9 魔王の好み
「ふん……。この屋敷を襲いにねぇ」
俺を竹ぼうきで滅多打ちにしたムカツく少年――もとい、キーノは事情を聞くと神妙な顔で竹ぼうきを握りなおした。彼が立つ前で俺は屈辱ながら正座をしている。
あの後、俺はリリィの説得によってキーノの滅多打ち地獄から解放されたのだった。未だにちょっと頭がぐわんぐわんする。何より、キーノの視線が鋭く俺を貫いてきていた。
「……この、見掛け倒しが首謀者?」
「見掛け倒しだと……!?」
俺を見下ろすキーノの言葉に、反射的に立ち上がって拳を握りしめる。そんなことをしても説得力がないから脅しにもならない。
拳を握りしめた俺のおでこをキーノはツーンと人差し指でつつくと、奴はエヘヘと笑いやがった。なんだこいつ。
「……まあでも」
キーノは俺から視線を外し、書籍の部屋の床に空いた大穴に目を向けた。
「こんなことができるんだから、完全な見掛け倒しってわけでもないか」
「……なんかキーノ君、とっても冷静だね」
ため息のようなものを吐きながら俺をまじまじと見るキーノに、リリィが軽く笑いかけた。
キーノはリリィを見ると、一度何か言おうか迷った素振りを見せつつも、最終的には口を開いた。
「俺、アンタを屋敷で見たことある。アンタもハーヴィン家に借金してるんだろ? 今日も酒臭いオヤジが来てるぜ。だからなのかな、ちょっと親近感がわいてるんだよね。だからちょっと安心がある」
「うぅ……確かに、私も君も顔に見覚えがある」
気まずそうにリリィは顔をしかめる。彼女は俺の思っていた以上にこのハーヴィン家に捕らわれているようだ。
まあ俺には関係ないが。俺は魔王。やりたいことをやる。
「……まあ良い。それで、キーノとやらは俺を止めるか? 俺はこの屋敷をぶっ潰すつもりなのだが」
「……うーん」
俺の言葉にキーノは困ったように首を傾げた。彼にも何か事情があるようだ。
それに、と思いながらも俺は彼の瞳を盗み見る。
俺に挑んだときの瞳は確かに勇気に満ち溢れていたものだった。しかしチラリと、一瞬だけ奥底の恐怖がにじみ出るのを俺は見逃していない。
やはり、誰かともめ事を起こす瞬間に人間は多少なりと恐怖を抱くものだ。それを見て俺は少し安心した。
そして俺を殺した勇者の風貌を思い出して、ゾッとする。あれは人間のして良い瞳ではなかった。二色に塗りつぶされたオッドアイの双眼。そこには恐怖や慈善もない、ただ二色の感情で塗りつぶされていた。
その瞳を見た瞬間に、俺はあいつには勝てないと|慄≪おのの≫いたのだ。事実として、案の定、瞬殺された。
「この屋敷が潰されることに、悲しいとかそういうのはない。……けど、俺たち使用人の行き場所がなくなるのは困る。リオネが不便になることだけは嫌なんだ……」
「ほう……。仕える主そのものに対する忠誠はないのか」
「マーヴィン? あのクソ成金野郎に忠誠を誓うなんて奴は、確実に金が目当てだよ」
「ず、ずいぶんぶっちゃけますね……」
キーノの容赦のない批判に、リリィは思わず苦笑する。しかし俺はそんなキーノを見て、彼を少し気に入り始めていた。
力はあまり強くないようだが、あの何とも言えない度胸が気に入った。俺という侵入者に対し、油断しているわけではないものの、ある程度の余裕を見せつつ話の主導権を握られないよう立ち回っていく感じが、何となく好みだ。
俺は魔王。魔王には配下が必要。俺はキーノに問う。
「ふむ。では、俺……じゃない、我が貴様を引き抜くと言ったら、協力してくれるか?」
「ちょ、」
その唐突な勧誘の言葉に、キーノの目が見開き、リリィは何故だか慌てた様子で俺の方を見たのだった。