が多かった。俺も頑張らないと追いつかれるな‥)
腹の虫が小さくグウとなった鳴った。それを聞いて彼はバックの中から板チョコを取り出し、片手で食べながら控室のドアを開け、外へ出た。
(まあ、一度やったことはさいごまで貫き通すというのが俺のポリシーだからこのゲーム続けてるけど…実際、ゲームなんてなにも生まないんだよなぁ…)
夜の冷たい空気で、高揚して赤くなっていた頬を冷ましながら、すでに冷め切った頭でそう考える。
(高校のテスト酷い有様になってたし、相変わらずいじめられっぱなしだし、お先真っ暗ってのはこういうことを言うんだろうな)
人通りのない夜の道路で、一台のトラックがエンジン音を響かせる。
「……まあ、俺はこのゲーム好きな方ではあるからプロゲーマーとして食っていくのも悪くないだろうし、将来のことはまたいつか考えるとするか。」
ため息とともに吐き出された言葉が空に溶けて消える。
トラックが走り出す。膨大な質量を持ったそれは最初はノロノロと進み、だが数秒のうちに加速して走って……
グシャリ
何かをはねて踏みつぶした音と共に血しぶきがあがったが、トラックはそのまま走り続けた。後に残された血だまりの中で、矢野涼太の人生はあっけなく終わってしまった。
涼太はまた目を覚ました。そこは真っ暗な空間。死んだときの夜の闇より暗く、自分の手すら見えない程黒く、何もない寂しい空間である。
(あぁ、俺、死んだんだ)
ぼんやりとした頭でそうのんきに考える。
(まあ、死んだところで未練みたいなのはまったく残らないがな。…そういえば、俺が死ぬ原因となったあのトラックを運転していた人、俺のこと完全ににらみながら突っ込んできたから殺意のある行動とみて間違いないな、ありゃ)
自分が死んだ原因がはっきりしても、涼太の感情が怒りに染まることはなかった。
数分間、彼がボケーーっと時間をつぶしていると、
『貴方に、別の世界でやり直すチャンスを与えます』
黒闇に突然、光る文字が現れた。
(……なんだって?)
2,3秒程その文字は空中に現れ続け、次の文字と入れ替わった。
結構長いプロローグでしたがまだ終わりではありません、ご了承ください。
後半は2月6日に投稿する予定です。それまでしばしお待ちを。