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7 私は疲れちゃったみたいです

「……にしても、まさかあそこまで手が早いとは」


 俺は地下を素手で掘り進みながら、ぼそっと呟いた。

 魔法杖の先に光る球体を出現させ、暗い穴の中で光を灯してくれているリリィは、俺の言葉に反応する。


「そうですよね……。もう町中、手配書だらけでしたもんね……」


「素晴らしい手配の速さだった……」


「なんでちょっと褒めてるんですか……」


 軽く感嘆する俺に、リリィはため息をついて肩を下した。彼女の手に持っている杖がちょっと揺れる。


 俺たちは今、地下道を掘っていた。理由は会話の通り、街中には俺の手配書があちらこちらに張り付けられており、街中を歩くと途端に見つかって面倒なことになるだ。


 実際に一度、憲兵に見つかって面倒なことになった。

 この『面倒』というのは憲兵たちがちょっと強くて面倒とかどういうものではない。恐らく俺にかかっている『呪い』が影響しているのだろうが、何故だか憲兵相手に力が湧かなかった。攻撃しようとするも、すぐに全身から力が抜けてどうしようもなかったのだ。


 幸いなことに、リリィの閃光魔法によって目を眩ませることで、なんとか彼らからは逃げられた。


 そんなわけで街中を歩いて、直接マーヴィンの家に行くことはほぼ不可能。故に俺は、地下から行くルートを提案したのだ。


「にしても……」


 リリィは地下をどんどん素手で掘り進んでいく俺に、ため息交じりに聞いた。


「貴方、何者なんですか……」


「前にも言わなかったか? 俺……我は魔王ぞ」


 一人称を改めたところで、時すでに遅し。しかし、俺は以前からのクセでついつい改めてしまう。


 まあこの世界ではまだ配下はいない。配下のいない王など王ではない。だから魔王と自称するのは少し考え物だな、とちょっとだけ思った。


 俺の無駄にきりっとした返答を聞いて、リリィはまた大きくため息をついた。しかしそのあと、吹っ切れたように小さく笑った。


「……まあ、あの強さと非常識具合は魔王並みですけどね」


 それから数分掘り続けていると、リリィが俺の背に手を置いた。


「ここらへんですね。多少はズレてると思いますが」


「なるほど。では上に掘ろう。ちょっとズレておれ」


 リリィの言葉にうなずき、数歩後ずさる。俺は上に視線を向けると、そのまま掘り始めた。


 マーヴィンの屋敷の場所を知っているのはリリィだけだ。なので俺は彼女を頼ることになった。

 穴を掘り始めた場所である、寂れた公園の隅からマーヴィン宅までのおおよその距離と方角を覚えたのも彼女だ。


 なので、どれほどで屋敷を掘り当てられるかは分からない。まあそれでも仕方ないと、俺は思っている。

 そもそも、屋敷と遠い地点から掘り始めたのだから、そう簡単にピンポイントに屋敷の真下まで来れるはずがないのだ。たくさんの時間がかかっても仕方ない。


 しかし、掘リ始めてからすぐ、不自然に上の地面が崩れてきた。俺はすぐに下に降りて、リリィのところまで退避する。

 ゴロゴロと土と一緒に、何か木製のものが落ちてきた。中には木製ではない、長方形のものも混ざっている。


「……む。なんか落ちてきたぞ」


「これは……本、ですかね。そういえば、マーヴィンの屋敷には地下室があると聞きます」


 長方形のそれ――本を拾い上げ、リリィは言った。

 俺はそれを見てから、崩落してきた上を見上げた。かすかに光が見える。


「にしても、よくここまで正確に分かったな。もう少し上だったら壁を突き破る感じで、簡単に入れた位置だぞ」


「日頃の行いの成果ですね」


 リリィも本を地面に置くと、俺と同じく上を見上げた。そして首を傾げる。


「どうやって上にいきます? 階段状に掘れたり?」


「……それは少し面倒だな。それより、俺は貴様に聞きたいことがある」


 俺の言葉に首を今度は逆方向に傾げるリリィ。


「貴様は俺に協力しているが、俺は魔王ぞ。まっとうに生きているであろう貴様が、俺に協力なんかしても良いのか?」


 リリィはそれを聞いて一瞬顔を曇らせる。


 これまで何となく一緒についてきた彼女だが、見るからして俺たちサイドの人間ではなかった。悪質な借金取りに苦しむ、どちらかというと搾取される弱者だ。

 そんな者が俺側につくのは少し想像できなかった。むしろ、そういう弱者だからこそ、特に考えもせず成り行きで俺に付いてきた可能性は高い。ただの悪党に成り行きでついていくのに覚悟はいらないかもしれないが、俺は魔王だ。一緒に行動するとなれば、それに伴う責任や覚悟が必要になる。


 だからこそ、今まだは傍観者に近い立場にいた彼女に、今から屋敷を一つぶっ潰そうとする前に聞いたのだ。これを一緒に行動して行えば、彼女は世界から魔王の仲間と思われるに違いない。

 まあ俺が魔王であると世間は知らない可能性もあるので、ただの極悪人の仲間として思われるだけかもしれないが……。魔王から極悪人、魔王として苦言するけれど、かなりのスケールダウンだ。


「……そうですね……。でも」


 リリィは今度は少し悲しそうに笑う。


「なんというか、私、疲れちゃったんです。毎日毎日お金の工面したりするの。だからその、少しグレちゃいました」


「ふむ。その意気は分かったが、これは『少しグレた』とで済む規模ではない。俺は魔王だといったであろう。その程度で済むと思うか?」


 リリィの自分勝手な――魔王の俺が自分勝手などと非難するのも少し違うかもしれないが――言い分に俺は思わず苦言を申した。

 魔王としてはその意気は歓迎だが、そこに真剣さや覚悟があるかはまた別だ。俺は甘ったれた悪事には関わりたくはない。


 それを聞いたリリィは一瞬考えたような表情をした。


 が、


「……じゃあ、済まなかったら、私と配下として雇ってくださいよ。魔王さん?」


 次の瞬間にはころっと表情が変わり、目を細めてイタズラをした子供のように笑ってそう言ったのだった。

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